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ディスタンス  作者: ぷかぷか
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 1Kのベランダつきのアパートの3階の薄暗い部屋の中。窓にかかっているカーテン越しには、もう町の灯りがぽつぽつ光っている。もうそろそろ紅葉便りが聞こえてくる頃か、この時間になると日中の暑さが冷やされていく。


 カタカタとキーボード叩く音がする。部屋のあかりはデスプレイの発光だけのようだ。

 滑らかなキータッチの後エンターキーを小指でポンと叩くと、強ばった首や肩を解きほぐすようにコキコキする。と、初めて部屋の暗さに気がついたようだ。ため息をつきながら立ちあがり、部屋の電気をつけた。


 宮本幸、社会人4年目。

 テレビのCMにでてくるような会社の事業所の片隅でボンヤリ仕事をしている冴えないOLだ。お洒落も化粧っけもなく女子力は低い。配属されたところはそう忙しくなく定時で帰れるが、周りはバタバタと忙しく、同僚との会話もあまりない。かわりばえしない判を押すような業務。地方の三流大学を卒業し、知った人もいない町の中で会社とアパートの往復のみ。

 他人との関わりを渇望するのは当然だろう。


 幸はオンライゲーム『TDG』にのめり込んだ。

 『TDG』は単純なロールプレイングゲームだ。一人で探検してお宝を集めたり、レベルをあげたり、イベントに参加して、仲間と協力してクリアしたり。この『TDG』では「テルー」と名乗っている。

 入社2年目になったころに偶然みつけて暇潰しにやってみて、気がついたらそこそこのレベルまであがっていた。そりゃそうだろう。定時であがり、帰宅して寝るまで毎日のようにガッツリやりこんできたからだ。


 電気をつけて眩しさに目をしばたたいた幸は、両腕を振り回して体を解きほぐすようにして、またパソコンの前に座る。さっきまでキリのよいダンジョンまで進めたので、後は装備や装具の点検と整理をしようと思っていたのだ。


 ピコ~ン♪


 画面の横から吹き出しが出てくる。


『バンワ~(≧∇≦)』


 ウルフだ。

 TDGには仲間とチャットする機能がある。仲間を指定して1対1や複数でチャットするものやギルド参加者全員とチャットするギルドチャットもある。ウルフが使ってきたのは1対1のチャットだ。ウルフのアバターは名前の通り狼で戦士のスタイルだ。


『今帰ったところで、ヘロヘロだよ~』


もう時間も10時。きっと仕事帰りだろう。ギルドに初めて参加したときから仲間に入れてくれて、TDGの世界を色々と教えてくれた。はまりこんだのは彼のせいだ。


『こんばんは(^_^) 今日もお仕事お疲れ様でした』


『ルルちゃん、この後、新イベ、組まない?俺、出遅れちゃって足引っ張るかもだけどさ』


ウルフだけ幸のことを「ルル」と呼んでいる。こうしてチャットをすると、タイプミスもでるのだが、テルーが打ちにくかったのかルルと打ち込まれ、そのまま定着してしまったのだ。幸もこだわりはないので、ウルフがルルと呼べば応えるようにしている。


『あれ? もう誰かとやってると思ってました。私、スルーのつもり…『そこをなんとか』え?』


まだ幸がチャットしてるのに、ウルフがかぶせるように割り込んできた。


『前のイベントでシルバーサーベル壊されちゃったじゃん』


『あ、ああ…』


ギルドチャットで、前回イベントで他の仲間と組んだら、戦闘シーンで敵の触手を切ろうとして逆に巻き取られ粉砕されてしまったと話しているのを読んだ。


『だからさ、欲しいんだよ。報奨のサーベル』


『ですねぇ。でも、私、イベントやりこみじゃなくて逆に足を引っ張りますよ。

 攻撃型より回復型ですし』


『いいの、いいの。組もう。今からじゃ組んでくれる仲間見つけにくいしさ、お願いします!』


『ウルフさんがいいなら、私でよければ…。でも、本当にイベント』


『ありがとう。恩にきるよ!』


また、かぶせるようにお礼を言われてしまった。


『あと20分だから、ちょっとそれまでに準備してくるわ~』


ピコン♪


 きっと帰ったばかりだから着替えやらなんやらがあるのだろう。ちょっと強引だったけれど、なんだか人恋しかったからこのお誘いは嬉しいかもしれない。幸はあきれつつも微笑んでしまった。


 ウルフは人気がある。優しいし、組んだらパートナーがやりやすいようにイベントを進めてくれるからだ。ウルフのギルドはウルフをサポートする仲間、レベルが低い人とくっきり分かれていて、幸はどちらともいえない。時々誘われたらギルドに参加するくらいだ。イベントの仲間を探すのは自分からはできなくて、こっそり一人でやるかスルーするかだった。


 「あ、装備を変えなきゃ!どうしようかな。ペアだったら、ウルフさんが攻撃担当だよね。じゃ、回復薬満タンにして、シールドを選択しておこう。」


 ピコ~ン♪


『お待たせ―。あと2分だな。よろしくねー。』


『はぁい』


 幸は基本自分からチャットをしかけない。いつも受け身だ。TDGのテルーのように、防御でかわしながら生きてきている気がする。でもそんな自分でも時々ウルフやギルドの仲間が声をかけて誘ってくれる。だから、このTDGが楽しくてやめられない。


 イベントは、ウルフのほしいという報奨のサーベルをもらうまでポイントを稼げばやりこまなくてもよかったので、ものの30分で終わってしまった。


『ありがとー。感謝、感謝!』


『いえいえ。もうバリア張るだけで精一杯ですみません』


『なんのなんの。助かったよ。お陰でじゃじゃーん。ブリリアントサーベル、ゲットだぜー』


『よかったです(笑)私もブリリアントポーションをゲットしました。ありがとうございます』


『ところで、ルルちゃんさぁ』


『はい?』


『TDGオフ会、来ん?』


TDGのタイムラインで、ギルドのオフ会を開くよ!というタイトルを見た。定期的にやっているようで、固定メンバーで集会をしているらしい。幸は参加したことがない。

いや、参加したくないのだ。したくないというより、できないといったほうがいいのかもしれない。


『ごめんなさい。ちょっと無理です。』


『前から誘ってるけど、つれないな、ルルちゃん?』


『あ、ごめんなさい。』


『みんな愉快なヤツばかりよ。もしかして、たくさんの人に会うの、苦手とか?』


幸は迷った。ここで話して、TDGにいられなくなるのが怖い。そもそも、TDGにいるときは本来の自分をさらけ出さなくていいから楽しめたのだ。


一呼吸をおいて幸はタイプした。


『そうなんです。たくさんの人に会うのは苦手で…。だから、いままで断ってきました』


『そっか…。無理をいっちゃってごめんな。でも、個人的に会いたいなルルちゃんに』


『え』


『だって、落ち着いていて話しやすいんだもん。もう2年だろ。いろんな話をしてきたけどルルちゃんどんな人か会ってみたいしね。一対一だったらどう?』


 どうしよう… どうしよう…


『ルルちゃん? あ、もしかして、警戒させちゃったかな。そうだよなぁ、ごめん。俺の勝手な希望』


『ウルフさんが悪いわけじゃないんです。私が…』


 幸はキーボートをタイプするのをいったん止めた。一呼吸いれて、もう一度指を動かし始める。


『私が誰にもリアルで会いたくないんです…。ウルフさんだけじゃなくて』


『わかった!』


 その吹き出しの文字が目に飛び込んだとき、怒らせたのかなと思い、幸は肩をすくめた。サーっと頭が冷えた。


『ルルちゃんから会いたいと思うように、俺、頑張るよ』


「はぁ?」

幸はウルフの吹き出しを思わず凝視して、間抜けな声をだしてしまった。

「怒ってないの?どういうこと?」


『もう遅くなったし、俺もルルちゃんも仕事だろうし、もう寝よ? お休み、またね(^^)』


『あ、おやすみなさい』


戸惑っていると、あれよあれよとチャットが終わってしまった。


 テルーは、TDGの中では中堅どころの防御と回復魔法を得意とする精霊だ。テルーのアバターは落ち着いた背中まで流した銀髪と金色の瞳で設定している。TDGの世界では、リアルの宮本幸を忘れられる。おとなしくて控えめ。性格までは変えようがないが、あのことはここでは関係ない。あのことは…。

なろうでは、初めての連載です。

触発されて、書いてみました。

10話完結です。

書いていることはフィクションで、オンラインゲームもあまりやったことないし、よく知りません。ゲームの設定はとても適当です。

TDGって何の略?と聞かないでください。本当に適当につけてしまいました。

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