失ったものと得たものと ~ 萱野 唯 ~
はじめまして。よろしくお願いします。
加筆と修正をしました。
話の筋に変更はありません。
さて。
私の今の状況を説明するといたしましょう。
私はユイといいます。
高校三年になったばかりのある日、日本からこの世界の東の国に落っこちてきました。
落ちたと言っても、路地を曲がったら、そこにあるはずのコンビニはなく、見たこともない森だったのですが。
ピザまん、食べたくて出かけたんですがね。
この世界では、界と界との隙間から、割と色んなものが落ちてくるらしいです。
時には何に使うかわからない金属の固まりだったり、音のでる箱だったり、そして生き物だったりと、実に様々なものが落ちてきます。
はい、「割と色んなもの」のひとつが私です。
それらは落ちた先の国のものとなります。
国にとって、民にとって「良い」ものなら恵みとなり、「悪い」ものなら災いとなります。
落ちてきたものによってもたらされる恵みも災いも、この世界は自然のこととして受け入れていますので、何が落ちてこようが、生き物が落っこちてこようが慌てません。
知能のある生き物は、右も左も分からず混乱しきっているところを国が保護してくれ、なんと一年も面倒を見てくれます。言葉から生活習慣から、適性があれば魔法までも教えてくれます。
ちなみに知能の低い動物は、新種として保護されるそうです。
そして一年後。
恵みであれば、そのまま国が囲い込みます。異世界の知識や技術は国に貢献することが多いと言われていますから。
一方、もしも災いであれば……しかるべき処理がされるそうです。病死? みたいな。
では、国のお役に立てるような恵みでもなく、災いでもない、私みたいな平凡で善良な一般市民の扱いはというと。
放牧です。(←今ここ)
界と界の隙間から落ちてきたものの保護と回収と見極めという、国としての義務は果たされました。
でも、これ以上税金で面倒見ても役には立ちそうにないから、こっから先は自分の好きにどうぞ生きたらいい……ということだそうです。
私としては、望んでこの世界に来たわけではないけれど、言葉を教えてもらってお小遣いまでもらえた一年は、感謝してこそ恨みはしません。
ええ、国は別に恨みませんよ、国は。
ちょっぴり、いえ、大分恨んでいるのは、この一年、私の護衛兼お世話係兼見極め役として、ぴったりと私の側にいた男です。
名前はジーク。
長い名前は、んにゃらら……覚えられませんでした。
これがまた顔面偏差値の高い男ですが、性格の偏差値は見事反比例していました。
少し猫っ毛の明るい金髪に、マンガみたいな黄緑色の瞳。背はたぶん百八十センチは軽く越えていそうで、騎士という職業柄か、とてもガタイが良いのですが、足は長くて尻はきゅっとしていて……んんっげゴホ、失礼、まあ、良い尻なのは認めましょう。濃紺で装飾のない騎士団服がすげえ似合っているイケメンではありましたが……、私に言葉を教えたりこの世界や国のことを教えてくれたりするのと並行して、嫌がらせとしか思えないことを散々されました。
今思えば、私の感情を大きく揺り動かし、なんらかの力が暴発しないか確かめていたのでしょうけど、私が困ったり怒ったり悲しんでいるのを、奴は楽しんでいた!
目を見れば分かります。これ絶対!
幸い、危険な未知の力も、この世界の人が大なり小なり持っている魔力も、私には微塵も無いことが判明。魔法は使ってみたかったので、これにはちょっと泣きました。あ、チートは何にもありません。言葉が分からなかった時点で諦めています。
じゃあ、今度は物理で危険がないか、武術や体術を試され、身体中筋肉痛でバキバキの日々を乗り越えた結果、普通よりもやや鈍臭いとの判定。この判定表現にも悪意を感じるわ。
その次はこの世界にはない知識について色々試されました。言葉がまだまだ覚束ないながらも、私はここで頑張りました!
だって、有益だと認めてもらえたら、国が就職先になるかもしれないんですよ!
絶対安定の公務員は喉から手が出るほどの身分。卒業後就職希望だった私は、思わぬ就職機会にそれはもう頑張りました!
足し算がよくできる。
なんじゃその判定は!! 小学生の通知票か!! 判定に悪意を……くそっ。
そうして、総合評価として、見事「人畜無害」を手に入れました。
この時、保護されてから十ヶ月が経っており、ああ、保護期間も終わりだなぁ、これからどうするか、と考えてた私は、まだまだ世間知らずでありました。ここから最後の試練が始まるとも知らずにいたのです。
ハニーなトラップです。
もう職務は遂行した。
一目で好きだった。
不器用なローキックが忘れられない。
ほふく前進が芋虫みたいでかわいい。
計算してる時、半眼で唇とんがってるの最高。
所々変な言葉がありますが(ほぼか?)、ジークがドロドロに甘やかしてきました。
免疫なぞとんとない私は、なんだなんだと目を白黒しているうちに、白いバラ一輪とともに求婚されました。保護期間が終わったら一緒になろうと。
ええ、絆されました。だって良い尻してんだもん。
この国は男女ともに十五歳で成人し、結婚もできます。私は十八歳で、日本じゃ早い結婚でも、ここでは適齢期真っ盛り。女性はむしろ二十歳越えて独身はヤバイ奴扱いされるみたいです。
私は、手を差し伸べてくれる人がいて、その手を取れることがどんなに幸せなことか、少しは知っているつもりです。
高校一年の秋、幼なじみの男の子に彼女ができました。
幼なじみとは家族ぐるみのつきあいで、本当に赤ちゃんの頃から一緒で、むしろ一緒に育ちました。いや、私がその家で育ててもらったのです。私の両親は共働きで、朝早く夜遅く、休みもカレンダー通りじゃないので、全く会わない日も珍しくありませんでしたから、そんな私の面倒を見てくれたのが隣の家で、特にその幼なじみが私と一緒にいてくれました。
いきなり何が言いたいかというと、私はその幼なじみがずっと好きでした。私の傾向として、どうやら側にいて面倒を見てくれる人になびくようでして、自分でもチョロいと思います。
その幼なじみに彼女ができて、計り知れないショックを受けているところに、両親が乗った車が事故に巻き込まれました。
出張先で落ち合った二人が一緒に帰宅することになり、「お土産たくさんあるよ~待っててね」が母からの最後のメールで。
トラックに追突され、前の車にそのまま追突し、二人とも即死でした。
そこから先のことはあんまり覚えていないのだけど、はっきりと覚えているのは、親族のいない私を引き取ると言ってくれた隣のおじさんおばさんに「イヤだ」と言っている幼なじみの声。
高校生になって、自分で身の回りのことがほぼほぼできるようになったこと。
また、幼なじみの彼女と私は同じクラスで、元々あまり仲は良くなく、いや、ぶっちゃけそりが合わない関係で、ここしばらくは隣の家にお邪魔することもなく、幼なじみとも疎遠になっていました。
そりゃあ、幼なじみからしたら、自分の彼女とそりが合わない私が家族とか、いやだわな。
そう思ったら泣けてきてしまいました。両親が死んで天涯孤独になっても一度も泣けなかったのに、幼なじみが自分ではない人の手を取り、私を置いて行ってしまったのが悲しくて悲しくて。こんな時にそんな理由で泣く自分がなんだか許せなくて、更に泣きました。
結局、私は、隣のおじさんの知り合いの弁護士さんの保護のもと、家を売り、寮のある高校に転校しました。知り合いが誰もいない、生まれた家から遠いところを選びました。
引っ越してから、隣の家とは誰とも連絡を取りませんでした。携帯も変えました。
育ててくれたこと、両親の葬式の手配から弁護士の紹介まで何から何まで世話になったこと、感謝しています。
でも、他人なので、縁が切れたらお終いだってこと、ちゃんと分かっています。
と、長くなりましたが、私が言いたいこと分かりました?
私は、ジークの尻、ンフンッ、ジークの手を掴み取ります。あ、指も好きです。長くて節ばった指、好きです。爪はいつもきちんと切られていて、ええと、私が失った家族を今度こそ離さずにいたいと思いました。この世界で。
そして今、国境の砦にいます。(←放牧されるところ)
あ、ジークはいませんよ。
甘い蜜月の一ヶ月を過ごし、完全に私が堕ちたところで、任務がすべて終わったのか、ジークは何も言わずにいなくなりました。
代わりの護衛は少々ご年輩の男性。名前が長く、心の中でパイ先騎士と呼んでいます。
侍女のビルケさんは好みだと呟いていました。ビルケさんは、私が保護されてからジークとともにずっと一緒にいてくれている人です。
ジークとは役目が違うのか、私に嫌がらせはせず、細かいところまで面倒見てくれるお姉さん的な感じです。名前も短いから覚えられました。無表情は標準仕様だそうです。無表情万能美女メイドです。
二人にジークのことを聞いても、何も知らされていないとのこと。
完全にジークに堕ちていた私は、ジークを追いかけました。ええ、追いかけ回しました。
護衛と侍女と一緒ならば行動にほぼ制限がない私は、ビルケさんの協力のもと、ジークストーカー(キリッ)となり、二週間にわたり接触を図ろうとしましたが、情報戦は騎士団のあちらに分があり、捕まえることができませんでした。パイ先騎士がスパイだなんて少ししか思ってませんよ。むう。
覚え立ての拙い文字で毎日(朝昼晩)手紙を書いては送ってもらいましたが、一度も返事はありませんでした。
それでも、見ているだけでは離れていくだけだと、幼なじみで教訓を得ていた私は、奴を狩るべく、んんん、会うべく、追いかけ続けました。
結果、髪の毛サラサラ~まつげバッサバサ~おめめキラキラ~の、それはそれは美しい女性に、夕日の丘で、白いバラ一輪を捧げて求婚している奴を発見したのです。
なんだそれ。
なんだよそれ。
だったら、ちゃんと私とさよならしてからやればいいじゃん。
しかも求婚の仕方一緒って。くずか、あ、ゴミくずなのか。生の方か。
私はこの手に生ゴミを握りしめていたのか。後生大事に、心のすべてをかけて。
いくら良い尻しててもこれはダメなヤツだ。
私は自分を大切にしたいのです。もういない両親にそう言われて育ってきましたので。
何かを選ぶときは、大切にする譲れないものに忘れずに自分自身を入れなさい、と。
私に気が付いた奴が何やら慌ててコチラにやって来ました。
何か言っているけど、早口でよく聞き取れません。
最後の言葉だけ理解できました。
婚約者と領地に帰る。
そう言って綺麗な女性の手を引いて、馬車に乗って行きました。
女性の手には受け取った白バラがありました。
私は馬車が小さくなって、丘を下って見えなくなるまで、じっと見続けていました。
本当は言いたいことがあったけど、言わなくちゃいけないことがあったけど、縁が切れたら、他人、だから、もう……お終い。
泣き崩れる私をビルケさんとパイ先騎士が支えてくれ、何とか与えられた家に戻りました。
身体中の水分がなくなるかと思うほど涙が出ましたが、翌日届けられた一通の手紙が私を現実に引き戻しました。
その手紙は私を保護してくれているこの国の王様の息子、王子様からでした。
色々難しい言い回しでよく分からずにいると、ビルケさんが要約してくれました。
いわく、職務に当たっていただけの王家の覚えもめでたい、ほにゃらら侯爵家子息であるジークに対し、勘違いしてつけ回すなど迷惑をかけたこと、甚だ遺憾である。王子の婚約者でありジークの妹の、んにゃらら様も不快に思っている。よって、保護期間終了後はこの国に残ることを許さない。
国外追放でした。
ああ、何らかの理由で、私にジークをけしかけたのでしょう。そして、私は堕ちて、不合格となったようで。恵みではない、災いでもない。でも、国にいてほしくもない。
なら、ジークに関係なく、一言そう言えば良かったのに。私はジークに絆されなければ、この国にも執着はありませんでしたから。それとなく違う国に行くよう誘導するなど簡単でしたでしょうに。
身分証を砦の兵士に見せて通過の許可を待ちながら、高台の砦から国を見渡すと、遠くの王都が一望できました。
保護が終わり、国から私に与えられたのは、身分証と一年くらいは暮らせるお金です。ありがたい限りです。
ビルケさんは、侍女を辞めて一緒に来てくれようとしましたが、ビルケさんには故郷に家族がいます。寂しいけど断りました。とても嬉しかったけれど。
ビルケさんは、餞別と手紙を持たせてくれました。ビルケさんの故郷を頼る時に使うようにと。なんと、ご領主のご一家とな。
この国を恨んではいません。むしろ厚い保護に感謝します。嫌な手段をとられましたが、この国にいてはいけないのであれば、それでいいです。
ただ、もう会うことのない奴には思うところがたくさんあります。
ハニーなトラップならば、その気にさせるだけで良かったでしょうに。戯れに手をつけて本気にさせて、後始末をせずに逃げ出した奴のことだけは……。
私を抱きしめた熱い手も、弾力のある良い尻も、まっすぐに私を見つめる瞳も。
カヤ。
この国の人は、ユイ、の発音が難しくて、名字の萱野から、私はそう名乗り、そう呼ばれていました。
その声も。
今となっては他人様のもの。
「さよなら、騎士様」
ありがとう。私にこの子を授けてくれて。家族を、与えてくれて。
国の思惑も奴の立場も気持ちも知らないけど。
私は、私とこの子を大切に、生きていきます。
だから、あなたも勝手に幸せになってください。
私はあなたを恨んでいますから、生まれてきてくれるこの子を抱きしめる喜びを、絶対に教えてあげません。
だから、どうか。
お読みくださり、ありがとうございました。