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「――そういえば兄さん! 部活を作りましょうよ!」
――昼休みの教室。
昼食を終えて俺、陽太、天の三人で机をくっつけたまま駄弁っていると、天が突拍子もないことを言い出した。
「なにがそういえばなんだ。俺はそんなこと言った覚えはないぞ」
俺が軽くあしらうと、天はむうと頬を膨らませた。
「兄さんが言った言ってないはこの際どうでもいいんです!」
「どうでもいいのかよ……」
「大事なのは新たな部活を作ることです!」
ピンと人差し指を前に突きだし、天は高々と宣言した。
部活ねぇ……無所属だから別にいいんだけど、なんで今さらなんだろう。
「……けど新しい部活を発足させるためには部員が最低でも五人は必要だぜ? 他の部員に目処はついてるのか?」
陽太の指摘に、天はうーんと難しい表情を見せた。
「とりあえずは……私、兄さん、陽太で三人はいますね」
「俺も当然のようにカウントされてるんだな……」
「拒否権もないんだよな……」
陽太と目を合わせて二人揃って肩を落とす。
昔からだけど天がなにかすると言い出したら、俺と陽太に拒否権はない。
「あーあ。俺の無所属放課後フィーバータイムも今日までか~」
「ん。なら陽太はこれから省きましょうか? ありとあらゆる面においてですけど」
「天様。参加させてください」
「うん。やっぱり陽太は素直でいい人ですね」
恐怖政治と同じやり方じゃないか。それ半強制どころか完全強制だぞ。
かくして陽太の無所属放課後フィーバータイムは終わりを迎えた。
「――で、部活って具体的にはどんな部を設立するんだ」
運動は苦手というかあまり好きじゃないから、できれば文化系の部活にしてほしい。
そんな願望を目に宿してると、さすがは妹といったところか、俺の意思を汲み取ったようにこくりと頷いて言った。
「星空観察部です」
「ははっ! 夜間しか活動できないじゃないか!」
小馬鹿にしたように陽太は笑い飛ばした。
そんな陽太にむっと頬を含ませて、ジト目をぶつける天。
「なんですか陽太。文句があるんですか」
「いやいや。むしろ楽そうでいい。それに――星空観察ってのは建前だろ?」
さすがは小学生の頃からの腐れ縁。天の思考がよく理解できている。
陽太の言うとおり、天は『星空観察』を目的として部を設立しようとしているのではなく、『星空観察という建前』を利用して部を設立し、なにか別のことをしようとしているのだろう。
真意を見透かしたような俺たちの視線に、天はにっと口角を釣り上げた。
「その通りです。――『星占い』を通して悩める人の手助けをすること。それがこの部を設立する真の目的です」
得意げに天はいうが――それはいまひとつパッとこない。
「それって要するに『人助け』だろ? 人助けをすることが天の目的なのか?」
『人助け』というのは献身的だと讃えられて当然の行為だ。
行為の裏に欺瞞があろうが、その行為自体が偽善的なものであろうが、それは『善』として讃えられる。故に行為を行った者は爽快感というものが毎度得られるだろう。
その爽快感を目的として天が『人助け』を行おうと言うのならば、俺は兄として妹の考えが間違いであると指摘しなければならない。妹にそんな腐った人間にはなってほしくないからな。
けど――俺は天がそんな人間じゃないことを知っている。
だから、天が立てたこの作戦にはさらに裏があると思うのだ。
俺の問いに――やはり天は首を振って否定した。
「いいえ。真の目的は――兄さんのコミュニティを拡大させることです」
白くて繊細な指が俺を指した。
「……え?」
「なるほど。確かにそれなら筋が通ってるな」
人助け=俺のコミュニティの拡大という方式が俺にはよくわからないけど、黙って話を聞いていた陽太は理解できているらしい。
「……陽太。どういうことだ?」
「ん。……天、俺から話していいのか」
こくりと頷いて天は肯定。
「どっから話したもんか……まず前提なんだが色、お前は友達が少ない」
「……友達が多ければいいってわけでもないだろ」
と、力なく反論してみたけど、実際のところ俺は友達が少ない。
小学生、中学生の頃はそれなりに友達がいたけど、高校生になってからは陽太以外に友達と呼べる存在はいない。正確にはもう一人いたけど。
けど俺は友達が一人しかいないことに不満を感じたことはない。
天と陽太。二人さえいてくれれば俺はそれだけで充分に楽しいからだ。
……それに二人なら誤って傷つけてしまうこともないだろうし。
「――で、そんなお前の友達増やそうぜ計画が、部の設立ってわけだ」
「俺にはどうして部の設立と友達増加が直結するのかわからないな」
「まあただの部なら、設立と友達を増やすことは直結しないだろうな。……ただ天が設立しようとしているのは『人助け』を目的とする部だ。だから依頼者と俺たちの間に『絆』が芽生える。で、この『絆』こそが天の狙いだ」
人助けに絆か……確かにそれなら俺にも友達ができるかも知れない。
相手を充分に理解した上でなら、
『あのさ色。もう私に関わらないでくれるかな』
……一年前のような間違いを犯さないで済むだろう。
「なるほど……よくできた計画だな」
「いいや色。この計画はまだそれだけじゃない。……あとは天、お前から話せよ」
陽太に顎で促されて、天は大きなため息をついた。
「はあ……私の思考をほぼ完璧に代弁するなんて、陽太あなたエスパーですか? まあ会話の手間が省けて助かったのは事実ですけど。……それでもう一つの目的ですが――兄さんの恋を発展させます」
「へ?」
……今なんて?
「具体的には新入部員に蒼崎月乃を抜擢しようと考えています」
「……本気か?」
「兄さん。私が嘘をついたことがありましたか?」
人形みたいに綺麗な顔を傾けて問い返されてしまった。
……思えば天が俺に対して嘘をついたことって一回もないな。それを素直な妹だ! 素晴らしい! と讃えていいのかは知らないけど。
そんなことを考えていると、天はつまりと前置きし、びしっと俺を指差した。
「これは兄さんの『現実充実大作戦』なんです!」
「現実充実大作戦とな」
意味もなく復唱して婉曲に疑問を示すと、天はうんと頷いて言葉を続けた。
「友達が少なく、未来に希望を抱いていない兄さんは、日頃からこう感じているはずです。――『現実がつまらない』と」
「……っ⁉」
……まさか妹にここまで思考を見透かされているとは。
確かに俺は胸が躍るほど現実が楽しいものだとは思っていない。
当然だ。言うなれば俺は毎日を作業のように熟す――空の存在。天と陽太がいるとはいっても、部活にも勉学にも趣味にも恋愛にも、没頭していないのだから。
「兄さんがそう思ってしまうのは、他者との関わりを断絶しているのが原因なんです。もっと多くの人と触れ合えば、将来に希望が差すでしょうし、現実が本当は楽しいものだって気づけるはずなんです」
「っていっても、現実は校内で殺人事件とか、クラス揃って異世界転生とか、そんな非現実的なことは一切起きないんだけど」
もし起きたらすげえ面白いんだけどな、と無邪気に笑いながら陽太は付け加えた。
……他者との関わりを断絶か。
俺だって、孤独を極めたくて深い関わりを避けてるわけじゃないんだけどな。
天と陽太を見据えると――二人は優しさに溢れた笑顔を浮かべて俺の言葉を待っていた。
「……でも二人はいいのか? 部を設立したところで俺しか得しないぞ」
二人が俺のために時間を割くということに申し訳なさを感じて問うと、
「ほんと優しい奴だよな色は」
眉をひそめながら陽太は言った。
「……お前はさ、いつも誰かのことを考えすぎなんだよ。『あの時』だって自分のことを顧みずに飛び込んだから傷ついて……少しは自分を大切にしろよな。お前が傷つくと、俺と天もつらいんだ」
「陽太……」
「だからこれはあの日の贖罪だ。色がうしろめたさを感じることなんてないよ」
そう言って陽太はニカッと笑った。
……贖罪ってなんだ。あの時俺以上に傷ついたのは陽太じゃないか。
なのにこいつは自分を棚に上げて俺を励まして……お人好しは陽太じゃないか。
……なんて葛藤が渦巻いてるのに、俺の目頭は陽太の優しさに熱くなって……。
「なんだ色。泣いてんのか?」
「う、うるせ――っ!」
「ははっ! 可愛い奴だな」
そう言って陽太は楽しそうにわしわしと俺の髪を毟ってきた。
可愛いってなんだよ。可愛いって。それ褒め言葉なのか。
陽太のわしわし攻撃が一向に収まらずに困っていると、不意に天がふふっと笑みを零した。
「兄さん猫みたいで可愛いですね。家に帰ったら私も撫でていいですか?」
「ダメだ」
俺の即答と同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。
時刻は一時一〇分。放課後まで残り二時間だ。
……部活か。その馴染みのない響きに、俺は少しだけ胸を弾ませていた。