【コント】月夜の遺言
場所……屋上
役……男役=ツッコミ 女役=ボケ
自殺するために屋上のフェンスを乗り越える男。下を見下ろして、肩を震わせる。
すると、隣に立っている髪の長い女に気付く。
男「ちょっと、こんな夜中に何なんすか! びっくりしたなぁ。危うく落ちるところでしたよ」
女「飛ぶ勇気を出さずに落ちてしまえるなんて、この上なく幸せだったのに」
女がウィンクする。
男「……ってことは、まさかあなたも?」
女「運命の悪戯ですかね? こんな状況で」
男が大きくうなずく。
男「奇遇ですね。こんな月が綺麗な夜なのに。もし良かったら、一緒に飛びませんか?」
女の態度が急変する。
女「はぁ? 死ぬ前にナンパ? しかも、ナンパに成功しても即ダイブ? 頭イカれてんじゃねーの?」
男「いやいやいやいや。あなたも今の今まで、飛ぶ気でしたやん」
女「それはそれ。で、どんな理由なのよ?」
男「何がです?」
女「自殺の動機」
男「いや、別に。何もかもが嫌になっただけですよ」
女「それだけじゃ、ろくな遺書が書けないじゃない。具体的な理由を述べられないなら出直してこいよ」
男「いや、なんすか急に。まぁ、借金ですよ、借金。ギャンブルで派手にやらかして。よくある話です」
女「陳腐ね。ちょっと、靴の下から取って」
男「何を?」
女「遺書を」
男「誰の?」
女「あんたの」
男「なんで?」
女「書き直すからに決まってるでしょ」
男が沈黙する。
男「えっと、つまり?」
女「頭悪いの? 一人の男が消える。つまり、そこにはストーリーがなくちゃ。夜空を羽ばたくに値する壮大なストーリーが」
男「嫌ですよ」
女「黙れ」
男「黙れて。いや、普通そうでしょ! 人の遺書を勝手に書き換えようとしてるんすよ。そりゃ、もう遺書じゃない」
女「どうせ死ぬんだから、関係ないでしょ。むしろ感謝されるべきだわ。素晴らしい物語で最後に世界にインパクトを与えて散る。これまで、そんなファンタジックな自殺志願者いた?」
女が夜空に向かって両手を広げる。
男「なんかそんなに自信満々に言われると揺らいできました。ぜひ、お願いしてもいいですか?」
女「じゃあ、この筆ペンを握って。手元は私がライトで照らす。一行目を読み上げて」
男が遺書を靴の下から取る。
男「親父、おふくろ。本当にすまない」
女「寒っ。ダッサ」
男「なんなんすか? 自然でしょーが。両親に謝る場面から始めるの」
女「だから、そんな普通のマインドだから、フェンスよりこっち側に来るハメになってんのよ」
男「それもそうっすね。なら、どうすれば?」
女「冒頭はこうよ。全世界の人類に告ぐ」
男「スケール! 俺、そんなメッセージ残して死ぬんすか?」
女「親父、おふくろ。より百万倍マシでしょ。次、読み上げて」
男「ダメな息子でごめんな」
女「はい、ダメー。冒頭の2行でなんで2回も謝ってんの? すまないと、ごめんなのニュアンスの違い何?」
男「言われてみれば、たしかに。で、どうすれば? 全世界に発信するメッセージなんてないっすよ」
女「こうよ。私の死をもって、人類の可能性を証明しようと思う」
男「なんか映画みたいでカッコいいっすね」
女「黙って書き続けなさい。私が月夜を舞えば、きっと羽が生える。世界にとって私の命が、生かすべき命かどうかを審判してもらおう。そのために、私は今宵空を舞う」
男「ちょーカッコいいじゃないっすか!」
女「見届けるがいい。大地に叩きつけられてトマトのように弾けるか、人類として初めて羽を手にするか。この遺書を読んだあなたは、人類が進化する瞬間の目撃者となる。ーー山田五郎」
男「うぉー! 山田でも、五郎でもないけど興奮した」
女が男の背中に手を添える。
女「さぁ、飛んで」
男「え?」
女「え?」
男「なんか飛ぶ勇気が…」
女「勇気なんていらない。飛べば、羽は後から生えてくるから」
男「飛ぶ前にあなたの遺書も見せてくださいよ」
女が靴の下から遺書を取り出す。
女「どうぞ」
男が女の遺書を開く。
男「どうせ死ぬのなら、自殺に見せかけた完全犯罪とかやってみたかったなぁ。ーー山田サヨ」
女がウインクする。
女「さぁ」
男「山田がいた。いやいやいやいや。やっぱり、やめます。前言撤回」
女「月が綺麗な夜にナンパまでしておいて今更?」
男「俺を押してくれた後、本当にあなたも飛びます?」
女「もちろん。警察の反応を見てからね」
男「じゃあ、先に飛んでください。俺はそれで飛ぶ勇気が出ます」
女「それじゃ、完全犯罪の夢が叶えられないでしょ」
男「早く飛べよ」
女「無理。だって、羽なんて生えないもん」
男「いい加減にせぇよ」
-終わり-