05
「倒せば良いんじゃないの? フツーに」
湖畔の花をつみ、作り上げた花冠をカリンの頭に乗せながら、リッツはあっさりと言い放つ。
「……いや、そんな簡単にデスね」
「え、だって、〈ベヒモス〉でしょ? 勝てない相手じゃないじゃん」
あまりになんでもない事の如く言うので、張り詰めていたクァーティーの肩ががくりと落ちた。
カリンが嬉しそうに冠を揺らすのを見てか、エインセルが飛び上がって目を輝かせる。
「わぁ……どうかな、エインセルちゃん」
「リッツ! ツギ! ツギ、ワタシ!」
「はいはーい、ちょっと待ってねー。うーんそうね、エインセルちゃんには紫色がいいかしら」
「つか、仲良くなったな……」
少し席を外した内にあっさりと敵意を揉みほぐされたらしいエインセルを見て、アルフォースが呆れて呟いた。
大きいクリクリとした瞳が、キッとアルの事を睨みつける。
「カンチガイスルナ。ベツニ オマエハ シンヨウシテナイ」
「そうかよ。まぁ、良いけどさ」
「はいはい、そんな意地悪言わないの。ほら、できたわよー」
「カリン! カリン! ドウ、ワタシキレイ?」
「う、うん。似合ってるよ、エインセルちゃん」
「手際いいデスねー……」
口を動かしながらも素早く花を織り上げるリッツに、キュー子が感嘆の息を吐く。
もちろん、そんな事をしている場合ではないのだが、なんだかわざわざ水を差すのも気が引けた。
準備時間はあまり無いとはいえ、全くの余裕が無い訳でもないし。
「ふふん、子供に好かれるスキルには自信が有るのよ、アタシ」
眼鏡がきらりと輝いて、自慢気に張った胸が上下に揺れる。アルが目を逸らした。
「……まぁ、全く就職活動で役に立つスキルじゃ無かったんだけどね……」
「げ、元気だすデスよ。ほら、こんな災害に巻き込まれた以上就職しててもうやむやデスし」
「就職してたら、二人目の育成に手を出さなかったんじゃ無いかなーって……
メインで組んでた子達は、皆就職して半引退になっていったし……」
「あー……えーっと、そのう……」
が、そんなリッツの背中もすぐにしょげて縮んでしまう。
何を言うべきか、行き先の定まらぬキュー子の指がフラフラと宙をさまよった。
「なんか、大変だな」
「何言ってんの、アンタだってすぐに受験とか就活とか、そういう世間の荒波に揉まれる時が来るんだからね!」
「……あと1年もせずに日本に帰れるんだったら、そうだろうさ。帰れりゃな」
「ぐぬぬぬ」
男子中学生に言い負かされているところを見ると、子供たちに好かれるのは精神年齢が近いのではないかと言う疑問が無いでも無いが。
歯噛みして悔しがるリッツに、エインセルがカリンの手を引き寄っていく。
「リッツ、モウイチド アレ ミセテ」
「んー? まぁ良いけど。アンタも好きねぇ」
「『アレ』?」
雰囲気からして、恐らくその「アレ」とやらがエインセルの心を開いたのだろう。
いったい何をやらかしたのかと、少し興味を惹かれた様子でキュー子も視線を送る。
リッツとしても、特に出し惜しむようなものでも無いらしい。気にすることもなく、おもむろに立ち上がり。
「はい、じゃあ『指が消える手品』しまーす」
「あぁ、手品……」
そう言い出しては、子供達の拍手を受け取っていた。
そのままリッツは、パーの形に開いた手を前に突き出すと、人差し指をもう片方の手で握りながら自らの方に倒し。
倒し。
……倒し。
「はい、人差し指が綺麗さっぱり無くなってしまいましたー」
「キモぉッ!? なにそれ、キモチワルッ!?」
手の甲に届くかと言わんばかりに折りたたまれた人差し指を見て、思わずキュー子が素の悲鳴を上げた。
「なによ失礼ね、コンパとかをコレ一本で乗り切ってきた渾身の隠し芸よ」
「抜かずにしといて下さい、その宝刀は。
完全に指が曲がっちゃいけない方向に曲がっててぞわぞわぁってするんデス! ちょっ……見せつけんな!」
身を掻き抱いて身体を震わせるキュー子をよそに、子供達は大興奮で笑顔を見せる。
我関せずの姿勢で斜に構えていたアルフォースが、思い切り呆れのため息を吐く。
「……なんか、緊張してたほうが馬鹿みたいだな」
指を次々とキモチワルイ方向に曲げながら、後ずさるキュー子を追いかけていたリッツが、ついにポーション瓶の投擲を鼻頭に食らって仰向けに倒れていた。
閑話休題。
「で、なんだっけ。〈ベヒモス〉? ステータス的には倒せるでしょ。アタシ、回避足りてるわよ」
「いや……しかしデスね、ゲームの中とは事情が」
「『ここはゲームの中じゃ無いけれど、ゲームの中と盤面は一緒』って言ってたじゃない。
モンスターのステータスだって、そんなに違ったりするのは居なかったと思うけど」
「それは、リッツさんが直接見てないからデスね……」
端末を開き、投影ウィンドウを眺めて何かを確かめていた居たリッツが、急に確信したように頷いて語る。
しかし唇を尖らすクァーティーは、依然として不安そうに触覚を揺らしていた。
リッツは強大な獣に肉の詰まったあの恐ろしさを知らぬ。だから威勢良く言えるのだと言いたげな眼差しで、睨めつける。
「直接見たからなんだって? キュー子こそ、見た目に騙されて変にビビってんじゃないの」
「そ、そんな事は」
「大体、選択肢無いでしょ。トカゲ百匹倒してリザードマンの脅威をこれだけ削いできました! 村は見捨てました!
なーんて、片手落ちもいいとこだわ。アンタの言う"点数稼ぎ"のためにも、ここは一発どデカい的を狙うべきでしょ」
「……」
それは確かに、言われる通りである。
力を示して信用を買う事が目的ならば、〈ベヒモス〉はこの上ない得物だ。
下手にリザードマンの爪ばかり百も二百も集めるよりも、余程旨い。
「やるしか無いってのは、オレも賛成」
続いて、アルも賛同の声を上げた。
「知った顔が死ぬんだ。せめてやれるだけの事をやんないと、納得出来ねぇ」
「……それで、私達が死ぬかも知れないんデスよ。
例え魂が失われないとしても、『死ぬ』のはとっても痛くて辛いんデス……甘くなんて、無い」
甘くない。そう言い切るクァーティーは、なるほど確かに怯えているのだろう。
三人の中で、彼女だけは『0715』以後の"死亡経験者"だ。死んでも復活出来ると聞き、軽い気持ちでレベル上げに出かけ……
そして、朧気に意識が有るまま〈イビルウルフ〉の集団に喰われて、死んだと語った。
ゲームそのままの気分で「殺し合い」に赴き、痛みという現実を思い知って心が折れたアバターはそれなりに多い。
なにせ歯医者程度で悲鳴を上げていたような精神のまま、僅かな事故で骨ごと噛み砕かれる恐怖を知るのだから。
……もちろんそれは、"M&V"の中であれば挽回可能な損傷に過ぎない。
ちょっと回復魔法でもかければ光が形となって欠けた四肢も戻るし、よしんば死んだとしても大神殿の中央に戻されるだけだ。
「だからなんだ」と嘲笑うように――苦痛が判断力を奪っていなければ、の話である。
「お前だって、本当にオレたち"戦っていける"人間なのかどうか見定めたいんだろ?
だったら、見せてやるさ。オレたちが強いって事分からせてやる」
あえて挑発するように、アルはフンと鼻を鳴らした。
あの日の夜、どうして自分たちなのかと首を傾げる二人の前で、"選択した人間だから"だと、クァーティーは言った。
他人の情報を鵜呑みにした強さではなく、"自身を選んだ代償の「弱さ」だからこそ、見込みがある"と。
かつて、精強無比を謳った最強ギルド【Black Legacy】が、弱さの「責任」を受け入れられず崩れた夜。彼女は既に、見切りをつけていたのだろう。
「本当は期待なんてされたかねえけどさ。背を向けて逃げるのも、しゃくだろ」
「……男の子ねぇ」
「そうだよ、悪いか」
自分でもなんとなく、恥ずかしい事を言ったとは分かっているのだろう。
リッツのからかいを否定するでも無く、兜の奥で顔を赤らめそっぽを向く。
「いや、アタシは素敵だと思うわよー。結局、"死んでも戦えますか"なんて死んでみなきゃ分かんないっつーか、ねえ?」
「……遊びじゃ無いんデスよ」
「んな事、わかってるわよ。だからこんなワクワクしてくるんじゃない」
紺色の髪を横に、リッツの口角が歪む。
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、カリンたちの表情が僅かに曇り。
「リッツさん……何かあったんですか?」
「うん、まね。このまま帰すにはちょーっと危ないモンスターがウロウロしてるみたいだから、ひとっ走り狩ってくるわ。
と言うわけでもう少しここで大人しくしてなさいね。エインセルも、カリンをよろしく」
「リッツ……」
子供達の潤んだ目が、頭を撫でる腕を見上げた。ふぅぅ、とクァーティーは溜息をつく。
結局、見込んだのは自分なのだ。選んだのは自分だ。その責任は取らなければならない。
「――分かりました! ここまで来たら、腹ぁ決めようじゃありませんか!」
柏手が打ち鳴らされて、パンと音が鳴る。
「その代わり、お二人の命は私が預かるデス。可能な限りこちらの指示には従って下さいね」
「あいあい」
「……ま、しょうがねえな」
「最悪、誰か一人を見捨てるかも知れません。文句は言ってもいいですが、土壇場で待ったは駄目デスよ」
確かに〈ベヒモス〉は、勝てない相手ではない。
だがそれも、しっかりとした統制と情報を持って適正レベル以上のパーティ6人で戦えばの話だ。
今ここに居るのはLv89のアルフォースと、Lv92のリッツ。クァーティーを入れたとしても、たったの3人でしかない。
「と言うかリッツさん、自信満々と言う事は何か作戦があったのですか?」
「え? "真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす"じゃ駄目なの?」
「20匹は居るリザードマンと一緒にタコ殴りにされて死ぬだけですバカチン。
……そう、このパーティだと盾が居ませんからね。20匹どころか3匹も同時に殴られれば致命傷……」
ふーむ、と顎を抑えてクァーティーが顔をうつむかせた。
マームリング森の地形。敵データ。AIから推測される基本ルーチンが、唸りを上げて頭の中を回転する。
「……時間との勝負になるデスねぇ」
「なんか思いついたのか?」
「はっはっは、まぁ任せて下さいな」
顔を上げた頃には、いつもの不敵な笑みが彼女の顔を覆っていた。
自身の身長よりもはるかに高い頭を見上げ、ポクルの少女はにんまりと笑う。
「我に策あり、デスので」
□■□
マームリングの森は、決して平坦な広いフィールドでは無い。
むしろその真逆、道は入り組んだ迷路状になっていて、場所によっては切り立った崖になっている箇所もある。
リッツ達が目をつけたのはその内の一つ、側面からたくましく木々が根を張る、比較的見晴らしの良い高所であった。
「待ちぶせねぇ。ほんとに、ここ通るの?」
「信じるしか無いだろ」
眉の位置から手を水平に。崖の直近から目を凝らしながらリッツがぶつくさと呟く。
装備を変えたせいか、どうにも首周りが気になってしょうがない。リンクスファー、高価な装備ではあるのだが。
「〈レブナントアーマー〉入りのリンクスファー……
回避値上昇に、物理耐性20%。こんなのポンと二つ出すとか、ほんとブルジョワよねえ」
「リッツがいつも付けてる千眼の衣だって、そこそこ高い奴だろ。アレ何入れてるんだよ」
「〈スカッドゴースト〉。オートで『マジカルタッチ』発動してくれる奴」
「あぁ、魔力で殴れるようになる……たまにやたら高い殴りダメージ出すと思ったら、そのせいか」
重量超過さえしていなければフルプレートだろうとあまり気にせず動けるのだが、「着心地」が存在してない訳では無いらしい。
リッツは着慣れぬ感触の首筋をしきりに掻きながら、落ち着けずに周囲を見渡した。
アルも同じく装備を変えているのだが、鎧の上から被せているせいか気にした様子は無い。
「ふふ、ふ。正直、今更になってちょっと怖くなってきたわ」
「お前なぁ」
威勢の良い事をよく言うが、別に恐れを知らない訳ではない。でも後ろに子供の目があると、ついつい格好つけてしまうのだ。
思えば、そうした格好つけの行動で人生の何分の一かを損してきたのかも知れない。だからと言って治る物でも無いのだが。
アルフォースの冷めた視線が、ビシビシと突き刺さる。
「いやほら、それにさぁ。こんな高い所に陣取って、"崖撃ち"でもするつもりなのかしら。
"M&V"で何度も何度も調整されたデリケートな部分だから……本当に上手くいくの?」
高所からの遠距離攻撃と言うのは、古代から実績のあるシンプルかつベストな戦闘方法の一つ。
そしてシンプルすぎるが故に、"ゲーム的"にするのに非常に気を使う箇所でもあるのである。
かつて"M&V"を運営していたスタッフは、体感型仮想現実が誇るリアリティの一つとして"崖からの高所攻撃"と言う要素にノータッチであった。
FPSならそれも許されたのだろうが、そこはMMO。あっという間に崖の端に陣取って視界内のMOBを奪いまくる横殴りプレイヤーが問題になると、次は露骨な崖撃ち対策を施すようになった。
MOBにしか使えない獣道に入ったり、植物系のモンスターであれば地に潜るなど……
感知距離外の位置から攻撃の対象にされると、身を隠す行動を取るようになったAIは、今度は弓や魔法などの後衛職から非常にバッシングを受けた。
彼らはそもそも、遠隔攻撃ができると同時に「遠隔攻撃しなければならない」職として設計されているのである。
それが遠隔攻撃だけだと狩りにならないとは、運営はソロで俺たちを育成させる気が無いのか、と言うのが主な批判であった。
それからも崖撃ちに関する調整は紆余曲折を重ね、何とか「予め設定された幾つかのMOB」以外は身を隠す行動を取る、と言う形で落ち着いた。
それが、『0715』以前の崖撃ち事情である。
「分かんねーし、確約は出来ないけどさ。隠れられるにしても、少なくとも分断は出来るんじゃねえの。
狙いのベヒモスは〈走破〉してくるんだから」
そして、元よりハメによる一方的な攻撃が通用しないように設計されたMOBも居る。
いわゆる"ボス"がそれにあたり、ボス属性を持ったMOBはデフォルトで〈透明視〉〈スタン無効〉〈移動力低下無効〉そして〈走破〉などと言った能力を持つ。
特に〈走破〉は、対象をターゲッティングした場合「地形を無視して」一直線に標的の元に向かう能力。
例えここが山間の崖でなく切り立った絶壁だったとしても、〈走破〉を持つベヒモスは一息に飛び越えて登ってくる事が出来るのだ。
「んー、確かにそっか。よっし、気合入れて避けるわよー!」
「……あぁいや、気合入れて貰った所悪いんデスけど、基本、タゲを取るのはリッツさんじゃ無いデスよ」
茂みの向こうからガサゴソと、クァーティーが声を出す。
何をやっているのかと言えば、着替えである。少しでも足手まといにならないよう、装備と持ち物を整理しているのだとか。
「え? なにそれ、どういう事よ」
「ここの崖は〈リザードマンアーチャー〉の射線を塞げるほどの傾斜じゃありませんからね。
30匹もリザードマンが居るんデス、その3分の1くらいは弓兵でもおかしくないデスよう」
そして、それだけ数が居る弓兵とベヒモスに一斉に狙われれば、いかなAGI極賢者であろうとあっという間に潰れた蜂の巣にジョブチェンジするだろう。
故にリッツには、ここから"崖撃ち"にてまず弓兵を優先的に落としてもらう必要があった。
幸い、〈賢者〉には今の状況に適したスキルもある。
「じゃあ何、アルに耐えさせるつもり?
そりゃ駄目でしょ、耐えるだけなら出来るでしょうけど、スキルが中断されちゃうじゃん」
常時発動でないアクティブスキルには、詠唱や舞踏などの準備動作を必要とするスキルもある。
と言うよりはむしろ、剣技と格闘技以外のほぼ全てが選択から発動までの間にタイムラグを持っていると言っていい。
これらのラグがあるスキルは、準備動作中に攻撃を受けると行動が取り消されるという弱点があった。
「もちろん、そうは言ってません。と言うか、その為に今こうして着替えてるんデスよ?」
衣擦れの音としてはあまりに物騒な、重厚な金属音を響かせながらクァーティーが言う。
「ひょっとして、アンタが盾やるつもり? それこそ無理でしょ、キュー子レベルいくつよ」
「47デスが」
「ほら、適正より20も下じゃないの!」
「かと言って、他に人も居ないのデスよ。幸いベヒモスは攻撃が物理属性に偏ってるので、やりようは有るんデス」
物理属性への耐性が上がる〈レブナントアーマーのモンスターハート〉を入れた肩装備を二人に渡したのも、そういう事情があってのことだ。
通常攻撃への耐性というのはシンプルで汎用性が高い効果の為、ユーザー間では100万単位の高額で取引が行われる。
わりと趣味人なリッツはともかく、普段精密さの上がるマントを付けているアルフォースもレブ鎧入りの肩は持っていた。
が、メインキャラが装備していたためこの世界で取り出すことができず、実質ロストとなってしまった経緯がある。
「さぁ活目するデス。これが今回の為に用意したフル火力カスタムだー!」
ガチャンと盛大な足音を響かせて、茂みの中からクァーティーが顔を出した。
キュイラスと呼ばれる胸甲を身に付け、その中心には爛々と光るモンスターハートが装飾されている。
だが何よりも特徴的なのは、背中に背負った10本以上の〈タウロスの斧〉だろうか。
身長の3倍以上の装備を体に括りつけ、ひいひい言いながら一歩一歩踏みしめる姿は、かの武蔵坊弁慶よりも先にピラミッド建設に係る奴隷の姿を連想させた。
「つらそう」
「実際、重いデス……所持重量を移動・攻撃可能なギリギリにまで詰め込んだから、その」
「なんでそんな事したんだ……」
「そりゃ、『グリードチャージ』のためデスよ。少しでも多くのダメージを与えときたいデスからね」
「"ODスキル"か……使うの?」
「もちろん。お二人にも使ってもらうデス」
オーバードライブスキルともワンデイスキルとも言われるそれは、いわばキャラクターの"切り札"的部分に当たる。
使えるのは、ゲーム内で1日1回のみ。1時間と言う圧倒的なクールタイムを持つそのスキルは、キャラメイク時に選んだ初期職によって8種に分類される。
その制約の分強力であり、特に〈マーチャント〉のODスキル『グリードチャージ』は、筋力依存のダメージから更に所持重量で係数を乗算する、ODには珍しい単発攻撃型スキルだ。
いかに下級職とはいえ、ここまですれば装備の補正も乗せてそれなりのダメージを通せるだろう。
「ファーストアタックはヘイト倍率もかかりますし、なるべく稼いでおきたいんデスよ」
「それよ。本当にキュー子、盾できるわけ?」
「計算上、4~5発は耐えられる筈デス。ダメージ分、ヘイト揮発も早いのが厄介デスが、薬ガブ飲みすれば回復行動扱いで稼げますしね」
では、クァーティーが組んだ作戦を大まかに説明しよう。
まずは位置取り。マームリングの森を抜ける道はおおよそ2つに分かれるが、これは直線が多く道の広い方を使うはず。
三人が待ちぶせするこの位置は、前方に比較的長い直線が有り、ちょうど崖の下でL字に曲がっている。
曲がってしばらく行った先をUターンして坂を登ると崖の上――ちょうど三人が居る箇所に繋がり、そこを抜けて奥へ行くと森をの外の道へ合流する形だ。
「まずはこの地形を使って、リザードマンの戦士隊とベヒモスを分断するデス」
前述の通り、ベヒモスは〈走破〉という特性があるため本来移動不能の地形を無視して登ってくる。
対してリザードマンたちは回り道して坂に行かざるをえず、もし撃ち漏らしたとしても概算で5分ほどの分断が発生する、と言うのが作戦の肝だ。
「厄介なのは弓兵だな」
「なので、リッツさんは最初はベヒモスと相対せず、『魔力の脈動』と『瞬唱』をあわせて雑魚を蹴散らして下さい。
戦士は多少撃ち漏らしても仕方ありませんが、弓兵は絶対に全員倒しきるコト」
「ん、魔脈そこで使っちゃうの? まぁ、瞬唱で連打するなら使わないとMP足りないだろうけどさ」
『魔力の脈動』はマジシャンのODスキルであり、その効果は秒あたり50ほどのMP活性能力を30秒間与えるバフ効果。
からっけつになったMPの回復から咄嗟の湧きにも対応出来る、魔術師の心強いお供だった。
MP消費は高いが対象に詠唱省略のバフを与えるスキル『瞬唱』とは特に相性が良く、リッツでなくとも〈賢者〉であれば一度は併用することになるだろう。
「おっしゃられた通り、ベヒモスは単体であれば勝てない相手ではありませんデス。
一番怖いのは、メインタンクが居ないことによる事故デスから。タイマンに持ち込んだ上で、短期決戦を狙うデスよ」
「……爆発力だけなら一線級に負けないからな、オレらも」
「安定性はガッタガタ、デスけどね」
下級職が盾をするという時点で、その当たりはお察しである。
「なんでまぁ、アル君は初手からロマン砲ぶつけちゃって下さいデス。
ベヒモスを釣る意図も有りますので、射程に入ったら遠慮無くいっちゃって構いません」
「分かった」
「移動中のベヒモスを私が『グリードチャージ』して戦闘開始、デスね。
なんでまぁ、リッツさんはこっちがヘイト取る前にベヒモスを魔法に巻き込まないよう気をつけて。
弓兵殲滅が終わったらいいとこで私と盾交代して下さいデス」
「はいはーい」
「アル君にヘイト移ったら……まぁなるべくそうならないよう気をつけるデスが、その場合は『マイティガード』かけて。
回復はこっちが『スローイングポーション』でするので、焦って自分で回復しないように、デスね。
えーと、後は……こんなもんデスか?」
作戦としてはあまり精密な物でも無いが、実際、後は臨機応変に対応するしか無いだろう。
なにせ、いかなクァーティーとて『0715』以降のボス狩りは初めてだ。
どこまでゲーム内の定石が通用するのかも、定かではない。
「キュー子、リッツ」
眼差しの窺い知れない兜の奥から、やや硬い声が響いた。
「……勝つぞ」
シンプルな一言だが、それも良い。
この一山を超えれば、長い付き合いになるだろうという予感がした。異変の後、生物としての畏怖を覚えるような大物狩りを成し終えた「仲間」は、同じだけの金銀よりも価値を持つ。
ただ、それを正直に伝えるのはなんだか気恥ずかしかった。
「……ほんと、男の子ねー」
「デスねぇ」
「なんだよ、茶化しやがって」
青年と言うにはやや甲高い憮然とした声が聞こえ。命を背負う緊張もあり、お互いに緊張していた所から少しだけ肩の力が抜ける。
「――ええ、絶対に」
自分たちは決して英雄でも無ければ、そう呼ばれたい訳でも無い。
それでも、この剣と魔法の世界で我を通そうと思えば、命を賭して戦わなければならない時があるのだろう。
背後にある命は、死ねば失われてしまう命だ。この世界の誰が原因か、何が不服かは一旦隅に置き、腕からあぶれない量くらいは救ってやるべきなのかも知れぬ。
死んでしまうと悲しいことくらい、どこの人間でも同じはずなのだから。