プロローグ
満天の夜空に輝く星の光さえ届かない森の奥で、女の子はひとりぼっちで泣いていました。
色褪せた簡素な着物は、擦り切れてボロボロになっています。裸の足は下草に傷ついてたくさんの傷を作っていました。
木々の間を吹き抜ける冷たい風が、女の子の体温を奪っていきます。凍える身体は震えていました。
「おかあさん……。おかあさん……、どこにいるの?」
女の子は叫び続けてかすれてしまった声で、それでも必死に母親を呼んでいます。光を失った目から涙がポロポロと止めどなく溢れてきました。
さわさわと木の葉が擦れ合う音が小さく充満している森の中で、女の子の声はどこまでも響いていきました。けれどそれに答える者は誰もいません。
それでも女の子は叫び続けました。少しでもやめようものなら、重々しい闇が今にものしかかってきそうだったからです。
森の動物たちは息をひそめて、静かな夜を乱す女の子の行方を見守っていまた。
「こわいよ……。さむいよ……。おうちに帰りたいよ……」
女の子はそう言って、いっそう泣きじゃくりました。流れていく涙が冷たくなってしまった頬を濡らしていきます。
「おかあさん……。どこにいるの?」
呟くような弱々しいその声に、答える者は誰もいません。
ただ、風が木の葉を静かに揺らしている音しか聞こえてきません。
もう母親のやさしい声を思い出せませんでした。
「どうしてミチをおいて行っちゃったの? ミチはいらない子なの? わるい子だからもういらないの?」
震える声は誰にも届きません。暗い闇の中を漂って、やがて自分の元に返ってくるだけです。
女の子は自分の言葉に傷ついて、また大きく涙を流しました。頬を伝った滴はぽたりぽたりと地面に落ちて、小さな道しるべを作りました。
女の子は疲れ果てて、とうとう大きな木の根元に座り込んでしまいました。
冷たい風が身を切るように吹き過ぎていきます。風から身を守るように、かじかんだ手で固く自分の身体を抱きしめました。
「おかあさん……。おかあさん……」
女の子は小さくうずくまって呪文のように母親を呼び続けていました。
そうすれば、きっと迎えに来てくれると信じていたのです。
けれど、その声を聞きつけて迎えに来る者は誰もいませんでした。
疲労と寒さが女の子を襲っても、呂律の回らなくなった唇で必死で呪文を唱えました。
何度唱えたかなど、もう覚えてはいません。
やがて女の子は眠るように気を失いました。
小さな葉音で満ちる森の中には、女の子の唱え続けた呪文が、かすかに残っていました。