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天の川は流れない。  作者: 風戸輝斗
噂は所詮、噂どまり
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 翌朝。俺と天が教室に入ると、珍しく陽太の姿があった。

 陽太は俺たちに気づくと、おっと声を上げて手招きしてくる。


「二人ともおはよう。相変わらず仲のいいことで」

「まあ実際仲いいしな。……で、陽太はなんでこんな早くから学校にいんの? 家でも燃やされたか?」

「家が燃えたら学校どころじゃないだろ。……月乃を勧誘するためだよ」


 そう言って、陽太は蒼崎さんの席を親指で指した。


「相変わらず綺麗だな……」


 彼女は今日も、異彩を放ちながらクラスの中心に鎮座していた。

 今日も笑顔が頻繁に垣間見えて、俺は彼女のそんな姿を遠くから見つめているだけで幸せを感じてしまう。彼女の笑顔はこの世のどんなものよりも美しく思えた。


「……そんなニヤついてたら気色悪がられますよ」

「はっ! いけないいけない。至福のあまり昇天するところだったよ」

「兄さんの人生は楽しそうですね……」


 眉を困ったように捩らせながら天は言った。なんかごめんなさい。

 と、そんな会話が断ち切られた瞬間を見計らって、陽太が重々しく口を開いた。


「あーそんな至福の余韻に浸ってる色に残念なお知らせなんだが……月乃は諸事情があって星空観察部に入部できないそうだ」

「……マジで?」

「ああ。残念ながらな」


 ……なんだろう。この公開を一年延期した映画が公開一週間前になってさらに一年延期を発表したかのような感覚は。……そうか。これが絶望ってやつか。

 ものすごく期待していた分、希望とは真逆の方向に自体が転じてしまったことに強いショックを受けてしまった。


「諸事情って……けど蒼崎月乃はどの部にも所属していないはずです。どうして陽太に嘘をついてまで勧誘を断ったんでしょう」


 顎に手をやって天は難しい表情をする。

 どうやら蒼崎さんが入部する可能性をまだ捨てきってはいないようだ。天は意固地なところがあるから、こうなってしまってはなかなか諦めないだろう。

 ……けど確かに。どの部にも属していないのに『諸事情』っていうのは少し引っかかるな。


「さすが天、理解が早いな。けど、生憎俺も月乃のすべてを知ってるってわけじゃない。『諸事情』ってのがなんなのかはよくわからないよ」


 お手上げだと言わんばかりに首を振りながら陽太はいう。


「そうですか。陽太でもわからないとなると……少し厳しいかも知れません」

「そーだな。もしかしたら、月乃を諦めて他の奴を勧誘するってことになるかも知れないな」

「それはできれば避けたいのですが……まあ最悪の場合はそこに帰着しますね。とりあえずは、蒼崎月乃のことについて各々で探りましょうか」

「了解。月乃と仲のいい奴にそれとなく探りを入れておくよ」


 どうやら二人の間で今後の意向は固まったらしい。


「……で、俺はなにをすればいいんだ?」

「兄さんは人脈が狭いですし、かといってクラスメイトに急に話しかけでもしたら反って怪しまれそうなので、大人しくしていてください」

「戦力外通告ですか……」


 まあ人脈が狭いっていうのは事実だし仕方ないか。

 ここは親鸞のように他力本願の考えを尊重することにしよう。

 ……二人とも俺のために行動してるのに、当の本人は不動ってどうなんだろうな。


 * * *


 授業間の空き時間。

 尿意を感じて教室を出ると、撫子と大和とばったり出会した。


「お、色兄! おっはよー!」

「おはよう撫子……と、甘えん坊の妹さん」

「だ、誰が甘えん坊の妹ですかっ! まあ実際、姉さんに甘えていますけれども」

「開き直るんなら、否定する必要なかっただろ……」


 素直になればいいものを。けど、本音をもらすようになっただけ成長か。


「……あれ? 大和、あの可愛いカチューシャ外したのか?」

「か、可愛いだなんてよく軽々しく言えますね……これを見てください」


 と、大和が指を指した先にあったのは――不格好なヘアピン。

 大和が大切にしていたヘアピンの片割れだ。

 ……ということは、


「見て見て色兄! 大和とお揃いなんだよ!」

「おー五年ぶりにお揃いにしたのか」

「うん! 五年分の時間を取り戻すんならまずはここからって思ってね!」


 眩しいほどの笑顔を浮かべながら撫子はいう。

 この姉妹なら五年分の思い出なんて簡単に作れそうだな。


「あっ、そういえば大和。色兄に言わなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」


 両手をパンと叩いて、撫子はそんな話題を切り出した。


「え……ですが、その……改めて言うとなると……は、恥ずかしさが勝ってしまい……」


 ……あの氷結の女王が顔を真っ赤にしながら、身を捩っているという現実が信じられなくて頬をつねってみるけど……うん。これ現実みたいですね。

 ……なにこれ? 俺、告白でもされんの?

 そんな大和に、撫子は「大丈夫大丈夫」と軽い口調で追い風を立てる。

 ですが、ですがと躊躇い続けた大和だったけど、やがて観念したように、


「……わ、わかりました。少々恥ずかしいですが、頑張って口にします……」

「お、おう……」


 なにを言うのかさっぱりだけど、なんか俺まで緊張してきたぞ。

 大和はすーはーと息を吐くと、両手をきゅっと握り締めて俺を見据えた。


「し、色。そ、その――この間はありがとうございましたっ!」

「え……あ、ああっ! そのことね! いやいや俺は大したことなんてしてないよ」


 ……驚いた。まさかあんなに言い淀んでいたのがただのお礼だなんて。

 俺の無駄に加速した心拍数を返してほしい。


「いえ、私と姉さんが仲直りできたのは間違いなく色の仲介があったからです。ですので……ら、らしくはありませんが、感謝の言葉を受け取ってください」


 顔を赤くしたまま視線を逸らして大和はいう。

 ……ああそうか。この子は冷酷嬢を貫いてたが故に、『ありがとう』と誰かに言う機会があまりなかったんだろうな。だからこんなにも必死に……。

 そう思うと、ただの『ありがとう』が特別なものに感じられた。


「ああ。大和のその気持ち、ありがたく受け取っておくよ」


 言いながら撫子を一瞥すると、うんと頷いて満足そうな笑顔を浮かべていた。


「は、はい……」


 そして正面の大和は、目を逸らしたまま顔をさらに赤くした。可愛い奴め。

 と、そこでふと今朝のことを思い出した。


「そういえば撫子と大和に聞きたいことがあるんだけどさ」

「なにかな?」

「なんでしょう?」


 すごいシンクロ率だな。さすが双子の姉妹。


「蒼崎さんのことなんだけど……」

「えっ⁉ まさか初デートの場所を選んでほしいとかかなっ⁉」

「ちょっ、声でけぇって!」

「あ……ごめんごめん。ここは色兄の教室の前だったね」


 撫子はてへぺろっと舌を出して、コツンと頭を叩いた。

 ものすごく反省の色が窺えない舐め腐った態度だったけど、撫子は天然の天然だから許しておく。恐らくは、あざとさを狙ってやってるわけじゃないだろうからな。


「で、月乃ちゃんとの初デートの場所だっけ?」

「話が飛躍しすぎだ。蒼崎さんとは昨日まで友達ですらなかったんだぞ」

「あ、そういえば色。友達なのに連絡先を知らないというのは不自然ですし、連絡先を教えていただけませんか?」


 話が本題に入る前に、横から大和が口を挟んできた。

 連絡先って……また唐突だな。蒼崎さんと連絡先は少しも関係ないはずなんだけど。


「俺の連絡先なんて実質無価値だけど、それでもいいなら教えるよ」

「では今日の放課後、部室に窺ってよろしいですか?」

「ああ、いいよ」


 さすが副風紀委員長。放課後までスマホを使用しないって校則を守ってるんだな。

 ……ってあれ? 


「なあ大和。さっき俺のこと『友達』って言わなかったか?」

「ん。言いましたけど……それがどうかしましたか」


 なにが疑問なんだと言わんばかりに大和は問いかけてくる。


「あ、いや、俺たちはいつ友達になったんだろうなと思って」


 陽太とはさり気ない会話を積み重ねながら距離を縮めて友達となった。

 撫子とは本音を共有し、共通の目的の解決に努めることで友達となった。

 けど、大和とはそんな大きな出来事を積み上げたわけではない。

 ならば――なにをもって俺たちは友達となったのだろうか。


「いつって……そもそも確信をもって友達になったと言える瞬間が必要なんですか?」


 返ってきたのは、そんな曖昧な答え。


「友達はなろうとしてなるものではありません。気づいたら自然となっているものなんです。それ故、私はいつ色と友達になったのか、と聞かれても的確に答えることはできません。私は気づいたら、色を友達だと思っていたのですから」


 微笑を湛えながら、諭すように大和はいう。

 気がついたら友達と思っていた、か。

 ……確かに、友達とっていうのは本来そういう形で成立するものなのかも知れない。

 友達になろうと直接言うわけでもなく。

 友達になったと確信をもって言える瞬間があるわけでもなく。

 けれど――いつからか『友達』と呼べる関係になっている。

 ……そうだな。久しく忘れていたけれど、友達の定義っていうのはそんな曖昧なものだったな。まったく俺はいつから、友達の定義ってやつを難しく考えていたんだか……。


「ありがとな大和。大切なことを教えてくれて」

「大切なことって……私は当然のことを言っただけですよ」

「その当然のことを俺はずっとわからないでいたんだ」

「ふふっ。色はやっぱりおかしな人です。なにを言ってるのかさっぱりわかりません」


 心底おかしそうに大和は笑った。


「――で、初デートの場所の候補なんだけど、私的には――」

「あ、ごめん。漏れそうだからトイレ行ってくるわ」


 随分と立ち話が長引いてしまったけど、もとはトイレに行くために教室を出たのだ。

 空き時間は残り三分。このままトイレに行かずに授業を受けたのなら、膀胱が大爆発してしまう可能性がある。そんなことになったら……不登校になりかねない。


「えぇっ‼ せっかくプランを考えたのに~」

「悪い悪い。っていうかデートじゃないからな」

「え、じゃあなに?」

「あー詳しいことは放課後に話すよ。じゃっ!」

「あ、ちょっと色兄! 話はまだ――」


 悪い撫子。生理現象だけはどうしようもないんだ。

 心を鬼にして、俺は撫子との会話よりもトイレに行くことを選んだ。

 ……いや、別に心を鬼にしなくても当然のことか。

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