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1:貴方ってやっぱり、

 愛の形なんて、言ってしまえば人それぞれだと思う。ひとつの形に定まったものではないので、何が正解とも、何が間違いともいえない。その分だけ不安感も募って「これでいいのかな」とか「嫌な気持ちにさせていないかな」とか、いろいろ考える。

 時に失敗して、時に成功して、二人で分かち合って、二人の形を作っていく。


「愛ってそういうものだと、思うんですけど、いかがでしょうかー」

「さっき何が正解とも言えないって言ったくせに」

「言ったよ! 言ったけどね!?」


 それでも物には限度というものがあるんですー! ダンッと机を叩いて主張すれば、手元の分厚くて難しそうな本から顔を上げた彼は、しかしすぐにまた本の世界に戻っていく。ええいこの男、分かり合う気が全然無いじゃないか!

 ちょっとー? 私と会話することは、そちらの賢そうな本より優先度低いんですか! 馬鹿は嫌いですか、うわーん!


 いじけモードに突入した私は、分かりやすく拗ねるべく体育座りをして彼に背を向ける。「私、拗ねてますよー(構ってほしいんですよー)」と主張してみる。しかし一向に反応が無い。

 ちら、と盗み見てみると、全く気にした様子もなく、読書に突入している学人(がくと)サン。お名前の通り、お勉強熱心なようで。でも今、私が貴方に求めているのはそれではない。ねえ、私、貴方の彼女ですけど? たまには餌くれないと本気で逃げるんだからね、わかってますか?


 じっとりと睨み付けていたら、学人はようやく私の視線に気付いたようだった。そうして――あくまでクールな顔で「何?」と仰った。ちなみにこの「何」とは「何か用事でもあるの?」の意である。

「……や、そっちこそ、なんかないの?」

「なんかって何」

「何って……いろいろ!」

 彼は、しばし思案した(のち)、「特には」と答えた。こ、ことごとくこちらの期待を裏切ってくるな、この男……。

 あー、駄目。頭に血がのぼってきた。私は学人に期待をすることを諦めて、鞄を手に取る。財布は入っているし、車のキーもあるし、家の鍵も大丈夫。少し肌寒くなってきたので、カーディガンも引っ張り出す。ゆーっくりと行動したのだけれども、学人は何も言わない。というか、また本に戻っている。ええい。


「いってきます!」

「いってらっしゃい」


 ヤケクソ気味に言い放った声に返ってきたのは、冷静に送り出す言葉。

 …………ねえ、ちょっとは気になりませんか? 私のこと。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「で、まぁたあたしんとこ来たの」

「うん」

 ドアから顔が半分覗いている状態で、我が親愛なる友人・佳乃子(かのこ)は、立てた親指を一気に下へ向けた。

「さっさと帰れ」

「えええ、嫌だよ! さっき出てきたばっかだもん! 拗ねて飛び出しただけだって思われるよ!」

「その通りでしょうが」

 何か間違っていることがあるのか、と問われると、押し黙らざるを得ない。なにぶん、その通りなもので。

 だけど、少しだけでいいから家に置いてくれませんか。ファミレスにしたって街中にしたって、家族連れや仲睦まじいカップルが溢れていて、私には目の毒以外の何物でもないのです。心が病んでしまいます。へるぷみー。


 十五分ほど粘りに粘った末、近所の方から不審な目を向けられたところで、佳乃子が根負けした。


「いやー、持つべきものは友だね!」

「近所の目を逆手に取って脅すような友人いらんわ」

「ひどい」

「ひどくない」


 とか言いつつも、お茶を用意してくれる彼女はとても優しい。その優しさに漬け込んでいる自覚はあります。

 こいつには温かいものを与えた方が良いと判断されたのか、熱いお茶が出てきた。ふーふーと息を吹きかけながら、ちょびちょびと飲む。


「で、今度は何が原因で飛び出してきたのよ」

「ん……えーと、キッカケは、……なんだったか、忘れちゃったけど」

 口にした瞬間に、蔑みの目を向けられる。さもありなん。ぷくー、と頬を膨らませて、続ける。

「だって、だんだん違うとこでイラッとしちゃって。私は怒ってるのに、学人、ずっと本読んでるんだもん」

「いい場面だったんだよ」

「そ、そうかもしれないけど!」

 でも中断したっていいじゃないですか。優先されたかったんだもの。いつも本ばかり読んでいるから。さすがに寂しいじゃないですか。同じように隣で優雅に読書を楽しみましょ~、ってできるならまだ話は違ったのかもしれないけれど、私は読書が不得手だ。読んでいると眠たくなって、しまいには突っ伏す。


 私が足を踏み入れられない場所で、学人は自分の世界を生きている。ね、すごく寂しいんだよ、それ。たまにはこっち側に来て私と同じ空間にいてよって思っても、仕方ないじゃない。――ま、結局来てはくれなかったけどね!

 ずずずずず、とお茶を啜りながら、涙が出てきた。舌を火傷したのかもしれない。きっとそうだ、それで泣けてきたんだ。そうに違いない。本に負けたあの本が憎いむしろ本になりたい、とか思ってないよ。ほんとだよ。ほんとなんだから。


「長年の付き合いなんだからさ、そういう人だってわかってるでしょ」

「……そうなんだけど」

 佳乃子の指摘に、俯く。学人とは、小学三年生からの付き合いだ。当時、学人の父親が転勤になって、私の家の隣に越して来た。

 当時からあんな風に素っ気ない性格で、生活の主体が本。遊びに誘っても、片手には本。なんというか――あけすけに言ってしまえば、割と扱いにくい子供だった。


 すったもんだの末、お付き合いを始めたのは二十歳の頃。同棲を始めたのはその三年後。で、今は同棲二年目。付き合って五年。その前の付き合いを含めれば約十年。そりゃあお互いの性格も熟知して、……いや、熟知していないからこうなっているのか、ぐう……。

 なんだったのだろう、この期間。こんなに長くいるのに、こんなくだらないことで家を飛び出すとか、なんなの自分。もう性格的に合っていないのではなかろうか。えええ、そんな……えええええ。

 でもあっちだって非はあると思う。考えてみたら、これまでも何度もデートをすっぽかされかけている。理由は本だ。全てが本だ。本を読んでいたら時間が経っていたらしい。そんな当然のことが、遅刻の理由として認められるか、阿呆!


「さ、酒だー! 酒もってこーい!」

「はいはい、お茶で我慢しましょうねー」

 軽くいなされ、即座にお茶を追加される。湯気がしんなりと天井に向かい、お茶の良い香りがふわっと広がる。興奮していた精神が、一気にしゅるんと鎮まった。

「……佳乃子は良い奥さまになるね」

 急に何を言っているのだろう、という目で見られたが、――いやだってこの抜群のタイミングでのお茶! すごいよ! 尊敬だよ! 熱弁を振るったら、「あんたが馬鹿みたいに顔に出るからだよ」と反論された。ふむ、なるほど。一理ある。かもしれない。しかしその理屈でいくと、私は馬鹿みたいに感情が顔に出ていて大変分かりやすいはずなのに、学人はその馬鹿面を全てスルーしたことになるではないか。

「…………」

 何も間違っちゃいなかった。やっぱり分かり合う気がそもそもないのでは。うう、自分で自分にとどめを刺したよ。ずずず……ぷはー。


「で、今日はどうするの? 帰るの?」

「うん、帰らないと。洗濯物放置してきちゃった」

 明日、雨降るかもって天気予報で言っていたから、今日中に取り込まないと。学人に伝えてもいいけれど、メールや電話で伝えるくらいならこっそり帰って自分でやる。

 残りのお茶を一気飲みして、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。


「もういいの?」

「佳乃子に会えたから元気百倍」

「嘘つき」

 ふっと彼女は笑った。確かに、ちょっとは強がりも入っているかもしれない。顔に苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せる。でも元気になったのは本当なんだけどな。

 ぐぐっと伸びをして、立ち上がる。左右に揺れると、ポキ、と音がした。凝り固まっていた模様。やれやれ。


 床に転がる鞄を肩に掛け、「次の機会には、御礼の品を持って参りますゆえ」と恭しく頭を下げる。

「期待しないで待ってるわ」

 顔を合わせて笑い合う。



 佳乃子のマンションを出たところで、柱に(もた)れ掛かる見慣れた姿を発見し、目を見開く。彼は、やっぱり本を読んでいる。あ、ページ、随分と進んでいる。こやつ、休まずに読んでおったな。

「…………」

 読書の邪魔だろうから、と話し掛けることなく横を通り過ぎると、「おい」と頭を掴まれた。い、痛いよ!


「遅くなるなら一本くらい連絡入れろ。何かあったらどうする」

「何かって、なに」

「いろいろ」

 む、と唇を尖らせる。いろいろってなんだ。洗濯物をどうするか、とか? それともご飯をどうするか?

「そんなの、自分でどうにかしてくださーい」

「だから、するために来た」

 噛み合わない会話に、眉を寄せる。どうしたものかと思いながら、とりあえず一言「洗濯物は外出してたら取り込めないよ」とアドバイスをしてみる。学人が私以上に眉を寄せた。

「なんで洗濯物が出てくる」

「なんでって……なんで?」

 二人揃って顔を見合わせる。どこから攻めたものか、困っている。何かがチグハグなことだけは理解できる。両者、これ以上妙なことを言ってなるものかと、口を閉ざす。先に口を開いた者が“負け”のような空気。こういう時、勝つのはいつも学人――だったのだけれど。


「俺は」

 予想に反し、彼が先に口を開いた。


「俺は、咲千(さち)がすぐに帰ってくるかと思ったのに、帰ってこないから。そしたら高梁(たかはし)から連絡が入った」ここまではいつもの無表情だったのに、彼は急に顔を顰めた。「もうこの時間でも外は暗いんだぞ」

 ぱちり、と目を瞬かせる。それは、その言い方はまるで。

「……もしかして、心配して迎えに来てくれたの?」

「それ以外に何がある」

 言い切った後に、普段言い慣れないことに気恥ずかしくでもなったのか、「帰る」と早口で告げると、人の腕を掴んでぐいぐいと歩き始めた。逆の手には、閉じられた本。栞が揺れている。


 ねえ、ちょっとは気にしてくれたってことで、よろしいのでしょうか。


 急下降していた気分が、ふわりと浮き上がる。ああ、なんて安上がり。でも嬉しいものは嬉しい。

「ちょ、ちょ……っ」

 ストップ、ストップ! 足を踏ん張って、その場で止まる。なんだ、と振り返る顔を捕まえて、唇を触れ合わせる。驚いた顔を視界に収めながら、指と指を絡ませた。

「よし、帰ろう!」


 へらりと笑う。

 貴方ってやっぱり――――



 だいすき。




「体育座り」が一番多い呼び名のようでしたので。

その他、体育館座り、体操座り、三角座り、安座、など呼ぶようです。

ちなみに私は「体操座り」。初回、変換しても出なくて焦りました。


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