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第5話

「う〜ん、どこにもいないなぁ」


仕事終わりの人で賑わう繁華街の真ん中で、僕はため息混じりに呟く。


「この繁華街にいると思ったんだけど、端から端まで見てもどこにもいない。ここにはいないのか?」


僕の部屋から見える場所で一番目立つ場所といえば、ここになる。

だから、彼女が外に出て向かうところもここだと思うんだけどなぁ。


「念のため店の中も探してみるか。・・・この道にある店の中を全部はいるとなると、大変なことになるぞこれは・・・・」


はぁ。

なんで僕はこんなことをしているんだか。


正体も何も分からない彼女のために、ここまで骨を折ることになるなんて。

いつもの僕なら、人の忘れ物なんて絶対無視している。


今回だってそうするつもりだった。


なのに、なんの勢いが働いたのか、わざわざ外に出て彼女を探して、ご苦労にも忘れ物を届けてあげようとしている。


自分でも自分の行動がよく分からない。多分ちょっと熱があるのだと思う。


しかし、ここまでやってしまったからには、意地でも彼女のことを探し出さないと気が済まない。


途中、「いや、忘れ物なら彼女が気づいた後、向こうから部屋に戻ってくるんじゃね?」とかいう考えが脳裏をチラついたりしたけど、そんなものは無視だ。

僕が彼女を見つけるのだ。


・・・とは言うものの、全部の店の中を探すなんて、エグすぎる話だ。

何か別の方法があればいいんだけど。できれば楽をしたいのが僕の性分だ。


道の端で一人思いつめていると、そばを歩く男たちの会話が耳に入って来た。


「しっかし、さっきの子のマジックはどうやったんだろうな?」


「瞬間移動のマジックはよく見るけど、道具なしでやるのは初めて見たな。どんなタネがあるんだろうな」


マジック? この繁華街で大道芸人が何かやってたのか?

この辺りでそんなことする人がいるなんて、今まで聞いたことがないけど。


おっと、関係ないことに気を取られている場合じゃないな。

僕には僕のやるべきことがあるんだ。


とりあえず、あそこの大きなスーパーを探してみよう。

僕は止まっていた足を再び急がせ、その場を後にした。









「見たんだろ? クスリ売るとこをよぉ?」


黒服の男は眉間に皺を寄せながら言葉を吐き出す。


私はこの状況を十分に理解していないし、彼の言葉も理解できない。


だから、私は沈黙を続けることにした。


「・・・黙ってねえでさあ、   なんとか言えやコラァ!!!!!!」


男はいきなり怒声を発して、下に落ちていた瓶を思いっきり蹴飛ばした。

瓶が後ろに飛んでいって、壁にぶつかって割れた。

辺りに不快な音が響いた。


私はそれに動じることなく、目の前の男を冷たく見つめる。


この男は、なぜこんなに怒っているのだろう?


私は何もしていないはずなのだけど。


「へぇ、この状況でまだ表情一つ変えてねえ。マジで肝座ってんな、お前」


男は何かを言うと、それまで強張らせていた顔を突如として和らげ、ニッコリとした笑顔を作りだした。

その笑顔に薄気味悪さを感じて、私は男から一歩下がった。


その瞬間、男の手が私の顎をつかんだ。


私は顎をグイッと上に持ち上げられ、男の顔を近づけられた。


男は覗き込むようにして私の顔を見て、不気味な笑みをこぼした。


「オイオイオイオイ! こいつはかなりの上物じゃねえか!

なんだお前ハーフか? 見たこともねえ面構えしやがって、めちゃくちゃそそるぞ」


『くっ・・・!』


私は顎をつかんでいた男の手を払いのけた。


『私の顔に触れるなこの無礼者! 私は皇帝陛下より特級司術の位階を授かりし者! 貴様ごときケダモノが私を汚すなど許さん!!』


魔術師の誇りを守るべく、私は身の程知らずな行動に出た男に対し毅然とした態度で応じる。


男は弾かれた自分の手を眺めて、目を見開いている。


「お前、何してくれんの?」


男が私に近づいてくる。

普通じゃない目を顔に走らせながら、力んだ足取りでこっちにやってくる。


こいつ、明らかに私に危害を加えるつもりだ。





仕方ない。


こちらの世界で揉め事を起こすのは避けたかったけど、向こうから死にたいと言うのなら、私はそれを実行に移すだけの話。


私は指先に意識を集中させる。


炎の揺らぎ、燃える輝き、肌を焦がす熱さ、炎に関わる諸々の概念を心中に思い浮かべ、それらを一つに統合して魔法概念を形成する。


魔法概念が形を成すのを感じたそのとき、私は指先を男の体へと向ける。


魔法概念が魔力として実体を現し、指先には今にも放出せんほどの魔力が溜まっている。




今だ。


くらえ。


『フレイ』


詠唱とともに指先の魔力が光を放ち、人の顔ほどの大きさの火球を一瞬にして形成する。



ジュウウウウウウ!!! ! !! ! !   !   !  








・・・・・・・・・・ジュッ






しかし、その火球は男に放たれることなく、音を弱めながら体積を縮小していき、消滅した。


私は目を点にして自分の指先を眺めた。


指は、ただ空気を触っているだけだった。


ついで男の方を見た。


男は魔法で身を焼かれることなく、平然としてそこに立っている。


『ど、どうして・・・』


戸惑いの言葉を漏らした直後


ギィイイイイン!!!!!!!!!!!


私の頭の中で脳みそを裂くような音がした。

同時に、電撃のような激痛が走る。


『いやああああああああああ!!!!!!!!!!!!』


私は絶叫した。


全身の感覚がわからなくなって、目の前が真っ暗になった。


痛い、痛い、痛い!

頭が、割れそう。目が、取れ落ちそう。

いやっ・・・・・いやっ!

いや・・・・・・・




気がつくと、私は路地裏に肘をついて倒れこんでいた。

あまりの激痛で、体を支えることもできなかったらしい。


なんで・・・・いったいどうしてこんなことに・・・・・・


はっ!?


私は思い出した。


まだ“大転移魔法”を使用して間もない私は、体の精神に過大な副作用を負ったままだったということに。


精神が不安定な状態で魔法を使用しようとしたため、精神が魔力に対して拒絶反応を示し、それにより一瞬の間精神崩壊が起こったのだ。


くっ・・! 私の体がいい状態じゃないってことは、さっきの頭痛で分かっていたことなのに!

迂闊だった。

まさかこの私が、こんな失敗をするだなんて。


スタッ


私のすぐ前で、靴音が聞こえた。


私は顔を上げた。


そこには、私を上から睨みつける、黒服の男の顔があった。


「今さら泣き叫んでどうした? もう遅えよ。こんな路地裏に来るやつなんか誰もいやしねえ」


男は私の腕を掴んで、強引に私の体を持ち上げた。


「もう泣き叫ばないでいいのか?    いいならいくぞ・・・・・・オラァ!!!」


ドゴッ!


男の強烈な拳の一撃が、私の腹を直撃した。


一瞬、視界が白黒に点滅する。


『ヴっ!!・・・!!!!!!?????』


私は自分の体を支えていられず、膝をついてうなだれる。


内臓をえぐりとられるかのような痛みが私の腹を襲う。


気持ち悪い。吐いてしまいそう。

よだれが、口から止まらずに溢れる。


なんで・・・どうしてこんなことに・・・・・・・


気がつくと、私の目からは涙が溢れていた。


「お前さっき訳のわからない言葉を喋っていたな、外人か? 外人を犯すのは初めてだからな、興奮してきたぞ? なぁ?」


男が私を見る目には、残虐な好奇心がありありと浮かんでいた。


おぞましい彼の顔を目の前にして、私の瞳孔は点となった。


とても恐ろしいことが、すごそこに迫っていた。











「はぁ・・・はぁ・・・。あーダメだもう!全然見つからない!!」


繁華街の中で息を切らしながら、僕は愚痴を漏らした。


「めぼしい建物はどこも見てまわったのに、彼女はどこにもいやしない。もうこの繁華街にはいないのか?」


壁に体をもたれ掛からせながら、僕はふと考えた。


店の中に入ったら、そこを出る前に必ず店員に紅い目の女の子を見なかったか?と聞いたけど、どこの店員さんも「知りません」と言うばかり。

普通あんな特徴的な見た目の子が店の中に入ってきたら、嫌でも印象に残るはずだ。

だから彼女は僕が探した店の中には入っていないのは確実だ。


でも、この繁華街には彼女の年齢でも入れる大きめの店が7つあるけど、僕はすでにその7店舗は全て探している。

けれど彼女はそこにはどこにも行っていなかった。

そして他の店は彼女の年齢では入れないところが大半だから、探すまでもなく行っていないことが分かる。


となると、やっぱり彼女はこの繁華街には来ていなかったという結論になる。


こうなるとこっちとしても困ったことになる。

この繁華街にいないとなると、もうこの街のどこかにいるかも・・・という言い方しかできなくなる。


この街で賑やかな場所と言ったら、この繁華街くらい。普通はここを探せばお目当の人間は見つかるはずなんだ。

でも現にここで見つからない以上、ここにこだわっても仕方がない。

かと言って、他に探すあてがあるわけでもない・・・・


「はぁ・・・・」

僕はため息をついた。


「やっぱり、部屋に帰って彼女が戻るのを待っていた方がよかったかなぁ」


もし僕の部屋に忘れていったあの結晶が彼女にとって大事なものなら、彼女は遅かれ早かれ僕の部屋にそれがないか確認しに来るだろう。

来なかったとしたら、それほど彼女にとって大事なものでもなかったというだけの話になるから、やっぱり僕が必死こいて彼女を探す必要もない。


最初っから、特に僕の方で何かをする必要性なんてなかったのだ。


「なんで僕はこんなことをしているんだろう」


僕はまた自分に向かって問いかけた。


問うてみても、はっきりとした答えなんて出てこない。


ただ、なんというか、彼女を一人でじっと待っているのが苦痛で、こっちから何かをしないと気が済まない気分だったから、としか言えない。


いや、だからなんでそんな気分になったんだよって話になるんだけど、それはもう僕も全く分からない。

気がついたらそんな気分だったんだ。


でも、もうそんなこと気にかける必要はなくなった。

僕はやれるだけのことはやった。

さっき部屋にいたときのモヤモヤとした気持ちも、今はもういくらか和らいだ。


僕は何もせずに部屋でうずくまっていたわけではない。

ちゃんと外に出て彼女を探したのだ。


これだけやれば、もう十分だろう。何も悔やむことはない。


あとは彼女が僕の部屋に戻ってくるのを待ってればいい。

彼女が警察に捕まってしまったとしても、僕はやるだけのことはやったんだ、気にしてもしょうがない。


僕は壁に預けていた体を立たせた。


「よしっ、帰ろう。彼女がもし僕の部屋にきたときは、この結晶を渡せばいいだけだもんな」


僕はポケットに入れていた結晶を取り出した。





「ん?」


僕は結晶を見て、何かがおかしいことに気づいた。


「結晶が・・・揺れている?」


この結晶はネックレスのように糸を通しているので、糸の部分を持てば当然結晶は揺れる。

揺れること自体は別に取り立てて騒ぐことではない、極めて自然な現象だ。


しかし、この結晶が変だったのは揺れていることではなく、その“揺れ方”だった。

まるでどこかから引っ張られているかのように、特定の方向にだけ強く揺れているのだ。


ありえない。


まるでこの結晶が磁力を帯びていて、どこかに強い磁石があるからそれに反応して引っ張られているみたいだったが、磁力のある結晶なんて聞いたことがない。

そもそも僕の周りに磁石なんてどこにもないし、こんな繁華街にそんな強い磁石なんてあるはずがない。


いったい何が起こっているんだ?


僕は何かの見間違いかと思って目をこすってみたが、再度結晶を見直してみてもやっぱり変な揺れ方をしたままだ。


「結晶が引っ張られている方に何かあるのか?」


僕は結晶が飛んでいきたがっている方に目を移した。


そこには、この繁華街の路地裏に続く小さな道があった。


店と店に挟まれた間にある、薄汚い、こじんまりと存在している道。


噂ではこの先の路地裏で薬物の取引が行われているとかどうとか・・・・

地元の人間は誰も中に入ろうとはしない場所だ。


「この先に何があるっていうんだよ・・・」


僕は恐る恐る道の中を伺ってみた。


光溢れる優雅な繁華街とは一転、この先は明かり一つない闇だ。

こんなところに何かがあるとはとても思えない。


しかし・・・・


僕は手にぶら下げた結晶を見つめる。

やはり結晶は闇が広がるこの道に向かって、強くその身を揺らし続けている。

そこに確かに何かがあるのだと、僕に言っているみたいに。


「・・・・・・・・・・」


僕はしばし考え込んだ。


この場所に関することでいい噂なんか一つも聞いたことがない。

こんな真っ暗で、ゴミまみれで汚くって、狭苦しい道なんて、正直入りたくない。

もしヤバい人が先にいたらと思うと・・・身が震える。


でも、この結晶の揺れ方は普通じゃないし、もしかしたら・・・・・


僕はある可能性を脳裏に浮かべて、ハッとした。


この先の道に、もしかしたら・・・・・・


いや、考えてみればおかしな話だ。

日本語もままならない彼女がこんなところに来て何をする?

他に見るべきところはいくらでもある。


彼女がこの先にいるなんて、想定するだけでもおかしな話なのだ。


でも、おかしいと言えば、こうやって異常な揺れ方をする結晶はもっとおかしな話だ。


僕は迷った。


この先の道を進むか、それとも家に帰ってしまうか。


僕の額を汗が一粒流れた。

心臓がいつの間にかドクドクと鼓動を始めていた。


なんだか嫌な予感がする。

普通に考えれば、自分一人で行くという選択肢はありえない。

行くにしても、誰か他の人間の手を借りて行くべきだ。


警察を呼ぶか?    いや、それはダメだ。

もし警察を呼んだ場合、彼女を無事見つけられたとしてもその後のことが問題になる。

彼女が不法滞在のかどで捕まったら意味がない。


なら友達の手でも借りるか?    いや、これはその先のことを考えるまでもなく無理な話だった。

僕に友達なんて、いない。


果てしない逡巡の果てに、ついに残る選択肢は一つだけとなった。


僕が、一人で行くしかない。


グッ      僕は結晶をぶら下げた手を力強く握りしめる。


覚悟とともに一歩を暗い細道の中に投げ出し、一歩、また一歩とゆっくり進んでいった。


足元に散らばっているゴミに足をすくわれないように、慎重に道を進んでいく。


結晶から微かに漏れ出る光を頼りに、僕は結晶が引っ張られるその方へと歩いていった。


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