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『じゃあまずは決行の日時なんだけど……明日の昼休みなんてどうだ?』
四人の顔色を窺いながら色はいう。
『昼休み、ですか。……確かに、万一の可能性を考えるのなら昼休みに行動を起こすというのが最善策でしょう。昼休みと放課後、どちらも確実に彼女らが視聴覚室にいるとは限りませんからね』
『昼休みか~……じゃあ私と大和は色兄達の教室でご飯食べなきゃだねっ!』
撫子は両手を合わせて朗らかに笑う。
『大和はいいんだけど……撫子かあ……』
そんな撫子とは対照的に、陽太は曇った表情でため息をもらす。
『え……陽太くんは私とご飯食べるの嫌なの?』
『騒がしそうだから嫌だな』
『どストレートだっ⁉ ……色兄と天ちゃんは嫌じゃないよね?』
不満に揺らぐ黄金の瞳が――まずは色に向く。
『俺は別に嫌じゃないよ。確かに撫子がいたら騒がしそうだけど、たまにはそういうのもいいんじゃないかな』
『色兄……』
感動に瞳を潤ませながら――続けて天。
『私も撫子さんが昼食にご一緒するという案には賛成ですよ。いつも男二人に挟まれて華がないので、撫子さんみたいな可愛い方がいてくれると目の保養になります』
『お前にとって俺と陽太は有害物質なのかよ。さすがに泣くぞ?』
『天ちゃん……だってさ大和! 明日のお昼は楽しそうだよ!』
色の小言を無視して撫子が大和を向くと――大和は顎に手をやってなにやら熟考している様子。
『……大和?』
『ん。……ああ、すいません姉さん。少し考え事をしていました』
張り詰めた表情を笑顔へと変えながら大和はいう。
『考え事というのは明日の作戦の概要についてですか?』
天が問うと――大和は黄金の瞳を大きく見開いてパチパチと瞬かせた。
『さすが天。観察眼が常軌を逸していますね。色とは大違いです』
『その俺を劣化品みたいに言うのやめてくれませんかね? まあ実際、天と比べたら劣化品なんだろうけど』
『ちなみに、色の立てた計画の概要がどのようなものか話していただけませんか?』
『俺が卑下したことに対してのフォローは少しもないんだな……』
はあとため息をもらすと、色はおもむろに口を開いた。
『まず役割分担なんだけど、二人と対峙するのは俺と陽太だけにして、三人には裏方に回ってもらおうと思う。五人でっていうのはちょいと過剰な気がするからな』
『そうですね。対峙するのはできるだけ少数の方が効率的でしょう』
大和は頷いて色の意見に肯定を示した。
『まあ効率面を重視したっていうのもあるんだけど、俺の立てたプロセスは少々過激なもんだから、女の子には見せられないなと思ったんだ』
『過激って……っ! まさか色兄……どさくさに紛れて月乃ちゃんとあんなことやそんなことをっ⁉』
『しません。具体的に言うとだな、俺がその……柏田先輩だっけ? にボコスカに殴られて、それを暴力問題だと大和が指摘して、蒼崎さんが一人になったところでこれまでの経緯を聞き出して、事態が収束するってのが俺の考えたプロセスだ』
『殴られるのが前提って……さてはお前Mなのか?』
『違うから。俺はノーマルのNだから。誰もやりたくないだろうなと思ったから、この役を引き受けただけだよ』
『また兄さんは自分だけ傷つこうとする……その案は却下ですね』
『だろうな』
自分の意見がボツになることを予め悟っていたかのように、色は焦った素振りを見せることなく相づちを打つ。
『私が暴力問題だと摘発する……摘発……摘発……っ! 閃きました!』
大和は勢いよく立ち上がって、黒板の前に置かれた一本のチョークを手に取る。
『色のプロセスは誰かが直接的に傷つくことが前提にあるから頷くことができない。しかし、柏田翼を摘発するというのはかなりいい点を突いています。そうすれば、後に風紀委員会で洗いざらい彼の悪行を露わにすることが可能ですからね』
『……でもさ、その考えだと誰かが傷つくってことは必須事項になるんじゃないか? 大和っていうか風紀委員が柏田先輩を摘発するためには「目に見えた非道徳的な行為」が必要だろ?』
色が反論を唱えると、大和はビシッと色を指差して微笑んだ。
『その通り。誰かが傷つくことは必須です』
『は?』
色はわけがわからないという声をもらす。
『ただし――「目に見えない非道徳的な行為」でですけどね』
『お前らの会話のレベルが高すぎてついていけねぇよ……』
陽太が考えることを放棄したかのように、ぐでーと椅子にもたれかかると――不意に天が「なるほど……」と感嘆の言葉をもらしながら顔を上げた。
『つまり――「確信的な言葉」を引き出すことで柏田先輩を摘発するというのが大和さんの考えなんですね』
『さすが天。理解が早くて助かります。……色とは大違いですね』
『そのラグを作ったんならわざわざ言わなくてもいいだろ……』
『ではわかりやすく説明していきましょう』
大和は黒板に文字を綴っていく。
『まず役割分担ですが、これは色の考えた裁量を適用したいと思います。対峙するのが少人数の方がやりやすいということには、私のプロセスも変わりありませんからね』
『はいはいー大和先生ー撫子ちゃんは放置ですかー?』
剥れながら撫子がいう。
『まさか。姉さんにも私と天と同じ場所で働いてもらいますよ』
『うっ! 働くってのはなんかやだなあ……』
『どっちなんですか姉さんは……』
呆れたようにため息をもらすと、大和は向き直って話を続ける。
『まあ女性陣の役割は後に話すとして。……この計画が成功するか、はたまた失敗に終わるかはすべて色の行動にかかっています』
爛々と輝く黄金色の瞳が色を捉えた。
『うわ~重いなーやだなー逃げたいなあ……』
『兄さん。蒼崎月乃がかかってるんですよ? いいんですか逃げてしまっても』
『うっし! みんな全幅の信頼を俺に寄せてくれ』
『色兄も単純だなあ……』
そんな和ましい会話を温かい目で見つめながら、大和はわざとらしく咳払いする。
『んっんーっ! ……で、具体的に色になにをしてもらうかというと、柏田先輩の反感を買ってもらいます』
『……つまり怒らせろと?』
『はい。その通りです。柏田翼を不快にさせて、その隙に陽太が蒼崎月乃から事情を聞き出す。それを陽太が大声で木霊して柏田翼が逆上したのならば条件はクリアです』
『クリアって……根本的な問題がなにひとつ解決していないじゃないか』
色が困り顔でいうと――大和は得意げな笑顔を浮かべた。
『確かにその時点ではすべての問題を解決することはできないでしょう。けれどそれで構いません。なぜなら――その一部始終をレコーダーに録音して後に解決するというのがこの計画の本筋なんです』
その言葉に天が頷いた。
『現状で柏田翼を摘発できないのは証拠がないから。つまり、逆に考えれば証拠さえあれば柏田翼を摘発することは可能なんです。兄さんの言った「暴力」という直接的な証拠も勿論効果的ですが、「言葉」という間接的な証拠も記録さえあれば直接的な証拠となんら遜色のない効力を示します。それにこれなら誰も直接は傷つきません』
『柏田先輩が逆上したときに俺も陽太も殴られなければ、だけどな。……けどこの作戦は悪くないな。これでいってもいいんじゃないか?』
唖然とした表情を浮かべる陽太と撫子に色は問う。
『んー誰も傷つかないっていうのなら、その作戦がいいんじゃないかな』
『俺も同じだ。傷つかないってのに越したことはないと思うからな』
『賛成二票っと。で、俺も天も大和も賛成だから……これで決まりか――』
『待ってください兄さん』
明日の作戦の概要が確定する直前。天の言葉で一同がしんとする。
『……どうした天? なにか不服なことでもあったか?』
『不服ってわけではないのですが……どうせならもっと徹底的にやりませんか?』
拳をきゅっと握り締め、その仕草には似つかわしくない言葉を天は口にする。
『徹底的にって……これ以上なにかできるのか』
『はい。できます』
躊躇うことなく天は断言した。
『まず確認なんですが……大和さん。貴方はレコーダーの音声を風紀委員会だけで共有しようとしていますよね?』
『はい。そのつもりですが』
『しかし、それだと万一に風紀委員会の力だけでは解決できなかった際の不安が残ってしまいます。ですから――職員室と三棟にその音声を共有するのがいいと思うんです』
『――っ! ……なるほど。それは言えていますね』
顎に手をやって大和は首肯する。
『……ですがなぜ職員室と三棟に限定するのですか? 全校に情報を共有してしまっても構わないと私は思うのですが……』
『柏田翼を完全に潰すということだけが目的だったのなら、それもよかったでしょう。しかし、この計画の目的はあくまで蒼崎月乃を救出すること。一件の収束後を考慮するのならば、最低限で穏便に事を済まし、いつの間にか事件は解決をしていたという体を装うのが得策でしょう。全校に情報を共有してしまうと、蒼崎月乃が同情や白々しい目で見られてしまうという可能性を無下にはできませんからね』
『確かに……私の考えが少し浅はかでしたね』
『もう二人がなに言ってるのかさっぱりだよ~』
『考えるな撫子。感じるんだ音波を』
『音波で察知とかお前はコウモリかよ……』
そんな三人を無視して、天と大和の議論は続く。
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『――では、これでいきましょうか兄さん!』
『俺、後半完全に外野だったんだけど……』
そんな憎まれ口を叩きながら、色は黒板に書かれた教科書体みたいに綺麗な字を素早く読んでいく。
『……これでいけるか?』
『はい。臨機応変にアクションを変えることにはなるでしょうけど、とりあえずはこの計画を基盤にしていきましょう』
この無駄な三人称が足を引っ張ったような気がするなぁ。
けど、こうしないと難しそうだったし、うーん……まぁ、過去は過去だよね!