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ササクレ

作者: 雛菊しぐれ

 私はモテる。男の子にも、女の子にも。人を笑わせるのが好きで、流行にも敏感。肌は綺麗、睫毛は長く髪はすべすべ、バッチリ二重で声もクリア。両親は仲良しでお爺ちゃんとお婆ちゃんもまだまだ元気、成績も普通以上だしダンスの稽古もしているからか体育だってお手のもの。誰からだってすぐに好かれ、学校じゃみーんな仲良し、私のクラスにイジメ無し。順風満帆、なんだって上手くいきそうな、そんな時代に私は生きていた。

 でも、昨日はちょっと事件が起きた。ちょっと前に辞めた社会の先生が、自宅で亡くなった。警察の方がいろんな調査をしたところ、体育の教師によるパワハラと、見て見ぬふりをしていた様々な人の悪口が遺書に書いてあったらしい。そして、よくわからないけど教頭先生が学校のお金をいっぱい使っていたことや、校長先生が生徒の盗撮をしていたことがわかって、おっきなニュースになってしまった。私たちは学校から休校のお知らせをうけて、自宅待機をしている。

 お友だちの智子から連絡があった。やんちゃでイタズラ好きな、ムードメーカーの直也君が、万引きで補導されたんだって。とったものがタバコの箱で、啓君や亮君も一緒に捕まっちゃったらしい。学校が休みになったからって羽目を外してしまい、遊んでいたところを狙われたんだって。どうして智子がそんなことを知っているのかって聞いたら、智子、凄いことを言った。

 直也君と智子、付き合ってるんだって。一週間前に意気投合して、そのままよくないことまでしちゃって、結局流れで付き合ったんだって。でも直也君って、委員長の明美ちゃんと付き合ってるってみんな知ってるよ。明美ちゃんはこの前インフルエンザにかかって、まだ家で休んでるから、きっとまだ知らない。

 困惑する私の姿は、スマホを通じてしか見えない。きっと智子の事だから相手がどう思っているのかなんてわからないまま、次々と自分の言いたいことだけ言い続ける。待っているとやっぱり、もう一通のメッセージが届いた。



 ──どうしよう、私もナオに誘われて吸ってるの。見つかったらどうしよう



 知らないよ。どうして断らなかったの?タバコは良くないって、学校でも習ったじゃない。お酒も飲んでるって、朝まで飲んでたって。そんなの、自己責任でしょ?私に振らないで。

 返信に迷っていると、直ぐにメッセージが来る。今度は、クラスメイトのグループに。書き込みは、やっぱり智子。



 ──ナオがタバコで捕まってしまいました。そこで、クラスメイトのみんなでタバコを吸ってたことにして、罪を分散してナオを助けましょう。



 そんなの賛同する筈がないよ。何やってるの?だって、ナオは悪いことをしたんだもん。罪は軽くするんじゃなくて、償うものだよ。それに、智子も吸ってたこと、書いてない。もしかして、自分が吸ってたことをうやむやにする気なのかな。

 呆気にとられていると、沢山のメッセージが書かれる。私たちは、みんな仲が良い。だから、メッセージは、智子の考えに賛同する人たちばかりだった。最初に賛同したのは智子にいつもべったりの加奈。そして、加奈のことが好きな健司君。健司君はクラスみんなから慕われている、大きくて気が強い男の子。だから、雪崩れ込むようにみんなが賛同していく。

 私は明美ちゃんの事が気になり、また返事をかけないでいた。でも、早く賛同しないと悪者にされてしまいそうで、心臓がばくばくした。私は、今までみんなが悪いことなんてしない良い人たちばかりだと思っていたから、いつもなら提案にはすぐに賛同した。でも、これはきっと賛同しちゃいけないことなんだとわかった。

 突然スマホが鳴る。誰かから電話が来た。メッセージの催促の電話かと思ったら、お父さんだった。



 ──今、坂本さんの家から連絡があった。父さんにはよくわからないが、携帯のゲームで学校のみんなと会話しているらしいね。お前も使っているのか?坂本さんは俊君の携帯に、クラスメイトがとても良くない会話をしてると教えてもらった。お父さんはお前を信じているけれど、帰ったらその会話を見せてくれるね?



 私は、お父さんの怒ってるような声に震えながら、はい、と一言だけ言って通話を切った。きっとさっきのグループメッセージが、クラスで真面目な坂本くんの、ちょっと過保護なお母さんの目にふれたんだと思う。私は智子のことを考えていた。もしもお父さんに見せたら、智子がタバコやお酒をやってることがバレてしまう。そうしたら、智子は捕まっちゃうかもしれないし、捕まったのは私のせいになるかもしれない。どうにかしてメッセージを消せないかって思って、智子の書き込みをタップしてみた。すると、削除するってマークがあった。私はそれを押した。

 それが間違いだった。消したメッセージのところに、「削除されたメッセージです」と表示されてしまった。まるで、私が悪いものを隠そうとしたように残ってしまった。それは事実だけど、内容が内容だっただけに、消さない方がきっとよかった。これを見たらお父さんは、きっと凄く慌てる筈だ。智子が悪いのに、私が悪いみたいになってしまう。私は、ドクドクと鳴り響く心臓の音に、気持ち悪くなってきた。

 どうしてこんな事になったんだろう。悪いのは誰なんだろう。坂本くんのお母さんは、PTAの会長だから、きっとほとんどの家に連絡していると思う。健司君のお家にも、加奈のお家にも、きっと智子のお家にも……。絶対智子はメッセージを消してるし、私が何もしてないことを証明する手だてがない。

 私は、ストレスがたまると爪の横をこすってしまう癖がある。だからいつも絆創膏を貼っていた。でも、今日は緊張のあまりに手汗が凄くて、ついめくってしまっていた。ふやけた指の皮膚が、本の少し浮き立つ。触ると皮が少しずつほぐれ、たまねぎみたいにわさわさと破けていく。気づいたら、スマホを手放して夢中でめくって、ふやけていないところまでささくれが伸びた。

 ほんの少しの皮膚の傷から、ササクレはどんどん広がっていき、じんじんとしみた。ズキズキと、ドクドクと、熱を持った傷口を見ながらふと、私は思った。なんだか今日は、ササクレみたいな一日だな、って。



 私は知っている。ササクレっていうのは、すぐには治らず、ずっと痛いのだ。

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