百合小説版深夜の創作60分一本勝負『タコ』
タイトル通りツイッターの企画をやってみたんです。なのでまあ一時間クオリティーということで
大葉明は大学で知り合った私のセフレである。つやつやした綺麗な黒髪と小さな銀縁眼鏡が似合う美人なリケジョとして理工学部で評判であるが、その実は私とするように女性との肉体関係を求めてやまない性欲の化け物であった。
彼女と初めて出会ったのは、入学した一年の時の一般教養の人権論か何かの授業だった。ジェンダー論だったかな。人文学部の、文系の私と彼女が出会うのはそんな小さなきっかけで、他にも大量の生徒がいる中で、たまたまグループディスカッションする時に彼女がいた。
後ろの方の席だったけど、教授の言う通りにドラえもんみたいな機械生命にも人権はあるかとか、作られたフランケンシュタインやアンドロイドとかサイボーグにも人権はあるか、みたいなことを真剣に話し合っていた気がする。文系の私は、ドラえもんが可愛そうだと思って人権はあるべきだ、みたいに思いそれを話していた。
なにせフランケンシュタインは可哀想な怪物である。そういうのに融通を利かせるべきだし、クローン動物だって他の動物と同じで立派に生きているし立派に食べられる。クローンなんてのは特にただの生物だから。
が、大葉はリュックについたクマのキーホルダーを見せてこう言った。
「生きてない道具に権利はある? ペッパーくんなんて、企業が取り入れて、アイボなんてロボット犬なんか今流行っているけどあんな機械に生命を感じる?」
彼女の論と毅然とした態度は私達のグループ数人におお、と歓声をもたらした。私はドラえもんなんてのはやっぱりよほど未来のことなんだなぁ、って見当違いなことを考えていた。
そして、そのキーホルダーを引きちぎって分捕ったのである。
「……返して」
「私が持っていた方がこのクマゴローは幸せになる」
「……はぁ? クマの幸せより私の幸せを大事にすべきでしょう。あと変な名前つけないで」
「ただのクマの道具扱いより絶対にその方が良い。ねえクマゴロー」
「大人気ないやつ……」
彼女は心底呆れた風に言って、結局私達のグループは答えがまとまらなかったけどレジュメにはそれぞれ適当なことを書いて、みんな授業の出席と課題点を取れて満足したという感じだった。
クマゴローを奪ったのは、その時に彼女を一目見て気に入ったからかもしれない。
授業が終わって、颯爽と教室を出ようとする私の服の裾を引っ張って、彼女は伏し目がちに言うのだ。
「クマ、返して」
背は低い方だし体型はスレンダーで非常に女性らしい小柄な体躯だった。リュックを背負ってこじんまりと猫背気味だけれど、見た目はどこか才女のように大人びた顔付きだった。ギャップ萌え、というらしい。
「私人文学科の城戸冴。貴女は?」
「なんで?」
「気になったから」
「理工学部の大葉明」
言いながらクマを早く返せと手のひらを天に仰がせて私を睨みつけてくる。その様子がどうにも、ますます意地悪してやりたい。半泣きにしてやりたい、なんて思うくらいには加虐心のそそる子だった。
ただそこはぐっとこらえて、クマゴローを返してあげると、私は、どこか寂しい気持ちをしながら一言だけ言った。
「じゃあ、また」
「……」
不服そうに彼女は私を睨んだままで何も言わなかった。彼女は次にどの教室、どの棟に行くのか、なんて気にしたけど、休み時間は短いから私はさっさと次の講義に向かったのである。
「そんな昔のことを思い出していたの」
明の住んでいるアパートは一室だけで、ここでセックスするとたぶん隣人に聞かれているんだろうなぁ、なんて無粋なことを思う。ベッドと洋服ダンス以外にはパソコンを置いた大きな机があるくらいの簡素な部屋は、親しい友人を入れる時はパソコンをどかしてそこでご飯を食べるとか。
私と一緒の時は、エロゲーとかいう趣味を隠そうともしない。
「私と大葉の大切な思い出だし」
「なんだこの女は、って思ったけど、クマゴロー取った時のしてやった顔は今でも思い出せる。城戸は子供みたいに笑ってた」
「小さい子いじめしちゃったかな」
「こら」
私は裸で明のベッドに寝そべっていた。ただ私達の関係は肉体だけのものだった。学部が違うということで、既に生活のリズムも授業の出席具合も全然違うし、たまに夜にあって体を重ね、こうして会話を交わすくらいの関係だった。
恋人や親友というには少し難しかった。私は大葉のことが好き、だと思うけど、私生活の多くを合わせていくには無理があるし、肉体関係を持ったとしてそれ以上先の未来を見ることも到底無理だった。
ただ、彼女はきっといつまでも見ていられる顔をしていた。
「それで今日はわざわざ誘ってくれてどういう用? あんまりふざけてたらぶっ飛ばすけど」
「私は常に真剣。真剣なの。ふざけているって判断されること自体が不快なんだけど」
「いいから言え」
袋をガサゴソしながら机から離れようとしない大葉は、どこか焦っているような、不安でいるかのようですらあった。玄関近くと部屋の端のベッドで一部屋分の距離がありながら、すぐにでも逃げだしそうな彼女の態度は明らかに私の怒りを警戒するものだった。
彼女と体を重ねるようになって私は大いに満足していた。が、彼女はそうではない。大葉はエロゲーの中でも、ストーリーで感動するようなもの以上に女性がめちゃくちゃに犯される、私がドン引きするようなやつの方が好みらしくて、そのせいで変なプレイを頼まれてすることがある。なんかめちゃくちゃ罵倒されたり、凌辱の演技をしたり、なんか馬鹿みたいに喘ぎ声を出させたりするようなものである。
関係を終わろうかと思うことも多々ある。だってその秘密は、出してしまったら関係が破綻するような秘密だろう。たとえ私達がエッチするだけの関係であっても。
「……これをですね」
「タコだ」
彼女がスーパーの袋から出したのはタコだった。一匹丸ごと、なんてのはちょっと珍しい。タコパする時でも足だけというのが多いし。
「これを体に……つけるみたいな」
つける、とはどういうことだろう。私には全く何のイメージもつかないことを彼女は言う。彼女の恐る恐るの態度が、恐ろしく馬鹿馬鹿しくて下らない人間のカスみたいなことを言っているんだろうな、と予想はさせるけど。
「どのエロゲーのなにに影響受けたの」
「触手プレイってメジャーだと思うんだけど、こう、胸とかあそこに……!」
タコを引っ掴みながら顔を赤くして私に変な目を向けたり逸らしたり、しながら近づいてはくる。
「……はいはい」
私もその気にはなっていたのだから、仕方なくその軟体動物を体に乗せたりしてみる。
湿ってぬるってしててちょっと気持ち悪いけど、それだけ。それ以上に、おおお、となんか異様に感動している大葉が面白くて。
それで、大して何もしてないくせに
「き、気持ちよかった……?」
めちゃくちゃ不安そうに聞いてくる大葉が、初めて会った時に比べてあんまり気弱で、可愛らしい。
それが楽しくて彼女と付き合っていけるのだと私は改めて思った。
そして笑って返事してやる。
「なわけないでしょ」