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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、少女を救う?
7/39

07


 GRRRRRRRRR!


 巨獣の唸り声が、森の木の葉を震わせる。吹きさらしの野原に比べるとどこか生暖かいはずの森の空気から、虫の声一つ聞こえてこない。

ベヒモスの突進を避け、転がり、時には追いかけて攻撃を仕掛けていく内に、質量の塊が森の一部をなぎ倒しぽかんとした円系の空間ができていた。

また一つ、ミシミシと音を立てて木がなぎ倒される。その背後から、飛び出していくシルエットが一つ。


「このッ!」


 賢者の拳の一つが鋼の厚皮に触れ、魔力雷の火花が散る。


「『サンダーボル……とぅあ!?」


 手甲の宝石を輝かせたリッツの身体が、急に後ろに引っ張られたかのように反り返り、綺麗なブリッジを決めた。

その上を、鉄線を束ねた鞭の如くしなる尻尾がかすめていく。あのまま首にでも当たっていれば、そのままもげ取れてしまいそうなほどの勢い。

範囲攻撃だったのか、完全に意識の外からの一撃だったが、命中すれば骨の2~3はやられていただろう。つまりは、HPの6割強と言うところ。


「ひゃー、危ない危ない」


 自動発動した『サンダーボルト』を逆さまに見送った後、リッツはそのままの姿勢からバク転し、距離を空けて再び拳法の構えを取る。

"システム"の恩恵の一つ、AGIステータスによる自動回避オートパイロットだ。かつては、プレイヤー自身の運動神経などに左右されぬ回避能力として設計されていた。

もっともゲームであった頃から"ステータス"だけでは避けられない攻撃もあったりするのだが、それもまたゲームデザインか。


「改めて、『アイススパイク』!」


 凍てつく槍が撃ちだされていくのにあわせ、リッツも再び地を蹴り跳ねる。

氷槍の殆どは分厚い皮と爪にかき消され、あまり堪えた様子は見えないが、接近の際の隙消しとしては充分。

コォォ、と小さく呼吸音が響く。もしこの場に"魔力感知"の目を持ったMOBがいたなら、リッツの手足が薄く、だが確かに『気功』を纏ったのが分かっただろう。


「『フレイムアロー』! 『アースバレット』!」


 無造作に放った拳は、まるで磁石同士がすい付くように黒鉄の肌に触れる。

モンクのスキル――『気功』による"ダメージ最低保証"の効果は、ベヒモスにとっては強めの静電気が発生した程度でしかない。

同時に現れた炎の矢い礫の弾丸も、幾十万ものHPを持つボスにとっては所詮下級呪文。だがそれらは〈必中性〉を持ち、そして、それだけで充分だった。


 己の中で、何かがパチリと組み上がる。


 世界が"M&V"であった頃には無かった感覚だが、リッツはこの感覚が嫌いではない。

腹の中から何かが強く湧き出て、血の巡りを使って体の末端から吹き出していく。その感触は、実家で散々行った修練の際、一度だけ掴めた事のある"何か"に似ていた。


「なんでもいいから早く援護ー!」


 咬み鳴らされる牙を盾一つ越しに防ぐクァーティーが、涙目で悲鳴を上げる。

ベヒモスは少女一人丸呑みにできる大口はたやすく鋼の板を咥え、へばりつく少女ごと縦に横にと振り回していた。


「おい、合わせるぞ」

「はいはいッ」


 流石にまずいと見て取ったか、アルフォースが焦りの声を上げ、リッツはそれに合わせるように、崩れる氷塊のイメージを深める。

組み上がった呪文を、己の外に。魔導師の手甲を通して顕現する『魔法』の力を、思い切り解き放つ。


「『インボーブド・アーチ』」

「『グレイシャル・ダウン』!」


 地を滑る氷河の塊が、竜巻を伴う矢によって巻き上げられ、さながら零度の龍の如くベヒモスの側面に喰らいついた。

皮を裂き、肉にまで食い込んだ凍気は血と脂を凍りつかせ、さらなる氷の華を咲かせる。


 ARRRRRRGH!


 流石に堪らぬのか、凍り付いた腕を懸命に振るう巨獣が、ついにバランスを崩して倒れた。

砕けた氷が飛礫となり、赤黒い塊と共に陽の光を反射して燦然ときらめく。


「ぬわーっ!」


 勢い良く振り落とされる結果になったクァーティーが、悲鳴とともに丁度リッツ達の目の前で一度バウンドし、足元に転がった。


「うぐぐ……流石にキツいデス……」


 端から見るとコメディか何かのようでも、そのダメージは本物だ。

痛む体を支えてポーション瓶からコルクを引き抜き、口をつけ――ようとして、クァーティーは荒く息を吐く。


「……? どうした、早く回復しとけ」

「いや……その、気を抜けば入れる前に出ていきそうでデスね……うぷっ」

「あちゃー、そりゃマズいわね」


 少なめに見積もり一本30mlとして、はたして何本飲んだことやら。そろそろ半スタック(≒50本)に届いてもおかしく無いのではなかろうか。

さらにはこの娘、戦闘開始直前に幾つかの食料アイテムをかっくらっている。回復ポットに頼ったまま、被害を一身に受け続けた思いがけぬ弊害だった。

なみなみと入ったポーション瓶を前に、青褪めた顔で震え始めたクァーティーをさておいて、リッツとアルは顔を見合わせる。


「おい、どうするんだ。そろそろあいつも起き上がるぞ」

「あーもう、しょうがない。ちょっと早いけどアタシが前に出るわ、構わないでしょキュー子?」

「うぐぐ……この私がヌーブ(質の悪い初心者。罵倒語)でもできる作戦を乱すなんて……」

「まぁ、作戦とも言えない程度の方針案だけどね」


 ガチンと両手甲を拳で鳴らし、リッツは犬歯を見せて笑う。


「なぁに、任せときなさいよ。これでも元はボス狩りギルドでずっと大砲やってたんだから」

「……まぁ、痛くて危ないことくらい分かってると思うデスので、何も言わないデスけど。事故死にだけは気をつけて下さいよ」

「わかってるって……だからまずは、そのヘイトを剥がなきゃね」


 『瞬唱スナップキャスト』。極まれば対象者の詠唱を100%カットするそのスキルだが、それは決して大魔法発動のための補助としてのみ使われる訳では無い。

バフも火力も中途半端であり、それぞれ専業の足元にも及ばないはずの〈賢者〉が、どうして第一線でもパーティの一角足りえるのか。

その理由こそ、〈瞬唱〉に代表される独特な効果を持つスキルによる「戦場構築力」にあるのだ。



「『エンプティティ』!」



 瞬時に"力"を組み上げたリッツが、成される呪文スペルを解き放った時。端から見れば、何も起きなかった。

炎や氷が生まれることも、クァーティーの傷が癒えることも。ベヒモスすらポカンと口を開けて、"先程までなにをしていたのか忘れた"かのように突っ立って居る。


「んでもって瞬唱、『クラッシュ・ハンマー』ッ!」


 呆気に取られた巨獣の頭上、少しばかり浮いた座標に巨大な腕が現れて、勢いのままに拳骨を落とした。

拳骨と言えども、ベヒモスの巨大な身体に比するか、ともすれば上回りそうな程の岩の塊である。

落下するだけで響くほどに大地を揺らし、遠方の鳥達が飛び立っていくのが見えた。これが魔力によるもので無ければ、森の一部に小山ができたであろう。


 当然、そのようなものをいきなり喰らったベヒモスは、怒髪天を突き暴れだす。

だが、その目にはもう最初に思い切り一撃を入れた小人族クァーティーも、一度に体力の3割程を削りとった弩使い(アルフォース)も映っていないようだった。

赤い輝石の埋め込まれた魔女帽の下、軽く編んだ紺の髪が揺れる。少し離れた場所の二人には目もくれず、ベヒモスはリッツに向かって赤黒く染まった牙を向けた。


「生で見るのは初めてだが、なるほど便利だな『ヘイト初期化』ってのは」

「パーティに一人居るだけで、強敵相手の事故率が激減デスからねー。逆に言うと、雑魚狩りだとあまり使われないんデスが……」

「その辺のもっと上級なのは、リッツも切り捨ててるだろ。あくまでアイツは〈殴り賢者〉とか言う意味分かんねージョブだし」

「〈弩騎士〉のアル君が言いますかー?」


 悪態をつきながらも、圧倒的な身軽さで弾幕を作るリッツをアルフォースは僅かな憧憬を持って見つめているようだった。

クァーティーから見ても、リッツの動きは単なるゲーム慣れでは説明できないほどにズバ抜けている。おそらく、現実世界で何らかの格闘術を学んでいたのだろう。

無論、キャラクターに振れるポイントが限られている以上、"M&V"は現実リアルの性能だけで無双ができるようなシステムではないが。

だが、今はどうなのだろう? ゲームデザインだけでは説明の付かない、この"ウェザールーン"の地においては。


「……オレの出番はまだか」

「ん? さっきから撃ちまくってるじゃないデスか」

「そうじゃなくて」


 ガチン、と張り直した弦が再び引き金を噛む。

アルが使っている弓スキルは、一部を除けば所詮下級職のものだ。燃費は良いが、DPS(秒間ダメージ量)で言えばリッツにも及んでいない。

〈アルフォース〉が最も輝く瞬間は、やはり『ミストルティン』を撃ち放つ瞬間だろう。そう言いたげな目が、クァーティーを睨みつける。


「まぁ、そう急ぐもんじゃないデスよ。アル君の爆発力は本当に素晴らしいデスし、適材適所デス」


 もちろん、アルだってゲームの素人では無い。そんなことは分かっている。分かっては、いるが。


「ちっ……」


 舌打ち一つ。腰だめにバスンと、弦が矢を弾く振動。

命中を見る前に、アルの体は次なる矢の発射体勢に入っていた。ハンター系の基本スキル、『ダブルショット』である。


 ARRRRRRGH――……!


 間をおかず、狙い通りの眉間に二矢が突き刺さる。

そして仰け反った黒獣に向けて、リッツの輝石から投影された隕石塊が降り注いだ。

赤熱した火力の塊が、爆発と共に戦場で敵対する姿すべてを焼き滅ぼす。とはいっても、今は個の相手しか居ないが。


 ――GAAAAAARRRRRRRRRRRRFッ!!


 土煙の奥に、悶絶する兵器巨獣の絶叫が響く。それは同時に、憤怒の色にも染まっていた。

自らよりも小さきものが、王たるこの身をここまで追い詰めている。それは、ベヒモスのプライドにとって、到底許容できることでは無い。


 ――潰さねばならぬ。


 ――壊さねばならぬ。


 ――この身が往った後に、何者も残してはならぬ!


 それこそが、ベヒモスの自負にして自尊。充血していた眼が、ついに怒りによって真紅に染まる。

ぽっかりと開いた空に雲が集まり、粉塵を吹き飛ばす轟砲と共に、暗紫の雷が落ちた。村を、砦を、城を焼き滅ぼす、巨獣の激昂の象徴として。


「"発狂"きたぁ~……」


 ペッペッと口に混じった砂を吐き出して、クァーティーは震える声を上げた。

闇色に帯電する全身に包まれ、瞳だけが淡く尾を描き光る。帯びる雷は、決して見せかけだけのものではない。

攻撃力・攻撃速度の上昇だけではなく、爪を振るえば闇属性のショックダメージ(近接攻撃に付帯する魔法ダメージ)が鎧を削る。

さらに至近距離にいるだけで、バーンダメージ(時間ごとに減少させる、活性の逆の効果)によってアバター達はHPを炙られることになるのだ。


 こうなると、ベヒモスのDPS(秒間ダメージ)はもはやクァーティーで抑えきれるレベルを超えていた。

物理偏重の相手だからこそ、秘蔵していたボスハートの力に頼りやっとのことでタンクができたのだ。発狂されてはあっという間にショックダメージに削り殺されるが故に。


「と言うわけで、出番デスよアル君!」

「分かってるさ」


 クァーティーにより、ビシィ、と指が突き出される。

いくらリッツが頑張っていると言ったところで、このままでは削り殺されるばかり。だからこそ、ここまでもう一つの大砲を温存して来たのである。

ベヒモスの攻撃力は、発狂以後は残HPに反比例して上がっていく。まだしも被害の少ないこの段階から一気に仕留めるのがセオリーであるのだが……


 ――5秒。


 それがアルフォースの装備とステータスで、『ミストルティン』を発射するのに必要とする時間だ。

それだけの間、攻撃を食らうことも、かと言って動き回ることもなく、ただじっと仕掛けを展開しなければならない


 リッツの『瞬唱スナップキャスト』に頼る作戦は、今回は無しだ。

5秒と言うのは、前衛が引きつけてさえいれば充分な時間なのが一つ。

もう一つは、瞬唱そのものに僅かな使用時間が発生するためである。スキルの使用時間中は、足も止まれば自動回避も発動しない。その僅かな隙が、今のリッツにとっては致命的であった。


 呼吸の間隔が短い。肩が強張っている。クァーティーは隣に立つアルの姿を見て、そのように感じた。

兜の奥の眼差しは窺い知れないが、恐らく緊張に細められているのだろう。


「『自分の両肩に人の命が乗っかってるなー』って思ってます?」

「っ……」

「深呼吸すると良いデスよ。人間、結構知らぬ間に誰かの命を預かってるもんデス。知ってたからってそう違いはありません。

 "正義のミカタ"で居続けるのはしんどいでしょうが、ちょこっと正義に味方するくらい、誰にでもできることデス」

「誰にでも」

「そう、誰にでも」


 愛嬌のある顔で、クァーティーはにこりと微笑みかけた。

共に口にした言葉には、励ましの意味が込められている。良い言葉だ。実感も込みで、含蓄がある。

嫌味無しで、人を動かすのに慣れた人間の言葉だった。


「誰にでも、か……」


 ただ少し、アルフォースの求めるものとはすれ違っていただけで。


「んー?」


 緊張は、確かに解れたようである。しかし、何か引っかかる物を覚えて、クァーティーが首を傾げた。



 ARRRRRRR――……!!



 だが、彼女が前言に付け加えるよりも、ベヒモスが前足のみで後ずさるようにしてその巨体を持ち上げ、立ち上がる方が先であった。ねじ巻く角が天を突き、再び暗紫の雷が落ちる。

二人の表情が、瞬時に熟練者としてのそれに切り替わる。どんな高レベル廃装備なアバターであろうと、"アレ"を喰らってはひとたまりも無いと分かっているが故に。

ゲームであった頃から、"アレ"はそういうものだ。ついでに言えば、あの攻撃に限ってはヘイトも自動回避も意味を為さない。

一度叩き付けられれば嫌でも脳裏にちらつき続ける、"脅迫的な一撃"。


「〈メナシング(M)アサルト(A)〉ッ!」

「散開! さんかーい! 各々ダッシュ!」

「言われなくても!」


 "M&V"内の要素であれば、それぞれやりこんだ三人である。当然、ベヒモス型の〈MA〉避けパターンも頭の中にある。

奴らはまず頭部の角に闇属性の電光を纏わせ、倒れこみながら射線を絞り、溜め込んだエネルギーを射出するのだ。

故に、倒れこんで射線が決まるまでの間に直線上に重ならないよう動き、仮に避けられなかったとしても二次被害を出さないようにするのが好ましい。


 そして走り出してみれば、クァーティーは自身の運動能力が元のメインキャラと比べ物にならないことが、ハッキリと分かった。

現実世界の肉体よりはよほど良い。だが、あの地を踏みしめる筋力も、思い通りに体を動かす精密さも、そもそもの敏捷性すら恋しくなるほどに違う。


 ベヒモスが、その超重量級の身体を振り下ろす。双角が示す銃口は、どうやら自分を狙ってきているようだ。

クァーティーは、思わず舌打ちを一つうった。もちろん、MAを回避するタイミングははっきり体が覚えている。だがそれは、あくまで"彼女のメインキャラが"回避できるタイミングに過ぎない。


 ――同じで良いのか?


 ふと浮かんだ一つの疑問が、彼女の足をほんの僅かに遅らせて……






 ……――AAAAAAAAAARGッ!!






 ……。


 ……エネルギーが。

圧縮されたエネルギーの塊が、高熱と爆音を振り撒きながら、掠めていった……の、だろうか。

正直な所、よく分からない。なんだか酷く、頭が痛んだ。


「――ッ! ――……――!」


 表情だけこちらに向けたリッツが、何かを叫んでいて。

けれど何も聞き取れず、初めてクァーティーは自身の耳が一時的に機能してないのだと分かった。

それにしても、酷い傷跡だ。自身の、では無い。後ろを振り返れば、森が裂け、丘は崩れ、撒き散らされた低木が、ところどころ炭化しながら燃えていた。

ぞっと、鳥肌が立つ。そんな光景が、何十メートルにも渡って扇形に広がっているのだ。まともに巻き込まれれば、痛みを感じる暇も無いであろう。


 ……――ッ!


 また、何かが聞こえた。いや、実際には聴力は使えないのだが、この振動には覚えがある。

まさかと思って目を向けると、やはりベヒモスがその身体を起こし、再び雷光を双角に纏わせていた。


(二連続?)


 そんな馬鹿な、と頭によぎる。そういうこともあるのか、と現実を受け入れた諦観もある。

クァーティーは条件反射的に腰に帯びた剣を抜こうとして、そんなものは身につけていないと我に返った。

何にせよ、撃ってくるなら避けなければならない。ベヒモス討伐がこの段階まできた以上、自身が生き延びることにリスク分散以上の意味は無いが、それでも避けられるなら避けた方がいい。

自動回避オートパイロットが効かない代わり、仮にAGIが0のキャラでも攻撃範囲内に居なければ避けられるのが〈メナシングアサルト〉の特徴だ。

急ぎ身を起こし、慌てて走りだす。流石に"アバター"の優秀な身体能力と言うべきか、捻挫一つおこしていないようだった。

が、慌てていたがゆえにクァーティーはまた1つ、逃げる軌道がアルフォースとぶつかりかねない、というミスを犯す。


 地面が揺れを伝える。ここで方向を変えるために足を止めれば、今度こそ避けきれぬだろう。

幸い、ベヒモスの目標は違っていた。この角度なら、対象はリッツだろうか。わずかに安心して、今にももつれそうだった足の動きを緩める。

進行方向を見れば、アルフォースはこの隙を逃さぬよう、『ミストルティン』の発動準備を構えていた。

MAさえこちらに向かないのであれば、エネルギーを放ち切り通常のモーションに戻るまでに5秒は軽く数えられると判断したのだ。


(これで終わりだ)


 聞こえるはずも無いが、あの、少し高い少年の声で呟きが聞こえた気がした。あるいは、安堵したクァーティー自身の声か。

安堵。そう、気を抜いた。もう、この先は続くはずが無いと。不意に湧いて出た"冒険"は、ひとまず此処で終わりなのだと。



 ――未だ、5秒も残っていたのに。



 地を踏みしめる足をバネのように、ベヒモスが片方の腕を突き伸ばし、強引にその方向を変える。

燐と光る紅い瞳が尾を描き、忘れようとも忘れられぬ憤怒と憎悪がこもった視線がアルフォースを貫いた。

アルの様子に驚愕が滲む。地面に突き刺して展開する弩弓は、おいそれと動かすことはできない。


 分かっていたはずだった。


 "ここ(ウェザールーン)"がゲームであってゲームで無いのだと。

戦い、争い、そして獲物にしている"彼ら(モンスター)"もまた、生きているのだと。

その総身に肉を詰め、その脳で試行錯誤を重ね、生きるために切磋琢磨しているのだと。

だとすればこれは、戦闘をシステムに頼りきり、パターンのまま打倒しようとした自分達への報いだろうか。


(足を)


 動かし、走る。もはやデータも何もなく、「アルフォースを失っては勝てない」という本能的な直感だけがあった。

強く吹き飛ばすことさえできれば、キャラクターに無敵時間が生まれる。まぁ実際にはそんな甘い物は残ってないかも知れないが、鈍重な身体を無理矢理動かしただけあってベヒモスの誘導は甘い。

鼻を突き合わせるほどの距離ならば、射線から外せる可能性は残っている。


(早く!)


 はたして、クァーティー渾身のドロップキックは発射姿勢に入ったアルフォースを大きく突き飛ばした。

……その代わり、作用反作用で宙空に停止した彼女の身体を残し。


 アルフォースの、見開いた瞳と僅かに目が合った。

大丈夫だと意味を込めて笑ってやりたかったが、届いただろうか。

暗紫のプラズマ光が、二人の視線を遮る。



 後の時間、クァーティーは千切れ飛んだ己の半身と、くるくると移り変わる空と地面だけを見ていた。



※本日は2話掲載します。ベヒモス戦決着まで。

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