13
「ふぅ~……よしっ!」
数回の深呼吸を終えた俺は、覚悟を決めて風紀会室の扉を開いた。
――ガラガラガラッ!
「……誰ですか?」
「……」
いた。真音先輩の読み通りだ。
光ヶ丘大和は早朝にも関わらず風紀会室にいた。
勢いよく開けた扉を閉めて、大和の元へと足を進める。
「……どうしてお前がこんな早くから風紀会室に来るのですか」
姿を確認するなり、大和は不機嫌そうな表情で俺をあしらう。
が、そんな程度で進行を止めてしまうほど、俺の覚悟は弱くない。
「お前に落とし物を届けるためだよ」
「落とし物? 確かに風紀委員は校内の落とし物を管理していますが、わざわざこんな早くに来る必要はないでしょう」
「違うよ。これは……『大和の』落とし物なんだ」
そう。このヘアピンは他の誰でもない。
姉妹の関係を繋ぐ、大和にとって大切なヘアピンだ。
「――っ⁉ どうしてお前がそれを……」
ヘアピンを一瞥すると、黄金色の瞳が不安に揺らいだ。
「昨日、大和が帰り際に落としていったからだよ」
「……なるほど。どうりで部屋のどこにもないと思ったら、お前が拾っていたのですね。……なくなっていなくて本当によかった」
そう安心したようにいうのも、大和の姿を見れば納得で。
額にはじんわりと汗に滲み、膝は埃に塗れて黒くなっていた。
そんな姿から、大和が必死にヘアピンを探していたであろうことが推測できる。
もう少し早く学校に来るべきだったと、今更ながらに後悔してしまった。
「では、そのヘアピンを渡していただけますか」
「勿論だ。これは大和のものだからな」
ヘアピンをそっと大和の両手の上に置く。
すると、大和はガラス細工でも扱うような優しい手つきでヘアピンを握り締め、胸にそっと押し当てた。綻んだ表情。これが本当の光ヶ丘大和の姿なのだろう。
「そんなに大切なヘアピンなのか?」
「はい。これは私のなによりの宝物です」
ガタッと、そんな大和の言葉に呼応するように、一瞬だけ扉が激しく揺れた。
まったくあいつは……けど、『彼女』がいるということは役者が揃ったということだ。
……よし。気合い入れていきますか。
「……なんですか? 今の不自然な扉の揺れは」
「突風でも吹いたんじゃないか? 扉が不自然に揺れるなんてよくあることだろ」
「まあ、それもそうですね」
気持ちが舞い上がっているからだろうか。大和の言葉はいつもより柔らかい。
ならこのチャンスに乗っかって、少し強気に出てみよう。
「それにしても本当にそのヘアピンを大事そうにしてるよな。――お姉ちゃんとお揃いだったヘアピンがそんなにも大切か?」
「――っ⁉ ……どうしてお前がこのヘアピンのことを知っているのですか?」
動揺したときに目を見開くのは、恐らく彼女の癖なんだろう。
「撫子の話と真音先輩の話を照合して気づいたんだ。そのヘアピンは過去に姉妹お揃いでつけていたヘアピンなんじゃないかって」
撫子は言っていた。
いつか水族館で買った姉妹お揃いのヘアピンがあって、それをある日、なくしてしまったと。それが関係が瓦解した原因なんじゃないかと。
真音先輩は言っていた。
二つを合体させればヒトデの形のヘアピンになるのに、大和はそうはせずに、二つに分配したまま不器用なヘアピンを常に持ち歩いていると。けれども、大和がそのヘアピンをつけた姿は見たことがないと。
二つの話を照合したのならば、答えはおのずと姿を見せる。
――大和はかつて姉妹お揃いでつけていたヘアピンを今も大切にしていると。
しかし、この証明には一つだけ不可解な点がある。
「けど、二人の話を信じるなら、ヘアピンが二つ存在するっていうのはおかしいんだ。撫子はヘアピンをなくしたって言ってたんだからな」
これこそが唯一にして最大の矛盾点。
憶測はいくらか立てられるけど、これに関しては大和しか真実を知らない。
「大和、お前はどうしてヘアピンを二つとも持っているんだ?」
この答えこそが、大和と撫子の関係が瓦解した原因なのではないだろうか。
確信的な根拠はない。けど、俺はそんな気がしてならなかった。
「……仮に私がそのことをお前に話すとして、お前は姉さんにそのことを伝えないと誓ってくれますか」
どうやら大和はあっさりと話す気になったようだ。
「ああ、撫子には話さないと誓うよ」
「はい。約束してくださいね」
そう言って大和は椅子に座った。俺が唖然としていると、座れと目配せしてくる。
おいおい今のでいいのか? あんなの「三者懇談で早帰りの日は三時まで家にいなきゃダメですよ」くらいの拘束力しかないぞ。
まあ基本的に約束遵守の俺は、約束を破るつもりなんて少しもないんだけどな。
それに――そもそも約束を破る必要がない。
「どこを見ているのですか」
「ん。ちょっと考え事してただけだよ」
「まったくお前は読めない人ですね。……では、どうして私がヘアピンを二つ持っているのか話しましょうか」
大和はけふんけふんと咳き込んでから話を始めた。
「始めにもう隠しても無駄だと思うので伝えておきますが、私は姉さんが大好きです」
「そうだろうと思ってたよ」
と言いつつも、まさかこんなストレートに告白するとは思っていなかった。
しかも大好きって。……こいつ本当はお姉ちゃん大好きっ子だったのか。
けど、だからこそ五年もの間、距離を取ってきた理由が気になる。
「さてどこから話したものか……あのヘアピンは水族館で姉さんとお揃いで買ったものだということはもう知っていますよね?」
「ああ。そのことは撫子から聞いたよ」
まあ聞いてなかったとしても、ヒトデのヘアピンが売ってる場所なんて、水族館くらいしかないだろうなって見当はつくんだけどな。
……いやどうなんだろ。案外色んな場所で売ってるのかも知れない。
なんせ今のご時世、回転寿司店にガシャポンが常設されているくらいなのだ。
どこになにがあってもおかしくはない。
「……では姉さんがヘアピンをなくして、私が取り返すまでの話を初めにしましょう」
「なんだか壮大な話になりそうだな」
拾ったじゃなくて取り返しただもんな。物騒な展開が予想されます。
こうして、ようやく大和が撫子と距離をおくまでの謎が解明され始めた。
「姉さんは中学一年生の頃からドジっ娘でした。マイペースで、要領が悪くて、運動神経が悪くて。けれども、誰にでも優しくていつも笑顔の姉さんは私の誇りでした」
表情を綻ばせながら照れ臭そうに大和はいう。
敬語は相変わらずだけど、感情を繕う仮面は外れたようで、今の大和の表情はごく自然な笑顔のように見えた。無理をしている気配は少しもない。
「そんな姉さんはクラスでも天然キャラとして地位を確立していました。クラスでなにか大きな行動を起こす時には、その中心にいつも姉さんがいて、私はそのクラスの中心メンバーの後を金魚のフンのようにつけていました」
それは少し意外だな。大和が先導される側にいるなんて今の姿からは想像できない。
今日までにそれほど変化してきたということなんだろう。
「初めの内は誰もが楽しんでいて、笑顔の花しかない毎日でした。しかし、ある日中心メンバーの子と一人の男の子が喧嘩をしてしまいました。きっかけは昼休みにバスケをするか、サッカーをするか、そんな些細な対立だったと思います。でも、そんな些細な対立が後に起きる最悪の事態の火種となってしまいました」
表情に影を落として大和は続ける。
「中学一年生というのは難しい時期だと思うのです。小学生でもなく、かといって中学生でもない、そんな微妙な時期だと思います。だからこそ、その期間の自己形成に伴う心の動きは凄まじいものです。アイデンティティを確立しようと本人は無自覚でも生物学的に試みてしまいますから。故にあの対立以降、クラスの派閥がきっぱりと二つに分断されてしまったことも仕方のないことだと思います」
確かに中学生っていうのは一年生に限らず二年生、三年生においても難しい時期であると思う。部活動や期末テストといった変化は勿論のこと、交友関係という点においても中学校での変化は著しい。そんな絶え間ない変化の中だから、大和の言うようにアイデンティティの確立に苦しむ生徒というのも少なからず存在するだろう。
「ですが、その対立によって生み出された混乱こそが、後に私と姉さんの間に見えない壁を作る原因となってしまいました」
「そんなところに原因があったのか」
それはいくら部外者の俺たちが原因を推測しようと答えが出ないわけだ。
大和は俺の呟きにうんと頷いて言葉を続ける。
「混乱は徐々に熾烈を極めていき、教室には居心地の悪い空気が漂うようになりました。笑顔は消え、楽しいという感情も消え、ただ逼迫した空気に圧制される毎日。……そんな誰も望まない日々を変えようとしたのが姉さんでした」
ここで撫子の登場か。
「姉さんは事の元凶を鎮めるため、二つの派閥のトップに和解するよう提案しました。すると対立が収まった――なんて夢物語はなく、二人の苛立ちは関係のない姉さんに向くようになりました。そして、奇しくも二人が姉さんに嫌がらせをすることに面白みを覚えて意気投合することで、長きに渡った対立は収まったのです」
「……それって最悪の形での解決じゃないか」
「はい。誰かを犠牲に平和が成り立つという望ましくない形での解決でした」
表情をつらそうに歪めながら大和はいう。
が、後悔に苛まれるだけでなにもしなかったのなら今のような事態には陥っていない。
「そんな撫子を大和はどうやって救済したんだ?」
「簡単なことです。姉さんに降りかかる悪意をことごとく抹消しました」
平然と顔色一つ変えずに大和はいう。
「……マジで?」
「はい。惜しくも姉さんのヘアピンが盗まれたことを始めとする一週間の嫌がらせは見逃してしまいましたが、残りの嫌がらせは余すことなく事前に潰しました」
「なるほど。そういうことだったのか」
大和が撫子と距離を取っていた理由。
それは――暗躍して悪を潰し、撫子を守るためだったようだ。
悪を潰すとは言っても、直接武力行使をしてきたわけでなく、氷結のオーラを纏い相手に恐怖を植え付けることで、大和は事前に悪を潰してきたのだろう。
撫子にそのことを一切知られずに……。
「……でもさ、それって中学時代の話だろ? もう高校生なんだからそんなことする必要はないんじゃないか」
ふとそんな質問が突いて出た。瞬時に芽生えた微かな疑問。
問うと――大和は視線を逸らして表情を渋らせた。
「……もう戻れないのです」
ぽつりと、大和は弱々しく言葉をもらす。
「私は五年間、姉さんの笑顔のためにという目的で悪を潰してきました。……けれど、その一環で生徒会や風紀委員会に所属するのに伴って、私は本当の自分がわからなくなってしまったのです。笑い方も、怒り方も、泣き方も忘れてしまいました」
それはそうだろう。あんな鉄仮面を五年も被り続けたのなら、誰だって感情を忘れるに違いない。感情が撤廃された正義の審判のためのロボットに成り下がって当然だ。
けれど――
「……そんな昔とは別人のような大和を撫子は求めていないと?」
だからって撫子がそんな大和を嫌っているわけではない。
撫子は一度たりとも大和に対して嫌悪の感情など向けていなかった。
「はい。私はこれまでに何度も姉さんに厳しくあたってしまいました。他人のように扱ったり、きつい言葉であしらったり、自分がわからないが故に、誰よりも私が護らなくてはいけない姉さんを何度も傷つけてしまいました。そんな私に、姉さんの妹を名乗る資格なんてありません。……今更和解だなんてできるはずがないのです」
そうか。これが真音先輩の言っていた大和の『弱さ』か。
確かに、今の豪雨にうたれた子犬のようにしょぼくれた大和はとても弱々しく見える。
――しかし。瞳の炎が燃え尽きたわけではない。
「じゃあこの先も和解できなくていいのか?」
炎が燃え尽きていないのなら、俺の言葉を薪にして再度熱を起こせばいい。
大和の中の炎――撫子と和解したいという思いは完全に消えてはいないはずだから。
「そんなの……そんなの絶対に嫌に決まってるじゃないですかっ!」
瞳を激情に潤ませながら、大和は声を荒らげて叫んだ。
どうやら姉よりも切羽詰まった状況にあったのは妹みたいだな。
「本当はいつも一緒に登下校したい。放課後に寄り道だってしたい。たわいない話だって何度もしたい。私には姉さんとしたいことがまだまだ山のようにあるのです! なのに……なのにどうして私はこんなにも姉さんと和解することを恐れているのですか⁉ 私は……私という人間が憎くて堪らない! 素直になれない自分が大嫌いですっ!」
「そんなこと言っちゃダメだよ大和」
それは一瞬、天使の囁きかと疑ってしまうほどの優しい声色だった。
俺と大和の動きが時間が止まったかのようにピタリと止まる。
そんな止められた時の中で、ゆっくりと風紀会室の扉が開き、
「大和。今までよく頑張ったね」
慈しむような笑顔を浮かべる姉――光ヶ丘撫子が姿を見せた。
……ナイスタイミング。計画通りだ。
「ね、姉さん……どうしてここに」
大和は涙をぽたぽたと流しながら、ぽかんと口を開けて目の前に立つ撫子を見上げる。
撫子はそんな大和にゆったりした足取りで近づき――優しく頭を撫でた。
「ふふっ。姉さんなんて久々に呼んでくれたね。……大和。お姉ちゃんっていうのはね、妹が苦しんでいるのならその痛みを和らげるために、どこにだって駆けつけなくちゃいけないんだよ」
そう言って、撫子は大和を優しく抱擁した。
ひくつく大和は突然の出来事に理解が追いつかないのか、腕をだらんとぶら下げ脱力したまま身体を撫子に預けている。
「五年間、私を陰から支え続けてくれてありがとう。そして今日まで、大和が苦しんでいることに気づいてあげられなくてごめんね」
大和の艶やかな髪を撫でながら、小さく、けれども思いの凝縮された言葉を撫子は囁く。その言葉に大和はすかさず反論した。
「姉さんが謝る必要なんてどこにもありませんよ。悪いのは勝手に暗躍していた私の方です。……こうして今、後悔に苛まれているのも自業自得なんです」
大和が俯きながら言葉をもらすと、
「撫子は優しい子だって信じてたけど、まさかこんなにも優しい子だったなんてね」
背中に回していた手を解き、撫子は優しい笑顔を浮かべて大和を見据えた。
そんな撫子の笑顔を受けて、
「……当然ですよ。私は宇宙一優しい姉さんの妹なんですから」
瞳の端の涙を母指球で拭いながら、大和は無邪気な笑顔を返す。
思えば、二人が笑顔で対峙している姿を見るのはこれが初めてだった。
……こうやって見ると、二人ともそっくりの笑い顔だな。
「……でもね大和。優しいことが常に正しいとは限らないんだよ」
「え?」
突然の撫子の諭すような言葉に、大和は頓狂な声を上げた。
「優しさは人を笑顔にする。それは疑いようのない真実だよ。けどね、優しさは時に人を傷つけることもあるんだ」
「優しさが人を傷つける?」
赤児のように反芻する大和に頷いて、撫子は言葉を続ける。
「優しさっていうのはなんの代償も無しに成立するものじゃない。自分を犠牲にすることで優しさは成立してるんだよ。消しゴムを拾って相手を笑顔にする。掃除を無条件で交代してあげて笑顔にする。自分がいじめの標的を引き受けることで他の人を笑顔にする。やり方は違うけど、今挙げたのは全部優しさの形だよ」
「……確かにそうですね」
初めこそは納得していない様子の大和だったけど、やがてうんと頷いて撫子の言葉を肯定した。けど肯定したにも関わらず、大和の表情はやや険しい。
それはそうだろう。なぜなら今、撫子が大和に伝えようとしていることは――
「と、ここで大和に質問です。私を助けるために、大和が五年もの間、苦悩に塗れてしまいました。これも立派な優しさの形です。そんな優しさを受けて私は笑顔になれるでしょうか?」
冗談染みた口調だけど、変な遠回しよりも端的でわかりやすく、そして撫子の気持ちを大和に理解してもらうためには最適な問いかけだと言えるだろう。
大和が意固地であったのなら話は別だけど、恐らくそんなことはない。
「……笑顔になれないと思います」
ばつが悪そうに顔を俯かせながら大和は答えた。
「うん。正解だよ。当然だけど、大和が苦しんでいることを知りながら笑うことなんて私にはできない。そんな優しさはいらないよ」
少しばかり厳しい口調。大和を優しく咎めているかのようだ。
「……ごめんなさい」
しばしの沈黙の後、大和は撫子が自分の行動を注意していることに勘づいたのか、謝罪の言葉をもらした。
けど――これはきっと撫子の求めているものではない。
「違うよ大和。その選択は間違ってる。怒らないから顔を上げて?」
その言葉に素直に従って大和は顔を上げた。
不安げな瞳が真っ直ぐに撫子に向けられる。
「あのね大和。私は大和が笑ってくれた時に初めて心の底から笑えると思うんだ。……だからさ、私を笑顔にするためにその優しさ……いや『建前』はもう捨ててくれないかな?」
「――っ⁉」
撫子の核心を突いた言葉に大和は明らかな動揺を示した。
建前か。まったくうまく言ったものだと思う。
今、大和が撫子と和解することを妨げている一番の原因は『撫子に敵対する悪』などではなく、『五年間の空白が生み出したばつの悪さ』なのだから。
「……しかし、『建前』を捨てたとしても私は……」
つまり撫子は――遠回しに大和に仲直りしないかと提案している。
まあ最も、二人の関係が瓦解した原因は喧嘩ではないんだけど。
しかし――『昔と変わった自分』に自信がもてない大和は当然返事に困ってしまうだろう。……そんな心配、するだけ無駄だというのに。
「大丈夫だよ大和。お姉ちゃんはどんな大和でも受け入れるから」
「……笑えなくてもいいんですか?」
「うん。むしろ笑わせ甲斐があるってもんだよ」
「……怒られなくてもいいんですか?」
「とことん悪戯しちゃうから覚悟しなよ~」
「……泣けなくてもいいんですか?」
「ふっふっふ。私の三百の名言集を聞けばきっと大和は泣くだろうね」
「……ふふふ」
「ん? どうかしたの?」
突然笑い出した大和に、撫子が問うと、
「あーあ、五年間も悩んでた私がバカみたいですよ」
吹っ切れたように大和は言った。
「……姉さん。これからでも五年分の遅れを取り返せますか?」
それはつまり、大和が撫子と仲直りすることを決意したということ。
五年間の隔絶に終止符が打たれるということ。
それを理解した撫子は、ぱああと表情を輝かせて言った。
「勿論だよ! これからの時間で、五年の虚無期間を忘れちゃうような最高の思い出を作ろう!」
そして、ばっと大きく腕を広げた。なにかを期待した撫子の表情。
それを理解できるのは、双子の妹である大和だけだろう。
撫子がうんと頷くと、大和もうんと頷き、そして――大和は撫子の胸に飛び込んだ。
「うん! 大好きだよ! お姉ちゃんっ!」
まったく……世話の焼ける姉妹だ。
本当は互いに好き同士なのに、見えない壁に妨げられてそのことを伝えられない。
それ故に、五年もの時間を空費してしまった。
けど――
「ちょっと大和! 勢いよく飛び込みすぎだよ!」
「えへへ~いいじゃん。お姉ちゃんの胸がクッションになるし」
「私は背骨直撃なんだけどねっ⁉」
この姉妹ならきっと、五年間の空白を忘れてしまうような最高の思い出をこの先の未来に描いていけるだろう。
二人の笑顔と笑い声が、朝日の差し込み始めた風紀会室を満たす。
日が昇り気温が上昇してきたはずなのに、風紀会室は『暑く』はなく、とても『暖かく』感じられた。