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すべてフィクションです。
幸がどんなにネガティブになっていったか、こじつけた過去になります。
時はさかのぼる。
幸が大学生の時だ。高校とは違う授業形態に戸惑い、教育学部なのにこれでは勉強ができないと担当教官に泣きついた。クラス形態の授業の時に、クラスメートに協力を求めてはどうかというアドバイスのもと協力を求めるお願いをした。
福祉系大学だったからか、それとも担当教官が説得してくれたからか、比較的早期にクラスメート、クラスメートを通じた友達などが協力を申し出てくれた。分担して幸の取る講義のノートテイクをしてくれ、大学生活は順風かと思われた。
友達ができたと思った。いつもの仲間の中にいて話しがわからなくても側にいて、時々、筆談をくれた。聞こえないとわかっている人は、わかるように話をしてくれたり、書いてくれたりして協力的だった。幸はそれで満足していた。
早めに講義室にいって座ったら、入り口から今日のノートテイクの友達が入ってきた。
「つまんないんだよね、あの子。こういうの、めんどくさいし」
ふと目を向けた時に飛び込んできた口の動き。
一瞬、地面が抜けたかと思うほどのショックを感じた。
「先生がやれっていうんだからやるしかないんじゃん。はぁ」
幸に読まれていることに気が付かずにそのまま他の友達と話している。
見てはいけないものを見てしまった、と慌てて目をそらし、ぐっと目を閉じる。
私のことを話しているんだよね?
仕方がなく友達になってくれたのか?
幸は唇をかみしめ、動揺する気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
目を開けた時、その友達は側に座って
「さぁ、もうそろそろ始まるから、準備するね」
とにっこり笑った。
「いつもありがとう、お願いね」
とひきつりながらなんとか返したが、幸の顔色の悪い様子に気が付かなかったようだ。
幸は大学に入学してから初めて手話を覚えた。
手話の存在を知っていたが学ぶ機会がなくできなかった。ろう学校や難聴学級にもいかず、そのまま大学に入学したからだ。
大学でみつけた手話サークルに入部したのだが、部長の工藤先輩が率先して幸に色々と教えたり、気遣ったりしてくれた。工藤先輩は人気があって、他の部員から聴覚障害を持つ幸を特別扱いしているという不満、嫉妬を感じ、いづらくなってやめてしまった。
「幸ちゃん、なんでやめちゃったんだよ」
「工藤先輩。すみません。ちょっとしんどくなっちゃって」
「幸ちゃんがこれから必要となる手話だろう。いま覚えなきゃいつ覚えるんだよ?」
「自分で覚えます」
「俺のせいなのか?」
「いえ、先輩のせいじゃないです」
「じゃ、なんで?」
「怖いんです、人が。みんな責めているみたいにみえて、そんな自分も嫌で、このまま手話サークルに行きたくないんです。
お願いです。放っておいてください」
「幸ちゃん……」
以来、幸はたんたんと授業を受けることに集中し、友達とは何もなかったようににこにこしてつきあった。相手に踏み込み過ぎないように、逆に自分のところにも踏み込ませないように。
苦しかった就活の後、ようやく決まった会社は、関東の事業所で働く代わりに事務スキルを身に着けることが条件だったので、障害者職業訓練校に行った。
ここでは聴覚障害者だけではなく、肢体不自由、精神障害などの障害を持っている人がいる。障害だけではなく年もバラバラで学ぶこともバラバラ。ただ、いっしょに受ける学科もあって、そこそこの交流も生まれてくる。
幸は見た目は十人並み、中肉中背、特に美人でもスタイルが良いわけでもなかった。目立たないおとなしい存在だった。
だが、訓練校では、幸はなぜかモテた。性格はパッとせず、引っ込み思案、なぜそんな自分が次から次へと男子に「付き合わないか?」と言われる。なぜだろう、といぶかしむと同時に、相手に失礼にならないよう断ってきた。
ある昼休みに、女子が集まって雑談をしているときだった。
「やっぱり聞こえないって見た目わからないからいいよね。
障害者だって思われないし」
「え?どういうことですか?」
「わからない?
男は自分が障害を持っていても、彼女は障害を持ってないってのが自慢になるじゃん」
意味がわからなくて首をかしげる。
「だからさ、アタシみたいに松葉杖ついてたり、あっちゃんみたいに顔に麻痺がでていたりするだけで、圏外なんだよね。失礼しちゃうよね」
そうか、そういうことだったのか。
自分を好きになってくれたわけじゃなくて、見た目だけだったんだ。
障害者の中でも、そんな妬みを受けていたのか。
自分の鈍感さを申し訳なく思うのと同時によく思われてなかったんだとショックをかんじた。もともともっていたネガティブな思考は、ますます他人とのかかわりについて疑心暗鬼になり心を閉ざしがちにしていく。
同期入社から遅れて1年後に会社に戻ると、同期研修には参加しなかったために親しい同期がいなかった。一応、同期会に名前を入れてもらっているくらいだ。親から離れ一人暮らし3年半になったが、会社とアパートの行き来だけの毎日だった。
職業訓練の同級生とはそこそこ仲良くなって話をすることもあったが、事業所に入って仕事生活が始まってからは誰かとおしゃべりを楽しんだということがなかった。幸は人との関係作りを怖がっていた。