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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、少女を救う?
6/39

06



 透き通るような晴天に反して、ざわざわと落ち着かない空気がとある開拓村を包んでいた。

古びた皮鎧に袖を通し、多少の野生動物なら退けられるといった風体の村の戦士が、肩を落としながら柵の中へ戻る。


「居たかぁ」

「いんや、見つからねえ」


 比較的安全な平原を駆け回ってみたのだが、身を隠す所など無いにも関わらず村長の孫の姿は見当たらない。

こうなってはもう、心当たりは一つしか無かった。だがそれは、彼らにとっては最悪の選択肢であり。


「やっぱ、森に入っちまったんじゃ……」

「ったく、見張りの野郎サボってたんじゃ無いだろうな」


 これに関しては、当の見張り役を責めるのは気の毒であろう。

未だ、カナンが持つ指輪に関しては露見していないのである。

十になったばかりの子供が、どうして〈透明化〉の呪文などを使えたと思うのか。


「森の方はアバター様が入るなっつってたんだろ?」

「でももう、昼も過ぎちまったぞ……幾らアバター様と言ったって、広い森の中をたった3人じゃ……」


 完全に夜の帳が下りる前に、少しでも森の中を探索するべきか。

真っ暗闇になってしまえば、森に入るなど出来るはずもない。それまでに見つけられなければ、幼い少女の生存は絶望的だろう。

だが、ああも容易くリザードマンを狩って見せた方々の言う事だ。破るべきか、破らざるべきか。

額に手を当てて戦士が悩み出した、その時であった。



 ――GAAAAAARRRRRRRRRRRRFッ!!



 重々しい獣の声が、はるか遠くの森の方角から響いてくる。

それは、村暮らしの長い戦士にとっても聞いたことの無い唸り声。

これほど離れた所で耳にしても、人類マニオンごとき容易く恐怖で染め上げる雄叫びであった。


「……今のは……?」


 顔を青ざめさせながら、向い合って話をしていた村人が恐る恐る振り返る。


「森の方から聞こえたが」

「あんなデカい獣の声は、聞いたことがねぇ」

「アバター様がたは無事なのか」

「分からん……」


 ほんの少し空気を感じ取っただけであるのに、心臓の鼓動が収まりそうにない。

あのマームリングの森で、果たして何が起こっているのだろうか。人の身では、遠く離れた森の様子など知れる由もないのだが。


「おお、〈大いなるひと〉よ……お願いします、カリンがどうか無事でありますように……」


 信心深い戦士にできるのは、もはや空の彼方におわす"天上のもの"に祈りを捧げることだけであった。



 □■□



「目が合った」


 照準器越しに黒獣と視線を合わせたアルフォースが、短く呟いた。

猛々しく威嚇の咆哮を行うと、ベヒモスは前方の戸惑うリザードマンたちを省みる事も無く直進を始める。

鎖をつないだまま引きずられていく、幾匹かのリザードマンの姿はいっそ哀れと言ってもいい。笑ってやれる余裕は、生憎ありはしないが。


「来るぞ……!」


 攻撃姿勢を取った事により、アルとクァーティーの〈透明化〉が解除される。

木々の狭間から染み出るように姿を現した二人を見て、ようやくリザードマンたちも事態を理解したようであった。

引きずられていた最後のリザードマンが、手綱を手放して転げ落ちる。その頃には、ベヒモスは大地を蹴り一息に崖を飛び越えようとしていた。


「『魔力の脈動』」


 着地の衝撃で、土埃が舞う。質量の何倍もの巨体とすれ違うように、最後の一人が顔を出す。


瞬唱スナップキャスト『バーミリオン・コア』ッ!!」


 藍色の髪が、一瞬、朱く燃え染まったかと思うほどの閃光。度の入ってないレンズが、橙の輝きを反射し返す。

高空から叩きつけられた高密度圧縮弾は、その衝撃だけで一匹のリザードマンアーチャーの身体を完全に焼きつくしていた。


「さーらーに、爆破ァ!」


 もちろん、〈炎〉の上級呪文がそれだけで終わるはずもない。

その弓兵を基点に、圧縮弾がはじけ、連続的な爆発が燃え広がる。何匹かのリザードマンが巻き添えとなり、あるいは手足を焼かれて負傷する。

崖上に着地したベヒモスも、背後から聞こえる大きな爆発音にわずかに気を取られたようだった。


「あなたはよそ見してる暇無いデスよ! 『グリードチャージ』ッ!」


 小人族ポクルのマーチャントらしからぬ重量を乗せたODスキルの一撃が、猛進するベヒモスの頭部へとクロスカウンター気味に入り込む。

たったLv47の下級職が出したとは思えぬダメージで、クァーティーは〈ベヒモス〉の推定HPのおよそ10分の1程を刈り取り、その巨体を怯ませた。

「してやったり」と言葉を乗せた目が、ギラギラと輝く黒獣の瞳に合わせられる。ベヒモスの目が、にわかに紅く血走っていく。


「さぁて、廃装備のチカラみせてやるデス!」


 睨み合うクァーティーの後ろで、油断なく狙いを黒獣の額に維持しながらアルフォースが目を細めた。

弩の機構を地に降ろし、魔法陣を展開し、杭の如き矢弾へと己の魔力を集中させてゆく。


「やるぞ、〈ドレッドノート〉」


 鈍色の砲身から感じる、ずしりと冷たい手触り。心強い相棒でありながら、アルフォースを夢追い(ロマン)の道に引き込んだ根源でもある……






 ――"大魔法並の詠唱を行う"ふざけた弓スキルが〈重騎士〉に設定されたのは、一体いつごろだっただろうか。

ましてや、ただ「ロマン砲」と呼ばれるだけの、そのくすぐったい響きに惹かれるようになったのは。


 本来、防御能力に優れた〈重騎士〉の仕事は、パーティのタンクとなって攻撃に耐える事だ。

機械弓クロスボウが装備できるのはあくまで同系統の下級職が装備できるがために過ぎず、多少のスキルはサブクラスで補強できてもメインウェポンには成り得ない。

ましてや、両手持ちのために真髄とも言える盾が持てなくなるようでは本末転倒。

弓騎士などというビルドは、余程の物好きか重度のロールプレイヤーでも無ければ行わないマゾ職であった。


 転機が訪れたのは、「Story2.5 ユートグラッドの宴」のアップデートを迎えた頃。

ストーリー終盤、無限に〈フロストタイラント〉の軍団を生み出す〈ユートグラッドの王冠〉を破壊するため、プレイヤー達は自身の職にちなんだ『神技じんぎ』を授けられる。

これらの神技スキルはある種「長いストーリーを進めたご褒美」的な位置でもあり、露骨に北欧神話をモチーフにしたスキル名がいっそ壮観でもあった。

……そして、ここに一つ問題が生まれる。


 ストーリー上の位置としても、またキャラクターの想定レベルとしても、『神技』に求められたのは便利に使える小技ではなく「燃費は悪いが強烈な火力」のサイクルだ。

しかしたった一職、そう言った「大砲」を持たせられないよう設計されたクラスがある。


 〈重騎士〉だ。


 攻撃力を犠牲にただひたすらに盾としての性能を積み上げていった彼らは、Story2.5アップデートの時点で既に他の前衛職からパーティ内役割を奪い続けていた。

パーティでの火力は後衛の担当であり、前衛の仕事は後衛に攻撃が行かぬよう耐え続けること。

つまり"多少の火力を足して殲滅速度を上げるより、重騎士でのみギリギリ耐えられる狩場に上がって狩りをした方が効率良い"のである。

もちろん、例外は幾らでもあった。下手な重騎士よりも、上手な〈拳聖(モンクの上級職)〉の方がより良い効率を叩きだす、なんてこともザラではあった。

しかし一度"それ"が普遍的な認識になってしまえば、重騎士以外の前衛は「パーティお断り」になってしまうのがMMOである。


 そんな状況下にあって、耐久力に優れた〈重騎士〉にこの上火力まで持たせては、完全に他の前衛職から活躍の機会を奪ってしまうだろう。

だからと言って、『神技』のコンセプトを曲げる訳にも行かない。

運営会社に、そういった葛藤があったと言うのはユーザーの邪推でしか無いが――とにかく、重騎士の『神技』はまさかの〈弓〉スキルとして実装されたのだった。


(その程度で、悪意に満ちた言葉を行き交わせなくても良いだろうに)


 当時、〈霊剣士〉のソロプレイヤーとして"折り返し"を過ぎたアルフォース――立川有栖たちかわありすに、『神技』を巡る騒動は非常に遠く思えた。

四属性の内、一番弱点となる値に合わせてダメージを算出する霊剣士の神技『ギンヌンガガップ』は、確かに弱い訳では無い。

だが、〈霊剣士〉はダンサーの上級職でありながら各種リジェネと属性・物理の両攻撃手段、自分限定のバフをそれぞれ準一級で持つ所謂"勇者職"であり、ソロや2~3人の少人数で組むのに適した仕様だ。

弱点となる属性があるのだったら、通常の属性付与だけで充分だと言うことでもある。


 "M&V"では、キャラクターはLv90を越すと途端にLvの上がりが遅くなる。そのため、90までで一旦"完成"させるのが主流だ。

有栖はこの時既に〈霊剣士〉としての装備・スキル・ステータスを育て終わって、後は余ったポイントをVITにでもつぎ込んで多少HPを伸ばそうか、と言った段階であった。


(これだから、パーティプレイって嫌なんだ。名前も知らない奴に、そんな事言われる筋合い無いだろ)


 やれアレを持ってない奴は阿呆だとか、そもそもドレでなきゃ駄目だとか、こちらは最新の情報が欲しいだけなのに、どうにも検証も何も無い、質の悪い情報ばかりが目についてしまう。

どんなに多数の賛同が寄せられていようが、書いてある事が「運営のかーちゃんでーべそ」とそう変わらないのでは仕方がない。

彼らが言うには、本気で口論している訳では無く、その"場"の空気を楽しんでいるらしいのだが。

そこに本気で肩を怒らせて乗り込めば、「空気が読めない奴」としてあっという間に集団から嘲笑の声を浴びせられるだろう。


(でも結局、誰かを馬鹿にしたいだけ)


 そんなオトナの論理とやらを受け入れてやれる余裕、ティーン特有の潔癖性まっただ中な有栖には無い。

一見目を引くレスポンスばかりを集めたサイトを、即座にアクセス数目的の業者だと断定してフィルターにかけていく。

"ネット"の海に身を委ね、軽く苛立ちながら情報を掻き分けて行くと、やっとアップデートの変更点に対して詳細なデータと共に記載してあるサイトを見つけ出せた。


(もうちょい早く見つかって欲しかったな)


 VR同期した仮想検索空間で、有栖はそのサイトをブックマークに放り込む。

これで次からは、あの罵詈雑言だらけで意味の薄い情報を目にする機会が減るだろうと思うと、少しは胸もすいた。

早速用意しておいたアプリを立ち上げ、式を貼り付けながらシミュレーター上で自身のDPS(秒間ダメージ)を概算する。


(……やっぱ、これなら素直に属性剣で殴った方が早いか……)


 元々そこまで期待していたわけでは無いとはいえ、折角なら新要素を楽しみたい気持ちもあったが。

しかしこの結果は、長い時間と決して少なくないアイテムをかき集めてクエストを進めるほどでは無いな、と有栖は結論づける。

計算に使った仮想ステータスを一度ばらし、手持ち無沙汰に全く別のキャラを作り上げ。


(『メギンギョルズ』強いな。やっぱ、モンク系にテコ入れ?

 『ムースペル』も……魔導師はこれ以上強化しなくても良いと思うんだけど)


 上級職にそれぞれ設定された様々なスキルを見比べながら、有栖は独りごちた。

こうして見れば、やはりストーリー終盤に手に入る『神技』の名に相応しいスキルも多くある。むしろ、全体からすればそちらの方が多数だ。

それだけに、自キャラの強化が無い事が物足りない。運営からも、前衛職のパワーバランスを調整するつもりだとアナウンスしてはいたとはいえ。

そうして並べたデータを見ていると、ふと目を引く項目があった。


(〈重騎士〉……)


 その、神技スキル。今の騒動の中心であり、運営会社が叩かれている理由でもある。

有栖は、なんとなく惹かれるまま仮想のキャラクターを試作し始めていた。弓技であるので、DEXを最大値に。

後は? 再びネットの海へと手を伸ばし、情報を浚い出す。アカウント消ししてゲーム辞めるだの、運営の頭がおかしいことが証明された、皆もそう思っているだのと、がなり立てるクレーマーどもの声が煩わしい。


(スキル中心の立ち回りをするなら、SPも要る。INTに多少振って……)


 基礎詠唱15秒。クールタイム60秒。

DEXの値で詠唱時間は多少縮まるとは言え、こればっかりを使える性能では無いか。

その辺りのスキルは、サブクラスで補えば良いだろう。ウォーリアにも多少の弓技はある。

耐久力は、かなり我慢する事になりそうだ。硬い鎧は着込めるものの、やはりちゃんとした前衛ビルドよりは二歩三歩劣るだろう。

けれど、それでも。〈重騎士〉としてのメリットを、大部分捨て去って、なお。


(なんだ……強いじゃないか)


 シミュレーターの指し示す仮想ダメージは、矢弾の持つ属性倍率を適応し、INTの持つスキル攻撃力ボーナスの恩恵をうけて、当初有栖が予想していた以上に振り切れていた。

"M&V"で6桁のダメージが狙える機会と言うのは、早々ない。

攻撃特化にビルドし、数々のバフを上乗せした〈竜牙兵〉や〈魔導師〉などが放つ最大スキルの一撃か……

でなければ〈発明家〉や〈影業〉が持つ非常にハイコストな消費を迫る特殊なスキル。そのどちらかだろう。


 そこに、食い込める火力。


 もちろん、DPSやMP比率で見ればやはり後衛の叩き出すダメージ量からは一歩劣る。

だが、これだけの潜在能力を秘めたスキルが、今、ネット上の"声が大きい"者達に辱められている。

そう思った時、有栖の胸がわずかに疼いた。


 ――立川有栖は、「斜に構えている」という自覚がある15歳の少年だ。


 コンプレックスはゲームや漫画の女キャラのような名前。

自分の生きている社会が狭い事をなんとなく理解し、そんな小さな社会で優劣を作る同級生たちをほのかに見下している。

クラスでイジメがある、というほどでも無い。ただ少し学級内には"序列"があって、それに関わらないように暮らしているだけだ。

昼食はいつも一人で取っているが、特に気にしたことはない。一人で生きていける才能があるのだろう、となんとなく考えている。


 ちょっとだけ。

ほんの僅かに、同級生が描いた「世界」に心を揺さぶられた経験が有るだけで。

それが、学級内でも序列の低い少女の作品だと、知っているだけで。


 その同級生と、言葉を交わしたことがある訳では無い。

だけど少女は、友人らしき存在から"イジリ"を受け、確かに笑いながら傷ついていた。

「オレは凄いと思うよ」とでも、声をかけてやれば良かっただろうか。

そうすれば、今頃恋人の一人でも――そして、付随する願望の一つでも――成就できていただろうか。


 そうは思わなかった。だから、声もかけなかった。

自分は一人で生きていけるのであり、一人でしか生きていけないのだろうと、格好良く言い訳をした。

自分という存在が実は何も特別では無いことなど、とうに分かっている――


(特別、か)


 「今なら誰も目をつけていない」と、心のどこかが囁く。

子供の頃、思いがけぬ所で足跡の無い真っ白な新雪を見つけたことがあった。今のこの気持ちは、あの時に近いか。

武器は有る。Lv85適正のパーティボスを狩った時の装備品で、〈霊剣士〉ならば(時間さえ掛ければ)ソロでそれが出来た。


 〈ドレッドノート〉の名を冠するそのバリスタは、ゲーム内に三種類しかないウォーリア系専用の弓だ。

レアとはいえ売ろうにも需要が有るような物じゃ無いので、倉庫に押し込めておいたままだったが、性能は良い。

弓の中で素の攻撃力が一番高く、さらに弓スキルの威力を20%上昇させるのに加え、モンスターハートのスロットもある。

トップレアの一角として相応しいだけの能力があるのだ……悲しいほどに使い手が居ないことさえ除けば。


 有栖はHMDヘッドマウントディスプレイを外し、炭酸の抜けたボトルをあおった。

一度深呼吸をして、再びHMDを装着する。すぐにまた外して、トイレに発った。


 ……次に"M&V"にログインした時、立川有栖は使い慣れた〈霊剣士〉の姿では無かった。

〈アルフォース〉と名付けられたLv1の〈ウォーリア〉は、早々に初期装備のブロンズソードを放り捨て、倉庫の短弓ショートボウを手に取った。



 □■□



 ガチリ。魔法陣展開が終了し、撃鉄が降りる。瞼を閉じ身体が動くまま(モーション)に任せていたアルが、その意識を引き戻す。

火薬式でも無いのに撃鉄の意味があるのかは知らないが、まぁ、ギミックとして格好いいことは確かだ。

対象を定めて(ターゲッティング)から、時間にして5秒。ベヒモスが『グリードチャージ』の怯みより頭を振って立ち直る。

クァーティーの後頭部。栗色の髪が流れる。鋼鉄の肉に満ちた、黒獣の腕が振り上げられている。


「――伏せろッ」


 上から下に叩き潰される少女――その幻視ごと振り払うために、アルフォースは銃爪を引いた。

ミスリル銀の矢に極限注入された魔力が、甲高い悲鳴を上げて空間を切り裂く。

魔弾の輝きは黄金の燐光となって、黒鉄の相貌の中で真紅に輝く両目の間へと吸い込まれていった。


「『ミストルティン』ッ!」


 かつて万物に祝福されし神を貫き殺したとされる、ヤドリギの枝。その名を冠した"天の金枝(イナビカリ)"が、仰け反ったベヒモスの頭部から花火の如く咲き誇る。

威力のみで語るならばこの世界でも最高峰の『神技』は、轟音と共に黒獣から体力の3割ほどを消し飛ばした。


「派手にやるじゃない、男の子」

「やめろ、その言い方」


 その迫力は、こちらに目を向けていないはずのリッツにも、しかと伝わったらしい。

伏せさせていたから良かったものの、クァーティーなどはあまりの音と光にまだ少し目をしぱたたかせているほどである。

はっ、とリッツから熱帯びた息が漏れた。自分でも気付いているのかいないのか、口角が吊り上がっているのが見える。

手甲に埋め込まれた四つの宝珠が、昂ぶりに呼応するように輝いていた。


「アタシも負けてらんないわよね、っと」


 瞬唱、連環、連環、瞬唱。『魔力の脈動』による溢れんばかりのMPに裏打たれ、属性呪文の嵐が降り注ぐ。

スペルの即時発動によって雷の檻に囚われたかと思えば、連鎖を媒体にして炎の矢が飛来してくるのだ。

唯一、賢者を射程に収めている弓兵も、こうなってはもはや矢を番えるどころでは無く。三々五々に四散して、せめて自らの方に呪文が飛んでこない事を祈るばかり。

魔女帽に飾り付けられた一際大きな心結晶モンスターハートの輝きが、手甲に包まれた双腕に光を宿した。


連環オートスペル、『アース・ディザスター』ッ!」


 拳を叩きこまれた地面が、ずぐりと蠢く。

生命を飲み込む災害そのものとなった大地の轟砲が、微かな抵抗を試みていた哀れなリザードマン部隊に完全にトドメを刺した。


「くふっ、くはっ、ははははっ! あはははは!

 矢が! 矢が耳のとこ横切った! ビュンって!」

「笑ってる場合か?」

「止まんないのよ! あはははははッ」


 いかにも余裕そうに見えるが、実のところそうでもない。

レベルも半分以下の雑魚とは言え、ただ"避けられるだけ"のリッツに攻撃が直撃すれば5~6発で死に到るだろうし、それが束になって頬をかすめていくのだ。

もちろん、矢が風を切っていく感触を身近に感じる機会などこれまで有った筈もない。

彼女曰く、緊張すればするほど笑いが止まらなくなるタチらしい。目端の涙にさえ気付かなければ、立派なトリガーハッピーの姿に相違ないのだが。


「……とにかく、初動は完璧に抑えられたデス」


 地に膝を付けた体勢から、クァーティーが頭を振って立ち上がる。

ぴょこぴょこと一房跳ねた髪が左右に揺れて、インベントリから放り捨てられた重石ミノアクスたちが、金属音をたてた。


「これで次は、〈ベヒモス〉のヘイトがどっちに向くか……」


 金枝の銀弾に額を穿たれた黒鉄の獣の肉体が、光と音に苛まれた状態からようやく主導権を取り戻す。

怒りに染まった紅の瞳が、ギロリとその眼差しを向けた――羽虫のくせに己の体勢を大きく崩させた、小さき者へ。


「よっし、思うツボげっと!」


 たいして焦る様子もなく、キュー子が軽くガッツポーズを作る。

連続してタゲが向き続ければ、その分ヘイトも累積する。クールタイムとの兼ね合いもあり即座に『ミストルティン』を打たせたが、わりと博打でもあった。


 "ヘイト"についても軽く説明しておこう。

とは言っても、そう難しいことではない。基本はMOBはダメージを受ければ与えた人物に対するヘイトが貯まり、逆にダメージを与える事でヘイトを揮発させていく。

また、与えたダメージが回復されると回復した者にヘイトが貯まるし、ウォーリアの『牽制攻撃』など仮想ダメージでヘイトを稼ぐ手段もある。

そしてAIはヘイトの最も高い人物を優先的に狙い、ヘイトトップが変動すればMOBの狙いも変わる、という仕組みである。


 三人は一週間における狩りの中で、この「ヘイトシステム」が今でも活きていることを体感的に確認し、戦術の根本に置いていた。

ゆえに、クァーティーはアルフォースに対し自身の回復を禁じていたのである。ヘイトトップが自分自身を回復していては、いつまでたっても対象が移り変わらないからだ。


「キュー子! 本当に任せていいんでしょうね」

「できないことは言わないデス! 見よ、この〈金色仙桃〉!」


 10分間最大HP50%アップ、〈仙人〉が低確率で作成するかボスドロップ、もしくは120円(3本セット)。


「続いて、〈英雄の蜂蜜酒〉!」


 1時間VIT+20、面倒な手順を踏んでのクエスト作成、もしくは120円。


「更に、〈コック・ヤマザキの辛口カレーパン〉!」


 30分間攻撃力防御力アップ、実在企業とのタイアップ品、希望小売価格150円(税別)。


「ふはー! どうデス、パワーがむんむん溢れ出てくるようじゃないデスか!」


 カートから取り出したそれらのアイテムをかっ喰らい、クァーティーが大きく胸をはる。

薄い上半身を包む胸甲キュイラスに埋め込まれた輝石が輝き、仲間たちのどことなく冷めた目を映し出した。


「「うわぁ、課金だー……」」

「なんデスその目は!? 仕方ないでしょう、ドーピングは必要デスよ、Lv低いんデスから!」

「それは良いけど、そろそろ殴られるぞ」

「ほ?」


 ちょうど振り向いた時には、ドスン、と地に足を叩き付けたベヒモスが蹴り跳んでいた。

角で抉るような突撃チャージは、クァーティーを大きく巻き込み、彼女の小さな肉体を天高く掬い上げる。


「こっぱー――ッ!?」


 翼も無く空を飛んだ少女はやがて星の質量に引かれ、背中から大きく叩き付けられた。

音から彼女の受けたダメージ量を想定して、リッツは顔を顰める。


「うっわ、痛そー……本当に大丈夫かしら」

「……まぁ、あんなに自信満々なんだ、平気だろ。それより、そっちは片付いてるのか」

「ちゃんとお仕事中よ!」


 喋りながらもリッツは、機関銃の如く各種下級呪文をばら撒き続けていたらしく、豊かな胸をふるわせた。

本来、プレイヤーはスキルを使用するのに、いちいちスキル名を叫ぶ必要なんか無いのである。

それでも声を上げる冒険者が多いのは、「それぞれが何の行動をしているか」を明確にするための意味合いが強い。

特に前衛は戦闘中に後ろを振り向く余裕など無いのだから、状況判断にはパーティの声だけが頼りになるのだ。

また、回復や支援のタイミングかぶりなどを避けるために声で確認を取るのも重要である。

「よく練られたパーティほど流れるように声が上がる」と言うのは決して間違いではなく、むしろ戦闘中に一切声を上げないプレイヤーは、それだけで"地雷"と判断されるほどでもあった。


 ――GAAAAAARRRRRRRRRRRRFッ!!


「行かせ、ぬデスよーッ!」


 土煙を立て、前衛ごと猛進しようとするベヒモスを、起き上がったクァーティーが必死に食い止める。

その口には試験官サイズの濃縮ポットが、いくつも咥えられていた。ダメージを受けた端から、少しでもHPを回復させているのだ。


「リッツさん! 弓兵の残りは!?」

「0よ、仕留めきったわ!」

「なら後はもう全快までリバ(MP活性)かけて待機で! 回りこんでくる奴らは無視するデス!」


 斧撃を鋼皮にはじかれながらも、クァーティーは懸命に指示を出す。

アルも多少矢を放つが、やはりスキルも乗せないのではそれなりのダメージにしかならぬ。

逆に、あまり大きなダメージを出しすぎてタゲが移っても困るのだ。いくら短期決戦と言えども、常に全力を出し続ければ良いわけでも無い。


「へいへいベヒちゃんビビってるー?」


 少女の口から、挑発するような言葉が響く。

ベヒモスは、〈兵器巨獣〉たる自身の何倍も小さな体格を、確かにペシャンコになるように押しつぶしたはずだった。

どんな建物だろうと、生物だろうと、己が暴れた結果潰れて壊れないものなど無かったと言うのに。

なんだ、このニンゲン共は。なにかがおかしいと、剥き出しになった犬歯が語っていた。


 火花散る。


 見上げる視線と、瞳が合う。体重をのせ叩き付けた掌から、ちょこまかと小人族ポクルが転がり出る。

ベヒモスの顔が屈辱に歪んだ。彼は王者だ。煩わしい身の回りの世話はリザードマンたちに行わせ、その代わり戦場で敵を潰してやるのが役目である。

たとえ、その場でリザードマンたちが幾ら巻き添えになろうと知ったことでは無い。彼の視点ではリザードマンこそ下男に過ぎず、一々省みてやる価値など無いのだ。

それが、羽虫一匹潰せないとあっては……


 忠誠心など無い。だからこその巨体であり、相応しきだけの自尊プライドが有る。

それが今、小さなニンゲン共に傷を付けられようとしている。


「あっかんべろべろ~」


 ネズミのように走り回り、身を隠すように取り出した大盾の影から、クァーティーがちろちろと舌を出した。

言葉が通じるわけで無くとも、バカにされたと言う雰囲気は伝わるのだろう。激昂したベヒモスが雄叫びを上げる。


 ――GAAAAAARRRRRRRRRRRRFッ!!


 後ろ足を1歩進め、身を乗り出すような姿勢で、トン級トラックより重そうな身体を無理矢理に引き起こす。

そしてそのまま、今度こそ全体重で圧し殺してやるとの気迫を込めて掌底を打ち下ろした。

2度、3度……いや、もはや癇癪を起こした子供が地団駄を踏むように、叩き付け、叩き付け。


「うわああ!? 三減盾(特定の種族からダメージを3割減らす盾。高い)ごしでもめちゃくちゃ重い!?」

「リアル挑発は天才的だなお前……回復大丈夫か?」

「さっきからジャンジャンバリバリ大放出中デスよーぅ!」


 ダメージを与えられた端から、クァーティーは口に回復用の薬液を流し込んでいた。

態度で表しているほど余裕が有るわけでも無いのだが、アバターとしての負傷は差し引き0ではある。

黒獣の殺意を一身に受け、亀のように守りを固め耐え続ける。息もつかせぬ猛攻に、アルフォースは「流石に保たぬのでは」と身を案じるが。


「あたた……お星様がきらめく暇もありゃしねーデスね……」


 はたして、その心配は無用であった。

ぐわんぐわんと揺れる頭を振り、クァーティーは自身の持つポーションの瓶を放り捨てる。

白く光る回復のエフェクトが、しっかりと癒しの力が働いていることを教えてくれた。


「っしゃー! 24時間戦えますか!」

「……おかしい。ダメージ少なくない?」

「へへん、β時代から有閑持て余してハマりこんだプレイヤーを舐めるんじゃねーデスよ。

 ボス対策用の装備くらい、きっちり倉庫に入ってるってんデス。見よ、この輝かんばかりの〈モンスターハート〉!」


 またぞろレア物らしい高そうな盾でベヒモスの攻撃を受け止めながら、クァーティーは自身の胸甲キュイラスに埋め込んだ輝きを強調する。

〈モンスターハート〉のレア度は大きさや色からある程度推測することができ、その指標に従えば、なるほど言うだけのことはあるのだろうが。


「……ちなみに、それ何のハート?」


 MP回復待ちの状態で、手すきのリッツが恐る恐る問いただす。

途端、キュー子のほくそ笑んでいた表情の彫りが、ピシリと深まった気がした。


「〈トゥルーデイモス〉、デス。フォボス廃鉱山の最奥にいる……」


 クァーティーの語るその名は、Lv90を超えて"完成"したキャラクター達が6人パーティを組んで戦うようなハイレベルボスだ。

物理攻撃の一切を無効化し、聖属性以外の魔術を全て半減する。それでいて相手は多種多様な状態異常を付加してくる、非常に厄介な敵である。

一度倒せばリポップには一ヶ月――つまり現実で約30時間かかり、そんなボスMOBが万に2つしか落とさないモンスターハートの効果は「物理属性半減、聖属性2倍ダメージ」。

リッツの頭を飾る〈シャドウロード〉のモンスターハートも同程度のレア度では有るが、プレイヤー市場ではそれこそ桁違いの値段を誇っていた。


 なにせ、物理半減と言うシンプルな強力さは汎用性と言う面で群を抜いている。弱点もあるものの、聖属性攻撃なんて使ってくる敵の方が限られているのである。

運の要素が強く、同部位に「INT+4」や「MP活性+1/sec」の効果というライバルが居る〈シャドウロード〉とは、仮に供給の数が同じだとしても需要の絶対数が違う。

〈トゥルーデイモス〉のハートと言えばそれ一個で億の単位に突入してもおかしくなく、結局何が言いたいのかと言えば……



「「もったいねー!!」」



 と、それなりにボスレア装備で身を固めた高位プレイヤー二人が思わず叫ぶほどの暴挙であった。

ちなみに、一度埋め込んだモンスターハートは二度と取り外すことはできない。基本、ボスハートと言うものはそれに相応しい最終装備を手に入れるまで後生大事に取っておき、身に付ければ即座に一目置かれるようになる代物なのだ。

間違っても、その辺でかっぱいだ中レベル帯装備にぶちこむ物ではない。


「ほ……本当にもったいない……」


 一度思いの丈を叫んだはずのリッツが、噛みしめるように再び呟いた。


「も、もったいなく無いデスしー!? 別に、使うべき時に使っただけデスし!

 私の倉庫にはまだ相場換算で2億くらいのレア資産が眠ってますもん!」

「ほとんど総資産の3分の1じゃねーか」

「シャーラップ! それより、ロマン砲(ミストルティン)のクール明けはまだなんげっふぐももも」

「しゃべりながらポーション飲むなよ……」


 そして、これもまたベヒモスの攻撃の合間を縫い、ちまちまと通常攻撃を放ちながらの会話である。

思わぬ反撃を受け、慌てて盾の影に身を隠したクァーティーが、抗議の声を上げながらポーションのラッパ飲みを開始した。

茜色の液体を三本ほどまとめて胃の中に流し込み、纏めて表示される回復エフェクトがぷわぷわぷわと白い輪を作る。


「……なぁ、おい。そろそろヘイト稼ぎも充分だろ」


 あまり効き目の無い通常矢の威力に兜の奥で眉をひそめたアルが、苛立たしげに口を挟んだ。


「クールも終わった。いつでも撃てるぞ」

「……ふむ、ならばそろそろ攻めに転じるデスか。リッツさんのMPは?」

「満タンよー? 乱射できるのは10秒って所かしら」


 こぼれた薬液を袖端で拭い、クァーティーは笑みを浮かべた。

散々打撃の雨にさらされた骨が、軋みを上げている気すらする。実際には、ポーションでの回復で"無かったこと"になっているはずなのだが……

まぁ、それも含めて叩き返してやる時が来たか。


「よろしい。では"発狂"に備えて最大火力は維持。それ以外のスキルで削って下さいな」


 この手のゲームでは、特定条件下でボスの行動パターンが変わる事が往々にしてあるものだ。

"ミラージュ&ヴィジョンズ・オンライン"もその御多分にもれず、ある程度のレベル以上のパーティボスはHPが何割かになると行動パターンを変えるものが多い。

無論、〈ベヒモス〉もその内の一匹である。この場合のクァーティーの狙いは、当の段階をずば抜けた爆発力で駆け抜けること。


「こっからが、反撃開始デスよう?」


 まさに「ほくそ笑む」といった表情が、実に楽しそうであった。


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