3.或る冒険者の証言
二年前の話だ。
その日は、珍しく妹の体調が良かった。
腹違いの妹。母親の種族が、姿形を決める。
この国では、兄弟で見た目が大きく違うなんて事はそこまで珍しい事じゃなかった。
そりゃあ、部族毎、氏族毎に固まって暮らしていた、昔なら珍しいだろう。
でも、今は違う。そんな時代は、とっくの昔に通り過ぎている。多くの種族が入り乱れ、子孫を紡ぐ時代。
だから、狼人に、兎人の妹がいても、別に気にしたことも無かった。
おい、聴いてるか嬢ちゃん。
まぁ、いきなり話し出した俺も悪かった。
……聴いてるならいいや、そんな慌てて食わなくてもいいぞ。
なんか硬い口調で喋ってた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
とにかく、その日は妹の体調が良かったんだよ。
いつもは床にいる事が多いんだ。体の弱い兎人って事もあるけど、病気持ちでな。
兎人、分かるか? 白くてな、ひょろっとしてる、そう、アレだ。
肉付き良い嬢ちゃんとはちょっと逆だなってェ!? すまん! 謝るからその椅子降ろしてくれ!
いや、悪かった。本当にすまねぇ。
……妹はいつも笑ってるかって?ああ、まぁ体が弱い割にはいつも笑顔だよ。
あ? いやおい、白くてひょろっとして笑顔だと、なんで悪魔になるんだよ!?
俺がいうのもなんだけど、どっちかってぇと天使だぞ、天使。そう、悪魔じゃなくて天使な。
親?そんなもんあんまり記憶にねぇよ。
どういう理由かは知らねぇが、俺達が置いていかれたんだって事だけは覚えてる。
そっからは俺達兄妹二人だけで生きてた。ボロ小屋だけど、家があったのが救いだったな。
おい、嘘だろ!? ここで泣くのかよ。
別にそんなのざらにある話だろうが。
冒険者っていっても、俺は普段はよ、街の外にはあまり出ねぇんだ。
自分に何かあったら、あいつが一人で生きていける気がしねぇからよ。
だから、冒険なんてのは名前だけだ。
普段はその辺りの雑用や、事務仕事の依頼ばっかりこなしてた。
見えねぇかもしれねぇが、街の中で稼ぎを得るために色々と努力はしたんだぜ。
なんか、俺の身の上話みたいになっちまったな。
酒が入るとどうも愚痴っぽくなっていけねぇや。
あん? 事務仕事にゴーグルはなんでって、そりゃ嬢ちゃんと一緒だ。
眼鏡だよ眼鏡、横に耳ついてる嬢ちゃん達はいいけど俺たちはそうはいかねぇんだよ。
あー、はいはい、そうだよ眼鏡仲間だよ。仲間仲間。
まぁ、大体、昼飯前に街の中で出来る依頼を一つ片付けて、ギルドに顔を出すのが俺の日課になってた。
妹もそれを知ってるんだろうな、いつからか体調の良い日は弁当を作って、昼時になるとギルドに顔を出すようになってた。
たまに俺が居ない時があっても、リースが飯に付き合ってくれてたみたいだ。
ああ、嬢ちゃんはリースと知り合いなのか? 今度一緒に? そりゃあいい事だ。
その日も、妹は弁当を作って俺んとこに来たんだ。
俺も丁度依頼が終わって、午後にどれを片付けようかと掲示板を物色していた所だった。
ただ、体調がいいっていってもよ、途端に崩れることもあるんだ。
ギルドに向かう途中に、そうなったんだろうな。
俺に話しかけてきた時には青白い顔をしてたよ。
なんでそんな無理してまで来たんだ、俺はそう妹を叱りつけた。
そこに、妙に挙動不審な男が割り込んできたんだ。
あ? ああ、そうだよ。想像通りだ。
別に兄妹の事だ、とやかくいうな、なんて言うつもりはねぇさ。
心配してくれる奴が増えるのは、シュリエにとってもいい事だしな。ああ、妹の名だ。
ただな、次も同じように無理して、無事で居られる保障はねぇよ。
だから、俺は言い聞かせることを辞めようとはしなかった。
一応、昼時で人が少ないギルドとはいえ、迷惑になっちゃいけねぇと場所は移そうと考えた。
だから、男の横を通り過ぎ、シュリエの手を引いて、ギルドの会議室を借りようと受付に向かったんだ。
背中に衝撃と、熱い感覚が走ったのはその直後だったよ。
ああ、どうも背中を斬られたらしい。
ありえねぇだろ?
後ろで剣を構えた男がブツブツと、酔ったような笑みを浮かべながら、何かいってたのは覚えてる。
気でも狂ってんじゃねぇかと思ったよ。
その後はもう、意識を失ってぶっ倒れたみてぇだ。
ほんと、良く生きてたと思うぜ、自分でもな。
後で聞いたが、その後シュリエが泣き叫んで、真っ青な顔して俺と一緒に気絶して、そらもう大変だったらしいや。
おいおい、嬢ちゃんまで真っ青な顔してどうするんだよ。
……倒れる前は、俺が死んだらシュリエはどうなるんだろうって事ばかり考えてた。
斬った男への恨みは勿論あったが、それよりもシュリエが自立出来るようにしてこなかった自分への不甲斐なさが大きかったな。
勇者か? 変な言い訳をかましてすぐさま逃げたらしいぜ。
その後はどうなったかは俺も知らねぇや。
少ししてから、国から見舞金って名目で金を渡されたよ。分かっているな、って口止め付でな。
その男が勇者だって知ったのは、その時だった。
本心から、妹の事を助けようとしてくれたのかもしれねぇ。
ただ、俺が次にアイツの面みたのは、二年後さ。
その時には、どうしても、そうは思えなくなっちまった。
いくら、アイツがいなければ魔王が倒せない、なんて言われてもな。許す気にはなれねぇよ。
国……な。……思うところはあるが、恨んじゃいねぇよ。
一を切って百を助ける、そういうやり方があるのも分からねぇでもない。
それに、怪我の功名ってやつかもしれねぇが、見舞金で妹はまともな治療を受けられた。
今じゃすっかり元気にやってる。
現金かもしれねぇが、妹が毎日話してくれるその日あった事。
そこに出てくる奴らが増えて、見た世界が広がって、いつもより笑うようになって……そんなのを見てたら国への恨みなんてのはな、すっかり消えちまった。
な?嬢ちゃんの望むような話じゃあ無かっただろ?