過保護者【レドラスタジオ・アーカイブス】
俺はカウンターに頬杖をつきながら、目の前の女が言う言葉を、ボケッとして聞いていた。
ここは市の相談窓口だ。
「・・・・・だから・・・って聞いてるザマス?ちょっとああた、聞いてるザマスか!?」
俺はハッとして頬杖をつくのをやめた。
俺の目の前に座る厚化粧の女は、いかにもご立腹といった感じだ。
「まったく、ああた聞いてるザマスか?いいザマス、もう一回言うザマスよ?2丁目の公園でウチのカズちゃまが、滑り台から落ちて大怪我したんザマス。危ないから、滑り台を撤去して欲しいザンス!!」
俺は心の中で舌打ちをした。
またか。
最近、こういう親がものすごく増えてきている。
公園の遊具などで子供が怪我をすると、決まって市の相談窓口にヒステリックに怒鳴り込んでくる。
そして、怪我をした遊具を撤去しろとわめき出すのだ。
本当にアホらしくてしょうがない。
子供が遊べば怪我をするのは当たり前だ。
怪我をするからこそ、何をしてはいけないとか、何が危ないとかを学ぶのだ。
子供は、怪我をして当たり前なのだ。
ところが、最近はそうではないらしい。
子供が指を挟んだといっては、ブランコの鎖が危ないと言ってくる。
子供が友達の誰かとケンカしてぶたれたといえば、その子供を訴えたいとか言ってくる。
そして今度は、滑り台である。
俺は、厚化粧女の横で女の腕にしがみついている、子供の顔を見た。
確かに厚化粧女の子供は、怪我をしていた。
だが、どう見ても”大怪我”ではない。
顔に2枚、絆創膏が貼ってあるだけで、せいぜいスリ傷にしか見えない。
こんなのが”大怪我”だというのだろうか?
俺は聞いた。
「あのぉ・・・・・失礼ですが、本当にお子さんは”大怪我”をなさったんですよね?」
「当たり前ザンショ!ああた、コレが見えないんザマスか!?」
そういって厚化粧女は、自分の子供の顔を指差した。
”見えないんザマスか”と言われたところで、やはり俺には2枚の絆創膏しか見えない。
まあこの厚化粧女にとってみれば、この2枚の絆創膏は”大怪我”なのだろう。
この女にかかってしまえば、ケンカで子供が殴られれば『傷害事件』、三輪車や自転車でなにかあれば『交通事故』、学校で教師に叩かれれば『セクハラ』になってしまうだろう。
俺は思わず笑ったが、厚化粧女に見咎められた。
「ちょっとああた、何笑ってるザマス?真面目に聞いてるザマスか!?」
俺は慌てて笑いを抑えた。
「いや・・・・申し訳ない。とりあえず、上に相談してみますから、また数日後にお越しください」
便宜上は”相談”だが、実質上は”確定”に近かった。
こういうどうしようもない親は、自分の意見が聞き入れられないと、大抵今度は『市を訴える』とか言い出すものである。
とにかく自分の意見が聞き入れられればそれで構わない。
相手側のことなど知ったこっちゃないというのが、この連中の思考回路である。
イチャモン保護者を相手に回した時点で、選択肢は無いに等しかった。
「ママー、お腹すいたー」
厚化粧女の子供が言った。
「よしよし、カズちゃま。これが終わったら大通りの高級レストランにいくザマスよ」
こうやって甘やかされて育ったガキは、えてしてロクな人間にならない。
社会人になる前にとんでもないことしでかすか、成人しても親のスネかじって暮らすだけである。
「それじゃ、頼んだザマスよ。もし何もしなかったら、タダじゃ済まさないザマスからね!」
そう言い捨て、ガキを伴って厚化粧女は去っていった。
全く、でかい声を出しやがって。
ここは市役所だというのに、その程度の常識すらないのか、ヒステリックババアめ。
やれやれ、仕方ない。
俺は、側にあった電話の受話器をとった。
「・・・・もしもし、安全課ですか?今ちょっと、クレームが来まして・・・・・・・・・」
その2週間後、公園の滑り台は業者によって撤去された。
そしてその次の日、再び厚化粧女がやってきた。
今度は、公園内にある土管に子供が潰されそうで危ないという。
1週間後、再び業者がやってきて、大急ぎで土管を撤去した。
俺がその存在を忘れた1ヵ月後。
三度、厚化粧女がやってきた。
今度は、仲間を大勢引き連れてやってきた。
公園の砂場は、バイキンがいっぱいあって子供の健康に良くないから、撤去しろと言う。
仲間のババア軍団も、一斉に騒ぎ立てた。
2週間後、三度業者がやってきて、公園の砂場を埋め立てていった。
そんな調子でブランコもシーソーも撤去されてしまい、終いには公園から一切遊具が無くなってしまった。
世界のどこを探しても無い、土だけ公園の完成だ。
* * * * *
その後俺は、家族共々隣の市に引っ越してきた。
だが俺がいなくなった後も、厚化粧女一味は暴走を続けているようだった。
教育課に勤めていた俺の友人から聞いたところだと、確認されているだけで「お受験に関係ない教科」が学校から無くなり、障害を持った子供が次々と学校から追い出され、目が合ったとか肩がぶつかったとか声をハモらせたとか、挙句はハゲがキモイとかそんな理由で、10人近い教師がクビになっていた。
だが俺には関係ない。
もう、あの厚化粧女の顔を拝むことは無いのだ。
新しい市に引越し、新しい市役所に勤め始めてからは、俺の日常は比較的平和に過ぎていた。
それに聞いたところでは、以前住んでいた市でも最近は、厚化粧女も出現しなくなったということだった。
平和になった。
とにかく平和になった。
ある日のことだった。
俺は相談窓口で、その日最後の相談客を迎えていた。
その客との話が終われば、今日の仕事は終わる。
俺は心の中で思い切り背伸びをしながら、窓口に近づいてくる最後の足を見守った。
そして顔を上げ、絶句した。
そこに立っていたのは、すっかり成長したガキを横に従えた、あの厚化粧女だった。
完
《作者による解説 in 2021》
高校一年の冬頃に執筆した短編小説。当時旬の話題だった「モンスターペアレント」を題材にした作品。主人公の一人称が「俺」だったりするのは当時からハマっていた筒井康隆作品の影響ですね。この時点で仲の良かったクラスメイト数名と、短編小説を書いて批評し合う企画をやっていて、その一環として書いたものだったと記憶。