表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の森  作者: ましの
3/7

晴れ

柔らかな風の中は

香ばしい匂いに満ちている

さあ パーティの始まり

緑のライトの下で

君の笑顔が輝いている

それは何よりの宝物

 森の広場にはたくさんの動物たちが集まっていた。

 黄色の蝶ネクタイをしたシカに、青いリボンで着飾ったハリネズミ。水玉模様のスカーフを巻いたクマ。小鳥たちは揃いの花飾りを挿している。

 高く昇った太陽が、木の葉のテントに緑色のライトを落としている。

 切り株で出来た低いテーブルには滑らかなリネンのテーブルクロスが敷かれている。風に木の葉が揺れると、テーブルクロスに落ちる模様が次々に変わっていった。

「今日はなんのパーティなの?」

 ミチが緑色のテントを見上げて聞くと、シカがゆったりと近づいてきて答えた。

「今日は君がここへ来た記念日さ。君がこのパーティの主役だよ」

「わたしが?」

 ミチは目を丸くした。

「これは、わたしのパーティなの?」

「そうさ。君のパーティだ。盛大なお祝いだよ」

 シカの言葉にミチは目をきらきらと輝かせる。

「わたしのためのパーティ! なんてステキなの!」

 うっとりと緑の光を浴びるミチの肩で、リスが大きく飛び跳ねた。

「さあ、早く席に着くんだ!」

「でもリスさん。わたし、どこに座ったらいいのかわからないわ」

「決まっているだろう。主役の席はテーブルの中央だ!」

 リスに言われるままミチが席に着くと、レースのリボンを巻いたウサギがティーセットを運んで来る。

 玉虫色に輝く皿の上にはクリームたっぶりのカップケーキが乗せられている。炒れたての飴色の紅茶からは、ほのかな花の香りが漂ってきた。

「早くパーティを始めよう!」

 気の早いクマがティーカップを高らかに掲げると、動物たちが口々に叫んだ。

「ミチに乾杯!」

 ミチも慌てて玉虫色のティーカップを持ち上げる。

 すると小鳥たちがやって来て、葉っぱの形をした砂糖を次々とミチのティーカップに落としていく。仕上げにウサギがシルクのように滑らかなミルクを垂らせば、とろりと甘く香るミルクティーの完成。

「とってもおいしいわ!」

 ミチが歓声を上げれば動物たちは手を叩いて喜んだ。ハリネズミは嬉しさ余ってカップケーキに頭を突っ込んでいる。

 動物たちがあまりに騒ぐものだから、リスがテーブルの上でぴょんぴょんと飛び跳ねながら怒り出す。

「いい加減にしろ、お前たち! うるさいったらないぞ! 落ち着いて紅茶も飲んでいられない!」

「あはははは。怒りん坊のリスがまた騒ぎ出した。お前だってうるさいぞ。それに今日はパーティなんだから、騒ぐのは当たり前さ」

 大きな身体のクマがカップケーキを丸飲みしながら笑っている。

 ミチもカップケーキに手を伸ばした。スプーンもフォークも見当たらないので、大きな口を開けてかぶりつくと、口の周りにクリームが付いた。

 それを見てシカがおかしそうに笑い出す。ミチもおかしくなってきてカラカラと笑い声を上げた。

 木陰から見上げた太陽が、きらきらと光を落としている。

「太陽さん、ありがとう!」

 ミチは嬉しくて、空に向かって大きく手をあげた。


「ねえ。ミチはどこから来たの?」

 ウサギがミチのドレスの裾を引っ張った。

「どこからって? 大きな樫の木の根元がわたしのお部屋よ」

 ミチが明るく答えると、ウサギは首を振った。

「違うわ。その前よ」

「その前?」

 ミチは何を聞かれているのか分からずに首をかしげる。

「その前っていつのことなの? わたしは草のベッドで寝ていたのよ」

 けれどどうしてか、それより前のことが思い出せない。思い出そうとすると、まるで朝靄のなかにいるように、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのだ。

 すると、カップケーキに頭を突っ込んでいたハリネズミが、やっとのことで小さな頭を引き抜いた。せっかくの青いリボンがクリームでベトベトになっている。ミチが針に着いたクリームをすくってやると、ハリネズミは気持ちよさそうに目を細めた。

「ミチはこの森に来る前はどこにいたんだい?」

 キィキィとハリネズミが声を上げる。

 ミチはますます混乱して首をかしげた。左右も分からない靄のなかにいると、言葉に出来ない不安がひたひたと近づいてくるのだ。

 不安に顔を歪めていると、遮るようにリスが大きく咳払いをした。

「そんなことはどうだっていい! 今日はお祝いなんだ。ミチのカップが空になっているぞ。さあ、紅茶を注ぐんだ!」

 その声に、クマが大きな手で器用にティーポットを傾ける。

 なみなみと注がれた紅茶は今にもこぼれてしまいそうだ。ミチはこぼれないように、慌ててティーカップに口をつけた。

「ねえ、リスさん」

 ミチはティーカップに口をつけたまま、リスにそっと問いかける。

「わたしは一体どこから来たのかしら? 今朝より前のことが全く思い出せないの」

 するとリスは怒ったように声を上げた。

「思い出せないことは気にしなくていいんだ!」

「そうなの?」

「そうだ! 楽しい今だけを感じていればいいんだ!」

 そう言ってリスがティーカップに砂糖を投げ入れた。


 午前中の日差しは柔らかに森のテントを包み込む。

 緑のライトの下で、誰もが笑みを浮かべている。

 青く晴れ渡った空に、動物たちの笑い声がどこまでも響いた。

 そよぐ風は優しくミチのドレスの裾を撫でていった。

 その風がどこから来て、どこへ行くのかを誰も知らない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ