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天の川は流れない。  作者: 風戸輝斗
正反対な双子
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 翌日の放課後。部室には嵐の前触れを思わせるほど険悪な空気が立ち込めていた。


「……で、どうして撫子しかいないのですか?」

「あー、さっき三人とも自販機にジュースを買いに行っちゃってね。もうすぐ戻るんじゃないかな~」

「そうですか。撫子だけが残るというのは少々不思議ですが、まあいいでしょう」


 俺は部室の扉の背後に隠れて姉妹の話を盗み聞きしていた。

 現在部室にいるのは撫子と大和の二人だけで他には誰もいない。

 と、そんなレアなシチュエーションが偶然起きるわけもなく、これは二人が鉢合わせるよう意図して作られた人為的な偶然だ。人為的な偶然ってなんだろうな。


「……ねえ大和。最近学校は楽しい?」

「はて。どうしてそのようなことを聞くのですか」

「え? ……あ、いや、三人が戻って来るまで無言っていうのも気まずいし……なんか話してた方がいいかなって思って」

「別に私は無言でも構わないのですが」

「え~それだと私が気まずいなあ……」

「自分勝手な人ですね。ですが、とりわけ断る理由もないのでお話してあげましょう」

「うん。ありがと」


「……」


 会話を盗み聞くことで改めて二人の瓦解した関係を確認した俺は、そのあまりにも姉妹同士とは思えない会話に驚愕していた。

 二人を鉢合わせたのは現在の関係を再確認するためで、大和が撫子と一言も話さないという最悪のケースも想定していたんだけど、現状はその最悪のケースと遜色がない状態にあると言ってもいい。

 ――大和の態度はあまりにも無頓着すぎるのだ。

 知人というレベルにすら達していない。大和が向けている態度はまさに『無関係の他人』に向けるそれだ。感情のありかなんて感じさせない冷酷な態度なのだ。

 これは……関係の修復なんて可能なのか?

 現状の残酷さからか、『不可能』の三文字が俺の脳裏を過った。


「――どうして撫子は私と会話をしようなどと思うのですか?」

「どうしてって……姉妹がなんでもないことを話すのは当然のことでしょ?」

「当然ですか。だとするならば、私たちの関係は歪なものですね」

「だ、大丈夫っ! まだ関係は修復できるよ!」

「修復? 撫子は五年も経ったというのに、まだそんな理想を抱いているのですか」

「り、理想なんかじゃないよ! だって……私と大和が仲良くするのはあたりまえのことだもんっ!」


「撫子……」


 なにを諦めようとしてるんだ俺は。

 残酷な現実に直面して誰よりもつらいはずの撫子が、あんなにも必死に頑張っているじゃないか。


「……だっさいな俺は」


 自身を毒づきながら立ち上がり、次の目的地へと足を向ける。

 撫子と大和を鉢合わせることで得られた成果は芳しくなかったけど、それで俺のすべての計画がダメになったというわけではない。

 ただこの上なく悪いスタートダッシュを切ったというだけだ。

 まだ完全に希望が途絶えてしまったわけではない。


「撫子、お前の努力が無駄だったなんて絶対に言わせないからな」


 誰に言うでもなく一人呟きながら。

 俺は歩くペースを少しだけ上げた。


 * * *


「ここか」


 次の目的地。即ち――風紀会室の前で俺は足を止めた。

 昨日知ったんだけど、この学校は他の学校にはない珍しい制度を取り入れているようで、国会が衆議院と参議院の二院制で権力の濫用を防ぐように、生徒会と風紀委員に同等の権力を与えることで、生徒会の権力が濫用されることを防いでいるらしい。

 生徒会の信頼が薄いのか、風紀委員の人望が厚いのか、微妙なところだな。

 コンコンと風紀会室のドアをノックすると、爽やかな男子が姿を見せた。


「おっ、ようやく真打ちのお出ましだな」


 そう茶化すようにいう爽やかな男子は――俺の親友、雨宮陽太だ。


「こっちはうまくいったか?」

「おう。今頃は天に招集されたクラスの奴等が、風紀委員から逃げてるんだろうな」

「ははは。そいつはスリルがあって楽しそうだな」


 昨日の放課後、俺が天と陽太に頼んだのは『風紀会室を無人にすること』だ。

 放課後になってすぐ、俺が「部室のことで話があるんだけど」と大和に伝えに行き、大和が部室を出てしばらく経ったところで、天と陽太が他の風紀委員を引っ張り出す。

 そして、大和が部室から風紀会室に戻ったところで、俺が大和と一対一で話すというのが、俺の昨日立てた作戦の全貌だ。

 正直、風紀会室を無人にするのは厳しいかと思っていたけど、さすがは天と陽太だ。

 見事に俺が望んだ通りの結果を出している。


「大和が来たらまずいし、お前も早く部屋に入れよ」

「言われなくてもそのつもりだよ」


 暑いのは苦手だからな。

 陽太に先導されて風紀会室に足を踏み入れると、すぐに冷たい風が全身を撫でた。


「おお。これが風紀会室か」


 教室の半分程度の大きさの風紀会室。そこには八つの机が向かい合って並んでいた。

 風紀委員というくらいなのだから、必要最低限のものしか完備されていないと思っていたけど、部屋を見渡せば週刊誌やら、将棋盤やら、テレビやら、ス○ッチやら、娯楽を嗜むための道具がそこらに溢れていた。いやちょいとフリーダムすぎませんかね? 風紀委員クラスにもなると学校でス○ッチできんの? 


「校内にこんな楽園みたいな部屋があるなんてびっくりだよな。てっきり風紀会室はもっとお堅いもんばかりが溢れてると思ってたよ」

「少なくとも、俺も扉を開ける前まではそう思ってたよ」


 そんな感想をもらしながら、俺は陽太の前の椅子に座った。


「で、そっちはどうだった?」


 そっちというのは、撫子と大和のことだろう。


「残念ながら芳しくない結果だったよ」

「マジか。でもまあ、そうなるだろうなとは薄々思ってたよ」


 椅子の後ろ脚をギコギコと揺らしながら陽太は空を仰いだ。


「……陽太はさ、二人の関係が修復できると思うか」

「うーん。どうなんだろうな。でも、色ができるっていうんならできると思うぜ」


 ニカッと真っ白な歯を見せて陽太は言った。


「謎に全幅の信頼を寄せられましても。それはなにを根拠に言ってるんだ」

「根拠もなにもこれまでの実績だよ。お前はこれまで一度やるって決めたら、それを最後まで曲げずに必ず成し遂げてきたからな。だから、俺はお前ができるって言うんならどんなことでもできると思うぜ」

「どんなことでもって……それは大袈裟すぎないか」


 けど、まさか陽太がそこまで俺を評価してるなんてな。

 陽太はいつも俺よりカッコよくて、頭がよくて、憧れの存在で、そして親友だから、そんな風に思っていてくれるのはすごく嬉しいことだった。

 嬉しいという感情と同時に、それは俺の中で確かな自信へと姿を変えていく。


「陽太。俺さ、絶対撫子と大和を和解させて見せるよ」


 覚悟を瞳に宿して、力強い声音で、俺は陽太に、そして自分自身に宣言した。

 そんな俺を見た親友は、


「おう! 色ならできるって信じてるぜ!」


 俺の背を押すように、グッと親指を立てて笑った。


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