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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、遺跡に潜る?
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 あてがわれた室内には、馬車から運び込んできた荷物が並ぶ。

ハウスメイクと言うほど上等でも無い。重量は軽いがそこそこ入るキャビネット(追加インベントリ)に、属性ダメージを上昇させる風水家具、装備用のマネキン、人数分のベッド。その程度のものだ。

バーデクトやクロスベムでは律儀に宿を取っていたが、〈マイルーム〉という概念は今も活きているらしい。正確には領有している訳でも無いのだが、システム的には有りなようだ。

まぁ、ゲーム的にもあくまでおまけ要素。ないよりはマシ程度の、合わせて数%の補正なのだけれど。


「遥か昔に生きていた、古代文明の人々……どんな暮らし方をしていたんでしょうね。おみやげ話、期待してもいいですか?」

「そういうのはキュー子に聞けよ……オレ、あんまり喋るの得意じゃないし」

「でもほら、アルさんは騎士様ですから。えへへ、見てくださいよ」

「んー……」


 部屋の中、瞑想の訓練をしていたアルが、照れ臭さと面倒臭さがないまぜになった顔でアビィへ向いた。

リッツに言われるがままにやってみては居るが、今のところ魔力のまの字も感じとれないアルフォースだ。

いつかはマニュアルで『ミストルティン』を撃ってやると意気込んでは居るが、その成果は今のところゼロに近い。

視線が向いた事に気づいたアビエイルは、早速耳につけたピアスを揺らした。どこか見慣れた、乳白色の宝玉を垂らしたピアス。


「……あ、そうか。〈コール・クリスタル〉か。オレも付けなきゃな」

「はいっ! ……えへへ、実は私、密かに憧れてたんです、これ。なんだか偉い人になったみたい」


 木の実のような乳白色の結晶は、プレイヤー間ではギルド作成に使われるものである。

同じ蔓に実った結晶同士であれば会話が可能になり、誰かが実を砕けばその分が新しく実る。

もう少し裏ワザじみた使い方も出来なくも無いが、クァーティーは一度それで痛い目を見ていたりもした。



 そう、実はこの四人、今更になって〈ギルド〉を作成したのである。



 なぜ今まで作らなかったのかといえば、なんとなくという他ない。アバターの数は〈パーティ〉になれる人数で充分足りていたし、あまり必要を肝心なかったというのもある。

だが最大の理由はやはり、何だかんだでリーダー格のクァーティーに古巣【Black Legacy】があったというのが大きいのでは無いだろうか。

あった。そう、過去形だ。熾烈極まるギルドバトルでも常に最上位の成績を得ていた大手ギルド【Black Legacy】は、今やゲームの現実リアル化により見る影もなく分裂してしまった。

訳知り顔の自称事情通は、ギルマスと副マスを揃って欠かした状態で『0715』に巻き込まれたのが原因だろうと嘯いている。


 間違いでは無い。だが、完全に正しくもない。少なくとも、副マスターはここにいるのだ。

Lv50未満の転職前、メインキャラとは似ても似つかぬ小人族ポクルの〈マーチャント〉という形ではあるが。


「はぁ……」


 そして今、当の彼女はベッドに腰掛け、幾度目かの重苦しい溜息を吐いていた。

アルにすら「様子がおかしい」と称されるのも已む無しだろう。朝食を終えたアルたちと合流し、急にギルド作成を切り出したと思ったらずっとこの調子なのだ。


「……はーぁ……」

「見るからに気が重そうねぇ、クァーティー」

「ん……まぁちょっと、デスね。それより、ちゃんとギルド登録済ませられました?」


 部屋の戸を開けて中に入ってきたリッツが、見るからにジメっとした様子のクァーティーに呆れて声をかけた。

古典的漫画ならば、キノコでも生えていそうな湿度である。もちろん、ものの例えとして。


「ええ、もちろん。これでも成人してるんだもの、子供じゃ無いわ」

「あー……そう言えばそうでしたね」

「ちょっと何その言い方。ハッキリ言うけど、今のキュー子の方がよっぽど子供っぽいんじゃない?」

「ぐう……」

「ぐうの音を出さないで」


 しかし、自覚は有るのだ。もとよりすんなりと話が進むこと期待していた訳じゃないが、それにしたってああも拒絶されるとは思っていなかった。

いや、拒絶されることだけでは無い。拒絶によって、自分の想像以上にかき乱されていることが、クァーティーにとって最大のショックであった。。

まるで、アバターの身体に精神が引っ張られているようだ。不調や不機嫌を周りに漏らさない方法など熟知していたはずなのに、少女のように自制が効かぬ。


「だいたい、あなたがリーダーなのになーんでアタシがギルマスなのよ?」

「それは……ほら、転職前のキャラがマスターやってると甘く見られるからだと……」

「説明されたけどね、そんなの建前にすらなってないでしょ。

 甘く見られるなら見させときゃ良いのよ、どうせアタシだってネタビルドなんだから」

「そうデスけど……」


 吐き出せもしない不満が腹にたまり、そんな自分が更に嫌になる。クァーティー自身、こんなつもりじゃ無かったはずなのに。

リッツにマスターを任せたのだって、何の考えも無くやっている訳じゃないのだ。いざと言う時には、ギルドから自分が抜けて二人にクエストを進めてもらえばいい。

そのためには自分がマスターをやるわけには行かず、そしてきっと、これを正直に言えばまた逃げ腰だと捉えられるに違いない。


「いいわ、マスター命令その1。背筋をシャンと伸ばす!」

「ひゃっ」


 丸まっていたクァーティーの背中が、パァンと甲高く鳴り響いて背を正した。

リッツにはたかれた部分はジンジンと痛みが走り、熱い。眼鏡越しに、リッツの瞳が自分を真正面から見下ろしている。

まっすぐに見つめられると妙に怖くなって、クァーティーはつい視線を逸らした。


「ま、あなたにもあなただけの『現実リアル』ってもんが有るんでしょうけど……

 頼りにしてるのは本当なんだから、シャキっとしてよね」

「……はい」


 心配をかけているのは確かなのだろう。クァーティーは数秒呼吸を整えたあと、パァンと力強く自分の頬を叩いた。

叩かれたはずみで何かしらの折り合いがついたのか、先程よりは若干目に輝きが戻っている。

どうせいつかは〈金の小板〉のために説得しなければいけない相手なのだ。ならば好感度上げと割りきって、人脈を広げるつもりで関わっていった方がまだ良いだろう。とにかく今は、一歩ずつ進んでいかねばならぬ。


「――よし、行きますか! まずはこちらの〈ガーテナ遺構〉を見に行きましょうっ!」


 おう、と仲間たちから小さな歓声が返る。




 □■□




 〈ガーテナ遺構:メインフロア〉。そこはかつて、RD(ランダムダンジョン)参加者の野良募集、あるいは〈カードキー〉、〈ICチップ〉などRD探索用アイテムの露店市などが並んでいた「ユーザースペース」だ。

滑らかに開く自動ドアの中ヘ一歩踏み入れば、壁にはハイテックだがLEDともまた違う青色の輝きが走り、ハニカム模様のなめらかなタイルが冒険者たちを歓迎する。

南東の角にはセーブポイント。倉庫サービスやハウス転送など最低限のサービスNPCが用意され、RD生成のキャラクタの前には出撃を控えたパーティらが、揃って体育座りしたりエフェクトの派手な『スキル』を撒き散らして遊んでいる。


 ――それらは、アルフォースらが知るかつての〈ガーテナ遺構〉の入り口だ。


 彼らにとっても馴染み深い、ゲームだった頃の在り方。『0715』という事件を節目に、何かしらの変革は起きているだろう。

聞いた所によると、『0715』後のわりと初期、200から300程のアバターがバーデクトからクロスベム、クロスベムからクリプツカ……といった旅路で辿り着いたらしい。

今ではそれらの人数も少し増え、総数で500程度だろうか。毎日毎日全員が訪れる訳ではないが、賑わいを見せるには充分な量である。


「う、わぁ……」


 だからこそ、今のメインフロアの在り方は、ある意味ではアルたちにとって非常にショッキングであった。

三人の内誰かはわからんが、誰かが思いきり感嘆の声を上げる。物珍しそうなアビエイルが、赤い目であちこちを見回している。

アバターがこの世界に取り込まれてからおよそ3ヶ月。否が応でも適応せざるを得ない中で、「ユーザースペース」の在り方は――


「ここ、ぜんっぜん変わってないな……」


 このように、アルフォースが評す通りであった。






【箱)支援さん仙薙可 重弓シム詩あり】

【ロギ山行き次便:〆ました】

【こちらMD魔 昇3イキタイ(´・ω・)箱マOK】


 まず眼に入るのは、正面に存在する無数のエレベーターだ。ホールのようであるが、行き先は無秩序。出口は一つ一つバラバラで、統括システムがバグっているのか同じものに乗っても同じ所に着くとは限らない、というのが原作での設定であった。

その前にたむろしているのは、恐らくPTリーダーが手続きしている最中のアバターたち。左手に視線を移せば、壁の一面にずらりと貼られたテキストテープの数に驚く。

かつて"端末"によるチャット機能のPT募集ルームロビーでカタログに並んでいたような部屋題が、ズラリと列をなして文字の洪水と化している。


「はいっ、チーム『クリムゾンブル』! 今日のランダムダンジョン挑戦は37番のエレベーターで14フロア」

「えと、パーティメンバー募集ですか? それとも、既に結成されているパーティに参加しますか?」


 〈学園〉の学生服の上にスタッフ腕章を身に付けた若者たちが、くるくると回りながら必死にアバターたちの波を処理しているのが見えた。

事務方めいたバイトでもしているのか。申請されたものと同じ数字で出て行った物が居ないかチェックする者も居れば、テキストテープを受け取って壁に綺麗に貼り付けている者も居る。

流石に、エレベーターの前に立つNPCに話しかけてダンジョン生成とは行かないらしい。一通りあたりを見回したアビエイルが、興味深そうにアルの肘をつつく。


「凄い人だかりですね……ええと、このテープはどういう意味なんですか?」

「シム詩は『シムルグの魔笛』という、精神力を自動で回復してくれるスキルを持った詩人ってこと。

 ロギ山は〈ロギーロッグ〉が沢山湧くところの通称。見た目ガラクタ山だからそう呼ばれてる。

 次便なのは、だいたい1時間で次PTに交代っていう暗黙の了解があるからだな。

 昇3はRD生成に昇降装置3番……えっと……端的に言えば上級者向けのコースみたいなもんだ」

「はぁ~……」


 チャットルームのカタログでもそうだったが、壁に貼り付けるためのテープはそれに輪をかけて狭い。

当然ながら条件の一つ一つを説明していては文字数がいくらあっても足りなくなるため、こういう形での募集が略語や定型文の塊になるのは、ある種お約束であった。

幸いにして、アルフォースはこれらのサインがどういう意味なのか知っていて、アビエイルに教えることもできる。

なにせ、もう年単位で"M&V"をプレイしてきているのだ。それぞれの字がどういう意味かくらいは一発で……


「箱マは……箱マ?」


 とは、行かないようだ。見慣れぬ略語に、アルフォースの言葉が詰まる。

箱はまぁ、分かった。このダンジョンでの箱と言えば、内部でドロップする〈ブラック・ボックス〉に他あるまい。

ガーテナ遺構RD内限定のドロップ品であり、インベントリに入れることは出来ず、そのまま「解錠」することによって様々な特殊効果を与えてくれる。

フロア内レアドロップ確率の上昇、先のフロアの情報、攻撃力防御力などのバフに経験値効率上昇――諸々の効果は時間によって解除されるため、常に最高効率を求めるならば適時ダンジョン内で箱を開封していく必要があるのだ。

わからないのは、マの一文字に表される意味だ。マから始まる単語……マーチャント? いや、まさか。

しかし、他にマから始まる単語が"M&V"にあったか……?


「箱役、人類種マニオンOK……ヘヘ、全くありがたい話でさぁ」


 首をひねるアルフォースの隣で、ボソボソと猫背の男が呟いた。

声に驚き、そちらを見る。擦り切れそうなボロ布を纏った、背の低い男である。


「すいませんねぇ、知ってる顔が見えたもんでね、つい話しかけてしまいました……

 どーも、〈白犬騎士団〉の娘さん。いつも炊き出しの世話になってましてぇ……まあ名前も知らないんですがね」

「わ、私ですか!? ええと、どうも」

「……あなたは?」


 目尻が垂れてシワだらけになった、しかしどこかギラついた男の眼を覗き、アルやアビエイルでは荷が重いと思ったのだろう。

ピョンと飛び出たハネ髪を揺らし、クァーティーが一歩前に出る。


「俺っちはぁ……まぁ、皆さんからは〈ネズミ〉と呼ばれております。ヘヘヘ……

 以前から"ゴミ漁り"するガキどもの面倒を見てただけの、ケチな野郎ですよぉ。そう睨まないでくだせぇ」

「それはつまり、私たちが来る以前……三ヶ月以上前から?」

「ええ、そうなりますなぁ。へへ……俺たちゃ、それが飯の種だったもんでさ」

「……なるほど、〈落民〉デスか。ああ……」


 落民。"華々しき文化の都"クリプツカにおいて、学園の関係者にも、町人にも……ましてや、雑事をこなす労働力としての〈奴隷〉にすらなれなかった者達の総称だ。

この国は他の三国と違い、面積の大部分には荒れ地と砂漠だけが広がっている。例外はこの文華宮……いや、〈ガーテナ遺構〉の周囲のみで、ここだけが植物を幾らでも青々しく育てることが出来る。まるで、地に必要な物が集積されているかのように。

そして〈落民〉は、そんな小さな場所からはじき出された「定員外」だ。魔法、踊り、歌……そういった文化的な才能が「まるで無い」と烙印をおされた者。クァーティーの瞳に、理解と哀れみの色が浮かぶ。


「"箱役"は、キーさえあれば低レベルでも良いデスもんね。こうなる前はそういうパワーレベリング法も有ったくらいデスし」


 ガーテナ遺構ランダムダンジョンの攻略法は、まず前の5人が生成された部屋のクリアリングを行い、敵が殲滅された後から"箱役"がゆっくりとブラック・ボックスを解錠し、ボーナスを蓄積させる。そういう役割分担だ。

こうしておけば、罠さえ無効化すれば"箱役"が危険に晒される可能性は極めて少ない。罠の存在を無視する為のアイテム〈カードキー〉も黒箱の中に入っているし、ボーナスの中には経験値なども含まれている。

このボーナス経験は難易度相応だが、難易度の選択はPTリーダーのレベルは参照されるのみで、メンバーのレベルは問われない。

ゆえに、「高レベルキャラ5人で攻略を行い、箱の中身から出る経験値のみで新規キャラのレベル上げを行う」という方法が"M&V"の中では常套化していたのだ。


 ひとつのRDに滞在できるのはリアルタイムで1時間。しかし、この方法なら30分もあれば一切の戦闘無くLv10からLv50になることができる。

高レベルプレイヤーの協力と、事前に〈カードキー〉を幾つか所持しておくための初期投資こそ必要なものの、かつてこのRDがプレイヤーたちで賑わっていた理由の一つである。


「低レベルのアバターで成り立つならば……それがこの世界の住人(マニオン)であっても問題ない。そういう事デスか……」

「え? ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあこの人、マニオンなのに高難度ダンジョンに入ってるってことですか!?」

「……あなたが、じゃないデスよね? 実際に派遣されてるのは多分、そっちの子たちだ」


 血相を変えて叫んだアビエイルが、クァーティーの指が示す先を見る。

そこには初期装備に毛が生えたような、サイズの合わない鎧に身を包む8から10歳くらいの子供の群があった。

本来、あからさまな幼年体として作ることができないアバターの中で、彼らの背格好は異彩を放っている。


「子供じゃないですか……!」

「ええ、まぁ。俺っちと同じ、落民のガキどもでして。なぁに、カードキーで箱の鍵を開けるくらいなら、ガキでもできまさぁ」

「そういう事じゃなくて! ダンジョンなんですよ!? アバター様たちは傷を負っても回復呪文で済むけれど、私達は……っ」


 死ぬ。パワーレベリングの舞台となるのはLv80以上が推奨される地区だ。彼らのHPがLv10相当だと考えたて、一撃喰らえば挽肉が残るかすら怪しい。

確かに、箱役に及ぶ危険は少ない。だが、万が一が無いわけでは無いのだ。決して戦闘メンバーが全滅しないとは限らぬわけだし、運が悪ければフロアを上がってすぐの不意打ちでガードボットの『機銃掃射』に巻き込まれて死ぬ。

それが"キャラクター"であればツイてないで笑い飛ばすことができる話だが、この世界に生きる者にとって致命傷は字の通り。


「だけど、お金が無くても死んでしまう。……それも一つの現実リアルデスし」


 しかし、勢いづこうとするアビエイルの弁を手で制して、クァーティーは言った。


「言い方からして、元々はこの遺構に潜っていたのでしょう? おそらくは不法に……デスが、暗黙の了解として。

 資料室は、最近発掘された遺物で溢れかえってましたが……2~3年昔のサンプルも無いわけでも無かった」


 その時代に、アバターは居ない。ならば、危険を冒して発掘してきた者が必ず居たはずだ。

それは、ナルムモモイが管理する資料室をひっくり返したクァーティーだからこそ気付いたことかも知れなかった。

己から言い出す前に指摘されたのは初めてだったのか、ネズミと名乗る男はやや驚いた顔でクァーティーを見る。だがそれも、すぐに元の半笑いに戻ったが。


「ええ、そん通りです。昔からこの遺跡でスカヴェンジ(ゴミ漁り)しては、学園の先生方にお売りして日銭を稼いでいたんでさぁ。

 ヘヘ、まぁもっとも、アバター様がたが来て下さった今じゃそれも廃業ですがね……

 代わりにこうして、箱役とやらとして参加することで多少の分前を頂かせてもらってるんで」

「スカヴェンジのころは……ええ、さぞかし悲惨だったことでしょうね」

「そりゃあ、まあ。15になる前に死ぬのが普通でしたんでねぇ。

 無理にお宝に手を出そうとして、腕を電流に灼かれる奴も珍しくは無かったでさぁ」


 そう言って男はボロ布の裾をめくり、傷だらけになった手の甲を僅かに露出させる。

赤黒く乾いた傷跡は、とうに体の一部として刻まれているのだろう。兜の奥でアルフォースが僅かに顔をしかめる気配がしたが、クァーティーは何も言わなかった。


「それが今じゃどうです? お古とは言え鎧まで貰って、何もしなくても危険は排除されて……王サマにでもなったみてぇだ。

 最初はなんて奴らだと思ってましたが、今となっちゃ感謝してますよ。へっへ……」

「……一つ、お聞きしたいのデスが」


 代わりに、ピンと反り返った一房を揺らし、笑顔のままに小首を傾げた。


「私が知る限りにおいて……アバターの殆どは無責任デス。そんな彼らに、どうやって"命"なんて重い物を背負い込ませました?」


 近くに立っていたリッツが、げっ、という顔をして数歩下がる。

彼らアバターにとって、MMO時代の大手ギルド〈Black Legacy〉の凋落は記憶に新しい出来事だ。

あの出来事も言わば、責任を取ることのできる人物が、責任の所在を押し付け合ったことが直接の理由になる。

今、アバターとなっている者の多くは10代後半から20代といったところで、つまり殆どはモラトリアム期間から脱しても居ないゲーマーたちだ。

そんな彼らが、「マニオンの命」を好んで預かるとはとても思えず……たとえ本人に「死んでもいいから」と抗弁されたとて、そう簡単に連れて行っては貰えぬだろう。

だが、ネズミと名乗る男はなんでも無いかのように骨の浮いた肩をすくめ、こう答えた。


「どうやっても何も……最初はガキどもが危なかったところを、偶然アバター様が助けてくださったんですよぉ……。

 本当に幸運な奴でした。たまたまアバター様がたが近くに居なければ、きっと今頃はテッコ野郎に焼却されていたでしょうなぁ」

「……幸運、と。その子は……いえ、アバターが『助けられなかった』子供は、居ないのデスね?」

「ええ、ええ。まるで大いなるお方の加護に包まれているかのようだ。流石、天の使いと言われるだけのことはありまさぁ」

「……成る程。それは確かにツイてるようだ。デスが天の使いはご勘弁を。我々はそのような者ではありませんゆえ」


 どこかから、吐息が漏れるような声が聞こえて。

リッツが、思わず力が抜けたかのように肩を落とした。アビエイルは何が何だか分からなかったらしく、不思議そうにあたりを見廻している。。

『箱役』の子供たちはホールの一角に身を寄せあって、うずうずと自分の番が来るのを待っている。

視線を向けたアルを、クァーティーのジェスチャーが呼び戻す。どうやら、インベントリを開けと言っているようだった。


「私たちは目的が違うので『箱役』を迎えることはできませんが、その幸運には肖りたいものデスね。

 アル君、〈コンペイトー〉はまだ持っていますか? 良ければそれを1スタック、子供たちに」

「あ、ああ」

「へっへっ……こりゃあ、どうも。俺っちに返せる物はありませんが、せめてあんたがたの旅の幸運をお祈り致しまさぁ」

「えーえー。箱役として雇われたわけでもないのに『不幸にも子供が迷いこんだりしないよう』ちゃんと管理して下さいね」


 慇懃無礼に笑うネズミに、どこか軽蔑の視線を送りながら……しかしクァーティーは、やがて諦めたように目を細めた。

まるで自分の中にあった記憶を幻視するかのように。砂埃を掃いて固めたようなボロを纏った男が、子供たちの方へと去っていく。


「……大丈夫、クァーティー? なーんか、嫌な感じだったわね。こっちを舐めきってて……子供たちが可哀想だわ」

「物乞いのプロなんてあんなもんデスよ。むしろ、手下の扱いは真っ当な方なようで安心しました。

 コンペイトーを渡した時も、ちゃんと子供たちの目が輝いていましたしね」


 子供の目は嘘を付かぬと、彼女は言う。もしあの男が稼ぎの全てを独占していたなら、子供たちはもっと何の関心ももたない様子でぼんやりと次の雇い主(アバター)を待ち続けていただろう。

子供たちが期待していたということは、あの数の〈コンペイトー〉はちゃんと子供たちに行き渡ると見て良いだろう。

慇懃無礼な口調から彼が纏める子供たちに対する愛情はほとんど見えなかったが、道具としての飴と鞭はしっかりと与えていると言うべきか。


 推測になるが、最初期にアバターに助けられた「無視できぬ子供たち」は、彼による狂言だったのだろう。

あの男は、言わば自分たちよりも遥かに強力な異世界人アバターが持つ人情に子供の命を賭けたのだ。そして、同じ落民の子供たちを搾取して生活できる立場に収まった。

そのやり口に怒りは湧いてくるが、かと言って罰されるほどの悪人でも無い。今の接触も、なんのかんの理由をつけてこちらがタカれる相手であるか見極めにきたのだろう。


「……限られたパイである以上、向こうも必死、か。早めに来といて良かったかもしれませんねぇ、コレは……

 手土産も無しに乗り込めば、いったいどれだけ目の前で『見過ごせぬ不幸』が起こっていたやら」


 あの様子から見るに、大半のアバターは無邪気に『正義の味方』プレイを楽しんだのだろう。

ナメられるのも仕方ないところである。箱役らしき子が身に着けている防具からして、アバターたちが倉庫の奥から「善意」でアレコレ与えているのは考えるに容易い。


「なんつーか、したたかな奴ってどこにでも居るもんなんだな」


 よく分かってないなりに呆れ声で、アルフォースは言った。

〈注視〉して見れば、どうやら消耗品を売り買いする商人たちも決してアバターのみだとは言い難いらしい。

デフォルトとしてはやけに大きなバックパックを背負った髭面の商人が、露店で呆けているアバター店主にあれこれと質問を投げかけているようで、先程からすっかり面倒臭そうにあしらわれていた。

かと思えば、ニコニコ顔のお姉ちゃんがレモンの蜜漬けを売りだして、RD待ちのアバターたちのオヤツとしてちょいちょい摘まれていってたりもする。


 信興国バーデクト交都クロスベムではまだまだ水と油のようだった異世界の人間同士も、ここではそれなりの共生関係を築いているようである……。

ちょっと遅くなり申し訳ありません。情報の取捨選択のため、2~3度書きなおしてました。

また、遅れ遊ばせながら『超チート! 転生勇者が世界を救ってから四代目』の方も無事完結までアップすることができました。

よろしければそちらも御覧ください。

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