2.冒険者 ヌーイ=セッカマー
ここに来るのは何年ぶりだろうか。
近くを流れる川の匂いに、懐かしさと、いくつかの思い出が蘇り、それらが私にこの扉を開くのを躊躇させる。
仕事という言い訳を自分の中に作り、私は意を決して、冒険者ギルドの扉を開いた。
決心が鈍らぬよう、カツカツと勢い良く受付嬢の下まで向かう。
「すみません、王国史書編纂室の者です。トラヴィスさん宛てに指名依頼を出したいのですが」
声は、少し震えていたかもしれない。
私がまだ、冒険者をしていた時にも受付だった彼女は、私のことを覚えているだろうか。
「はーい。あ、アンネさんじゃないですか!」
「……お久しぶりです」
「今日、史書室の人が来るって聞いてたからもう私緊張しちゃってたんです。こういっては何ですが、来ていただけたのが、アンネさんでほんっと良かったです」
「あ、……うん。私の名前、覚えててくれたんですね」
少し、泣きそうになった。
「勿論ですよ! ご無沙汰でしたけど忘れるはずないじゃないですか! 今後一緒にお食事でも行きましょうよ」
くすくすと、口を押さえながら、ブロンドの髪を揺らしながら、あの頃と同じように笑う彼女。
扉を開けるのも躊躇っていた心は、嘘のように軽くなった。
「ええ、是非。ただ、戦勝会でお金使いすぎちゃったので、……来月でもいいですか?」
恥を忍んで言う。
「あら、私もなんですよ。じゃあ、来月。絶対行きましょうね」
ええ、と頷いて、二人笑い会って。
そして、どちらからともなく、真面目な顔をして、話は用件へと進む。
「これが、陛下から私へのこの依頼の委任状になります」
私の名前と、王印の押された書類を提出する。
「はい、確かに。トラヴィス宛ての国王様名義での指名依頼の発注ですね。窓口はアンネさんで支払いはお国っと。内容は、二時間の対談……? で報酬は金貨一枚!? ……で、お間違えないでしょうか」
「ええ、相違ありません」
「……分かりました。では、トラヴィスと連絡が取れましたら、史書室宛にご連絡しますね。……よいしょっと」
ぺったん、と手元の複製機を動かす彼女。
いいなぁ、一度あれ、使ってみたいんですよね。
楽しそうじゃないですか、ぺったんって。
それで複製された紙が出てくるなんて。
ほら、書物に関わる仕事をしてる以上、一度は触る機会があってもいいんじゃないですかね。
「こちら、依頼書の控えになります」
「ありがとうございます。それでは、また来月に、伺わせて頂きます」
「ええ、楽しみにしています」
最後にお互い真面目な顔を崩して、後続の方を待たせないように話を切り上げ、私はゆっくりとギルドを出た。
欲しいなぁ。ぺったん。
トラヴィスさんと連絡が付き、三日後の夕刻であれば時間が作れるという返事が届いたのは、その日の内の事だった。
三日後の夕暮れ。
私はトラヴィスさんと一緒に、住宅街の奥まった路地に佇む料理店に居た。
品の良い店構え。客層もどことなくギルド傍の酒場とは違って見えた。
ほどなくして、店員に連れられ、私達は個室へと向かう。
席に着き、飲み物を二つ注文。
トラヴィスさんは、歳は私より少しばかり上だが、厳つい顔に押されてか、少し老けて見える。
耳はゴーグルに隠れているが、艶のある藍色の髪によく合った深い色の革服の間からは、ふさふさとした、狼人の特徴である尻尾が覗いている。
飲み物が届くまでの間、そういったいくつかの特徴を取り上げ、私は登場人物の絵を心の中に描きとめた。
店員の女性が、ほどなくして、二つのグラスを運んでくる。
グラスの中の液体で、少し喉を湿らせ、一息ついてから私は宣言した。
それでは、聴取を始めさせていただきます。
あまり緊張せず、気楽に答えてくださいね。
本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
「あ? ああ、別にいいぜ。国のお偉いさんから声が掛かったとなっちゃ無視するわけにはいかねぇしな」
すみません、権力をかさに着るつもりはなかったのですが、断りにくかったですかね。
「別にいいってことよ、酒飲んで話して金貨一枚とくりゃ誰だって即諾だぜ。ついでに相手が可愛い嬢ちゃんなら文句の出ようもねぇよ、しかし個室なんて始めて入ったぜ」
あ、あはは、ありがとうございます。
ここの料金も持ちますので、お好きなものを頼んでください。
「おっ、いいのかい? 俺は遠慮はしねぇぜ?」
まぁ、国からお金が出ますので……。
「そりゃいいこった、おーい! 姉ちゃん! 根菜の煮物と、一夜干し、オーク肉の唐揚げと、鮮魚のミネオカ和えっての頼むわ! あと、この店で一番高い酒もってきてくれ!5本な!」
あー・・・そういう。
いやいいんですけどね。
「遠慮はしねぇっていっただろ?」
まぁそうなんですけど。
「で、態々お偉い様が、俺みたいな木っ端冒険者を呼びつけて聞きたい話って何なんだ?」
その、言い難いのですが、トラヴィス様は第八十一代勇者のユーヤ様と、関わりがあったそうで。
「……で?」
それがどういう関わりかは、ある程度こちらも把握はしているのですが、よろしければその時の状況を細かく教えて頂けないかと。
「……なぁ、分かってて言ってるって事はだ。俺にあの勇者にされた事をもう一度、自分の口から語れって、そう言ってるんだって事も勿論分かってるんだよな」
うん。ですよね。やっぱりそういう感じになりますよね。
何されたかをしってるだけに、その怒りも分かります。
「……チッ。まぁ、依頼を受けちまった身だ、なんでそんな事を聞きてぇのか、その理由を教えてくれりゃ考えないでもねぇぜ。あの件は国から一度は金渡されて、忘れろって言われてんだ。今度は思い出せじゃ俺の気が済まねぇ」
ほ、本当ですか!
その、なんというかですね、英雄譚を作らなければって感じでしてですね……色々と……。
もう、歯切れ悪いのからある程度察していただいてると思うんですけどね。
「……」
室長が言うにはですね、やっぱりこう、勇者が冒険者ギルドで絡まれて、それを華麗に対処するというのは一つの鉄板らしくてですね。
まぁやっぱりそういう展開は、必要かなぁと。事実に近い形の臨場感が欲しいなぁ、と。
「……なんつぅか、嬢ちゃん達も大変なんだな。あの勇者の尻拭いって事だろ」
そうなんですよね、ほんと。
あ、いい飲みっぷりですね。
「……まぁ、俺の名前をださねぇなら、話してやってもいい」
え?いいんですか?
「正直……あの勇者を褒め称える本ってのに協力したくもねぇけどな。嬢ちゃんの顔に免じてやらぁ」
意外というか。
「じゃあ話さなくてもいいのか?」
いえ! ありがとうございます!
「……ただし、俺が語るのは本当の事だけだ。嬢ちゃんが望むままには語ってやれねぇぜ」
うん、もう事前に色々と聞かされてますから大丈夫です。……なんとか取り繕います。
「それと、もう一つ二つ条件だ。俺の名前は偽名にしろ。ついでにこんな話、シラフで聞かれたくねぇ。嬢ちゃんも少しは食って飲め、それからだ」
偽名の件は、うん、分かりました。
でも、いいんですか? 私も、遠慮はしませんよ。
「おう、目一杯いけ。一人でしんみり酒飲んでもつまんねぇや」
……はい! 了解です!
いやぁー実は戦勝会でお金使いすぎて金欠だったんですよねぇ! 助かります!
自分から手つけるわけにも中々いかないし料理おいしそうだし、ほんと辛かったんですよぉ。
あ、これはどうもご丁寧に。
ンッ、ンッ、ンッ……。
ッハぁ~……やっぱいいお酒だけあって美味しいですねぇ……タダ酒サイコー!
「クハハハ、いい飲みっぷりじゃねぇか! 気に入ったぜ!」
あー……この煮物も美味しいぃ~。この店当たりですねぇ。
いやぁ、煮物が美味しい店に外れはないですよねぇ。
「ああ、この辺りじゃ一番の勇者料理の店ってので影じゃちょっと有名だ。さすがにいい店選ぶぜ」
まぁ、選んだのは私の上司なんですけどね。よく密談に使うみたいで。
……あ、そういえば偽名とかどんな感じにします?
「ッハァー! ……あ? そんなもんは嬢ちゃんが適当に考えてくれていいぜ」
えー、そうですか?
じゃー……ヌーイ=セッカマーとかどうでしょ。
「……色々言いたいことはあるが。……まぁ、いいやそれで」
いい名前でしょ~?
ッハぁ~……あ、この干物もうまっ。