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お久しぶりです。ゆっくり目ですが再開していきます。
緑がもたらす仄かに湿った空気が身体から離れ、カラカラに乾いた風が吹き抜けた。
背の低い一年草が僅かに首を伸ばすだけの赤茶けた大地は、砂漠へと一歩一歩近づいている事を実感させる。
"交都"クロスベムを離れてはや7日。ここから先は、より一層狗竜に飲ませる水の量に気を配る必要が有りそうだと、御者の少女は膝を折って休む狗竜の背を撫でた。
「お疲れ様。しっかり休んでね」
4国家を結ぶ中央路は、交差点に"交都"を置いて×字に長く伸びる国としての動脈だ。
それぞれの軍や大商人が責任と権益をもって維持管理し、治安だけでなく宿や飯炊き場等の各機能も「道」には含まれる。
人の足で朝から夕までの距離に1つ。狗竜なら2つ。規則的に配置された家屋群は、日毎に住人の半数が入れ替わる村として日々機能していて、ここもその1つだ。
「クリプツカまでの旅路も残り半分デスね。流石に、狗竜車での移動も慣れたもんデス」
砂利を踏みしめる音があたりに響く。
背丈と同じくらいの樽にたっぷりの新鮮な水を入れ、カートに乗せた小人族の女〈マーチャント〉の足音だ。
わざとらしく作ったような語尾が特徴的だが、それ以上に特徴的なのは一房だけ反り返った前髪か、あるいは胸でキラギラしく輝く特大の〈モンスターハート〉だろうか。
「高級な装備ってのは便利デスねぇ。ひと目でアバターだと理解してもらえるデスし」
モンスターハートは魔物が非常に低い確率で落とす宝玉であり、大きく、輝きが強いほど強い魔物のものであると言われている。
生半可な商人では実物すら見たことが無いそれが、特に彼女の胸に嵌っているものは1つで億はくだらないと知れたら、どれだけの者が目を剥くだろう?
彼女自身が言う通り、彼女は小人族であって小人族では無い。
かの『0715』、体感仮想現実上のMMOゲームであった「ミラージュ&ビジョンズ・オンライン」を介し、異世界ウェザールーンへ降り立った"日本人"。
現地の人類種たちから"化身"と呼ばれる彼らこそ、概ね高レベルの肉体と高ランクの武具、そして不死性を持つ〈プレイヤーキャラクター〉であった。
……もっとも、何事にも例外は居るが。
「Lv50にもなってない身デスと、付けられる装備も限られるデスからね……。
侮られがちになるのも、仕方ないと言うか面白くないと言うか」
「……ま、その辺キュー子は大変だと思うけどさ。えーと、露店出して寝落ちてたら倉庫用キャラで巻き込まれたんだっけ?」
「いや寝落ちはしてねーデスよ!?」
後ろから響く少年の声に、キュー子もとい〈Qwerty〉は前髪を逆立てて怒鳴り返した。
太巻きの飼葉と数匹の〈大ネズミ〉の死体が入った麻袋を抱え、のっそりとフルアーマーの〈重騎士〉が顔を出す。
クァーティーと同様、彼もまた一団で旅をしているアバターである。そして、もう一人。
「リッツの奴はどこ行ったんだ? 知ってるか、アビィ」
「あれ? リッツさんなら、つい先程お昼の食材を探しに行きましたけど……」
「入れ違いかよ……まぁいいか、それならじきに戻ってくるだろ」
面倒臭そうに溜息を吐く少年は〈アルフォース〉。〈重騎士〉でありながら弩弓を振り回し、神技〈ミストルティン〉による高ダメージを狙うロマン型だ。
ただ、それに言葉を返す御者役の少女は少し様子が違う。桜色の髪を纏める髪飾りには信興国の〈白犬騎士団〉の紋章が刻まれ、夜人族であることを示す牛の耳と角も、"M&V"のテンプレートに用意されたグラフィックとはやや趣が違う。
それもそのはず、このパーティで彼女だけはアバターでは無い。正真正銘この世界に暮らしていた人類種で、〈白犬騎士団〉の炊班兵だった少女である。
名をアビエイル=クウェイリィと言う彼女は、稀有な縁と本人の夢、そして狗竜車を操縦できるスキルを見込まれてクァーティーらと共に旅をする事になったのだった。
「リッツさんは年上の男の人を誑し込むのが妙に上手いデスからね。今頃、酒の一杯でも貰ってるんじゃないデスか?」
「……やめてやれよ、そういう誤解を招きそうな表現は」
この場に居ない最後のメンバーである、〈リッツ・サラディ〉――魔術を使う〈賢者〉であり、かつ前衛の――どうにも警戒心の足りない普段を思い返しながら、クァーティーは皮肉げに唇を歪めた。
□■□
「7日目」の位置となる宿場は、本来狗竜車であれば一つ飛びに行ける場所だ。
だが、アビエイルはここで一度足を止め、たっぷり半日狗竜を休ませてやるべきだと言う。そのついでに、古くなった水や餌なども積み替えなければならぬのだそうだ。
Lv90を超えるアバターたちであるが、狗竜との旅に関してはアビエイルの方がよほどプロフェッショナルである。
元より、周りの商人たちもそのつもりのようで、折り返しとなるそこは他の宿場よりも二回り程大きく、
人が集まるとなれば、何かしらそこで売ってやろうという奴も現れる。
本来、共用の飯炊き場である並んだ竈の近くに、食い物・飲み物を売る即席市がごたっと並ぶ。
維持管理を行う兵隊がしきりに整列を叫び、体力だけは有る駆け出し商人の売り込みの声にかき消される。
そんな雑多な集まりの中、一際注目を集める女の姿があった。
「おいしー! 良いわねーコレ、スパイスが効いてるって本当に素晴らしいわ」
「いやーお姉さんお目が高いね! このソーセージは文華宮で仕入れてきたばかりなんだ。
彼処の素晴らしいとこはなんてったって香辛料の豊富さ! 味の彩りじゃ他の国の追随を許さないよ」
高い位置にある頭に魔女帽をかぶせ、しかし装備は格闘家めいた篭手に露出の多い軽装備。
どことなくちぐはぐな印象に奇異の目を向けられるが、本人は気にした素振りも無い。
人種も服装もばらばらな人間が集まるのはこういった宿場の常だが、それでも彼女は珍しい客であっただろう。
「あーおいし……これでキンキンのチューハイとかあればなー……」
ぶ厚い腸皮に詰められた山羊のソーセージを噛み千切り、リッツはやや鋭い己の顔を綻ばせた。
羊肉と言えば臭みがあるイメージだったが、これまた独特な風味の香草が見事に打ち消している。
好き嫌いは別れるだろうが、口に残る油ごと炭酸酒で洗い流せばどれほど爽快だろうか。
しかし恨めしく思えても、この世界の文化レベルでは常に冷えた酒を売る店は中々無い。
クァーティー達の昼食用にも何本か吊るしてもらいながら、リッツは諦めきれず辺りに視線を巡らせる。
しかしこの辺りで売ってる酒と言えば、行商人が背負う樽に入ったエールか、ワインの果物漬け位のもの。
炭酸水すら天然の湧き水を探さねばならぬのである。魔法が有るだけ、それでも地球の中世よりは手に入れ安いのだろうが。
「ってそうだ、アタシだって魔法使えるんだから冷やせば良いじゃない! 何で思いつかなかったんだろ」
そこまで考えて、リッツは自分とて〈マジシャン〉の端くれであることに気がついた。
スキルによる攻撃呪文ではそんな器用な芸当はできないだろうが、"今のリッツなら魔力を理解している"。
.pxeに頼らず戦闘をする羽目になった"化身殺し"事件にて、一騎打ちに負けはしたもののその感覚を体で掴んだのである。
早速、コップを掲げて売り歩く下働きめいた少年からエールを買い、指先に氷を生み出して落とし入れる。
味は薄まるが、どうせ少し濁っている位なのだ。喉越し重視の人間としては、少し薄まったくらいで丁度いい。
「っかぁー! この為に生きてるわー……」
「うまそうに飲むねえ、姉ちゃん。一杯おごるからこっちも冷やしてくれよ」
「うん? お安い御用よ、ほら!」
一気に飲み干して歓喜の声を上げると、堪らぬと言った様子で周囲からも声がかかった。
太陽が死すらチラつかせて照りつける砂漠を超え、行きか帰りか。どちらにせよ、酒の1杯より氷の1つの方が価値が高い。
リッツとしても、MP消費にすらならないレベルのミニ・スペルである。それで場が盛り上がり、サービスまで貰えるなら言うことはない。
「あっははは! いいわよ、いいわよ! ジャンジャン奢りなさい!
いやー、スキル以外で魔法が使えるってこんなに素晴らしい事だったのね。お酒、バンザーイ!」
「貴様もサーモンフライにしてやろうかーッ!」
「シャケッ!?」
かくして、見事に酒に溺れた〈賢者〉の背中に、怒れるカートが突き刺さった。
人が抱えられる限界を超えた大質量に思いっきり張り倒され、大地と乾杯するようにうつ伏せに倒れる。
「あいたたた……何するの、キュー子。というかなんでサーモン?」
「いえ何となく口に出したかったからデスが。皆のお昼ごはんを探しに行って何で1人だけノリノリで呑んだくれてるカナ!?」
「ううう……良いじゃない、ここ一週間飲み水代わりのうすーいワインで欲求不満だったのよう。
どんどん暑くなって行くし、水滴が浮かぶくらいに冷えたシュワシュワが必要だったの。わかるでしょ?」
「そりゃ暑いのは砂漠に近づいてるデスからねぇ。気持ちは分かりますがギルティ!」
ただ人間用の昼飯を買いに行った割にはあまりに遅いので、どうなったのかと思えばこのザマだ。
プリプリと肩を怒らせるクァーティーの後ろで、芋とベーコンの炒めものを取り分けていたアルフォースが溜め息を吐く。
「まぁ、リッツらしいっちゃらしいけどさ。荷物も積み替えて、明日には砂漠地帯に入るんだろ?
その冷房機能に期待して、今日の所は程々にしといてやれよ」
その口元には、薄く微笑みが。そもそも顔を隠す兜をかぶっているので雰囲気だけなのだが、それでも拭い去れぬ違和感がリッツを襲う。
「……なんか、最近アルの奴丸くなってない?」
「男子三日会わざれば刮目して見よとも言いますからねぇ。男の子は勝手に育っていくもんデス」
なまじクァーティーは満足気なだけに、自分から問いただしてみようとはならないリッツである。
アル君アル君と可愛がっていた事もあり、どうにも妙にくすぐったい気分になるが……。
「それにしても、アル君の言うことにも一理あるデスね。
明日から車体を涼しくしてくれる事に期待して、今日の所は勘弁して上げましょう」
「やぶへびぃ……」
……
…………
………………
「にしてもやはり、システムに頼らずスキルを使えるアドバンテージは凄いデスねー。
"化身殺し"があれだけ無双していたのも分からんでも無いというか」
それぞれに昼食をとり終え、クァーティーは気怠げに薄いコーヒーを飲みながら、あの時の事を思い出しているようだった。
テーブルの対面に座るのはリッツである。アビエイルは自分から、アルフォースは女二人に押し出されるようにして、食器をかたしに行っている。
「アタシ個人に限って言えば、常時『瞬唱』、『連環』発動率100%だもんね。
戦闘時以外でも魔法が使えるようになったし。バフとか回復とかじゃ無い、すっごい些細なやつだけど」
「そういうフレーバー呪文も、TRPGとかならよく有るんデスけどねー……MMOではね」
ミニ・スペル。イージー・スペル。言い方は色々と有るようだが、要は『着火』とか『冷却』と行った程度の便利だが攻撃力の無い呪文のことだ。
世が戦うマジシャンばかりで無い以上、そういったスペルもゲームでは無い領域にあるのはおかしくない。
とはいえ、スキルに頼らず己の魔力を独力で使いこなせるなんてのはアバター中探してもリッツくらいだろうが。
いやそもそも、MPは単なる数字では無かったのか? リッツの様にシステム無しで魔法が使えるのであれば、それはMPなるものがゲーム上のデータ以上の存在であることを意味する。
しかし、日本人には魔力の使い方など分かるはずもない。ファンタジーな概念なのだから当たり前だ。"M&V"内で魔法が使えるのは、あくまで「結果」をシステムが担保しているからに過ぎなかった筈で。
「うーむ、現実とデータ……」
「アナタ、また小難しいこと考えてない? キュー子の大目的はそっちじゃ無いでしょ?
世界の事に関しては"協会"の人達に任せましょうよ。餅は餅屋」
「それもそうなんデスけどねー。
ここ最近、どうも〈ギィン=サリル〉を目指す内に避けて通れなくなるんじゃないかと予感がありまして」
まぁ、考えても詮ないことではあるかとクァーティーは首を振った。いかんせん、真面目に考え出すと話が大きすぎてついて行ける自信もない。
それよりも今目指すべきは、アレキサンドラが指輪に加工したという金の小板。クリプツカの〈学園〉が保有する地下遺跡、〈ガーテナ遺構〉……
「そして〈"竜還りの忌み子"クラリカ=アリエスティ〉か……どうにもこうにも、因果デスねぇ……」
クァーティーは誰にも届かぬような声で、小さく小さく呟いた。
□■□
「ビアター……えっと、つまり、ビデオアクターってのが、元々オレたちの世界では流行ってたんだ」
宿場の厩にて。木の壁で隔てられた空間に、何頭もの狗竜が収められている。
アルフォースたちが乗った車を、懸命に引いてくれていた狗竜もその内の一匹であった。
その側には、アルとアビエイルが。鱗の合間の砂を丹念にブラシで掻き落とすアビィに、アルが徒然と話かけている形である。
「流行ってたというよりも……一種の憧れかな。若い奴らの。好きな事でネット上で有名になって、お金も貰えて……
やることは多種多様だ。歌を歌う奴も居るし、小芝居する奴も居るし、ゲームを実況する奴も。
って言っても……あー、悪い、アビエイル。こんな風に言われたってイメージ出来ないよな」
「いえ、聞いてるだけでも楽しいですよ?」
この形になったのは、狗竜の面倒を見るアビエイルにアルフォースが手伝いを申し出た結果だ。
だが、狗竜の世話と言うのは、やればそれで良い類のものではない。噛まれて怪我をする心配は無いとは言え、出来ることはやらせて欲しいとアビエイルも懇願し……結果、こうやって作業中話をする形に落ち着いた。
話すのは、彼らにとっては想像もつかないような異世界の文化について。好奇心の強い彼女は、アバターという存在にも元の生活があると知ると、すぐにそれを知りたがったのである。
狗竜車の管理以外にも、旅の途中でアビエイルの世話になることは多い。
旅をしてみて初めて分かったのだが、相場に無知すぎてすれ違う商人と物々交換するのにもアビエイルが居なければどうにもならないのだ。
パーティに現地人を入れると聞いた時は「キュー子は何を言っているんだ」と思ったものだが、彼女は本当に慧眼だったのだと気付かされる。
その敬意は彼女にも伝わっているようで、彼女自身、交都を出た辺りからアバターに対して妙にへりくだることはなくなっていた。
未だにですます調が取れないのは、半ば地なのだろうが。
「凄い奴になると、ゲームの宣伝の一貫としてプレイを頼まれたりとか。
仮想モデルに声を当てたアニメーションを作って、動画を上げるサイトからお金を貰ったりする。
こうなるともう、プロだ。仲の良い奴らで纏まって、会社を立ち上げたりすることもあるんだとさ」
「色んなことをするんですね、ビアターという方々は」
「全部1人でやるわけじゃねーよ。アイドルとか、タレントとか、声優とか、歌手とか……
色んな事やってた奴らがいつの間にか一纏めで呼ばれるようになったんだって、キュー子が言ってた」
日本の事を話せば、その時を思い出す。
"M&V"でも、名も無いNPC達のセリフは基本的に合成音声であった。ビアターの何人かはその合成用の発生ファイルに値段が付き、印税まで入る者も居るらしい。
合成音声は安価で、アルには特別悪くも聞こえないが、どうしても人間が生で取った声でなければ嫌だという者も居る。
故に、いくらかのユニークキャラにはそういったビアター達によって声が当てられていた。かくいう、これから会う事になるだろう〈クラリカ=アリエスティ〉もその1人。
動画を上げれば初日10万再生はゆうに集めるという人気ビアター、花咲おとはが声を当てた"M&V"きっての人気NPCである。
「そのう……口ぶりからすると、そのビアターさん達はもともと好きでやってるんですか?
お金を貰うためとか、生活の為にやっている訳じゃなくて」
「そりゃ、こっちに比べりゃ人が豊かだからな。歌ったり踊ったりでお金を貰えるのなんて、本当に一握りだよ」
「……? 社会が豊かになると、歌やダンスでお金をもらえなくなるんですか?」
そう言われると、確かにそうだなとアルフォースは顎に手を当てた。
仮にウェザールーンで景気が良くなれば、人はこぞって祭りを開き、詩人やダンサーにお金を落とすであろう。
事実、これから行く〈"文華宮"クリプツカ〉は極論を言えば「美しさだけで生きていける国」として有名な程。
魔法と芸術の探求こそが全てであり、その才能のあるなしで全てが決められる……プレイヤー視点では、ちょっとばかり闇が深いお国柄だ。
「……まぁ、他人の歌よりずっと良い娯楽が無料で幾らでも転がってるからな。
金を払ってでも見たい! って人が少なくなるのかも」
「そういうものでしょうか……」
結局は娯楽の多様化、そして供給の過多。それだけなのだろう。
仮にビアターとしてプロになった所で、すぐに歌や踊りに値が付くわけじゃない。「10万人集められる」という実績に対して報酬が支払われるのだ。だからこそ、人が集まるならば何でもいい。
しっぽの先までこそぎ終え、最後に水を体全体に振りかけると、狗竜が気持ちよさそうに身を捩った。
鱗の先から水滴が幾つか飛んで、アルフォースの鎧にかかる。
「でも、たとえ仕事にならなくなっても、歌や踊りが無くなる訳じゃないんですね」
「……ちょっとした作業なら、機械にやらせりゃいい。知識や経験なんて、人の物を使えばいい。
それでも、表現だけは自分でやらなきゃいけないんだ。でなきゃ誰も、自分なんか見ちゃくれない」
そしてアルは、伏目がちに呟いて、拳を握りこんだ。
「アビエイルは……個性が欲しいとか、考えたことあるか?」
「個性?」
「個性ってのは、自分だけが出来る事。あるいは自分だけがやってる事。オレの世代は、皆それを欲しがってる。
ネットがあれば勉強なんてなんとでもなるし、.pxeが有ればスポーツもやれる。
でもそれは皆同じだ。オレも、オレの隣の奴も、隣の隣の奴も。同じ奴らがズラーっと並んで……なんか、気持ち悪い」
その結果が、国営チューブで老人に嘆かれるような混沌とした若者たちだ。
アニメキャラのような個性的な髪、喋り方、こだわり。それでいて、誰かに特別な事が有れば"経験"の共有を求める。そして当然の権利のように、それを「自分の物」として語り出す。
何だか「アイツだけ別の奴になるのが許せない」という声が聞こえてくるようで……酷く、息苦しい。
「だから皆、ビアターとして再生数を稼ぐのに憧れてる。
誰の手も届かない所で、それだけの人数に、代わりの効かない誰かだって認めて貰えた事になるから……分かる、かな」
「ええと……何となくは」
アビエイルはこれまでも、それなりに多くを話してきた相手である。
ゲームについて、ネットについて、仮想現実について……さすがに、完全にイメージできた訳じゃ無いだろうが、自分なりに噛み砕いた結果を持っているだろう。
それにこの世界にだって、有名人が居ないわけじゃない。彼女の所属する〈白犬騎士団〉の団長だってそうだし、そもそも国の元首である〈聖姫〉だってアイドルめいたものだ。
彼女が「そういう風になりたい」と望むかどうかは、また別の話だが。
「アルフォースさんは、ビアターになりたいとか思わなかったんですか?」
「……オレはその辺、ちょっと違った。動画に映るのもあんま好きじゃないし……
お前こそどうなんだ、アビエイル。歌と踊りに食いついてたけど、ダンサーになってみたいとか有るのか?」
「それは……そのう」
アビィが顔を引きつらせて照れたように笑い、壁にブラシを吊り下げた所であった。
簡素な開き戸が2、3度叩き鳴らされ、戸の向こうから男の声が響く。
「すみません、アビエイル=クウェイリィさんですか?」
「はい? アビエイルは私ですけど……あぁ、ライダーズギルドのポストマンさん?」
「ああ、これは丁度良かった。危うく入れ違いになる所でした」
ライダーズギルドは四国家から独自の交通許可を与えられている組合であり、手紙の配達から武器の輸送までなんでもこなすのが売り文句の一大運輸組織だ。
プレイヤー時代、彼らが主催するオークションに世話になった者も多いだろう。露店とはまた違い、主に高額なレアや装備を取引するために必要なシステムである。
あるいは、他のユーザーへのプレゼント配達に、町間ワープが無かった時代の定期便など。
地味ではあるが、欠かせないサービスが多かった。
「丁度、お手紙を受け取ってたんですよ。〈学園〉の学生で、小人族のメイコチコリさんと言う方からなのですが」
赤い制服が目印のそんな彼らが、アビィに向かって一枚の手紙を差し出す。
メイコチコリ。ユーザーには"メイ"と言う愛称で呼ばれ、クリプツカの〈学園〉で主に騒動を起こす役割の、ユニークNPCコンビの片割れである。
ここ数ヶ月で書き溜めていた転生勇者もの(事後)が形になったので、こちらも平行して投稿していこうかと。
題名はあまり捻らず「超チート! 転生勇者が世界を救ってから四代目」にしてみました。宜しければこちらもよろしくお願いします。




