6.麦穂の村
物語を再編しました。詳細は活動報告まで。
ガタン、と。
床が大きく上下に揺れ、私の意識をまどろみの中から強引に引き上げた。
少し伸びをして、周りに目をやる。
周囲と隔絶されたような、見慣れない小さな部屋はどこか非日常的で、まだ夢現の狭間にいるような感覚が残っていた。
「すみません、石の上に乗り上げてしまったようで」
不思議と部屋全体に響き渡るように、壮年を少し過ぎた頃だろうか、男性の声が聞こえた。
「いえ、らいじょぶれす」
姿の見えない声に対しての答えに欠伸が混じり、少し赤面する。
「お休みでしたか、これは申し訳ない事を」
「いえ、ほんとにお気遣い無く。……後、どれくらいでしょうか」
そう言って、変に気を使われたくない事もあって、話題を強引に切り替える。
「……ええ、もう間も無くですよ。一時間も掛からないでしょう」
「そうですか、ありがとうございます」
そう答えて、私は部屋についていた小窓を、グイと押し上げる。
窓から、上半身を乗り出すと、さらさらという音を伴った風が頬を撫でた。
日は既に大きく傾いて、今にも朱が混じりそうだ。
辺りは一面の金色。
沢山の実りを蓄えた麦の穂が、水面のように、再びさらさらと音を立てながら忙しなく形を変える。
どこまでも続く、金色の波。思わず、時間を忘れて見入ってしまう。
王都周辺ではあまり見られないその光景に、私は今回の目的地が近いことを改めて実感し、ここに来るに至った切欠について、思いを巡らせた。
「農村、ですか」
「うむ、王都周辺に穀倉地帯が広がっていることは君も知っているだろう」
「ええ、まぁ」
と、私はどこか気のない返事をする。
トラヴィスさんの件で筆を走らせていたため、思考はまだそちらに捕らわれたままだった。
「今回、行ってもらうのは、そこに点在する街の一つ、セネキオだ」
「……私はそちらで何を?」
室長は少し笑い、私に答える。
「決まっているだろう、君が今すべきことは」
「つまり、また勇者様の件ですか」
「まぁ、そう嫌な顔をするな。分からないでもないが」
「いえ、別に嫌な訳では。ただ、まだ冒険者ギルドでの話を執筆している最中ですので、いささか早急かな、と」
ふむ、と室長は頷き、言葉を続ける。
「早急か、確かにな。しかし、人の思いというものはいずれ風化する。勇者様と実際に関わった人間であれば色濃く残るだろうが、そうでない者にとっては、すぐ薄れてしまうだろう」
そして、それは同時に、興味の喪失でもある。
戦勝会等で話題になっている、今だからこそ。
皆が勇者様について知りたいと思っている、今だからこそ。
今だからこそ、英雄譚を綴るに相応しい。
今だからこそ、英雄譚を紐解くに相応しい。
だからこそ、事は急を要するのだ、と室長は力の入った口調でそう言った。
「で、あれば、私一人では追いつかないのでは……?」
その言葉を聴いて感じた、漠然とした不安をつい口にする。
「うむ、一応こちらでも追加の人員がいないかは考えている。ただし、事が事だけに、あまり門戸広く募集する訳にもいかないのも事実だ」
「……出来るだけ、早くお願いしますね?」
「ああ、心得ている。それで、農村の件についてだが――」
開いた窓の外から響いてくる、カラカラという車輪の音が止んだ事に、私は目的地への到着を悟った。
間も無く、また不思議な響きを持った声が室内に響き、それは確信となる。
「アンネ様、目的のセネキオに到着致しました。もう日も暮れております。本日はこのまま宿に向かいますが、宜しいでしょうか」
「ええ、そのようにして下さい」
「では、また宿についたらお声掛けします」
私がそう答えると、車輪は再び、カラカラという音を立てて回り始めた。