晴れ
柔らかな風の中は
香ばしい匂いに満ちている
さあ パーティの始まり
緑のライトの下で
君の笑顔が輝いている
それは何よりの宝物
森の広場にはたくさんの動物たちが集まっていた。
黄色の蝶ネクタイをしたシカに、青いリボンで着飾ったハリネズミ。水玉模様のスカーフを巻いたクマ。小鳥たちは揃いの花飾りを挿している。
高く昇った太陽が、木の葉のテントに緑色のライトを落としている。
切り株で出来た低いテーブルには滑らかなリネンのテーブルクロスが敷かれている。風に木の葉が揺れると、テーブルクロスに落ちる模様が次々に変わっていった。
「今日はなんのパーティなの?」
ミチが緑色のテントを見上げて聞くと、シカがゆったりと近づいてきて答えた。
「今日は君がここへ来た記念日さ。君がこのパーティの主役だよ」
「わたしが?」
ミチは目を丸くした。
「これは、わたしのパーティなの?」
「そうさ。君のパーティだ。盛大なお祝いだよ」
シカの言葉にミチは目をきらきらと輝かせる。
「わたしのためのパーティ! なんてステキなの!」
うっとりと緑の光を浴びるミチの肩で、リスが大きく飛び跳ねた。
「さあ、早く席に着くんだ!」
「でもリスさん。わたし、どこに座ったらいいのかわからないわ」
「決まっているだろう。主役の席はテーブルの中央だ!」
リスに言われるままミチが席に着くと、レースのリボンを巻いたウサギがティーセットを運んで来る。
玉虫色に輝く皿の上にはクリームたっぶりのカップケーキが乗せられている。炒れたての飴色の紅茶からは、ほのかな花の香りが漂ってきた。
「早くパーティを始めよう!」
気の早いクマがティーカップを高らかに掲げると、動物たちが口々に叫んだ。
「ミチに乾杯!」
ミチも慌てて玉虫色のティーカップを持ち上げる。
すると小鳥たちがやって来て、葉っぱの形をした砂糖を次々とミチのティーカップに落としていく。仕上げにウサギがシルクのように滑らかなミルクを垂らせば、とろりと甘く香るミルクティーの完成。
「とってもおいしいわ!」
ミチが歓声を上げれば動物たちは手を叩いて喜んだ。ハリネズミは嬉しさ余ってカップケーキに頭を突っ込んでいる。
動物たちがあまりに騒ぐものだから、リスがテーブルの上でぴょんぴょんと飛び跳ねながら怒り出す。
「いい加減にしろ、お前たち! うるさいったらないぞ! 落ち着いて紅茶も飲んでいられない!」
「あはははは。怒りん坊のリスがまた騒ぎ出した。お前だってうるさいぞ。それに今日はパーティなんだから、騒ぐのは当たり前さ」
大きな身体のクマがカップケーキを丸飲みしながら笑っている。
ミチもカップケーキに手を伸ばした。スプーンもフォークも見当たらないので、大きな口を開けてかぶりつくと、口の周りにクリームが付いた。
それを見てシカがおかしそうに笑い出す。ミチもおかしくなってきてカラカラと笑い声を上げた。
木陰から見上げた太陽が、きらきらと光を落としている。
「太陽さん、ありがとう!」
ミチは嬉しくて、空に向かって大きく手をあげた。
「ねえ。ミチはどこから来たの?」
ウサギがミチのドレスの裾を引っ張った。
「どこからって? 大きな樫の木の根元がわたしのお部屋よ」
ミチが明るく答えると、ウサギは首を振った。
「違うわ。その前よ」
「その前?」
ミチは何を聞かれているのか分からずに首をかしげる。
「その前っていつのことなの? わたしは草のベッドで寝ていたのよ」
けれどどうしてか、それより前のことが思い出せない。思い出そうとすると、まるで朝靄のなかにいるように、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのだ。
すると、カップケーキに頭を突っ込んでいたハリネズミが、やっとのことで小さな頭を引き抜いた。せっかくの青いリボンがクリームでベトベトになっている。ミチが針に着いたクリームをすくってやると、ハリネズミは気持ちよさそうに目を細めた。
「ミチはこの森に来る前はどこにいたんだい?」
キィキィとハリネズミが声を上げる。
ミチはますます混乱して首をかしげた。左右も分からない靄のなかにいると、言葉に出来ない不安がひたひたと近づいてくるのだ。
不安に顔を歪めていると、遮るようにリスが大きく咳払いをした。
「そんなことはどうだっていい! 今日はお祝いなんだ。ミチのカップが空になっているぞ。さあ、紅茶を注ぐんだ!」
その声に、クマが大きな手で器用にティーポットを傾ける。
なみなみと注がれた紅茶は今にもこぼれてしまいそうだ。ミチはこぼれないように、慌ててティーカップに口をつけた。
「ねえ、リスさん」
ミチはティーカップに口をつけたまま、リスにそっと問いかける。
「わたしは一体どこから来たのかしら? 今朝より前のことが全く思い出せないの」
するとリスは怒ったように声を上げた。
「思い出せないことは気にしなくていいんだ!」
「そうなの?」
「そうだ! 楽しい今だけを感じていればいいんだ!」
そう言ってリスがティーカップに砂糖を投げ入れた。
午前中の日差しは柔らかに森のテントを包み込む。
緑のライトの下で、誰もが笑みを浮かべている。
青く晴れ渡った空に、動物たちの笑い声がどこまでも響いた。
そよぐ風は優しくミチのドレスの裾を撫でていった。
その風がどこから来て、どこへ行くのかを誰も知らない。