5.ありきたりな一つの結末
英雄譚を書く、そう決めてからは早かった。
トラヴィスさんとの話で聞いた情景、それを一つ一つ、言葉にしていく。
時に補い、時に隠し、物語を紡ぐ。
出来上がったのは、とても陳腐な、ありきたりなお話。
異世界からの勇者は、憂う。
罪も無い少女に架せられた重い枷を。
異世界からの勇者は、知る。
枷を外すのには、大きな障害がある事を。
僕がその障害を取り払うのは簡単だ。
魔王を倒す対価として、命じれば良い。
国から受け取った、この支度金を全て渡せば良い。
しかし、それは大きな歪を生むだろう。
僕は何故この少女を助けるのだろうか。
偶然、目に入ったから。それだけだ。
同じように枷の中にいる者達、その全てを解き放てるわけでもない。
目の前の、たった一人の少女を救ったとして、救われなかった者はどう思うだろうか。
命じられた教会は、支度金を渡した国とその為に徴税を強いられた国民は、どう思うだろうか。
僕はどう思われても良い。
その矛先が、この兄妹に向かってはならない。
では、助けないのか。見捨てるのか。
いや、その選択肢も、僕には無かった。
ならば、と僕は手に力を込める。
簡単なことだ。
僕はどう思われても良い。
皆が、この兄妹を哀れみ、仕方ないと、そう思えるようにすれば良い。
自分を省みない、不器用な偽善。
それが、僕の出来る全てだ。
「っと、まぁ。こんな感じにしようかと思うんですよ。当初の想定とは大分、かなーり、すっごく離れちゃったんですけど」
「ふむ、まぁ悪くは無いだろう。しかし、いささか詩的だな。そして短い」
私の渡した物語を、ヒラヒラと揺らしながら言う。
ちなみに、どれくらいの文量想定してるんでしょうね。
「いやいや、これは粗筋です。こんな感じで書きます、って一回室長にお見せして了解得ないとって思いまして」
「ほう……少しは気が回るようになったか」
お仕事が減ったようでご満悦ですけど、どちらかというと。
「長文書いて、はいやり直しっていうのは嫌なので……」
「……まぁ、そんな所だろうとは思った。ともあれ、こういったやり方には好感が持てる、以後も続けたまえ」
案が通ったことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「ところで、この端に走り書きのようにある、ヌーイ=セッカマーとはなんだね」
あ、見つかった。
「そ、それはあれですよ、お兄さんの方の名前……」
「名前? トラヴィスではなかったのか?」
「いやぁ、その、出来れば偽名でって言われたもので……」
もごもご。
「……却下だ、誰が考えたかは想像が付くが、こんなものは使えん。名を隠したいというなら隠すだけに留めたまえ」
はい……おっしゃるとおりです。
お酒が入った時の判断力ってやっぱりおかしいですよね。
そんな状態で考えたなんてバレたらほんとどうなるか分かりません。
「これであれば、妙な名前さえ使わなければ、ミーサローム様の祝福も得られる事だろう」
うう、アクセントの強さに怒りを感じます。
「ええ、出来る限りそのようにしたつもりです。嘘は混ぜず、真実を隠して。」
「後は、君の文才に期待といったところだな。……何、不安がることはない。問題があればしっかりと指摘はしてやろう。二度とこういう妙案が浮かばないようにな」
悪魔が、にっこりと微笑んだ。
――リンデンバウム王国史書編纂室。
それは、リンデンバウム王国に存在する書物の管理を主とする、王室の認める唯一の機関である。
王城に居を許され、彼らはいつしか、あらゆる書物の管理を任されるに至った。
書物の奉仕者と、人は彼らをそう呼ぶ。
そんな彼らの大きな仕事は、大別して三つ。
一つ、国営図書館の運営。
一つ、市井において、発行される図書の検閲と指導。
そして最も古い一つは、【書物と記録の神 ミーサローム】の祝福を受けた、リンデンバウム王国歴史書の編纂である。
【書物と記録の神 ミーサローム】は、あらゆる事柄を把握する。
【書物と記録の神 ミーサローム】は、偽りの記録を嫌う。
【書物と記録の神 ミーサローム】は、記載された事柄に偽りがないとした時、その書物を祝福する。
ミーサロームの祝福を受けた書物は、初めて史書の名を許される。
それは、神の認めた正史、真実の記録として。
魔王討伐の記録、勇者の英雄譚。
それは紛れも無く王国の歴史であり、後世に伝える真実であるべきなのだ。