第1話 上村彩友美
私はいつのからこの部屋に幽閉されているんだろう……。
なんか、睡眠薬でも飲まされた気がする。
私の気って、確か?
まず、自分が誰か、本当に、分かっている?
ええと――――私の名前は……。
上村 彩友美。
粒坐市立真備尋常小学校四年生、いや、五年生だ。
やっぱり、記憶に異常があるのかな?いや、ただ単に進級したばっかりだから、混乱しているだけかな?
ええと、粒坐市は内秦国のはり県にあるんだったけ・・・・。「はり」って、どういう字だったんだろう?
私は社会の授業は得意だからな・・・・。
そうそう、玻璃県だ!
私の家は、パン屋をしている。身分は雑色人。
良民の最下層身分、だけど、一応、良民だから、尋常小学校に通える。良民よりも身分の低い、賎民は尋常小学校ではなく、五色小学校に収容される、と学校では習った。
そして、小学校から帰ると、高校生くらいの男の人が両親と話をしていた。
紫色の学ランを着ている。
これは、確か、良民の上の身分である神民の学生である証拠。
社会に興味のある私の知識が正しければ、彼ら神民は一般貴族よりも身分の高い、連邦政府に身分が保証された特権階級。一般市民の崇拝の対象。
そして、母は私に言った。
「この『お兄様』に、ついていきなさいね。」
母がこういうと、この「お兄様」は、まだ小学校の制服から着替えてもいない、私の腕を引っ張って、車の後部座席に乗せた。
そして、ジュースをくれた。
こわごわそれを飲みきった記憶までは、ある。
そのあとも記憶も若干は・・・・。
いや、ここまでの記憶が残っていたら、もう充分だろう。
私は、誘拐された。
保護者了解の、下で。
しばらく、頭が衝撃でぼ~っと、している。
すると、部屋の扉が開いた。
巫女の姿がした女性が、部屋に入ってきた。
「彩友美ちゃん?気分はどう?」
「あ、さっき目が覚めたばかりです…。」
「やっぱりね。大丈夫?」
やっぱりって・・・・この巫女さんも共犯なの?それでいて「大丈夫?」って、なにそれ?しらじらしい!
「殿下の婚約者となることに、同意していただけますね?」
「え?婚約者?『殿下』って?」
確か、「殿下」というのは、神民に対する敬称。ということは、さっきの「お兄様」?
「あら、貴女のお母様から聞いていなかったの?貴女は、早ければ数か月後にも狩野和也侯殿下の側室になるのよ?」
この国の元首は大王で、その下に王が、王の下に公が、公の下に侯がいる、と聞いた。彼らは、この国の支配階級である「神民」を構成しており、一般の貴族よりも位は高い。連邦の元首である天皇陛下や皇族に近い扱いを受けている。
ほかに、神官や巫女、陰陽師も神民であるが、侯以上のものが特に「雲の上の存在」として崇拝されている。
すると、さっきのお兄様が、和也侯殿下だったのか?
「巫女さん?」
「あら、雑色人のあなたが私を『さん』づけなの?」
背筋が凍った。
言外に「私は神民なんだから、『様』づけで呼びなさい」といっている。
私たちは、やはり差別されているんだ・・・・。
その、顔には、他人を軽蔑する色が、浮かんでいる。プライドの高い女の顔だ・・・・・。
巫女さんって、もっと優しいイメージがあった。私の知る巫女さんは、人を身分では差別しなかった。
「別にいいわよ。貴女は殿下の側室になられる方ですもの。」
そういって、巫女さんは笑った。
笑えない、というか、私が側室になること、もう確定なの?
というか、今更だけど、この国の上流階級って、一夫多妻制だったの?
【解説①】
この国は、大倭帝国連邦を構成する一国である。連邦の盟主は天皇である。しかし、彼らは実際に権限を行使することはあまりなく、少なくとも建前上は連邦制の立憲君主制国家となっている。
連邦加盟国の元首は、大王と称する。内秦国もその一つである。大王は、皇室の親王と同等の身分であるとされる。
四大皇室や、各加盟国の大王家の下に、王家が存在し、さらにその下に、公家が、さらに下に、侯家が、それぞれ存在する。皇室・大王家・王家・公家・侯家のものをまとめて「神民」と称するのである。
天皇は連邦の盟主、大王は各加盟国の君主であり、親王は天皇の直系の子や孫、兄弟や、宮家の当主等に与えられる身分であるが、王・公・侯は以下の者に与えられる身分である。
王⇒王家の当主や当主の直系の子や孫、兄弟、天皇や宮家の当主から5親等以内の皇室の者、大王から3親等以内の大王家の者
公⇒公家の当主や当主の直系の子や孫、兄弟、天皇や宮家の当主から8親等以内の皇室の者、大王から5親等以内の大王家の者、王家の当主から3親等以内の者
侯⇒侯家の当主や当主の直系の子や孫、兄弟、天皇や宮家の当主から16親等以内の皇室の者、大王から8親等以内の大王家の者、王家の当主から5親等以内の者、公家の当主から3親等以内の者
【解説②】
大倭帝国連邦の国民は、「神民」「良民」「賤民」の三つに分けられている。もっとも、「賤民」はいわゆる解放令の発令以後、「五色民」と呼ばれるようになっている。
神民は、侯以上の身分の者や、巫女・神官等の神職者で構成されている。
良民は、それぞれ上から華族・士族・公民・雑色人の四つの身分で構成されている。
賤民は、それぞれ上から官戸・陵戸・公奴婢・家人・私奴婢の五つの身分で構成されている。もっとも、いわゆる解放令の発令以後、公奴婢と私奴婢という身分は、法律上は存在しない。