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第8話

にらみ合いは数秒間続いた。


たったの数秒、時計で測れば一瞬で過ぎる程度の短い時間だ。


けど、今の僕にとっては、これまで経験したこともないくらいに長い時間に思われた。


緊張が僕の全身をずっと走っている。


でもそれは仕方ないことだ。

男を前にして行われている“賭け”が成功するのかどうか、その結末を尋常じゃない心持ちで待たなければならないのだから。


さっき僕が男に見せたあのメッセージ・・・「僕の身に何かあったら動画が拡散される」って書いてあるメールの内容、あれは全て僕の自作自演だ。


それも当然。

だって、僕には友達がいないんだからメールを送る相手なんかいるはずもない。

でも家族にあんなメールを送るわけにもいかない。

だから僕は別のアカウントを使うことでメールのやりとりを偽装し、あたかも僕の計画に協力しているもう一人の人間がどこかにいるかのように仕組んだのだ。


決定的な証拠を握る設定のその“友人”をなんとかしないと、男は自分の所業が世間に拡散される。

けどその“友人”はここにはいないから男はどうしようもない。


でも、それだけだとヤケを起こした男が僕に危害を加えてくる可能性もあった。

だから「僕の身に何かあったら、動画は拡散される」って内容のメッセージも付け加えておいたのだ。


僕の臆病さが、徹底的に穴の無い計画を思い浮かばせてくれたのだ。

そしてそれが実行に移されたに至って、男はここから立ち去る以外に選択肢を失った。


そう、失ったはずだ。


だけど、最後に一つだけ心配なことがある。

それは、あのメールが自作自演のものだと気づかれないかどうかだ。


気づかれるはずがない。

送り主の名前はもちろん変えてあるし、自作自演だとバレるような要素はどこにも残していない。


大丈夫なはずだ。


でもやっぱり心配なんだ。

だって、僕がこんな“賭け”をするのなんて、生まれて初めてのことだから。


何か致命的なミスを犯しているかもしれない。

僕がそれに気づいていないだけかもしれない。

嫌な不安が次々と僕の脳裏をよぎる。


でも、今更やってしまったことを不安がっても何にもならない。


今僕がすべきことは、こうやって冷たい表情を崩さないでいること。

僕の顔に不安の色を漏らして、男にメールのやりとりが嘘だってことを悟られないようにすること。

そうするしかないんだ。


僕は穏やかじゃない心中の気持ちを押さえつけながら、鋭い目つきで男を見つめ続けた。

男も相変わらず僕のことを睨みつけている。


そんな無言のやり合いが、さっき言ったように数秒間続いたのだ。


が、ついに重い空気は断ち切られた。

男の声が僕の耳に入ってきた。


「はあああああああああああ・・・・・・・あほくさ」


男がポリポリと頭を掻き始めた。


「もういいや、シラけちまった。帰るわ」


男は軽い口調でそう言うと、後ろに膝をついている彼女に目もくれないで僕の方に近づいてきた。

僕の後ろが路地裏の出口に繋がっているんだった。

僕はそっと壁際に寄って男に道を譲った。


男が僕の横を通り抜けようた瞬間、動きがピタッと止まった。

男が僕の方に顔を向けてジロッと睨みつけている。


崩れかけた僕の表情をなんとか保って、僕はその場に佇んだ。


「お前、あの動画をもしばら撒いたら・・・後で後悔することになるからな」


そんな警告だけを残すと、男はすぐに顔を前に向け直して、路地裏を静かに向こうに抜けていった。


辺りには静寂が訪れた。











「ぷっはああああああ・・・・・・・・・・・」


静寂が僕の吐息の音によって破れた。


「よかった・・・なんとか気づかれずに済んだ・・・・」


極限まで精神を張り詰め続けていた反動か、僕の心は急速に緩みに緩んだ。

安堵、安心、達成感、あらゆる快い感情が僕の中に一気に溢れていく。


と同時に、今までに溜まっていた身と心の疲れもドバッと僕にのしかかった。

疲労を先送りにしていた分、今になって耐えきれないほどに僕を上から押しているようだ。


思わず、僕はめまいを感じてその場に膝をついてしまった。


「終わった・・・なんとか終わった・・・僕も彼女も無事で・・・・・・・彼女」


彼女。


そうだ。


バッ!


僕は彼女がいる方に目を投げた。


彼女は驚いた顔をそこに置いて僕のことを見つめていた。


忘れていた。

彼女が本当に無事かどうかを確かめないと。


「あのっ・・! だ、大丈夫?」


彼女は僕の言葉に返事をせず、ただ丸い目をこっちに向けている。

そういえば、彼女に言葉は通じないんだった。


『・・・・どうしてここに私がいるって分かったの?』


「ん? 何か言ってる?」


『こんなところに私がいるって、いったいどうやって・・・』


「何を言っているのかは分からないけど、喋れる元気があるなら問題はなさそうだな。・・・あっそうだ、これ渡しとかないと」


僕はポケットに入れていたあの結晶を取り出し、手のひらに置いて彼女に差し出した。


水晶から溢れる淡い光が彼女の顔を照らした。


彼女の紅い目が、光を受けて一層鮮やかに輝いた。


『これは・・・!? まさか!』


彼女は自分の首に手を当てだした。

どうやら本来は彼女の首にかかっているはずの結晶だったようだ。

それがかかっていないことを確認して、彼女は僕の部屋に忘れ物をしていたことに今気づいたのだろう。


恐る恐るの擬音が聞こえてくるくらい慎重な手つきで、彼女は僕の手のひらに手を寄せて、そしてそっと水晶を取った。


『この魔結晶があなたをここに導いたのね・・・』


彼女は神妙な面持ちを表した。


『でもそもそも、なんであなたは私のところへ来ようと思ったの?』


また彼女は何か言っている。


『どうして私を助けてくれたの?』


うーん、このままだとキリがないな。


「とりあえず、いったん僕の部屋に来なよ」


僕は彼女の手をとって立ち上がった。


『えっ!?』


彼女はまたビックリな顔をしている。


「もう、何が何だか分からないけどさ・・・疲れたでしょ? 僕も君も・・・」


『ちょっ、いったいどこにいくつも・・ウッ! また頭が・・・・』


彼女の足取りがふらつき始めた。

彼女が転ばないように、僕はゆっくりと歩き始めた。


『この少年、いったい何が目的なのだろう・・・・』


『でも、今はひとまず少年についていった方がいい気がする・・・・・』


後ろで何かをつぶやいている彼女の声量が徐々に小さくなっていった。

彼女の手は少し冷たくなっていて、その冷えが僕の手にも伝わっていた。


「早く休ませてあげて方がいいみたいだな、でも今はゆっくりといかないと・・・」


彼女の手を弱く握りつつ、僕たちは裏路地を抜けていった。








バタンっ


彼女を部屋に入れて僕は扉を閉じた。


「えーっと、部屋の電気は・・・・ここか」


パチっ


壁に取り付いているスイッチを押すと同時に、部屋が電球の明かりに満たされる。


『ウッ、眩しい・・・・・』


隣にいる彼女が目をしばしばさせている。


「あまりこういう明かりには慣れていないのかな? 電気も満足にない国から来たとか・・・? そんな国が未だにこの世界にあるなんて考えずらいけど・・・」


彼女は眩しそうに目を細めていながらも、僕の部屋をキョロキョロと見回している。

テレビ、時計、机、キッチン、パソコン、僕の部屋にあるものならなんでも珍しいみたいな感じで色んなものに目を走らせていた。


『ん、あれは・・・・・』


彼女はなにか一際珍しいものを見つけたようだ。

走らせていた目を制止させて、一つの方向をじっくりと見つめている。

その方向に僕も目を向けてみると、そこにあったのは


「布団?」


『あれは・・・あのときの・・・布ぐるみ・・・とても気持ちいいもの・・・・』


異国語を発しながら彼女は僕の布団に近づいていった。


そして布団の目の前に立つと、そこで止まった。


と思ったその直後、彼女は魂が抜けたかのように布団めがけて倒れこんだ。


「うわっ!? ちょっと大丈夫!!??」


慌てて彼女のそばに駆け寄った。


スゥー・・・・スゥー・・・・


「寝息・・・? なんだ、気絶したんじゃなくて眠くなっただけか・・・」


あまりにも急に倒れたので何があったのかと思ったけど、ただ寝ているだけのようだ。

僕は少し安心した。


考えてみれば、彼女はさっきまで暴漢に襲われていたんだ。

身体的にも精神的にも色々と尽き果てていることだろう。

今日はもうこのまま寝かせてあげよう。


尽き果てているといえば、僕もそうだった。

暴漢に立ち向かって彼女を助けるだなんて、僕がやることとは程遠いことをやったことで、僕の精神の方も色々と限界だ。

さっきから視界がぼやけているし、そろそろ僕も横にならないといけないみたいだ。


「夜ご飯食べてないし風呂にも入ってないけど・・・いいや。僕も寝ないと・・・・・でも、布団は彼女が使っちゃっているし」


布団に目を落としてみると、完全に活動を停止している彼女の横になった姿がある。

これは当分は起きそうにない。


「仕方ない」


ため息とともに、僕は彼女の体の上に毛布をかけてあげると、そのまま押し入れに向かい予備の布団を取り出した。


「今日はソファーで寝よう」


僕はソファーに倒れこんで、そこで布団に身を包んだ。




・・・明日から僕の生活、いったいどうなるんだろ




・・・・・


考えても浮かんでくるものはない


そもそも考える力自体が残っていない


「・・・まあいいや」


明日考えよう。

今日はもう、色んなことがありすぎた。


下の方から聞こえる異国の彼女の寝息を耳に入れながら、やがて僕もこの部屋に新たな寝息を加えていった。


普通の日本人と、謎の異国風の少女。


混じり合うことのない二人の人間が、今、一つの部屋の中で精魂尽き果てて眠りの最中にいた。


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