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天の川は流れない。  作者: 風戸輝斗
正反対な双子
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「光ヶ丘。お前は一体何回遅刻すれば気が済むんだ?」

「す、すいませんっ‼ その……私の周りの時空だけ少しばかり歪んでまして」

「言い訳するな」

「いてっ」

「まったくお前って奴は……で、『平凡な方の星海』はなんでいるんだ?」

「平凡な方って……教師陣も俺をそんな風に認識してるんですね」


 このまま空気扱いされたらどうしようかと思ったけど、どうやら俺の存在は観測されていたらしい。呼称は相変わらず酷いものだけど。

 今、俺と光ヶ丘さんは職員室にいる。

 もっと詳しく言うのなら、爽やか系メガネの長身男性教師の前に並んで立っていた。


「だって事実だろ。双子の妹が優秀なんだから君が平凡になるのは必然じゃないか」


 この爽やか先生。初見だっていうのに自然な感じで話してくるな。


「まあそうですね。それに妹が優秀なのは兄として鼻が高いです」

「ははっ! なかなかにできた兄貴じゃないか。……と、無駄話はこの辺にして」


 視線の矛先が俺から光ヶ丘さんへと移った。


「今月の日直の仕事は来賓用の玄関の掃き掃除と校旗の掲揚だが、校旗の掲揚は教頭先生が済ませてくださった。だから……十分くらいか? を目処に、玄関の掃き掃除をしてくれ。で、終わったら俺に報告しに来るように」

「わっかりましたっ!」

「了解です」

「うん。いい返事だ。事情はよくわからんけど、星海も頼んだぞ」


 うん。俺もその先生の適当っぷりが気に入ったよ。


 来賓玄関は職員室の真横にある。

 壁の左手には優麗に部活動の賞状やらトロフィーのレプリカやらが飾られていて、その脇には規則正しく三段の棚に並べて入れられた真新しいスリッパがある。

 右手には少しも錆びていない金属製の下足入れがあった。

 ……うん。第一印象っていうのはやっぱり大事なんだな。この場所以外の金属製の下足箱はどこも錆び錆びだけど。

 俺と光ヶ丘さんは来客用玄関からは見えない場所にあるロッカーから各々にホウキを取り出して、埃の一欠片すら見たらないのに玄関を掃く。


「……」

「……」


 サッサッとホウキが床を擦る無機質な音だけがひたすら生成される。

 別に無言で掃除しなきゃいけないってわけではないと思うんだけど、共通の話題が見つからないからか互いに口を開けずにいた。


「…………」


 サッサッサッ。


「………………」


 サッサッサッ。

 ……さすがに気まずいな。これはもはや罰ゲームの域だぞ。

 約束された沈黙を破ってしまっていいのかと一瞬思い留まったけど、このままだと俺が気まずさで窒息してしまいそうだったから、生存するために思い切って口を開いた。


「あ、あのさ光ヶ丘さん」

「ん。どうしたの?」


 あ、掃除は無言でっていう小学生染みたルールを遵守してたってわけじゃないんだな。

 弛緩した空気に安堵の息を漏らして俺は続ける。


「光ヶ丘さんってさ、下の名前はなんていうの?」

「私? (なで)(しこ)って名前だけど……そういえば色兄はどうして私の名字を知ってたの?」


 俺の呼称は〝色兄〟で確定なのな。

 光ヶ丘さん改め――撫子は不思議そうに首を傾げた。


「昨日、『光ヶ丘っ!』って怒鳴られてるのを聞いたからだよ」

「あーあの時に……色兄は将来老人ホームで大活躍だろうね」

「なぜに老人ホーム?」


 これまでの会話の中に老人ホームなんて単語が飛び出す要素があっただろうか。

 疑問に思い問うと、その俺の問いが疑問であるように撫子は首を傾げた。


「え? だってそうでしょ? 色兄聞き上手だから、老人ホームのおじいさんとおばあさんも楽しく会話できるよ。相乗効果だよ」


 あーなるほど。聞き上手=高齢者との会話に最適ってことで老人ホームなのか。

 ……いや普通はそんな発想にならないだろ。

 光ヶ丘撫子という人物の発想は、人類にはまだ早すぎるのかも知れない。


「相乗効果って……撫子、それは俺に友達がいないことをバカにしてるのか?」

「えっ……」

「……」

「……」

「なんか言えよ……」


 この子、さては物語の終盤で実は宇宙人でしたとか言うんじゃないだろうな。

 実は一度会ってみたいとか思ってる自分がいるけど、やっぱり未知の存在は怖いから勘弁してください。遭遇するなら天と一緒に行動してるときにお願いします。


「色兄……私のこと……撫子って……」


 途切れ途切れにいう撫子。

 口元に手を当てて、まるで幽霊でも見たかのような表情をしている。


「……どうした撫子?」

「~~っ⁉」

「なぜ顔を隠したっ⁉」

「……――(そっと指の隙間から様子を窺っている)」

「な……撫子さん?」

「~~っ⁉」

「どうしてだよっ!」


 と盛大に悔しがりつつも、もしかしたら撫子は下の名前で呼ばれるのが恥ずかしいんじゃないのかと予測は立っている。

 新感覚のゲームみたいで楽しかったけど、ここらが潮時だろう。


「ごめん光ヶ丘さん。つい面白くてからかっちゃった」

「ぅぅぅ~(迷える子羊のような眼差しをぶつけてくる)」

「いやなんでっ⁉」


 二者択一じゃないのかよ!

 ……でも他になんて呼べばいいんだ?

 ヒカリン……いやがおちゃんか? しかし、なでこちゃんも捨てがたい。存外なーちゃんという可能性もある。うーん…………。


「嬉しかったんだ」


 ぽつりと、雨上がりの日だまりに水滴が一粒落ちたかのような声がした。

 小さく小さく。けれども確固たる意志をもった声音。


「私、双子の妹がいるんだけど、そ」

「えっ! 撫子も双子なのかっ⁉」


『双子』と聞いた瞬間に歓喜の感情が全身を迸って、つい興奮した声を上げてしまった。

 会話を途中で遮ってしまって申し訳ないけど、同級生の同類に会うのは初めてだから冷静さを保てるはずがない。


「……う、うん。双子だけど……」

「一卵性? 二卵性?」

「二卵性って聞いたけど……」

「おお! 俺と天と同じだなっ!」

「……ねえ色兄。さっきとキャラが違くない?」

「なにを言うんだ撫子っ! せっかく同じ境遇の奴を見つけたっていうのに、冷静でいられるはずがないだろっ⁉ ……撫子。今までつらかったな……」

「冷遇された前提っ⁉」

「なにを言うんだ。姉と兄は冷遇されるもんだろ? 例えば――」


 その後は一方的に俺が語っていた。

 なぜか俺だけ金額が設定された誕生日プレゼント。

 同い年のはずなのに莫大な差がつくお年玉。

 天は新品ばかりなのに俺だけ従兄弟のお下がりばかりの服。

 双子の姉である撫子だからこそ共感してくれそうなことを俺はひたすらに語った。

 その話題の数々に撫子は、時には笑いながら共感し、時にはしかめた表情で反論をしてきた。

 そんな天真爛漫な彼女は楽しそうで。

 けど――時折見せる寂しそうな表情が気にかかった。


「撫子。なにか困ったことがあったら俺に相談しろよ? なんせ俺たちは『双子の長同盟』を結んでるんだからさ」

「そんな同盟を結んだ覚えはないけど……うん。なにか困ったら相談するね」


 こうして俺たちは来賓用玄関の掃除を終えて、爽やかメガネ先生に掃除終了の報告をした。

 あんまり掃除してないような気がするけど……やったことには変わりないよな。


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