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天の川は流れない。  作者: 風戸輝斗
灰色の青春
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「――うっす色。今日は天と喧嘩でもしたのか」


 突然名前を呼ばれて、びくりと肩を震わせながら声の先を向くと、見知った顔の男子生徒が立っていた。

 炎天下の中登校してきたばかりだからか、風にたなびく茶髪はほんのりと湿っていて、制服も汗ばんでいるけれど、それでも男子生徒が苛立った様子は少しもない。

 手を団扇にしてはたはた扇ぐ姿が、やたらと輝いて見えた。

 ――(あま)(みや)(よう)()

 小学生の頃からの友人だ。……いやここは強気に親友と言っておこう。

 なんせ陽太以外に友達って呼べる存在が俺にはいないからな。


「天には俺と違って友達がいるんだ。いつもいつでも俺と一緒ってわけじゃないよ」

「ははは。さらっと自虐すんなよ」


 朗らかに笑いながら陽太は俺の前の椅子に座る。


「しかしまあ、天は昔から色のことが好きだよな。可愛いし彼女にしたらどうだ?」

「できるか。そんな禁断の恋を俺は望んじゃいないよ」

「ほう。ならオーソドックスな恋は望んでいると?」

「……まあ一応はな。けど、半ば諦めてるようなもんだよ」


 高校生活と言えば薔薇色。薔薇色と言えば高校生活なんて呼応関係があるけど、あんなの嘘っぱちだ。正確には(上位カーストの)高校生活と言えば薔薇色。(上位カーストの間で)薔薇色と言えば高校生活だろう。もっとも、そんな呼応関係が適応されるのはクラスの半分くらいなんだろうけど。もう半分は敗者。俺とかな。

 そんな底辺が理想をほざくのも虚しいと思い、卑下するように否定の言葉をもらすと、


「――お前はそれでいいのか?」

「え?」


 陽太が愛憐の表情を浮かべて問うてきた。


「いいか色。高校生活は人生で一度しか味わえない。泣いても笑ってもリトライはできないんだ」

「お、おう……」


 なんか得意げに語り出したけど……なにが始まったんだこれ? 人生講座か?


「高校時代をどう過ごそうが当人の勝手だ。バイト……は校則で禁止されててできないけど、部活に勉学。趣味に恋愛。なにに没頭しようが俺は正解だと思う。ちなみに俺は、中学時代バスケに忙殺された分、高校時代を謳歌しようと思って無所属を選んだんだ」


 なるほど。だから陽太は無所属なのか。

 陽太の場合、友達と放課後を満喫することが高校生活でやりたかったことなんだろう。

 中学時代はバスケ部で地区選抜にも選ばれたほどだったのにどうして急に無所属を選んだのかと思っていたけど……そんな理由があったんだな。


「で、だ。……色、お前は今までの高校生活でなにかに没頭したか?」


 親友の言葉だからだろうか、それとも確信めいた口調だったからだろうか。

 その言葉はやけに重たく胸に響いた。


「俺が、没頭したこと……」


 さっき陽太が挙げた四つの例を自分の記憶に問いかける。

 部活……時間に拘束されるのが嫌で、無所属でいることを選んだ。

 勉学……日々課題を業務のように熟すだけで、そのことに意味を見出せてはいない。

 趣味……まばらに浮かぶけど……これだ! と自信をもって言えることはない。

 恋愛……淡い願望はある。けど行動には起こしていない。


「……」


 ダメだ。没頭したと自信をもって言えることがなにひとつない。


「まあだろうなとは思ったよ。俺はお前をずっと近くで見てきたからな」


 その言葉からは一切の落胆を感じない。


「けどさ……お前はそれでいいのか?」


 さっきと同じ言葉だ。けどさっきと違い、今の俺はその言葉の真意を知っている。

 ――このまま高校生活がなにもないまま終わるけどいいのか?

 恐らく陽太は遠回しにこう言っているのだろう。

 ……俺は別に高校生活が薔薇色でなくてもいい。

 天と陽太がいるのならそれだけで充分だと思っている。 

 ……そう心の底から思っているはずなのに。なんだこのやるせなさは。

 そのやるせない気持ちをどうすれば鬱憤できるのかわからなかったから、


「……嫌だ」


 到底自分が言ったとは思えない言葉が零れたのだろう。


「ふっ。ようやく正直になったな」


 顔を上げると、陽太は満足げな表情を浮かべていた。

 その笑顔には慢心が溢れていて……けれどどこか優しくも感じる。


「――じゃ、早速月乃にアプローチするか!」

「なっ⁉」

「ははは。今の反応は……どうやら俺の読みが正しいみたいだな!」

「ど、どうして知ってんだよ……」


 頬が紅潮するのを感じながら、俺は視線を陽太から外してある一点へと向けた。

 視線の先には一人の女子生徒。

 周りにも数人の女子生徒がいるけど――俺には一人の女子生徒しか目に入らない。

 ――(あお)(ざき)(つき)()

 このクラスの級長にして、学年で最もモテると噂されている人物だ。

 髪型は王道の黒髪ロング。黒髪ロングは性格がキツいみたいな暗黙の風潮があるけど、彼女からはまるで威圧感を感じない。きっと優しい顔つきと温柔な性格がそう思わせてくれるのだろう。『月乃が笑えば華が咲く』みたいな慣用句があっても違和感を覚えないレベルで、彼女は常に神聖を纏っていた。

 そんな彼女に――俺は好意を寄せていた。


「だって俺が月乃と話すとき、お前毎回リスみたいに縮こまってんじゃん。毎回だぞ? さすがに気づくっての」


 呆れたように陽太はいう。

 毎回って……それはつまり陽太は蒼崎さんと話すとき、毎度俺を観察してたってことだよな? こいつの視野どうなってるんだよ……。


「はあ……その通りだけどさ。で、俺が蒼崎さんに好意を寄せてると知ったところで、陽太はなにかしてくれるのか」

「ああ勿論だ。色とは親友だからな!」


 陽太は親指をピンと立てて大海原の如く笑ってみせた。なんだこの安心感。もし背中を任せる機会が訪れたら、迷わず陽太に任せたい。


「というわけで――おーい! 月乃!」

「ちょおまっ⁉」


 あろうことか陽太は手を振って蒼崎さんを呼んだ。

 俺が好意を寄せていると確認した上で、だ。

 ……嫌な予感しかしない。

 蒼崎さんは声が届くと、陽太の手招きに応じてこちらへてくてくと歩いてきた。

 そして――


「なにか用かな?」


 女神が俺の背後に降臨した。その愛らしい声を間近で聞くだけで、俺は悶え死にそうになる。だからやっぱり、リスのように縮こまってやり過ごそうと試みた。

 ――が。今回はそうはいかなかった。


「いや用があるのは俺じゃない。色だ」

「え、色くん?」

「………………へ?」


 予想外の事態に動揺して、凄く気の抜けた返事をしてしまった。

 今陽太、俺が蒼崎さんに用事があるって言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?

 その答えは、蒼崎さんの行動が静かに物語った。


「そういえば……こうやって一対一で話すのは初めてだよね」

「あ、う、うん……初めてだよ」


 き、聞き間違いじゃなかった――っ!

 今の言葉は、俺の方角へ、俺の目を見て、放たれたものだった。つい反射的に返事をしてしまったけど……う、うおぉお! 初めて蒼崎さんと話したぁあぁ!

 声には出していないけど、俺は間違いなく人生で一番興奮していた。

 やばい。心臓飛び出そう。


「へへっ、ワンフレーズで二回も噛むなんて、色くん面白いねっ」


 その声に閃光の如き反射で顔を上げると――蒼崎さんが無邪気に笑っていた。

 へへって……笑い方可愛すぎかよ。控えめに言って最高です。


「い、いや、わざとじゃない、んだけど……」

「ははっ、また噛んでるっ!」


 と、蒼崎さんは腹を抱えて楽しそうに笑う。

 蒼崎さん……俺みたいな地味な奴とでもこんな楽しそうに会話してくれるんだな。

 転生して蒼崎さん家のペットになりたいと思いました。


「あ~面白い面白い……――で、話ってなんだったかな?」

「あ、えっと……」


 話のテンポが悪くて申し訳ないけど、これに関しては陽太に文句を言ってほしい。

 蒼崎さんの背後でニヤニヤしている陽太に『どうすんの?』と目で問うと、陽太は両手の人差し指をくるくると回し――ガッツポーズをしてドヤ顔した。

 いやわからんて。なにそのジェスチャー。人類には早すぎたんじゃないの?

 しかし――『俺が蒼崎さんに用事があって呼んだ』という前提があって成立しているこの状態で、なにも用事がないなんて言えるはずがない。そんなことしたら、俺の株が大暴落すること間違いなしだ。

 こうなったら――


「――蒼崎さんがどんなシャンプーを使ってるのか知りたい……って、天が言ってたんだけど、教えてくれないかな」

「そ、天ちゃんが、だよね? ……はあ~てっきり色くんが変態さんなのかと思っちゃったよ……」


 胸を撫で下ろして一息つく蒼崎さん。

 俺も途中で蒼崎さんが顔を引き攣らせたときは社会的に死んだと思ったけどな。……でも蒼崎さんに『変態っ!』って罵られるのも、それはそれでありかも知れない。おい欲望が溢れ出てるぞ俺。

 けど……これでとりあえずは危機を回避できただろう。


「私の使ってるシャンプーは、学校の近くの薬局に売ってるんだけど――」


 そんな蒼崎さんの話を授業よりも数倍熱心に聞いていると、どこからか冷たい視線を感じた。横目でその視線の主を確認すると――冷めた目で俺を射殺さんとする天がいた。


「天ちゃん? どうしたの怖い顔して?」

「……いいえ。なんでもありません。……ブロッコリーの栽培方法はですね――」


 こ、こえええっ! なに今の⁉ 視線だけで死にかけたんだけどっ⁉ 

 もう少しで『視殺死』という世にも珍しい死に方をするところだった。

 現代版メデューサなのかあいつは……。


「――なんだ。……色くん?」

「ん? どうかしたかな」


 ……まずい。平静を装ってるけど後半まったく話を聞いてなかったぞ。


「……なんか青ざめた表情してるけど大丈夫?」


 ほっと安堵の息が零れ出た。

 とりあえずは話を聞いてなかったことを指摘されなくて一安心だ。


「冷房が効きすぎてるからかな? ちょっと肌寒いし」


 身体を抱え込むような仕草をしながら言うと、蒼崎さんは同情からか憂色を濃くした。


「それはよくないね。少しだけ冷房の設定温度上げておこうか?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして。私が話したこと、あとで天ちゃんに教えてあげてね」


 そう言い残して、蒼崎さんは冷風調節器がある教室の入り口付近へと駆けていった。

 と、一段落したところで。


「陽太。アドリブでさっきみたいなのは勘弁してくれよ」

「悪い悪い。色と月乃に接点を作ろうとちょいと強引なことしちゃったな」


 片目を閉じて、表情に反省の色を浮かべながら、陽太は後頭部を掻きむしった。

 反省する際に片目を閉じるのは、陽太の昔からの癖だ。


「でも色。よく頑張ったじゃないか。俺、少し感心しちゃったぞ」

「誰目線の感想だよそれ」

「親友目線の感想だよ」


 考える仕草などまるで見せずに、陽太は得意げな笑顔を浮かべて言った。

 その容姿にハイレベルなコミュニケーションテクニックとか、チートスペックかよ。


「けどまあ、天の視線にビビっちまったのが残念だったな。最後の方、月乃の話聞いてなかっただろ?」


 確信を持った強い眼差しがぶつけられる。


「そうだな……でもあれは仕方なくないか? あれめっちゃ怖かったんだぜ?」


 その反論に、陽太は頷いて肯定を示す。


「まあ、天も大好きな兄貴が月乃に取られそうで嫌だったんだろうな」

「仮にそうなら独占欲が怖いよ」


 ほんと、いい加減兄離れをしてほしいものだ。


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