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ディスタンス  作者: ぷかぷか
2/10

 明くる日は金曜日だった。花金だからか、幸のいる職場でも同期会開催のお知らせが回ってきた。


「宮本さん、行かれますか?」


「いえ、すみませんが欠席します」


「わかりました~。とりあえずきいてみただけだから気にしないで」


 同期も強くは引き留めずあっさりとその場を離れた。幸は、会社の飲み会にも同期会にも極力出ないようにしているし、主催者も強くはいわない。


 他の人には「強制参加よっ!」って言っているが幸にはそれはない。

 なぜなら、幸は耳が不自由で会話に支障があるからだ。


 幸は、幼少時の薬の副作用で失聴した。両親につれられ病院を回ったが、聴覚は戻ることはなかった。

 わずかに残った聴力を活用するために補聴器をつけ、すぐ発音訓練や話し方教室に通い、どうにか幸の発音は通じるし日本語も獲得できた。

 補聴器は音を大きくするが、幸の聴覚は音の大きさだけではなく音を聞き分ける力も奪われてしまっていたので、明瞭には聞こえない。つまり、音のもつ種類を聞き取ることはできないので、補聴器から聞こえる音は人の声とは辛うじてわかっても何を言っているかまでは理解できない。音を感じるためだけに補聴器をしているようなものだ。

 幸の場合、発語と日本語がある程度獲得できているということで、地元の小学校に通い、そのまま大学まで進学した。だが、相手の話を読み取るのにはかなり集中力がいるし、理解できないことも多い。

 だから、会社では大切なことは社内ラインを使ったり、筆談に代わるチャットボードをつかっている。大きな会社だが、ルーチンワークなのであまり会話を必要としない。


 件の飲み会だが、参加しても話の輪に加われないし、居心地の悪さを伝染させるのは申し訳ないから、と逃げ切ってきた。

 一度は参加したことがあるが、話が通じないので同僚も気まずそうだった。ずっと隅のところでひたすら時間が過ぎるのを時計の針を見ながら耐えていた。帰宅して、気持ちが爆発しベッドに突っ伏して泣き過ごしたのだ。


 主催者には飲み会に参加するのは耐えがたいということをうちあけ、以来、強制参加を免除された。自分で申し出たことだが、同僚たちが談笑しながら飲み会に参加するために準備するのを見るのは切なかった。


 でも、家に帰れば、TDGでギルド仲間たちとギルドチャットで楽しめる。そう気持ちを切り替えて、定時になったのを確認して帰宅準備をするのだった。




 帰宅して真っ直ぐパソコンの所に行き電源をONにする。ホームウエアに着替え、簡単に晩御飯の準備をしてテーブルに配置してから、またパソコンに戻りTDGにログインした。TDGが立ち上がってすぐに続けざまにピコ~ン♪ ピコ~ン♪ とデスプレイの横から吹き出しが出てくる。ギルドチャットだ。


「あれ~早いなぁ。オークさんとフォックスさんだ」


名前の通り、オークは梟のアバターで、フォックスは狐のアバターだ。二人とも騎士の恰好をしている。


パソコンをテーブルにもってきて晩御飯をつまみながら、デスプレイの良く見える角度を調整した。


オーク『ちは』


フォックス『ちは~』


オーク『今晩9時からギルドがあるけど参加する人~』


フォックス『はいはい~』


オーク『テルーちゃん、みてんの、わかってんだぞ~(笑)来て、来て』


テルー『9時からですね。ラジャーです。それまでに実を稼いどきますね』


ギルドに参加するには、探検して実を拾ってこなければならない。集めた実でギルド戦闘につかうのだ。


フォックス『ウルフも遅れるけど参加するってDMきてたよ』


オーク『俺とフォックスとウルフとテルーちゃんとアリスとルシア…6名いりゃなんとかなるな』


幸はウルフの名前をみて落ち着かなくなった。『会いたいと思うように、俺、頑張るよ』という吹き出しが目にちらつく。


フォックス『テルーちゃん~テルーちゃん~見てる~』


テルー『あ、ごめんなさい。夢中になって晩御飯食べてて…』


オーク『ひでぇ。俺ら、まだだぞ。ま、とりあえず、9時集合、よろ』


フォックス『りょ』


テルー『了解です』


 ギルドチャットは耳が不自由でもなんの問題もない。幸はタイピングはお手のもので話すスピードでうてるので、ギルドチャットでは気兼ねなく話ができる。ただ、引込み思案でネガティブな性格なので、促されないとチャットにタイプしない。ギルドメンバーは心得たもので、『テルーちゃん』『テルーさん』と名指しで声をかけてくれるので安心して仲間にいれてもらっているのだ。

 ギルドの時間までに探検をサクッとすませ、実を集めることができた幸はホクホクしていた。


 ギルドは9時から30分で運営が決めた対戦チームと戦う。勝てばチーム全員にボーナスポイントと勝利ポイント、報奨の限定品がもらえる。負けても、ボーナスポイントと残念賞がもらえる。幸が入っているのは勝ち負けに拘らないギルドなので気楽に参戦できる。


 ギルド戦が始まる時間になってもウルフの入室反応がない。


「まぁ、遅れるって言っていたもんね……」


 ギルド戦は拮抗したまま後半にかかった。


オーク『ウルフ、来ないな』


アリス『残業でしょうかね』


ルシア『ちょっとしんどいですね』


オーク『実はまだあるか?』


フォックス『俺はヤバイ……』


アリス『わたしもあまり持ちません。』


オーク『テルーちゃんは?』


テルー『なんとか大丈夫ですよ。あと40個あります!』


オーク『40? 15分だったらなんとかなるかな?』


 ギルド戦は持久戦にもつれこみ、弾切れを誘う戦略になってきたが、テルーの実が潤沢だったのでギリギリで相手チームをくだすことができた。


オーク『やばかったね。お疲れ様でした』


フォックス『おつ~。テルーちゃんのお陰だね』


テルー『お疲れ様でした~』


アリス、ルシア『おつ~』


 結局、最後までウルフは来なかった。




オーク『テルーちゃん、明日、ギルドオフ会やるんだけど来ないかい?

 明後日のTDGとレンチャンになるんだけどさ』


テルー『すみません、そういうところに行くのは苦手なので私は参加しません』


アリス『オークさん、速攻、フラれてますね』


オーク『痛』


フォックス『テルーちゃん、謎の人だね。ウルフも会いたがっていたし』


テルー『謎の人って』


オーク『フォックス、やめとけって。

 テルーちゃん、別に参加は自由だから、気が変わったら連絡くれな?

 ギルチャでもいいし、DMでもいいからな』


テルー『はい……』


 ギルチャというのはギルドチャットの略だ。ギルドの仲間はおおらかで、優しい。ウルフがテルーを連れて行って仲間に入れてくれたので、ギルドの仲間ともウルフと同じぐらい長い付き合いになる。

 時々ギルドチャットでおしゃべりすることがあるのだが、中には意気投合してカップルが成立することもある。フォックスとルシアがそうだ。ルシアはかわいい冒険者のアバターだ。

 ウルフがIT系の会社員らしいということもここで知った。またフォックスとウルフは幼馴染らしい。オークは年長者らしくて、ウルフがスカウトして連れてきた猛者だ。

 アリスだけはちがった。アリスは、テルーがイベントに参加するときにランダムでペアになったときに組んだ相手なのだが、その時にえらくなつかれてそのままついてきてギルドに入ってきた子だ。アリスのアバターは羽が付いた妖精で最年少らしい。アリスというハンドルネームなのだが、リアルではフリーターの男性らしい。話を聞くと中世的なかわいい子だそう。

 今回参加しなかった仲間は他にもいるけれど大抵この仲間たちで行動している。ギルドオフは、TDGのオフ会と違って、少人数で気の合ったメンバーがそろったら飲もうぜという、あまり縛りのないオフ会なのだ。

 だから、ギルドの仲間たちはみな顔割れしている。テルーを除いては。

聴覚障害者は本当に千差万別で、幼少から聞こえなくなった人で、発声訓練をうけたから話せるとか、日本語がうまく書けるようになるだとかはバラバラです。なぜそんなに差がでるのかはまだよくわかっておらず、いまだにろう教育論争があります。ここでは手話の話はあまりでません。

聴覚障害者にとっては聴者主体の飲み会には参加したがりません。飲み会に限らず、イベントについても情報保証がない限り楽しめないでしょう。

幸という主人公を思い切りネガティブな人間にしましたが、そんな人ばかりではありません。


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