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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
25/39

24

 ――初めて、「ゲーム」という世界に感動したのは何時だっただろうか。


 元から、C-VRと言うものに興味は有ったと思う。ARを併用したフィットネスジム、.pxeファイルを利用しての効率の良い体操。

そういったモノは、物心ついた時から既に身の回りに溢れていたし、誤解されがちではあるが、彼自身別にそういった物を嫌悪するナチュラリストと言うわけでも無いのだ。


 なぜなら、それらを上手く利用すれば仮想の達人に打ち込んでもらえるのである。


 「強くなる為には死ななければならぬ」とは、確か漫画か何かで読んだ台詞であった。

実際に死んではそれ以上強くなれないので、要は稽古でも切られれば死ぬということを意識しながら練習しなさい、とかそんな話であったと思う。

強くなること自体に特に理由は無い。5歳の時に強くなりたいと思いたち、今でも思い続けている。それだけの理由だ。

まぁ兎に角、当時10歳だった男は、ひたすら死ぬことのできる体感仮想現実が訪れる日を待ちに待っていたのだ。許可が出るのは3年後だったので、それまではひたすら婆様の家に通った。

今どき珍しい瓦屋根の平屋にはガランと開いた畳部屋があって、そこでウレタンの剣を振りながら過ごせたのだ。爺様は既に死んでいて、偶に鬼の面を被った厳しい体躯の男が出、自分をズタボロに打ちのめした。想像上の存在だった。


 「ゲーム」を初めたのは、15の頃である。

本性(と、言うほどでも無いが)を知っている数少ない友人に誘われ、奴の誘い口上も有り、まぁ乗ってやることにした。

無論、日々己の肉体を鍛えあげる事を欠かしたつもりは無いが、それだけではこれ以上の進展が見込めなくなったと言うのもある。

それに.pxeファイルにテクスチャを被せてAIを取り付けてくれたのは件の友人であるので、その恩も返さねばならぬ。お礼はちゃんと言いなさい、できれば行動で返しなさいと、婆様も良く言っていた。



「よう、暇そうだな、"ブレード"」

「あぁ」



 ……イメージで形作られた草原に、手を付いて座り込む。

強く意識すれば、柔らかな風や暖かな太陽の感触も浮かんでくるのかも知れない。舞台となる"大陸"ウェザールーンは本来そういう空間であり、原理的には明晰夢に近いものが有るのだそうだ。

ここまでの技術をつくり上げるのに、いったい何千の人が何万の時間を掛けて理論を構築していったのだろう。ブレードと呼ばれた少年は、その途方も無さにどこか羨ましさすら感じた。

このご時世、「剣術」一つ練り上げるのにいったいどれだけの人間が参加してくれることか。そう思うと、科学という学問がいかに恵まれているか分かる。


「この、乗り合い馬車の待ち時間ってのはなんとも退屈だね。ゲームなら、もう少し便利にしても良さそうなものなのに」


 エースだのブレードだのと言った如何にもな呼び名は、その実彼らのキャラクターネームではない。

自分でもどうかと思うが、現実の方でのアダ名だ。エース、ブレード、今は不在のクローバー。発案者はエースで、次の奴はドッグカラーだと嘯いていた。そういうノリが大好きな友人だった。


「ま、そりゃ仕方ねえよ。あっちこっちに一発で飛べて、道中の景色もクソも無いんじゃ作った甲斐も無いだろうしな。

 とはいえ、そのうちアップデートされるだろうがね」

「流石、一家言あるね」


 大方、どこかからの受け売りでは有るのだろう。

だがそれをすぐに食い散らかしてでも、己の血肉にする力をエースは持っていると思う。

いつか、身につけた力でもって彼なりの"世界"をデザインするのが彼の夢だそうだ。夢を追いかける人物は好ましい。自分も、その内の1人だからだ。


「次からは歩いて行こうかな……でも、風の匂いも感じられないんじゃ、それも退屈かなぁ」

「今、何してんだよ? 死に戻ってきたとこか?」

「あぁ、ロズベル森の木精ノーマン達にやられてきたところさ」

「ロズベル森ってお前……あんな面倒くさいとこ行ってんのかよ。それより、クク谷で梟狩りのがずっと捗るだろ」

「いや、僕にはこれが良いのさ」


 ロズベル森マップは、"緑王国"近郊の、鬱蒼とした森の中だ。視界も悪い中、敵も木や藪に隠れて3次元的にアンブッシュを仕掛けてくる。

当然、狩場としては美味くない。有り体に言って、強さが割に合わぬのである。いくら"群れる"敵は同レベル帯に比べて報酬が良いと言っても、限度が有った。

特に適正となるLv40~50程度のレベル帯は、アップデートでより「美味しい」敵の出るダンジョンが追加されている。

故に、大半のユーザーにとって、実入りが特別良い訳でもない、強い敵に固執する理由は何も無い。


 ……そう、"大半のユーザーにとって"。


「凄いぜ。四方八方から矢を射掛けられると言うのは。実に"好く死ねる"」


 素晴らしいよ、と歪んだ友人の口元を、エースは見逃さなかった。

何せ、複数の弓矢に狙われる経験というのは早々できることではない。矢を見て躱すのではなく、そもそも狙われないように立ちまわるにはどうしたら良いかを考える必要がある。

失敗したら無論"死"だ。普通のゲーマーが避けたがるデスペナルティを、ブレードはむしろ好んで享受している。その遊び方故に、他の誰も彼とパーティを組もうだなどとは思わないだろうが。

エースは大げさに肩を竦める動作の後、頭を掻く。仮に、正しいプレイの仕方を諭しても無駄だろう。彼の知る友人は、誰も否定しない代わりに、誰の否定も受け入れない奴だった。


「まぁ、お前が何を楽しんでたって良いんだけどな……

 俺は友達勧誘キャンペーンの報酬を手に入れたので、お前への用事は終わったしよ。

 それで、お前はこれからどうすんだ? 延々と木精どもに蜂の巣にされ続けるのか?」

「流石にそんなことは無いよ。それに最近は、多少安定して戦えるようになってきたんだ。

 一度戦術が完成するとそれ以上対応されないのは、所詮ゲームだね。僕としては、どんどん学んでいってくれたほうが嬉しいんだけど」

「バカ言え、お前の要求する難易度にライトユーザー様がお金を落としてくれるかよ」


 ブレードは微かな不便を覚えながらも、やっぱりそうだよね、と冗談交じりに返した。

ゲームはゲーム。そうなのだろう。これは楽しむための世界で、決して"強くなる"ためではない。

プレイヤーが強くなる理由は、強いことが楽しいからに過ぎぬ。仕方がないものだ、とブレードは思う。世の中、ちまちまと努力がしたい人間ばかりでは無いのだろう。


 ――それにしても、これからどうするか、か。


 PvPや未知の達人といった要素に全くの興味がないかというと、やはり嘘になるだろう。

とは言え軽く触れてみた所、このゲームでの対人戦がAI戦とそう違うとは思えない。

.pxeを使ってるのは同じだし、プレイヤーに"動きのイメージ"はあっても最終的に判断しているのは人工知能だ。

当然、自分はそういう機能は煩わしいのでカットしているが。


「ま、レベルが上がれば行動範囲も広がるんだろう? そしたら、もっと強い相手をさがすよ。できれば人型が良いな」

「そうか。……なぁ、お前、何になりたいんだ、ブレード。俺はてっきり、お前は剣術を極めたいんだと思っていたが」

「ちょっと違うよ、エース。僕は『強くなりたい』んだ。強くなって、そして……うん、そこから更に強くなりたい」


 願わくば、「強さ」であらゆる状況に対応できるほどに。

そう、ブレード自身はレベル上げは好きだ。ゲームのプレイヤーとは少し違い、自分自身の、ではあるけども。

その為には、より良質の"死"が必要だ。死こそがヒトを強くするのだと、ブレードは本気で考えている。無論、死が絶対の終わりでは無いのなら、だが。


「行き着く先は死狂いなりってか。戦国武将にでも転生するつもりか?」

「そうなったら良いね。あの時代の剣豪達は、僕より遥かに強いんだろうなぁ」


 うっとりと顔を緩める友人を、エースは呆れ顔で見つめた。

クラスの女子連中には、この虚空に視線を送った笑顔が秘めやかに人気だと言うのだから分からない。エースは、友が笑顔を浮かべる時は空想の中で"殺されている"ことが最も多いと知っていた。

まぁ、如何なブレードだろうと、パーティ前提の戦いを仕掛けてくるMOB共をソロの正面突破で切り抜けられるようになるには、まだまだ時間がかかるだろう。

無理だとは思わぬ。彼は、可能になるまでやり続けるからだ。


「本当、生まれる時代を間違えたよなぁ、お前さ……」


 500年ほど前に生まれておけば、今頃は戦国時代のコラムに1ページくらい載れたかもしれないものをと、しみじみと思う。

彼と友人の付き合いは、案外短い。だが、この奇特な友人の、努力も、才能も……現代において評価される日は永遠にこないのだろうと思うと、エースは哀れんでさえいた。

大人は無責任に夢に向かって頑張る姿は美しいと唱えるが……この、カラカラに乾き果てているにも関わらず、自身でそうと気付いてすら居ない友人の、なんと痛々しいことか。

一応、ゲームを楽しんでは居るらしいのが、救いといえば救いであったが。


「ま、がんばれよ。応援するくらいしかできないけどな」

「あぁ、ありがとう。なに、君には充分に助けになって貰ってるさ、エース」


 そして、この会話から2年経った今でも、ブレードはこのゲーム――ミラージュ&ヴィジョンズ・オンライン――をプレイし続けていた。

ソロのまま死に続け、勝ち始め、狩場を変え、1度、より"自分に合った"キャラを作り直して……2年間。

己の望むままに「死に越えた」青年は、Lv79の〈竜牙兵〉として『0715』に呑み込まれた。


 ――彼にとっては、思いがけぬ夢への架け橋であった。



 □■□



「チィ……ッ!」


 発射姿勢を取っていたアルフォースが、金縛りにあった身体を無理矢理引き剥がすように転げまわる。

降り注ぐ魔導の矢が、彼がつい先程まで立っていた石畳に焦げ目を加えていく。家ほどもある巨人オーバーマンはすぐに振り向くと、今度は足元をうろちょろする剣士に向かって拳を振り下ろした。


「詠唱硬直のキャンセル……出来るのは良いが、根本的な解決にはならねぇぞ、これ」

「やれやれ、ヘイトは充分に取れていたんじゃ無かったのかい?」

「取れてんだろうよ。事実、こっちに攻撃が飛んでくるのは、オレが『ミストルティン』の詠唱を初めた時に一発だけなんだから」


 だが、その牽制によってアルが封殺されているのは確かだ。

3度も続くとなると、偶然タイミングが合っただけとも考えにくい。基本的には1つの対象を狙い、大きな一発を感知すればそれを優先して防ぐ。

あまりに手堅く、それ故にMOBには搭載されて居ないルーチンだ。"ゲーム"としては、後衛は後衛の、前衛は前衛の仕事を疎外するような戦術はプレイヤーの特権になる。


「だけど、今はもう"ゲーム"ではない」


 確かめるように、ブレードが呟いた。


「……流石に、元リッツだな。こっちの手の内は分かられてるか」

「辛いかな?」

「いや……理不尽感はあるけど」


 あるいはこれで、浮き上がる名前が〈リッツ・サラディ〉のままであったなら、もう少し抵抗感も有ったかもしれないが。

だが今は、辛うじて女性形のシルエットを保っているバグの塊だ。身長もあたりの建物より高いとなれば、今ひとつ実感も湧かないものである。


「それより、ヘイトの概念が通用しないことの方が厄介だ。データ上の存在の癖に、妙に賢しい」

「"人の意識"だからかね、あれでも」

「くそっ、ならどうする。隠れて撃つか? 撃たせてくれるか?」


 隠密からのスナイピングは、一応"M&V"内では確立された手段である。ハンターの上位職、〈狙撃手〉にもなれば更にスキルの補正が乗り、時に〈魔導師〉すら凌駕するようなダメージを出すこともあった。


「やめておいた方が良い。何によって君の方を感知しているかは分からないが、常道に頼るのは危険そうだ」


 だがそれも、雑魚相手の話だ。ほぼ全てのボスがちゃちな隠密を見破る『トゥルーアイ』を持っているし、一度攻撃対象に取られば猛然と向かってくるルーチンになっていた(当然、例外はいるが)。

何より、既に戦闘が始まった状態から隠密状態になる手段は非常に少ない。一度戦闘から離脱するのでも無ければ、上位職の専用スキルに頼らねばならず、〈重騎士〉であるアルフォースに使えるはずも無かった。


「となれば、仕方ないなぁ。仕方ない、仕方ない」


 仕方なさの欠片も無いような口調で、ブレードが頷いた。

咥えていたポーション瓶を吐き捨て、嵐のように降り注ぐ魔力弾を踊るように弾きつつ、彼はじりじりとアルフォースの方へ。


「一旦、スタンさせられるかい?」

「……閃光弾は一度使えばしばらく相手に耐性が出来る。今で良いんだな?」

「あぁ、それでいいや。それで、君はそれを使ったらすぐに詠唱に入るんだ」

「なんだと?」

「信じてくれよ、パーティープレイなんだろ?」


 どの口で言うか、と怒鳴りつけてやりたくなるのを、アルはぐっと堪えた。

少なくともこの男は――人斬りで、理解しがたく、論理感が普通とかけ離れているが――遭遇してこの方、嘘を吐いたことはない。

ましてや、このような場面で人を騙すような人間で無いことは、理解できないからこそ逆に信じられる気もする。


「責任取れよっ!?」


 どちらにしろ、代案など無いのだ。

『スタンボルト』は弾を装備しなければ撃てぬので、アルは素早く片手撃ちのライトボウガン(それこそ、Lv1からでも装備出来るような奴だ)に装備を変えると、ノータイムで撃ち放った。

マクロと.pxeに補正された抜き打ちモーションは、遥かに早い。咄嗟の事態に対応できるよう、予め特殊弾頭が装填されていた矢は、寸分違わず、光の巨人オーバーマンに向かって飛んで行き。


「AAAAAHHHHH――ッ!」


 光って、はじけた。


 スタン。急激な光や音、あるいは電撃などによって相手の意識を奪う状態異常。

奪うと言ってもほんの数秒、短い間だけなのだが、あえて通用するように設定してあるボスに対しては、プレイヤーの命綱にもなりうる重要な要素だ。

インベントリに戻す手間すら惜しみ、アルはボウガンを投げ捨てると再び弓を構える。

本来ならメインウェポンである〈ドレッドノート〉と即座に交換する為のマクロも仕込まれているのだが、今日の武器はこのやたらピンク色をした魔導弓なので使用できぬのだ。


「効いたか!?」


 アルの叩き出せる最大ダメージ――『ミストルティン』の詠唱完了までは、5秒ほどかかる。〈リッツ・サラディ〉のASPDそのままなら、密着状態で14発の攻撃が飛んでくる時間だ。

その間、自分の身体を動かす意思を、一度自分以外に明け渡し、魔力を伴う作業を行わせる。言われてみれば、奇妙なものだとアルは感じた。

つい先程までは、確かに何ら特別な感情を抱いてなかったのだが。それが他ならぬブレードに呼び覚まされた感情で有ることに、軽く眉を顰める。


(あるいは、そうしている"お前"が本当の〈アルフォース〉なのか?)


 問いかけてみた所で、答えが有るはずもなく。

一つ自嘲をして、閃光の中ブレードが動く影を目で追った。


「例え視野が無くとも、"スタンする"という概念を含んだデータならば」


 股下を駆け抜けつつ、諦め悪く巨人の足首を裂き、やはり痛打を与えられずに――彼は、土煙を上げてアルの目前で止まった。

そして、今度こそ本当に手足をブランと広げ、.pxeに設定されたニュートラルのポーズを取る。


「どうやら、多少は効くようだ……!」


 多少。1秒にも満たない、だがブレードが体勢を整え、アルフォースが『スタンボルト』のモーションディレイから抜け出し、『ミストルティン』の展開を開始するには充分な時間。

.pxeに身体を預けている間、アルの意識は暇になる。金縛りから抜け出すように、意識を注ぎ込めば動けないことは無いというのは、つい最近知ったことだが。


「何する気だ」

「ヘイトは取れない。いや正確には取れないこともないが、敵を惹き付ける役目は果たせない。

 だとしたら……こうやって、守る相手の真ん前で干渉するしか無いんじゃないかな。あんまり頭の良い方法とは言えないが」

「……馬鹿か、お前。そんなの、1発も避けられないぞ。お前、そもそも耐久型じゃ無いだろ?」

「なんとかやってみるよ。あの、『マイティガード』とやらもまだ残ってる」


 1日1回限定のODスキルだ。そういえばこいつも〈ウォーリア〉系列のアバターだったなと、アルは今更になって思い出す。

だが、それが何だと言うのだろう。あの巨人の、得体の知れない力で磨り潰されるとなれば、誰だって痛いし怖いはずだ。

少なくとも、アルフォースにとっては正気の沙汰じゃ無い。


「非常に癪だが、パーティープレイとやらさ」

「――~~、好きにしろよッ!」

「ああ、大好きだとも。ところで1つ良いかな」


 1発目の攻撃が迫る。倉庫の石壁を引き裂き、燃やし、凍りつかせ……挙句に拳自体の重みも充分にある、連環を伴った一撃だ。

"壁"が耐え切れなければ、2人仲良くボウリングのピンのように弾き飛ばされ、"死に戻る"ことになるだろう。

「嘘は吐かない」。そう信じた己の直感を、信じるしかあるまい。どれほど業腹でも、今頼れる相手はこの男だけなのだから。


「皆『スキル』ってどうやって発動してるんだい?」

「馬鹿かお前――ッ!?」


 少し、後悔した。


 ……、…………。


 着弾して。火の粉と雹が全く混じり合わないまま弾け、大きな氷の幾つかは石畳の上を転がり、木組みの塀へと突き刺さる。

慣性と質量を持つ氷と違い、火気はまだ瞬時に周囲に燃え移るようなものではなく、仮に熱せられたとしても、すぐに帯同する冷気がその熱を奪い取るのが、まだ救いと言えるだろう。

とは言え、その中心に立つ者からすれば、たまったものでは無い。アルは焼け付いた――あるいは、霜が降りた喉から音にもならぬ空気を吐き出して、目前に立つ者を恨めしげに見た。


「あぁ、良かった、間に合って」

「オレはそろそろ、お前と言葉を交わすのが嫌になってきた所だ」


 どうやら『マイティガード』と、ありったけの前提習得した防御スキルはうまく発動できたらしい。

それに加えて、『切り払い』も発動させたのだろう。だろうと言うより、今現在も秒平均2.8発で迫り来る巨人オーバーマンの猛攻を、刀を以ってそらし続けている、いるが。


「……保つのか、お前、それは」


 払い、そらして、切り伏せて。それでもなお続く機関銃の如き乱打に、彼の身体は既に、HPごと抉れ始めていた。

極振りのAGI、拳装備、『ウェイキングファスト(攻撃速度上昇呪文)』、『二打撃ち(通常攻撃2回)』、『水の構え(パッシブ攻撃速度上昇)』。

その他ありとあらゆるASPD上昇バフを積み、さらに連環を組み込んだ上で、それでも肝心の1撃の威力が低いからこそリッツの火力は準1級レベル止まりであったが……その恒常火力が底上げされるだけで、これほど恐ろしいものになるとは。


「保たないかもなぁ。あぁ、ギリギリの勝負になりそうだ。その時は君、後を頼んだぜ」

「……くそっ、何でオレは、よりによってお前に後を託されてんだ」

「つれないこと言うなぁ。僕は中々、悪くない気分で居るってのに」


 追いかけてくるものなど居ないと思った、と彼は言う。

ボグリ、と嫌な音がして、ブレードの頭の4分の1が、真っ白な光を拭き上げて潰れた。

胴には既に何箇所か大きな穴が開いているし、むしろ穴同士が繋がって既に身体を両断する大きな溝になっている程だ。

それでも、彼の腕は動き続けている。受けれるものは刀で弾き、弾ききれぬものは身体で止める。

痛みがどうの、という次元はどう見たって越していた。もはや人というよりも、光る何かが幾つかの肉片を支えているようであった。

それでも腕は有る。腕だけは有る。まるで、刀を振るうそここそが彼の本体、真髄で有るかのように。そして腕とHPがあれば、彼は確かに生きているのだ。

アルは――その姿に、根源的な恐怖と、ほんの僅かな憧憬を覚える。笑いながら、痛みに向かっていけるブレードに。身体を崩壊させながら、何かしらの意思だけで"こんなもの(オーバーマン)"を生み出せたリッツに。

どいつもこいつも、正気では無い。だが、その後を付いていかねばならない。


「本当に嬉しいんだよ、君が来てくれたからさ」


 4秒が経ち、もはやブレードの原型が残っているのは、肘から先の右腕と、それが振るうブレードくらいのものであった。

大小2つの光るシルエットが、粉雪のように淡く輝く粒子を撒き散らしながら、激しく打ち合い鋼の鼓動を鳴らす。

散った粒子は様々に姿を変えて、火に、水に、風に、土に、やがて、世界へと溶けていく。

アルフォースは急に、不安に襲われて顔をしかめた。目の前で戦う彼らが、まるでこの世界の下に生まれ変わっていく儀式の途中であるかのように見えたのだ。

そしてついに、ブレードの手から刀すら離れる。彼は拳を振りかぶる巨人オーバーマンを、その先の天を見上げた。後ろに、弓をつがえた少年が居る。


「見てるかエース? 僕は、生まれを間違えてなんか無かったぞ。お陰で後輩までできた。笑っちまうよ」


 互いに共鳴するように、眼前の巨人までもが口角を釣り上げて笑った気がした。

ブレードの身体を突き抜けた氷の粒が、アルフォースの頬を切り、粒子を零して後方へと流れていった。

今、感じているものが、アバターの本質だとしたら。この、誰が誰かも分からないような粒子の塊が、自分たちを構成しているのなら。

偽物か、本物か。2つある現実リアルの、どちらかがどちらかだとすれば。……男は、鼻で笑い飛ばした。


「ようこそ、僕たち――!」


 受け入れるが如く手を広げ。後ろで、詠唱が終わり、撃鉄が降りる。






 ……雲のかかった空にぽっかりと穴が開いて、月がわざわざ3つの人影を見下ろしているようだった。


 1人は、言葉を言い終わるよりも先に、巨大なもう1つの拳に叩き飛ばされ、体中を凍りつかせながら火花を吹き出し、最後には砂になって消えていった。


 1人は、拳を放つと同時、稲光を伴った黄金の矢に肩より上を吹き飛ばされ、地に倒れこむより先に自身の形を保てなくなって、石畳に広がる巨大な光の溜まりと化した。


 そして最後の1人は、色々な物を抱えたまま膝をつき、道を埋め尽くした粒子が夜の風に乗って解けていく中、何をするでも無くしばらくその場に呆けていた。


 だが彼も、やがては再び立ち上がり、己を成す為に突き動かされていく。

人類種マニオンの伝承で"大いなるものの左目"とされる満月だけが、彼らの姿を見届けていた。




「……馬鹿ばかりだ、ホント」



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