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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
23/39

22


「……オレは」


 〈カッツバルゲル〉の柄を握り締め、アルフォースは呆然と呟いた。

重ねて言おう。この世界、ウェザールーンの地に置いて、アバターの平均的な身体性能と言うのは、人類種マニオンのそれと比べて遥かに優れている。

勿論、一部の英雄、あるいは国家に1人2人存在しているような切り札ならば、最高レベルのアバターに匹敵、あるいは凌駕する存在は居るかも知れない。

だがそんなものは、何十万と人類種が居る中の10人かそこら。基本的に、ウェザールーンはLv30もあれば一人前の世界観である。騎士団隊長クラスのエリート層ですら、Lv50をようやっと超える程度。

世界中に何人と居ない特異ユニークな例を除けば、それがこの世界の大多数モブたちの現実だ。

対して転移してきたアバターたちの平均Lvは、少なく見積もっても70は超える。

一番層の厚いLv帯は、80~90と言った所だろう。この辺りからレベルアップにかかる必要経験値が指数関数的に増大していき、停滞しやすくなるためである。


「オレは、なんだったんだ……?」


 その、レベル差があるからこそアバターたちは、比較的簡単に「凄い」と言われるようなことができてきた。

「凄い」と言われるのだから、自分たちは充分精一杯やっているのだと、少なくともアルフォースはそう思っていたのだ。

不慣れな異世界で。自分の身体の、何倍も大きいような魔獣を倒し。充分な、それこそ「凄い」冒険をやってきたのだと、自負していて。




 ――目の前の攻防は、その全てを木っ端微塵に打ち砕いた。




 "ぬらり"と、ブレードの身体が動く。刀身を隠し、わざと間合いを乱すようなステップから、瞬く間に斬りかかる。


「そんなモンはぁー!」


 これまで、幾多ものアバターが防ごうと、あるいは躱そうとしたにも関わらず、一刀必殺を決め続けていたその刃を。

リッツは〈エレメンタルガントレット〉で斜めに反らし、突き出た四石の留め具に噛ませるようにして受け止めた。


「刃筋さえ立てさせなけりゃぁッ!」

「良くやる!」


 結局の所、何かを神様に授けられて、一撃必殺の剣士に生まれ変わったわけでも無いのだ。

アバターの能力を用い、充分な速度と威力を持って両断する。10回中10回、"それが出来るから出来た"と言うだけの話。

馬鹿正直に真正面から受けるようなことさえ無ければ、刀というのはそうそう切れるようには作られていない。

伸びきった腕に潜り込み、がら空きになった腹部へとリッツは身体を滑りこまし、幾度と無く拳を打ち込んだ。

とは言え、所詮は初期STRのメイン〈賢者〉だ。体重も何も乗せなかった頃よりはダメージも出るものの、雀の涙であることは違いようも無く。


「……体捌きは上手くなっても――」


 さらにブレードも、やすやすとサンドバッグになってくれるような相手でも無い。


「――回避は疎かになったッ!」


 ふと、拳を引いたその一瞬。後ろに戻ろうとする動きに合わせ、鉄木でできた鞘がリッツの腿を強かに打ち据えた。

パァン、と火薬が弾けるような音が鳴る。実ダメージよりも痛みにを与えることに重きをおいた、しなりのある一撃である。


「そして蹴ェるッ!」

「ぐぼっ……」


 そして、ほんの僅かに〈(スタン)〉んだリッツに対し、さらにアバターの身体能力ステータスを乗せた蹴りがめり込んだ。

幸いにも"ヨシツネ"セットの足装備は凶器的な造形をしていないものの、アバターの性能を十全に発揮した状態で腹を強打されれば、無視できない痛みも当然生まれる。

リッツのステータスなら、"システム"上であれば躱せるはずの一撃だ。.pxe(ピクシー)ファイルへの接続を絶ち、自身の意識のみで身体を動かしていたことが裏目に出たか。

石畳の上を縦に転がりながら、ゆうに3メートルは弾き飛ばされたリッツを見て、クァーティーが悲鳴を上げる。


「リッツっ!」

「……ハッ、ハハ……ガタガタ騒がないでよ、ツバつけときゃ治るわ、こんなもの……」


 後頭部のどこかしらが切れたか。風に流れ漏れる粒子に合わせて、髪がはためく。

中で照らされ、透けて見えるからか。その色は夜のような紺と言うよりも、空色に近いような錯覚を覚えた。

壁をも蹴りながらジグザグに動き、秒ごとに互いの位置が入れ替わる戦いでは、誰も手は出せぬ。


「凄い、凄いなぁ。この血の巡り、この一撃の感触! やっぱり、人じゃなきゃ駄目なんだ……。

 シミュレーター相手にスコアを高めるのとはまるで違う。僕は今、確実に強いんだと分かる!」

「あぁ、そう。それは良かったわね」


 受けてもなお倒れる様子の無いリッツに、ブレードは屈託のない笑みを浮かべる。

彼にとってこの場はプロモーションであり、修練であり。何より、待ちに待ったメインデッシュだ。

"プレイヤーキャラ"では無い、肉の詰まった相手に対し、試したいこと、やってみたいことが山のように有るに違いない。

息を吸い、息を吐く。実際の所、蹴りのダメージそのものはそうでも無い。どう見ても剣士ビルドなのに、素手扱いでの攻撃なのだから当たり前と言えば当たり前だ。

だがその割には、臓器まで響く、独特のズゥンとした感じがやけに堪えた。


「だったらおねーさんにもその気持ちィ、味あわせてちょうだいなぁッ!」

「どうぞ、ご自由に――できるものならさぁッ!」


 そして再び、アウトレンジから剣戟の合間を潜り進む。

モーションによるものに比べれば遥かに手早く、無駄なく、だがどこか泥臭い、"意地"に突き動かされるような動き。

今度は受けるのではなく、紙一重で避ける。鈍化した時間の中、ヒュワン、と風を断つ音が聞こえ、揺蕩う長い髪が半ば程千切られて宙に放されて行くのを感じた。

髪の断面から細い糸のように光子が伸びて絡み合い、大きな房となって波打ち靡く。


「だぁらっしゃー――ッ!」


 鉄の小手を装備したリッツの掌が、相手の柄を握る指ごと包むように掴む。

そのまま敵の側面に回り込み、肩に手刀を押し当てながら、腕を思い切り引いてやる。すると、剣を振り切った姿を固定されたまま、ブレードの姿勢が崩れる形となる。

だが、彼はリッツの勢いに逆らわず、むしろ巻き込むようにそのまま一回転してみせた。


「しまっ……」

「ハ、ハッ!」


 そうすることで、逆に体勢が崩れたのはリッツだ。

彼女の動きは、ある程度相手が「咄嗟に倒れこまないように踏ん張る」ことを前提に置いていた。

自分の勢いで倒れこんだリッツの上に、ブレードが跨る。月光と化身の傷口から溢れる輝きに、上下から照らされる刃を煌めかせ。


「貰った――!」


 そのまま振り下ろせば、頭蓋に食い込む必殺の一撃だ。

瞳孔に闘争の滾りを漲らせ、ブレードが女を見下ろす。

その首から上。魔女帽にあしらった紅色の〈モンスターハート〉を煌めかせ、リッツが嘯く方が、一瞬だけ早い。


「貰ったのは、こっちよ……!」


 『バーミリオン・コア(上級炎属性呪文)』だとは、誰も唱えなかった。






 サブクラス〈ハンター〉の目でも捉えきれぬ、一瞬の攻防を経て、2人の姿は街を朱に染め尽くす爆炎の中に隠れた。


 リッツは……不利だろう。武器の差によるリーチもそうだし、自分たちの存在を含めた、この世界リアルそのものに対する習熟もまだ不慣れな感じがする。

リアリティ。あぁ、結局、どこまで行ってもリアリティの問題だ。何度も何度も打ちのめされて、それでもなお。

格闘ゲームのようで、アクション動画のようで、まるで違う。プレイヤーでは無い、"化身アバター"だからこそつくり上げるリアリティがそこには有った。

……それは同時に、何も為さない自分たちは、スカスカの光の粒が詰まった"何か"なのだと……残酷なまでに、突きつけていた。


「……なんでだよ」


 アルフォースは、それを見ている。指一本、突き入れることも出来ないまま、不確かなシステムにより立っている。

アビエイルは、あそこに割って入れたのだ。それは、彼女が"この世界(ウェザールーン)"に生きている証でもあった。


「あれが本当の戦いなら、なんでオレは、〈アルフォース〉は、あそこに居ないんだよ……ッ」


 ただただそれが、悔しくて。アルフォースは、自身でも気付かぬ内に涙を流していた。

縦に切り裂かれた腕が、じくじくと痛む。ポーションによる回復で、何もかも無かったことになっていた筈なのに。


「……出来るかよ、あんなの」


 それは決して、アルの声では無かったが。

観衆の、冷め切った心を代表するように、他の誰かが言った。


「馬鹿じゃねぇのアイツら……どうかしてる」


 アルフォースと同じ悔しさを滲ませ、しかし飲み込まずに吐き捨てようとしたアバターの1人の、冷たい声。

白けた空気とはこのことを言うのだろう。本気の者達を、本気で、現代の社会の中で「強さ」という原始的な価値観を求めた獣達を、コケにするような。


 ――オレの仲間を馬鹿にするな!


 そう言ってやりたくて、だが言えなかった。そう叫ぶ自分自身が、あの光景を、あの獣同士の"喰らい合い"を受け入れることができなくて。

何かを叫ぼうとして息を吸い、ただ、虚しい響きにしかならない。


「……よく見ておきなさい、アル君」


 声が掛かった。クァーティーが普段出すおどけた声とはまるで違う、一瞬で身体が強張るような硬い声。

手の出しようが無い、力が足りないと言うのなら、まさに彼女こそがそうだ。レベルもステータスも喪失し、2人の交錯を食い入るように見続けるクァーティーが、どのような表情をしているのか。

アルフォースからは、窺い知ることもできない。


「……これから先、少しの間でも"この世界"で生きねばならぬと思うなら……目を背けず、見ておきなさい」


 だが、聞き取れる声は、微かに震えている気がした。






「……あぁ、そうか……この世界には、"それ(魔法)"も有るんだった……」


 煙立つ爆炎の中から、果たして先に立ち上がったのは、男の方であった。

穴の開いた腹を手で抑え、呆然と呟く。まるで無双チートじみていた彼の、初めての目立つ負傷であった。

光子が漏れ、焼け爛れ、酷く痛むはずの身体を立ち上がらせてなお、男の声は歓喜に満ち溢れている。


「良いなぁ……凄いなぁ……! やっぱり、世界って広いんだなぁ……!」

「そりゃアンタの世界が狭かったのよ、変質者」


 対するリッツの負傷も、やはり大きい。切り裂かれた腕を代表に、身体の至る所へ鋼鉄の筆で輝く線を引かれ。


「アタシとダチに喧嘩売ったんだ、ちょいとビビった程度で帰れると思ってねぇだろうなぁ……!」


 その上で、牙を剥いて笑っていた。

暴力も、闘争も、殺意も。全て含めて肯定するような、野性味溢れる笑みであり。

ダメージ描写で欠けた眼鏡だけが、辛うじて彼女が人の間に適応しようとしていた努力の痕を残している。


「帰る? そんな馬鹿なことを言うなよ……。千載一遇の機会なんだ。

 恋患いとはこれほどなのかと思うくらいに、ドキドキしているんだ!」


 傷の痛みすら忘れたように、2人は石畳を蹴り、時には塀や壁を足場にしてまで肉薄し殺陣を繰り広げた。

リッツに魔法を打つ隙を与えぬ為だろう。リーチに勝るブレードも、必要以上に距離を取ろうとせず、常に一歩半の範囲を保ち続けている。


「日本は、良い国だったなぁ……ネットも、漫画も、空調も、何でも揃ってた。ありとあらゆるものが買えた!

 だけど僕は、ただ強くなる為の機会が欲しかった。誰の謗りも受けず、棒きれ一本振り回せるだけの空間が欲しかったんだッ!」

「んなもんよりアタシはねぇ、職が欲しかったわよッ!」


 弾かれ、逸らし、そして薄く皮を裂く刃のなんと美しいことだろう。

互いに身体の各所から光の尾を描き、月光に照らされ夢幻のようにかぶく。


「職なら有るだろう! 機会も! この世界でなら、力で解決できる問題が――幾らでも有るッ!!」


 それが、"化身殺し(アバターキラー)"の、世間に活かせぬ「努力」を積んだ者の歓喜であった。

この一太刀一太刀が、実を結ばぬと知っていて、それでも流し続けていた血潮の結晶。けして叶わぬと知りながら、焦がれ続けていた夢の数々。


「人が強くなれる世界! 強くなることに意味がある世界ッ!! それこそが……僕の夢に必要なものならァッ!」


 その重さであるが故に、半端では無い。

ギチギチギチと、拳と合わせた刃が鳴り合い。


「この惨状が、アンタの意味だとでも言うつもり!?」

「分かるだろう!? 届かないんだよ、声が! 善だろうと悪だろうと、何も為さないままではッ!」


 そして、何度も、何度も、何度も、何度も。



「『ガンバれるとか、なんかズルくね』なんて……チート扱いされるのが、オチなんだからさ」



 鋼を打ち鳴らす、祭囃子が聞こえた。



 ……幾度と無く剣戟の音を響かせる内に、次第にリッツの顔が苦痛に歪んでゆく。

彼女の傷口から溢れる白光が、外気に晒された拍子に火花や雪花に形を変える。その度に、リッツは僅かに表情を歪ませなければならぬ。


「……ッ、リッツ! おいリッツ! いい加減回復しろ!」

「大きなお世話よ! んなことしたら意地で負けるんだっつってんでしょ!」

「言ってる場合かよ!」


 反応しきれなかった剣先が、リッツの肩口に深く食い込んだ。

獣のような叫びが上がり、一際大きく傷つけられたばかりの傷口から炎や鎌鼬が吹き出していく。

それは敵だけでなく、リッツの身体すらも更に蝕み、余計に傷口を広げるものであった。


「随分と苦しそうだね、ご同類」

「お気遣いどーも……気遣いついでに、ちょっとこれ食らってくんないかしら?」

「御免こうむる、なっ!」


 だが、どれだけ顔を苦痛に歪めようと、リッツは他人からの回復を受け付けようとはしない。

知らず知らずの内の辻ヒールや、悪意をもった支援によるPK行為(特殊な例だが、中には常にHPを半分以下にすることを求められるMOBも居るのだ)に対応するため、支援魔法であっても外からの干渉は意識的にシャットアウトできる作りになっているのだ。

なぜ、そうまでして。アルフォースには分からない。馬鹿げたものにしか見えない。

だが、リッツは戦っているのだ。自分よりも、遥かに。


「あの現象……まさか、魔力過剰……?」

「分かるのか、アビエイル?」

「いえその、先輩から聞きかじっただけなんですけど……

 大規模な魔術回路に歪に力が集積し過ぎると、あんな風に脆い場所から具現して崩壊を起こす事故が有るとか」

「つまり、魔力による圧で弾け飛ぶ、と言うことデスか。厄介な」


 なるほど、〈リッツ・サラディ〉は『連環オートスペル』を軸とした殴り賢者だ。

つまり攻撃を続けていれば自然と呪文が発動するということであり、システムに沿って動くならば、とっくにもう何発も魔法を放って居なければおかしい筈。

それを無理に押しとどめていれば、あのように蓄積した魔力を制御しきれなくなり、終いには、自分へのバーンダメージで自滅もあり得るということか。


「でもそんな、人の身体でそんなことが起きるなんて」

「……結局、我々は『正しく魔力が扱える』のでは無く、『システムに沿って魔法を発現できる』だけデスからね。

 システムから外れた行動を取り続ければ、安全弁セーフティーが上手く作動しないことも有るのかもしれないデス。

 逆に言えば、蓄積された魔力さえ上手く発散させることができれば問題無いのでしょうが」


 しかし幻想ファンタジーからかけ離れて暮らしていた日本人たちに、いきなりそのようなことが出来る筈もなく。

ついにはリッツも膝を付き、四属性の魔力をあちこちに拡散させながら屈み込む。

身体の各所に身につけた、〈シャドウロード〉のモンスターハートや〈エレメンタルガントレット〉の四宝玉に代表される輝石たちが、破裂寸前だと言わんばかりに虚しく光を放っていた。

もはや動けぬのだろう。悔しげに地面の砂を握りしめながら、リッツは荒く息を吐き出す。


「やれやれ。こうして決着が付く鍵となるのが、アバターとしての性能差だとは甚だ不本意だが……

 まぁ、終わってしまう以上仕方がない。言うべきことは言ったのだし、後は世界が強くなるのを待つとしようか」

「リッツ……何とか出来ないのか、クソッ!」

「無茶言わないでよ、もう……」


 それだけの隙が相手にあれば、彼女とて既に試みているだろう。

その代わり、彼女が倒れこんだことで目まぐるしいまでの立ち位置の入れ替わりは、もはや起こりようが無くなっていた。

今なら狙うことが出来る。アルは、咄嗟に自身の弩弓ドレッドノートで仮面の男に対し狙いを付けようとして。


「……ッ」


 自身の両手が持ち成れぬ剣と盾で塞がっていることに、強く歯噛みした。


「……ごめんね」


 その様子に、何かを思ったのだろう。何に対してかも分からないまま、リッツは謝罪の言葉を口ずさむ。

痛むのは傷だけではない。体中が魔力によって刺激され、皮膚の内側から何本もの針で刺されているようだ。

身体を夜風が撫でるだけで、皮膚に雷が落ちたかのようだった。もしや噂に聞く痛風などは、この様に痛むのだろうかと、ついつい取り留めのない思考まで行ってしまい。



「――今日のところは、僕の勝ちです」



 ブレードが露の滴る刃を振り被るのを、リッツは為す術もなく見上げた。

まったく、4年も牙を隠して生活していたツケか。心のタガが外れた以上、リッツは目の前の同類に対してある種のシンパシーすら感じていた。

分かっていた筈だ。どう言い繕った所で、刀なぞ結局は人を切り殺す為の棒きれだと。

法と規制にぐるぐる巻きにされ、暴力と一緒くたに「反社会的行動」に放り込まれる寸前の存在。

義務教育から武道が外されて、もう何年になるだろう。剣道の試合が、竹刀で有効打をとる方式からお互いに定位置で型を見せあうだけになってから、どれ程の時間が経ったか。

歴史と伝統のある国技として、文化的価値が辛うじて残されているだけだ。剣術なんて、もうまともに教えられる所も少ないだろうに。


「クァーティー、クァーティー! くそっ、お前も何か声かけろよぉ!」

「……デスが……」


 後ろでは、アルフォースとクァーティーが揉める声が聞こえた。

アタシのために喧嘩しないでと、どこと無く場違いな台詞が浮かび、笑いが漏れる。

自分の身体を思ってくれるアルフォースと、自分の意地を買ってくれたクァーティー。どちらも良い仲間だと、掛け値なしに思う。

……惜しむらくは、勝てなかったことか。勝っていれば、2人にあんな言い争いもさせずに済んだ。


 ずぷり、と首筋を冷たいものが通り抜けていく。


 致死ダメージに至ったのを確認し、リッツの身体システムがモンクスキル『根性』を発動させた。

後5秒の間だけ。リッツ・サラディは即死をキャンセルし、HPは1のまま動くことができる。

思い切り立ち上がり、最後の一撃を振りかぶる。体中を焼く痛みは、最早何をしても痛すぎてあまり気にならなくなっていた。


 ――アタシの中に、獣が居る。


後4秒。何かが胸につっかえて、捨て身の突進は止まる。心臓を貫く刃だ。流石、最後の最後まで残心がよく出来ている。

後3秒。あぁ、アタシが何処かへ流れ出ていく。腕や首の切断された痕を結びつけていたものが解けていって、アタシの形が崩れていく。


 ――恐れるな。


後2秒。頭の中がずくんと疼いて、ふと、眩しさを感じた。

突如、疑問が間欠泉のように溢れてくる。身体の中を駆け巡る"これ"は、いったい何なのだろうかと。

流れ出て行くと言うことは、どこかで留まると言うことだ。そこにはいったい、何があるのだろうか。


 ――震えるな。


後1秒。あぁ、それにしてもやっぱり、負けたくなかった。相手に。いや、社会に?

やはり自分は、戦いもしないまま負けるべきでは無かったのだ。頭は脳が煮えたぎるほどに熱く、悔しさで感覚が焼け焦げていく。

まだ何か、やれることは残っていないだろうか? ここから全てに勝つために、まだ切ってない札は。

魔法? そう、この身を焼くのが魔力だと言うなら、つまり、この身体そのものも……


 ――考えるな。



0秒。全て分かった気がした。



 ――感じろ。


「『魔力の、奔流』ッ……!」




 その瞬間、HPが0になった〈リッツ・サラディ〉は、体中の傷全てが四分五裂し、バラバラの肉片となり。

直後に、彼女から溢れ返った光の粒子が人の形を為して、目の前の男へと襲いかかっていった。


次回6/10、決着まで一気に投稿します。

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