雨
雨は色とりどりにきらめいて
いのちをそっと包み込む
雨音にリズムを刻もう
やがて晴れる空は
夕暮れに染まって
君を優しく見守っている
「さあ、お腹がいっぱいになったら遊びましょう!」
カップケーキを食べ終わったミチの手をウサギが引っぱる。
「遊ぶってなにをして?」
手に付いたクリームを丁寧に舐め取りながら、ミチは聞いた。
「かくれんぼに花摘み。それから木のブランコ」
「ブランコ?」
「そうよ。ブランコ。ミチはブランコが好き?」
「大好き!」
ミチがそう言うと、ウサギは大きく飛び跳ねた。
「それじゃあ、早く行きましょう!」
広場の端に立つ大きなクヌギの木の根本に動物たちが集まっている。
「おーい。落ちるなよ!」
「誰に言っているんだ! おれは世界一の木登り名人だぞ!」
ミチがクヌギの木を見上げると、大きな身体のクマが木に登って枝にロープを結びつけていた。クマが動くたびに、枝がミシミシと音を立てている。
「危ない! 枝が折れちゃうわ!」
ミチが声を上げると、クマはウインクを残して大きくしなる枝の上でジャンプをした。
「きゃー!」
ミチが目をおおって叫ぶ。
次の瞬間、ドスン! と大きな音が響いた。同時に歓声が沸く。
恐る恐る目を開くと、クマが地面の上でポーズを取っていた。ミチが呆気にとられていると、クマはもう一度ウインクをした。
「ミチ。おれの華麗な着地を見てくれたかい?」
「ごめんなさい。怖くて目をつむってしまったわ」
ミチがそう言うと、クマは大きく肩を落とした。それを見てハリネズミがキィキィと笑い声を上げている。
「太ったクマの曲芸なんて見苦しいものはないな!」
リスが追い打ちをかけるように鼻で笑う。
「さあさ! ミチのためにブランコを作ってちょうだい!」
落ち込むクマをなだめて、ウサギが言った。
ロープに丸太を結びつけただけのブランコは、ミチにとっては素晴らしい乗り物だった。
きらきらと輝く木漏れ日を浴びながら、ブランコの上で風を感じる。涼やかな風がミチの頬を撫でる。ブランコが揺れるたびに、髪に巻いたスカーフがふわふわと踊った。
過ぎては戻っていく景色が、まるで宝物のようにきらめいている。
「ありがとう、クマさん!」
嬉しそうにブランコを漕ぐミチを見て、曇り顔だったクマはだんだんと笑顔になっていく。
「ミチの笑顔が一番のお礼だ!」
ミチは動物たちに見守られながら、気の済むまでブランコを漕ぎ続けた。
不意に、前にもこんなことがあったような気がして、ミチはそれが何時のことだったのか思い出そうとした。
確か、大好きなブランコに乗れなくて悲しかったような気がする……。
けれどそれ以上のことが思い出せなくて、もやもやとした感情が心の中でうずいている。
すると、ミチの肩を陣取っていたリスが声を上げた。
「思い出せないことは気にしなくていいんだ!」
ミチはその言葉にうなずいて、もやもやとした感情を隅に追いやった。
「今が楽しければ、それが一番よね!」
「そうさ!」
ハリネズミがミチの膝の上で飛び跳ねた。
森の天気は移ろいやすい。
燦々と照りつけていた太陽は、いつのまにか流れてきた灰色の雲におおわれてしまった。
「これは一雨来るな」
空の様子をうかがっていたシカが言った。
「雨が降るの?」
「そうだ。今のうちに雨宿りできる場所を作っておいた方がいいぞ」
動物たちは急いで緑のテントに戻り、テーブルクロスでテントを補強した。
すっかり薄暗くなったテントの下には、ランプが灯されている。ミチは動物たちと一緒にランプを囲んで座り込んだ。隣にいたクマのお腹があまりにもふかふかしていて気持ちよかったので、抱きつくように寄りかかる。
「わたし、雨って嫌い」
ミチがぽつりと言った。それを聞いたシカが前脚を追って座り込みながら聞いた。
「どうしてだい?」
「だって、お外で遊べないんだもの。それに、雨って意地悪なの。せっかくのきれいな着物を濡らしてしまうんだもの」
「そんなことはない」
ミチの言葉を聞いたシカは首を振った。
「雨が降るから、わしら、いのちは生きていける」
「いのち?」
「そうだよ。木も花もわしら動物も」
「それじゃあ、わたしも?」
ミチがシカをうかがうように見上げた。
「ああ、そうだよ。ミチも雨が降るから生きていける。わたしたちと同じいのちなんだよ。雨音はいのちを育むメロディーなんだ」
「いのちのメロディー?」
「そうさ。耳を澄ませてごらん。音楽が聞こえてくるだろう?」
シカの言葉に、ミチはそっと耳を澄ませた。
雨粒がテントの木の葉を伝って弾けてパチンと音が聞こえてくる。出しっぱなしのティーカップの縁に当たってピシャリと音が鳴る。
小さな音の群は積み重なって大きなメロディーを奏でだした。
「これがいのちのメロディー!」
ミチは嬉しくなって、濡れるのもかまわずに外に飛び出した。動物たちがあとに続く。
ぼんやりと灯るランプの淡い光の中でミチは動物たちと踊った。水たまりの上でステップを踏めば、チャプチャプと水が飛び散る。
雨音が奏でるメロディーの中で、ミチは手を叩いてリズムを取った。
森に降る雨は、まるで初めて見るもののようで、特別な色を持っていた。
シカの話を聞いたミチは、雨に濡れることを不快だとは思わなくなっていた。
やがて通り雨が過ぎていくと、灰色の雲の切れ間から橙色の光がこぼれ落ちた。
きれいに洗われた雨上がりの森に夕暮れの日差しが差し込んでくる。
雲間から投げ出されたたくさんの光のリボンを見上げて、ミチはうっとりとため息を漏らした。
「とってもきれい」
「太陽がいのちを祝福しているのさ」
肩に乗ったリスが言った。
「雨上がりの空はいつもわたしたちをお祝いしてくれているのよ」
ミチの隣では、ウサギが立ち上がって広い空を見上げていた。
雲がおおっていた空は見る間に晴れ上がり、鮮やかな夕暮れの空に変わっていく。
夜の藍色が迫り、桃色に染め上げられた薄い雲の向こうで、太陽が最後の光を放っている。
ミチはその光景を息を詰めてじっと見つめていた。胸の奥を誰かにきゅっと抓まれているような不思議な感覚だった。
「こんなきれいな世界。初めて見るわ」
「世界はきれいなもので満ちあふれている。君が知らないだけで」
リスがそっと囁いた。
そして日が暮れると、遊び疲れたミチは切り株のベンチに横になり、すやすやと眠りに落ちた。
柔らかなランプの灯りが小さな身体を照らしていた。