急げ、急げ、遅れちゃう!
ここは未来の街の中。
ジェットパックを背負って飛んでいる女の子がいました。
「急げ、急げ、遅れちゃう!」
彼女は焦っていました。
それもそう、あと一時間後に彼女の好きなアーティストのライブが始まってしまうのです。
ジェットパックを使って空を飛んでも、間に合うかどうか。
「こうなるなら夜更かししなきゃよかったのに!」
焦っているあまり、独り言を呟いて最高速度で空を飛んでいきます。
前の方で飛んでいる人たちは、何事かと思いながらも、彼女から左の方に避けます。
風を切る音が、彼女の耳から心臓の鼓動を速めていきました。
そんな中、前方から何かが近づいてきます。
まるで、人影のようなものがどんどんと迫ってきていました。
しかし、彼女は焦って気づきません。
「どうしよ、どうしよ、間に合うかな」
彼女が気づいたときには、それは目の前に居ました。
「え、ぶつか…」
どんがらがっしゃーん。
彼女と「それ」は、大きな音を立ててぶつかってしまいました。
そのまま彼女達は、重力に従って落ちていきました。
果たして彼女達は生きているのでしょうか。
あ、彼女は態勢を立て直しました。大丈夫そうです。生きています。
それもそう、ジェットパックには安全装置として圧縮空気による防護壁を形成しており、最高速度で勢いよくぶつかってもおしくらまんじゅう程度の衝撃しか返らないように設計されているのです。
音は仕様です。
しかし、ぶつかった「それ」はそのまま落ちていきました。
「全く、なんでぶつかってくるの!私は急がなきゃいけないのに!」
と愚痴を言った直後、落ちていく「それ」を見ました。彼女は目を見張り、口を噤みます。
そのまま、「それ」に向かって飛んでいきました。
綺麗な弧を描きながら、落ちていく「それ」を捕まえます。
「なにこれ、ぬいぐるみ?」
抱きかかえた「それ」は、ウサギをモチーフにしたぬいぐるみでした。
ぬいぐるみが空を飛ぶなんてこと、常識では考えられません。
彼女がそう不思議に思っていると、
「やあ、やっと会えたね!一緒に世界を救おう!」
とぬいぐるみがしゃべり始めました。
「え、どういうこと…とは思うわけないでしょ。詐欺、詐欺」
彼女はいつも家で紙の新聞を好んで読んでいるので知っています。最近救済願望を持つ若者が増えたことで、それを狙った詐欺が頻発していることを。ぬいぐるみが喋る事例は聞いたことがありませんが。
「詐欺じゃないよ!君を待っていたんだ!さあ、一緒に世界を救おう!」
「こういうのって一回触れると追っかけてくるんでしょ、うざい」
彼女は辟易しながら、ぬいぐるみを空中交番に届けました。
「まって、ほんとに世界がシュバインマキシマムクロードに…」
「うざい、消えて」
「ぬいぐるみ型とは、初めてですね。ご協力感謝します!」
「ああ、もう間に合わないじゃん!」
交番から出た彼女は、今からライブに向かっても完全に間に合わないことに気付いていました。
「もう、最悪!さっさと家に帰ってVRサーフィンでもしよ!」
彼女は苦悶の表情を浮かべて、空中都市へと帰っていきました。
その日の夜、彼女は決意しました。
「次のライブこそ完徹して行ってやる」
と。
次の日、世界がシュバインマキシマムクロードによって滅ぼされたのはまた別の話。
皆さんも高速道路の逆走をしないように気を付けましょうね。
おしまい。
お読み頂きありがとうございます。
ついでに作者の最近読んだ絵本は「ぐりとぐら」です。
研鑽中なので批評でもなんでも感想を貰えると嬉しく思います。