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天の川は流れない。  作者: 風戸輝斗
正反対な双子
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「副風紀委員長――光ヶ丘大(やま)()。あの子は正真正銘、私と同じお母さんから、同じ日に生まれた双子の妹だよ」


 時刻は五時三〇分を回ろうとしていた。

 数分前まで燦々と差し込んでいた緋色の西日は厚い雲に覆われて陽を閉ざし。

 微かに覗く夕陽に照らされる部室には、薄い闇が立ち込めている。

 そんな部室で、俺たち星空観察部員は、撫子を囲むようにして話を聞いていた。


「大和は幼い頃すごく私に懐いててね。いっつも私のあとばかり付けてきてたんだ。私がブランコに乗れば大和もブランコに乗って、私が滑り台を滑れば大和も滑り台を滑って。今の姿からは想像できないと思うけど、大和は昔、そんな子だったの」


 戦慄さん――大和が撫子に懐いていつもあとを、ね。

 ……うん。確かにまったく想像がつかないな。


「でも、中学一年生のある日を境に大和の態度は急変したんだ」


 先ほどより声を低くして撫子はいう。

 中一……つまり五年前か。倦怠期ってレベルじゃないなそれは。


「始めの内は軽い反抗期みたいなものかなって思ってたんだけど、大和の私に対する素っ気ない態度はいつまで経っても変わらなくて。そのまま五年が経って、今では必要最低限の話しかしなくなっちゃったんだ。……あの子の笑う顔なんて、もうここ数年見てないよ」

「その大和さんの態度が急変した日に、なにか大きな出来事はなかったんですか?」


 哀愁を帯びた表情の撫子に、間髪入れることなく天は問う。


「うん。私たちの関係が大きく変化してしまうような出来事はなかったよ。……でも、ちょっとしたトラブルならあったかな」

「ちょっとしたトラブル?」


 天の疑問に、撫子はうんと頷いた。


「小学生の頃、家族で水族館に行った時に大和とお揃いで買ったヘアピンがあったんだけど、その日、私はそのヘアピンをなくしちゃったんだ」

「そのことに大和さんは怒ってたんですか?」

「私の推測になっちゃうんだけど、たぶん怒ってたと思うよ」


 つまり――撫子がお揃いのヘアピンを無くしたことに大和が腹を立て、それが今、二人が瓦解してる原因であるというのが、今までの話から導かれる結論だろう。

 ……大和が腹を立てたという推測は間違っていないと思う。

 仮に大和がヘアピンが『お揃い』であることに意味を感じ、大切にしていたのなら、撫子がヘアピンを落とした時点で、大和のヘアピンは無価値となってしまう。

『姉とお揃いのヘアピン』から『水族館で買ったヘアピン』へと、瞬く間に変身だ。

 そして大和は、そんな繋がりをもった特別なヘアピンを、撫子はいつものように軽率な行動をとって無くしたのだと推測して腹を立てたのだろう。

 と、ここまでは合点がいく。

 けど――それが姉妹の関係が瓦解した原因であるという結論には納得できない。

 ヘアピン一つで姉妹の関係が瓦解したというのは、絶対にないと全否定することはできないけど、それでもやはり無理がある。


「いつか光ヶ丘姉妹は仲が悪いって噂を聞いたけど、ほんとだったんだな」


 そんな風に俺が推測を立てていると、傍らで話を黙って聞いていた陽太が、納得したように独り言をもらした。


「……え? 陽太は始めから撫子と大和が双子ってことを知ってたのか?」

「名前だけなんだけどな。けどまさか撫子さんが大和の姉貴とは思ってなかったよ」

「ってことは……大和の方は知ってたのか?」

「そりゃあ勿論。校内では知らない奴なんていない鬼の風紀委員だからな。……まさか知らなかったのか?」


 まさかの知ってて当然展開。俺は視線を泳がせながら口を開いた。


「は、ははは、まさか。当然知ってますですけど?」

「うん。お前、ほんと嘘つくの下手だよな」


 虚勢を張って嘘をついたけど、陽太の言う通り、俺は大和なんて人物をさっきまで知らなかった。こういう周知の事実を把握してないところにも、俺の流行の疎さというか、コミュニティの狭さが露骨に表れてるよな。省かれてるみたいで少し寂しいです。 


「……撫子さんの話だけだと情報量が少なすぎますね。二人が疎遠になってしまった真の原因がまるでわからない」


 不意に無言で顎に手をやっていた天が、難しい表情をして呟いた。

 どうやら天もヘアピン事件が姉妹の関係が瓦解した真の原因であるとは思っていないらしい。負けず嫌いな性格が作用してか、それとも別の理由があってかは不明瞭だけど、天は情報が少ないにもかかわらず、出来事の真の原因について熟考しているようだった。


「無理に考えなくてもいいよ。私は話を聞いてほしかっただけだから」


 と、柔和な顔つきで天に優しく声をかける撫子は、以前までの関係が修復されることを既に諦めているかのようで。

 ……五年だもんな。その膨大な時間は諦めるには充分すぎるほどの時間だと思う。

 けど――


「……撫子は本当に今のままでいいのか」

「え?」

「大和とこの先も和解しないままでいいのか?」


 撫子はつらかったと思う。五年間も実の妹に拒絶されて。

 だから、撫子が関係の修復を諦めてしまうのも当然のことだと思う。

 しかし――矛盾するようだけど、本当にそれでいいのだろうか。

 大和が撫子を完全に拒絶していたとしても、撫子が直向きに大和に手を伸ばせば、関係を修復できる可能性は微かにだけどあると思う。なんせ大和が撫子を拒絶してる真の原因は現段階で定かではないのだ。解決の糸口はまだ発見段階にも至っていない。

 そんな野暮な状態で諦めてしまうというのはどうなんだろうか。

 可能性の欠片を余すことなく集めても解決策が見つからなくて。

 その時。人は初めて諦めるのではないだろうか。

 つまるところ――希薄な可能性が残っているのに、それを回収しないまま諦めてしまうというのは早いと思った。

 そしてその可能性は、撫子が大和に手を伸ばし続ける限り消えることはない。

 俺が真剣な眼差しをぶつけていると、撫子は笑顔という仮面を外して俯いた。


「……よくないよ」


 短くも撫子の目一杯の感情の詰まった声だった。


「本当は早く和解して仲良くしたいよ」


 それは撫子の確かな本心からの言葉で。


「昔みたいに大和となんでもないことを笑って過ごしたいよ」


 長年胸中に閉じ込めていたであろう願望で。


「大好きな妹と今みたいに殺伐とした関係のままなんて嫌だよ」


 けど、姉としての威厳が――強さが、そんな思いを覆い隠していたのだろう。

 妹の前で姉は弱音を吐いてはいけないという強さが。


「私は……自分が笑顔になれなくてもいいから、大和に笑って過ごしてほしいのっ!」


 ただの光ヶ丘撫子じゃない。

『光ヶ丘大和の姉の光ヶ丘撫子』がそこにはいた。

 すべてを差し置いて妹を思い、自らの幸せよりも妹の幸せを優先する。

 これが今まで現状を客観視することで息を潜めていた、光ヶ丘撫子の本来の姿なんだろう。……なんだ。いいお姉ちゃんじゃないか。

 諦めてなんかいない。撫子は大和との関係を修復したいと強く願っていた。

 ならば――次に俺がとるべき行動は決まっている。


「そうか。なら、『星空観察部として』その願いを叶えなくちゃだな」


 自信満々な表情で天と陽太に目配せすると――二人は目を点にして俺の言葉の意味がいまひとつわかっていない様子だった。


「え? 星空観察部ってなに?」


 撫子がきょとんと首を傾げた問うてきた。


「俺たち三人が立ち上げた部活のことだよ。まあ、絶賛部員不足で正式な部とは認められてないんだけどな。と、撫子ここで交渉だ」

「交渉?」

「ああ。……もし俺たちが撫子と大和の関係を修復できたら、星空観察部に入部してくれないか?」


これは俺たちにとっても撫子にとっても有益な提案だと思う。

 撫子は不仲を解消し、俺たちは部員を獲得する。うん。実にうぃんうぃんな提案だ。

 そんな俺の提案を聞いて、陽太は声を上げて笑った。


「ははは。なるほどな。にしても色、もうちょっと魂胆を隠すとかできないのか?」

「別に隠す必要ないだろ。相手は撫子だし」

「なっ! ちょっと色兄‼ 今私のことバカにしたでしょ⁉」

「撫子は人狼ゲームとかすごい弱そうだしな」

「唐突になんの話っ⁉ ……まあ、人狼になったらほとんど初日に殺されるけど」

「まっ、要するに撫子さんは素直でいい子ってことだよ」

「ああ。そういう解釈もできるな」

「やっぱバカにしてたじゃんっ⁉」


 と、愉快な談笑はここらで切り上げて。


「――で、どうだ撫子? この交渉に乗るか?」


 ここで撫子が提案に乗ってくれなければすべては始まらない。

 当然飲んでくれるよな? と視線に圧を込めていると、


「うん。わかった。色兄の提案に乗るよ」

「よしっ」

「ただしっ!」


 と、身を乗り出した俺を撫子が人差し指を立てて制した。

 あっぶな! あとちょっとで俺の唇と撫子の指が直接触れるとこだったぜ。

 俺と撫子は『接触』に関して縁があるようだ。……『接触』とかエロいのしか想像できないな。まあ実際、今朝のはラッキースケベだったんだけど。


「た、ただし?」

「無茶はしないこと。これだけは約束してね」


 おお。急にお姉ちゃんっぽいこと言い出したぞ。

 そういう撫子の表情には、少しだけ不安の影が落ちているように思えた。


「ああ。わかった。無茶はしないよ」

「うん。約束だよ」


 その言葉に頷いて、俺は天と陽太を向いた。


「というわけだ。二人も協力してくれるよな?」


 もっとも俺は、天の兄で陽太の親友。二人の返事なんて聞くまでもなくわかっている。


「親友の頼みだ。協力するに決まってるだろ」

「ほんと、兄さんはお人好しですね」


 よし、これで問題解決のための土台は完成だ。

 あとは、俺が立てた問題解決プロセスを四人で吟味して、それを実行へと移せば状況が変化するだろう。早ければ明日にでも変化があるはずだ。


「で、兄さん。解決のプロセスは既に立っているのでしょう?」


 さすが妹。そんなことまだ一言も口に出していないのに。


「ああ。まず明日の放課後なんだけど――」


 こうして俺は、光ヶ丘姉妹和解作戦の概要を話した。


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