魔法
朝日がきらきらと舞い落ちて
森がそっと目覚めだす
さあ起きて
木々が優しく囁いている
朝露がきらめけば
深い森に魔法がかかる
「起きろよ、ねぼすけ!」
頭上から降ってくる声に、ミチは身体を丸めて小さく首を振った。
「う、ん。……もう少し寝かせてよ」
木の根本に生えた下草のベットが柔らかくミチを包み込む。差し込んできた優しい朝日は暖かく、小さな身体を守るように照らし出していた。
その心地よさに、ミチが夢うつつの中で小さく笑みを漏らしていると、再び頭上から声が降ってきた。
「ねぼすけ! いつまで寝てるんだよ!」
今度は、頭を小突かれる。仕方なくうっすらと目を開けた。
すぐ目の前で、しっぽに赤いリボンを結んだ小さなリスが、ミチの顔をじっとのぞき込んでいる。
「おはよう、リスさん」
ミチは寝ぼけ眼を擦りながら起きあがる。
眠そうにあくびをするミチを見上げて、リスは怒ったように声を上げた。
「君は一体どこで寝ているんだよ! せっかくのビロードのドレスがしわだらけだ!」
そう言ってリスは、ミチの膝の上によじ登った。
「ほらここ! 上等な生地が台無しだ!」
確かに。深い緑色のビロードのスカートにはしわが寄っている。
ミチは立ち上がって、しわを伸ばそうと両手でスカートを撫でる。柔らかな手触りのビロードは、手のひらを心地よく滑っていくだけで、寄ったしわは簡単には伸びそうにもない。
「どうしよう、リスさん。しわがきれいに伸びないわ」
「ほらみろ! ドレスのまま寝たせいだ! どうしてちゃんとハンガーに掛けてクローゼットの中にしまわなかったんだ?」
リスはミチの肩に乗って、ぷりぷり怒っている。
「だって、クローゼットなんてどこにも見当たらなかったんだもの。それに、とても眠くてドレスを脱いでいられなかったの」
ミチはきらきらときらめく朝日の中で大きく伸びをした。
その瞬間、ずきんと頭が鈍くいたんだ。
あれ? 何かを忘れているような気がする。
そんな思いに捕らわれたが、肩に乗ったリスがすぐにミチの髪を引っぱった。
「クローゼットが見当たらなかっただって? 君の目は節穴かい? そこにちゃんとあるじゃないか!」
ミチは肩先で喚くリスをそっと持ち上げて、手のひらの上に乗せた。リスは怒りながら、草のベットのすぐ横に立つ大きな木を指している。
「これがクローゼット? どう見ても大きな樫の木にしか見えないわ」
首をかしげていると、リスはミチの手のひらからぴょんと飛び降りて樫の木に登り始めた。
「まだ寝ぼけているのかよ! ほらここを開けるんだ!」
そう言ってミチの腰ほどの高さにある節に飛び乗る。すると樫の木の中央が割れて、キィと音を立てて開いた。節が取っ手になっていたのだ。
「わあ!」
突然クローゼットに変身した樫の木を見上げて、ミチは歓喜の声を上げた。
「何を驚いているんだよ。いつものことだろ? さあ、早く着替えて出かけるぞ!」
クローゼットの中には、色とりどりのドレスが並んでいる。青いジョーゼットのドレスや黄色いシルクのパジャマまで。
ミチは急かすリスをなだめて、色違いのドレスに着替えた。今度は淡い桃色だ。一番きれいな色だった。
クローゼットの扉についた鏡の前で、スカートを翻してくるりとターンをする。ビロードの生地が朝日を浴びてしっとりときらめいている。
「ステキだわ!」
リスは鏡の前でうっとりとするミチを見上げて、桃色のスカーフをはためかせた。
「髪はちゃんと櫛で梳いてから、これでまとめるんだぞ!」
ミチは言われたとおり、傍らの小さな木のドレッサーをのぞき込んで髪を丁寧に梳かす。消えかけの朝露を含んだ木々の葉が、鏡の中できらきらと輝いている。
肩で切り揃えられた絹のような黒髪に桃色のスカーフを巻いて、仕上げに朝露を残した木の葉を飾り付ける。ダイヤモンドのように輝きを放つ朝露を見て、ミチは満面の笑みを浮かべた。
「さあ、いつまでも見とれていないで早く靴を履くんだ!」
リスはなおもミチを急かす。
切り株のベンチに腰を下ろし、黒いエナメルの靴を履く。
「ねえ、この靴ちょっときついわ」
窮屈な靴に眉根を寄せていると、リスがやって来てコンコンと靴を叩いた。
すると靴がきらりと輝いて、ミチの足にあつらえたようにぴったりになった。
「ありがとう、リスさん」
「ぐずぐずするな! パーティはもうすぐ始まるぞ!」
「待って、リスさん!」
ミチは木の枝を伝って森の奥へと入っていくリスを慌てて追った。
今、森は魔法で満ちている。