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わたくしは双子の姉妹の片割れとして生を受けました。
顔立ちも身長も、指の長さや髪の毛の質までも、何もかも瓜二つの姉妹です。
しかし性格は見事に反対で、周りの人間はわたくしと片割れを『太陽と月』に例えておりました。
活発で笑顔が眩しい片割れに比べ、わたくしは大人しく内気な少女。
同じ母親の腹の中で十月十日を過ごしたと思えぬほど、見事に真逆の姉妹でした。
男の子顔負けに庭を走り回り悪戯をする片割れを、両親は叱りもするけれど、たくさん可愛がりもしました。
口下手なわたくしは、それが何ともうらやましく、何度も大人しい自分の性格を恨みました。
手がかからないと幾度も言われましたが、その言葉はわたくしの心を満たしてはくれません。
ただ単に無いものねだりだったのでしょうか。
しかしわたくしは片割れの太陽のような明るさが、欲しくて欲しくてたまりませんでした。
あのような快活さがわたくしにあったなら、父も母も叱り、頻繁に構ってくれたのでは?
そう思わずにはいられませんでした。
そして、そう思ってしまう自分を恥じました。
片割れの太陽のような笑顔を見るたびに、焼けつくような、ひりつくような感情を抱くのです。
―――月は太陽が無いと自分では輝けない。
以前読んだ本に、そのような文が出ていたことを思い出しました。
それはまさしくその通りだったのだと、大人になった今でも感じております。
わたくしは片割れがいなくては輝けない。
わたくしは片割れの影だったのです。
年月が経った今もなお、わたくしは太陽に生かされているのです。
◆
ハナエは暗い気持ちを抱えたまま、目を開ける。
懐かしいとは言い難い、過去の光景を夢に見たせいだった。
隣にあるものに焦がれ続けて、息苦しい時間を過ごす日々。
幼い日のハナエの想いが、そのまま時を超えて現在のハナエへと乗り移ったような気がする。
ため息交じりに身を起こせば、そこに広がったのは見慣れた薄暗さだった。
父はろうそく代を惜しんで、もうハナエの部屋に明かりを入れてはくれないのだ。
(…金持ちのくせにね)
ついつい滲みだした悪態に蓋をして、薄っぺらい布団から起き上がる。
長年身を横たえているベッドの上に敷かれた布団もすっかり薄汚れていた。
家族はもちろん、使用人たちもハナエの寝具に気を配りはしない。
ただ思い出したように誰かが部屋に来て、掃除をしていくだけだ。
捨て置かれるような生活には、この11年で慣れてしまった。
慣れてしまった…はずだが、どうしても心の奥はささくれ立ったように痛み、軋む。
耐えるように唇を噛み締めながら、ハナエは太陽の光を求めて窓辺へと向かった。
東の都と称されるオウラン国の賑やかな街並みが見たかった。
午後の暮れかかった日差しの首都タマガスミ。
閑静な住宅街では、良家の主人が乗る馬車が帰るところが見れるかもしれない。
形だけは外つ国の様式を取った屋敷には、大きな窓とカーテンが至る所に設置されていた。
ハナエの部屋も例外ではなく、まるで部屋の主を世界から遮断するような分厚い藍色のカーテンが窓を覆っている。
…11年前、『あの事件』から取り付けられたものだ。
―――私を家の恥だとでも思っているのかしら?
外から見えぬ、閉じ込めるような処置に、苦い感情が溢れてきた。
外つ国の発展を受けて、オウラン国も他国の文化や技術、仕組みを多用に取り込んだ。
その際狭間家の当主である狭間ユウゾウは、官吏の仕事をして発展に貢献し、お上から伯爵の地位を賜っている。
愛妻家で娘に過保護だと噂の父だが公の場にハナエを連れ出そうとしない。
みすぼらしい娘など、何の役にも立たないということか。
腐る気持ちを抑えきれず感情のままカーテンを開けようとして、ふと窓の外から聞こえた笑い声にぴたりと動きを止める。
誰も見ていないのにはっと息を止め、気配を殺しながら藍色の布の隙間から外をうかがった。
ハナエの部屋からは、屋敷の広い庭が一望できる。
ないがしろにされているハナエに見せつける位置だと感じるようになったのは、いつだろう。
そして己の予想を裏付けるかのように、どうだと言わんばかりの様子で男女が微笑み合っている。
庭の中心…恋人たちのために両親が置いた白いテーブルと椅子があった。
もともとあれは己が気に入って使っていたのに、いつの間にか手で触れることすら許されなくなったもの。
大事な思い出があるそれに座るのは、仲睦まじい青年と少女だった。
「…リョウジさん」
ぽつり、と呟いた名前は誰に拾われることもなく、暗い部屋に回って落ちる。
初めての恋を教えてくれた男は、寂しく見下ろすハナエの存在に気づくことは無い。
彼の隣では、眩い笑顔を浮かべる己の双子の姉…カナコが笑っているからだ。
愛しい恋人の笑顔しか目に映らないリョウジは、窓ガラスにさえぎられた場所で立っているハナエなど見えない。
見ていられない。
胸の痛みが加速して、笑い声すらも聞いていられずその場を離れようとした。
刹那、ハナエとそっくりなカナコの顔が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
双子の姉はほんのりとだが口元に笑みを浮かべている。
ごく自然で優雅な笑みだったが、まるで勝ち誇っているように見えて、ハナエは今度こそ見ていられなくなって窓際から離れた。
(…どうして、あんな顔。…あんまりだわ)
呼吸が荒く、乱れているのがわかる。
カナコの余裕ぶった顔は、それほどまでにハナエの心を深く抉った。
古ぼけた絨毯の上にぺたりと膝をついて、かたかたと体を震わせる。
(…あんまりだわ。お父様もお母様も、リョウジさんまでカナコのものに)
いつの間にか目には涙がたまり、頬を伝っていることに気が付いた。
当たり前のようにその悲しみには、誰も気が付くことは無かった。