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パソコンに触らなくなってもうすぐ1週間、土曜日。昨夜は5冊目の本を読了してしまった。思いのほか集中して読むことができた。パソコンに触りたいと思うのだが、羞恥心が先立ち、すんでのところで本を開く、そんな1週間だった。
今日はどうしようか。購入した5冊は読み切ってしまったが、本をまた買いに行くわけにもいかない。かといって、自宅にいるとパソコンに触りたくなる。無意識にパソコン起動ボタンを押しそうになる。起動すればどうしてもTDGをやりたくなる。
でも…
こっそりなら気づかれないかな。
おそるおそるパソコンを立ち上げて、久しぶりにTDGにログインした。
「うわっ……」
チャットにもギルドチャットにも未読数がすごい。
テルーの異変を感じた仲間たちやウルフのチャットが並んでいるが、ギルドチャットの終わりの方ではオークがしめていた。
オーク『とにかく、テルーちゃん、何があったかわからないけど、いつでも帰ってこいよ』
一方、ウルフのチャットの方は異変を感じて慌てたり焦れたりしている。
ウルフ『ライン、まだかな?』
ウルフ『あれ? TDGにも来てないの? どうした?』
ウルフ『お~い、ルルちゃん、大丈夫か~?』
ウルフ『ルルちゃん?』
ウルフ『まじか? TDGきてないの?』
ウルフ『なんかあったらいつでもくれよ?』
ウルフ『ライン、待ってるよ』
ウルフはいつも通りに接してくれているのに、気にしているのは私だけなのか…と幸は気まずくなった。
心配かけたことを
謝らなきゃ…でも、落ち着いて参加できる自信がない。
今日もカフェで時間を過ごそう…。S谷へ行こう。
S谷にはお気に入りのお店がある。まっすぐそのお店に行こうとして、入り口で並んでいる人に気が付いた。
最終尾の男性が松葉杖をついていて右足が固定されている。その男性がふっと振りかえり、幸と視線が合った。幸には見たこともない知らない人だ。でもその男性の眼は幸を探るような感じだった。
見られている? と体が固まったが、目をそらして不自然に行き先を変え、速足でその場から離れた。
お気に入りのお店をあきらめて、ドトールに入って一息つく。
「足を怪我していた人、私をじっと見ていた。足…?
……え?
もしかして、ウルフさん? そんな…… 違うよね……」
幸は思考が停止してしまった。
ウルフなら、酔った幸の写真を見ている。顔は割れているのだ。
真っ赤な顔をして上機嫌な変な顔だった。あれを見られているのだ。
羞恥に悶え、思わず両手を顔にあててしまう。
「え~~、どうしよう? まさか……、まさか?」
先ほどの自分の様子を思い出した。あからさまだった。
不審に思われてもしかたがない。もし、ウルフならそれで気が付くかもしれない。あの探るような眼は、誰だったかを思い出そうとしているようだった。
どうか他人でありますように。
今晩、TDGにログインして、ギルドチャットのみんなに心配かけたことを謝ろうと思ったのに、その気持ちがくじけてしまった。その日はパソコンを起動したものの、インターネットサーフィンだけでこらえた。
とうとうTDGに戻らないまま2週間たってしまった。
そしてまた土曜日。まだお昼間だ。さすがにTDGが恋しい。パソコンは触るがTDGをさけてウロウロサイトめぐりをするのも飽きてきた。
ショートカットのTDGのアイコンが光る。おいでおいでといっているようだ。
「ええい、ままよ!」
まずは謝ろう。さすがに寂しくなってきたし、みんなと話をしたい。
震える指がTDGのアイコンにふれる。
ギルドチャットはギルドの仲間たちの会話だからそれ相応の未読数だ。
それとは別にギルドの仲間たちそれぞれからチャットが入っている。ギルドチャットは諦めて、テルーあてにきた個別のチャットのほうをみた。
オークやアリスからそれぞれ当たり障りのないチャットが来ていたが、フォックスのチャットをみて息をのんだ。
フォックス『テルーちゃん来なくなって2週間になっちゃったよ。
ウルフもここ数日TDGにこなくなったんだよね。
テルーちゃんがいないからじゃない?
テルーちゃん、ウルフつれて戻っておいで~?』
どういうことだろう? 幸がTDGにいけなくなったのは気まずかったからだ。ウルフは関係ない。でも、ウルフが数日来ないのは確かに珍しい。どんなに時間がなくても、探検をしなくてもログインだけは欠かさなかいらしい。まして、フォックスはウルフと幼馴染だ。
チャット未読をみてハッと気が付いた。ウルフからのチャットがなかったのだ。1週間前まではあったチャットが1通も来ていない。さすがに愛想をつかされたのかもしれない。それはそれで寂しい。本当に自分勝手で、あまのじゃくすぎる。自己嫌悪に陥りながら、フォックスのチャットに戻る。
テルー『フォックスさん、ごぶさたしてすみません。
今晩からぼちぼち復活してみますね。
ギルチャのほうにも挨拶をしてきます。
ウルフさん、どうしたんでしょうか?
とりあえず、ギルチャだけは書き込んでおきますね』
この時間帯だと、用事のある人は見ていないだろう。腰を据えてギルドチャットの1週間分の未読を読んでみようか。その前に買い物をして夕飯の用意を済ませてからのほうが、途切れずに集中できるかもしれない。
とりあえず、ギルドチャットを読んで挨拶をするのは晩からにしようと覚悟を決めた。
幸、ようやく向き合うことに。
でも今度はウルフが来ない?