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魔法の森  作者: ましの
6/7

約束

見えないメロディーは

天上から優しく降り注ぐ

花は月明かりにきらめいて

月の妖精が現れる

柔らかなほほえみは

君の願いを叶えてくれる?

 突然視界が開けた。

 ぽっかりと空いた空間に白い花が咲き乱れている。そこは月夜に咲く花畑だった。差し込んでくる月の光は、静かに柔らかく花たちを照らし出している。

 行く手を阻んでいた背の高い下草も、幾重にも折り重なって立ちはだかっていた木々も、決して触れてはいけない神聖なもののように、花畑を犯すことはなかった。森の木々は白い花を守る砦だったのだ。

 その中央には、竜のように幹をくねらせた老木が立っていた。

「白いお花」

 ぽつりと呟いたミチの声が森の中で密やかに響いた。

 ミチはよろよろとよろめきながら、白い花畑の中に入っていく。泥で汚れた靴で花を踏まないように、慎重に。

 月の光に濡れる白い花たちはほのかに輝きながら、聞くことは出来ない月のメロディーに身を任せて揺らめいていた。

 途端に、ミチの胸がチクチクと痛んだ。

 ずっと前にも、この光景を見たことがあるような気がして、心がうずいた。どこか懐かしい。そんな思いがミチの心を埋め尽くす。

 すると、空から囁くような声が降ってきた。

『よく来たわね』

 ミチは花畑の中から大きな月を見上げた。

「月の妖精さん?」

 そっと呼びかけると、降り注いでいた月の光がふわりと螺旋を描いた。

 それは次第に大きな光の風になり、白い花たちは花びらをはためかせながら風の中で踊り始める。

「あっ!」

 ミチは巻き起こる風の中で小さく声を上げて髪を押さえた。解けかかっていたスカーフが風にさらわれて高く空に昇っていく。

 すると、光の渦の中にたおやかに儚く透き通る妖精の姿が現れた。

「よく来たわね」

 妖精は、春の小川のように柔らかにきらめく髪をなびかせて真っ直ぐにミチを見た。

「あなたが月の妖精さん?」

 ミチは囁くように問いかける。

「そうよ。わたしが月の妖精。あなたをここへ導いた者」

「よかった。月の妖精さん、わたしのお願いを叶えてくれますか?」

「ええ。そのために、あなたをここへ呼んだのよ」

 妖精の言葉に、ミチは満面の笑みを浮かべる。

「月の妖精さん。わたし、いつまでもずっとここにいたいの! 森のみんなと一緒に!」

 すると妖精は、ミチの唇に白く細い指をそっと当てた。

「叶えて上げられる願いは一つだけよ」

 ゆっくりと首を振る妖精を見て、ミチは小さく首をかしげた。

「どうして? わたしの願いは一つだけよ」

「いいえ。数えてごらんなさい。ずっとここにいることと、森のみんなと一緒にいることでは、願いが二つになってしまうわ。どちらか一つの願いしか叶えることは出来ないわ」

 その言葉を聞いて、ミチは困ったように妖精を見上げた。

「どちらか一つじゃだめなの! 森のみんなと一緒にいつまでもここにいたいの! お願い。月の妖精さん、わたしの願いを叶えて?」

 すると妖精はしなやかな手でミチの頬を撫でた。

「いいえ。それは出来ないの、盲目の少女よ」

「もうもく?」

 ミチは妖精の言葉に首をかしげた。

「そう。あなたは生まれながらに光を見ることが出来ない」

 妖精は哀れむようにミチの頬を撫で続ける。けれど、ミチはかぶりを振って言った。

「そんなことないわ! わたしには月の光を見ることが出来るもの。森のみんなと一緒に橙色の夕焼けだって見たわ!」

「そうよ。森のみんなと一緒に、今日初めて光を見た。色を感じた」

「そんなことないわ!」と否定しようとして、ミチは言葉を失った。朝、目が覚める前の記憶をどうしても思い出すことが出来なかったからだ。

「あなたはこの森へ来る前の記憶を心の奥底に仕舞ってしまったのよ。光のない記憶を」

 ミチの頭の中には、様々な記憶の断片が渦巻いていた。頭の中の長い廊下の扉が開くごとに、様々な記憶が飛び出してくる。

 リスと見上げる星空。クマのお腹の柔らかさ。雨の音。きらきらと光る木漏れ日。そして一番最後に、光のない真っ暗闇。

 淋しい。悲しい。寒い。溢れ出てきた辛い記憶の断片がチクチクと胸を刺す。

 その痛みに耐えかねて、ミチはポロポロと涙を流した。止めどなく溢れ出てくる涙は、月の光を浴びてきらきらと輝いては落ちた。

「これは、あなたの夢よ」

 やがて、妖精が静かに言った。

「夢?」

「そう、あなたが見たいと望んだ夢。あなたはこの場所を覚えているはずよ。そして、わたしのことも」

 妖精の言葉に、ミチははっとする。

 初めて見たはずの白い花畑を、確かに懐かしいと感じた。

「あなたは暗い森の中を泣きながら彷徨っていた。愛しい人を呼びながら。けれど、あなたの声は誰にも届かなかった。誰もあなたを迎えには来なかった」

「やめて!」

 ミチは泣きながら叫んだ。語りかけてくる妖精の声を遮ろうと、うずくまって耳をふさいだ。

「哀れに思ったわたしが、あなたに力を貸したのよ。そしてあなたは森に魔法をかけた。覚えているでしょう?」

 ミチは聞きたくないと首を振るが、妖精は構わずに続けた。

「魔法のかかった森の中で、あなたは光を得た。森の仲間たちはみんなあなたのことが大好きよ。なぜならそれは、あなたの願いだから。誰にも省みられずに捨てられた、哀れな少女の願いだから。あなたのかけた魔法は、今夜解けてしまうわ。その前に、もう一度願ってちょうだい」

 ミチは泣き腫らした目で妖精を見上げた。

「なんて願えばいいの?」

「夢が終わらないようにと。あなたを必要とする誰かが、あなたを揺り起こすまで、夢を見続けるようにと。さあ、願って。月が沈んでしまえば魔法は解けてしまうわ。あなたの夢が醒めてしまう」

 そう言って仰ぎ見た空では月が沈みかけようとしていた。

「さあ、急いで。夢が醒めてしまったら、あなたはまたひとりぼっちになってしまう」

 ミチはしゃくり上げながら、声の限り叫んだ。

「お願い、月の妖精さん! わたしの夢を終わらせないで!」

 途端に、静かに輝いていた月から、まばゆいばかりの光が溢れ、ミチを包み込んだ。光は悲しい記憶の渦を次々に飲み込んでいく。

 やがて光がゆっくりと去っていった。

「これで、あなたの夢は続いていく。誰かがあなたを揺り起こすまで」

 妖精が穏やかに言った。その姿は光を失い、風に揺れる白い花畑にゆっくりと溶けていく。

 あとには、老木に身を任せて眠るミチが残った。

 その姿は夜の闇の中に、静かに飲み込まれていった。


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