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読了後、スッキリした気持ちになれることを保証します。
文章力は拙いものですが、ぜひ彼らの物語に浸ってください。
「――っ!」
「……ん?」
「あっ……ようやく起きましたね兄さん」
微睡みの中でまぶたを開くと、暗闇を静かに照らすような笑顔が視界に映った。
朝焼けの光を反射する三つ編みにされた艶やかな黒髪。神秘的な瑠璃色の瞳。
双子の妹の天だ。
「おはよう天。今日も俺を起こしに来てくれたのか?」
身体を起こして目頭を擦りながら問うと、天はむうと不満そうに唸った。
「今日もってなんですか。いい加減に目覚ましの音で起きてください」
「ごめんごめん、朝に弱いんだ俺」
「もう……まったくしょうがない兄さんです」
そう言って、天は困ったように笑った。
いつも通りの朝。今日も平和に一日の始まりを迎えた。
「二人とも弁当持ったかな?」
「ああ。持ったよ」
「はい。私も持っています」
「なら大丈夫だね。いってらっしゃい」
「「いってきます」」
母さんに見送られて俺と天は家を出た。
二人で並んで閑散とした通学路を歩く。俺たちの家は自転車なら五分、徒歩なら二十分程度で学校に行ける場所に位置し、基本はこうして天と徒歩で通学している。
俺は自転車で軽快に登校したい系男子なんだけど「高校に在学してる間は色が天を守るんだよっ!」という母さんの言葉が呪縛になっていて、自由に登校できない。
ま、徒歩でもいいんだけどさ。
「あっ! 兄さん見てください! 百日紅ですよ!」
好奇心に声を弾ませながら、天は畑の脇に咲くピンクの花を指差して言った。
あのピンクの花、サルスベリっていうのか。
「サルスベリだなんて縁起の悪そうな名前だな」
「そうですね。花言葉も『不用意』ですから」
本当に縁起が悪いじゃないか……。
でも、サルスベリはこの一本道の脇に山のように咲いてるから回避のしようがない。受験生のみなさん、残念ですが諦めてください。
なんて他人事のように思っていると、天があっと声を上げた。
「私たち来年は受験生ですから、この道を通るのは控えた方がいいかもしれませんね」
「……落第したらサルスベリのせいにしような」
「それは無理がありますよ」
くすくすと、口元を覆って控えめに天は笑う。
時々、天は本当に俺の妹なんだろうかと疑ってしまうことがある。学力、身体能力、対人能力。すべての能力が優秀な天に対して俺の能力はどれも平均的だからだ。
それ故に劣等感を感じるのは必然なんだろうけど、天を妬んでいるなんてことは少しもない。むしろ優秀な妹がいて兄としては鼻が高い。
けど……だからこそ実は血が繋がっていないんじゃないかと疑ってしまうのだろう。
双子のはずなのに、パラメータがあまりにも違いすぎるのだから。
「受験といえば……兄さんの第一志望はどこの大学ですか」
「大学か……まだ決めてないな」
正面を見ながらさらっと返すと、横から「えっ……」と絶句する声が聞こえた。
「……冗談ですよね?」
「逆になにかおかしいのか?」
質問に質問を返すと、天は茫然とした表情を浮かべて首を振った。
「兄さん……大学は早い人で高校一年生の内に、遅い人でも高校二年生の夏前には決めているのが常識ですよ」
「……マジで?」
「大マジです」
口角を少しも上げずに真剣なトーンで天は言い切った。
いつも笑顔の天がこの表情……大学のことをまるで考えていない現状に、俺はかなりの危機感を覚えた。
家に帰ったら大学について少し調べてみようかな。
「で、天は行きたい大学があるのか」
俺に圧を掛ける余裕があるくらいなのだから、当然、天は行きたい大学が決まっているのだろう。
天はふふんと鼻を鳴らして余裕の笑みで答えた。
「当然、決まってませんよ」
「なんでそんな自信満々に言うんだよ……」
お前、さっきまで遅くても夏前に大学は決めなくちゃいけないって言ってただろ……。
今何月か知ってる? 七月ですよ? 夏休み目前ですよ?
声には出さずに無言の圧力を掛けていると、天はむっと眉間に皺を寄せた。
「……兄さん。私が考えなしに大学選びを放棄していると思っていますね」
「え、逆になんか考えがあるの?」
問うと、天は控えめな胸元に手を当てて高々と宣言した。
「当然! 私は兄さんと同じ大学に行くんです!」
「……」
天に唯一弱点があるとすれば、それは『極度なブラコン』であることだろう。
幼い頃から俺の真似ばっかしてて、あの頃はそれが面白くて可愛かったのだけど――それがいつまで経っても終わらない。俺が中学を卒業し、高校に入学しても、天は幼い頃と変わらず俺の真似ばかりしていた。そして俺は気づいてしまった。
天が『極度なブラコン』であることに……。
あ、ちなみに俺はシスコンじゃないので安心してください。
「兄さんの成績や学力なんて知れたものですからね。無理に勉学に励まなくて済むので助かりますっ」
「その地味に貶すのやめてくれません? あとなんで笑顔なのかな? 悪魔なの?」
「悪魔じゃありませんよ。小悪魔ですっ」
「それ悪魔には変わりないよな」
「いえいえ。小悪魔と悪魔はまったくの別物ですよ。まず小悪魔は――」
まったく諦めの悪い妹で。頭脳明晰な分、自然とどんな言葉でも論理的であるように感じちゃうから反論しにくいんだよな。まあそれでも反論はするんだけど。
そんな風に、俺たちは絶え間なく会話を交わしながら校門を潜った。