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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
20/39

19

 キザな名乗りをしやがって、と思う暇すら与えられなかった。

左腕に、骨に重く響く衝撃。『パリング』にも成功し、HPもそれほど大きくは減っていないのに、盾を握りこんだ指の付け根が熱く感じる。


「う、ぉ、お前……ッ!」

「……あぁ、弾かれた。そうだよなぁ、そうじゃなくっちゃなあ。

 さぁ、どんどん行こう。此処に敵が居るぞ。君の待ち望んだ存在だ、良かっただろう、なぁ!」


 ふざけやがって、と言い返す暇すらも無い。

さっきの一撃は、「勘が働いた」とでも言うような偶然で防げたのだ。アルフォースは基本的に、相手の攻撃を避けるようなステータスはしていない。

DEXは高いので攻撃が当たらないということも無いだろうが、どちらかと言えば後衛よりのステ振りなのである。まぁ、職補正だけで生半可なアタッカーより体力はあるのだが。


「ッ、『マイティガード』!」

「……あぁ、なんだ。それに頼っちゃうのか」


 すぐに回復できるよう、ポーションの位置を意識しながらアルは自身のODスキルを発動させる。

これならば、一分間はどんな技が来ようと即死とはならないだろう。カミイズキはODスキルを発動させる前に殺されたようだが、自分はそうはならぬ。

そう、一息ついた所であった。


「"じゃあいいや"」


 あの日、「ベヒモスが振り向いた時」のあの感覚が、アルフォースの背筋を駆け上がる。


「――う、あああッ!!」


 呑気に盾を構える〈アバター〉の身体を無理矢理引きずり倒し、アルは不格好に身体を倒れこませた。

そうしなければ死ぬと、自分の心が叫び声をあげていた。こっちはマイティガードも使っていて、相手は何のスキルも使っていない、ただの通常攻撃のはずなのに。

相手とすれ違うように身体を潜り込ませ、2、3歩たたらを踏みながらやっと身を起こす。その上を、赤く煌めく一閃が掠めていった。

"システム"であれば絶対に行わない、芋っぽいアクション。今、身体を動かしたのは有栖自身に他ならないのだ。


「へぇぇ」


 あまりにもなりふり構わない避け方に、相手もまた面食らったようである。

その隙にアルは全力で相手から離れる。逃げるわけでは無い。だが、相手の間合いの中で一瞬でも会話に気を取られるような真似は、必ず命取りになる気がした。


『……転送、完了……! アル君、そっちは無事デスか!?』

「キュー子! キュー子ッ! そっちじゃない、"こっちに来ている"ッ!」


 何が、と正確に伝えるような暇も無い。伝わってくれ、と願いながら、アルは曲がり角を曲がった先で僅かに戦闘態勢を整える。


「このぉッ!」

「うわっ!?」


 そして、追いかけてくる相手に不意打ち気味に斬りかかる。昔、漫画か何かで見た単純な喧嘩殺法であった。

これが意外と、FPSなどでも有効な技法なのである。何らかのサーチで壁を透過した相手が見えるようなシステムだと、意味が無いことも多いが。


「あぁ、ビックリした。やるじゃないか。流石、"ベヒモス狩り"ってとこなのかな」

「……なんだよ、それ」

「人が死にかければそれだけ経験を積む。うん、素晴らしい、とても素敵だ。早く皆がそうなってくれれば良いのに」

「何言ってんだ、お前ッ!」


 剣戟を捌きながらうっとりと笑う様は、まさに狂人といった有り様である。

元は同じ日本人である"アバター"を殺して回っていた奴なのだから、もとより狂人以外の何者でも無いとはいえ。

クァーティーに渡された〈カッツバルゲル〉の刃を、アルは何度も相手に振り下ろす。

剣の弾き合う音。握った腕に響く衝撃。ほんの一瞬、くぐり抜けた殺意の高揚が、アルフォースをもまた血走らせていた。


 ――だが、当たらない。


 当たらない、当たらない、当たらない。

袈裟に振り下ろせば斜めに避けられ、胴を突けば剣先を逸らされ、盾で殴りかかってもひょいと躱される。

重ねて言うが、本来弓使いである〈アルフォース〉の攻撃命中率はかなり高い方だ。あの回避と連打力に全てを掛けたリッツに対してさえ、2回に1回は当てられる程度の精密性(DEX)は持っている。

だが、当たらない。何度斬りかかっても、当たるイメージすら浮かばない。相手の動きそのものはそう早いものでなく、おそらくリッツよりも数段低い程度のAGIしか無いにも関わらず、だ。


「くそっ、どんなチート使ってやがる……!」

「チート? ……あぁ、チートね」


 アルフォースが吐き捨てたその瞬間、この場にあった熱の全てが冷めた気がした。

ブレードが呟く声のトーンも、表情も、何も変わってないのだけれど。


「地道な努力と掛けた年月、と言ったら?」

「……は?」

「分からないだろ? だから、君じゃないんだ。悪くは無かったけれど」


 〈カッツバルゲル〉を大きくはじき、男は自身の刀を鞘に収めた。

当たり前だが、"M&V"では抜刀しなければ近接攻撃は出来ない。何のつもりかは分からないが、隙であることには違いがないはずだ。

斬りかかる。いや、攻撃できると判断した〈アルフォース〉の身体が、"システム"に導かれて腕をふるう。

何の工夫も無い、手本のようにまっすぐな剣であった。アルフォースにはそれが、なんだか酷く乖離して見えた。

相手が抜刀する。微かに曲がった刀のたわみに、カッツバルゲルの刃筋がそらされる。

それは、抜刀であると同時に防御でもあった。相手が刀を抜き終わり、小手を返して構えた時、アルフォースは既に頭を垂れるような体勢で剣を振り下ろしていた。




「"くびをはねられた"」




 伸びきった腕を、肩を、鎧の上を滑るようにして、首筋に"ぬるり"と刃が迫る。

何のスキルも乗っていないただの通常攻撃であるし、『マイティガード』の効果時間はまだ残っている。アバターのHPだってまだ満タンである。


 そんなこと(ゲームシステム)とは何も関係なく、アルフォースにはそれが致命の一撃に見えた。



 □■□



「いっ……ぎぃぃ……」


 痛い。

左手の親指の(痛い痛い)付け根から(痛い痛い)二分するように(痛い痛い痛い)手の平が裂け(痛い痛い)腕の骨が縦に(痛い痛い)切り裂かれ(痛い痛い)ようとする寸前で(痛い痛い痛い)前腕部の鎧に阻まれ(痛い痛い痛い)どうにか刃が(痛い痛い)食い止められていた(痛い痛い痛いッ!)

あくまで弓手用の腕装備であり、甲を少し補強している程度で手首まで革で覆われているタイプなのが不幸であった。傷口から僅かずつ光の粒子がこぼれ、容易く風に撹拌されて大気に溶ける。


「呆れた。無茶するなぁ」


 神経の集中した手の平から、腕の肉まで裂ける痛みを想像してか。

さしもの"化身殺し"も呆れと苦笑いが混じった口調で、忠告じみた言葉を発した。


「刀ってのはさ、アニメみたいに掴んで止めるようなもんじゃ無いんだよ?」

「知……ってんだ、よぉ……ッ!」


 痛い。骨が削られた後のあの痛みが、のたうち回るように左半身を駆け上がり、頭の裏からアルフォースをぶっ叩く。

それでいて、ひやりとした鉄の感触が体の中から感じられる違和感。これでHPの5分の1も削れていないと言うのだから笑わせる。

歯を食いしばっていないと、内蔵の中身が全てひっくり返るまで叫んでしまいそうだった。

ぐわんぐわんと、落とした盾が地面で揺れ動き、静止までの音を立て続ける。


「それに……お前のタイプも、大体分かった……!」


 だが、こうして左手を捧げたからこそ、アルフォースはまだ戦闘態勢のまま立っていられるのだ。

これが首に1ミリでも刃がかかっていたら、アルフォースの首は切り飛ばされていたに違いない……"何がしかのゲームシステムによって"。

アルの瞳が、仮面の奥の相手を見る。ポリゴン表示の無い眼穴の向こうは、得体の知れない何かで黒く塗りつぶされていたが。


「お前、クリ竜(クリティカル特化型〈竜牙兵〉)だな」

「うん?」


 〈竜牙兵〉。〈重騎士〉と対をなすウォーリア系上級職であり、〈重騎士〉が盾ならばこちらは矛としての性能に特化した存在、と言って良いだろう。

自身の狩った竜の牙で首飾りを作ることで初めて認められるという彼らのスキルは、HPが少ないほど攻撃力が上がる『背水』、更に自身のHPを削って攻撃力を上げる『猛火の血』などなど。

とにかく、ダメージディーラーとして強大な攻撃力を確保することに長けているのが特徴であった。


 特に、アルの言う"クリ竜"の中核となるのは、敵の「急所部位」――"プレイヤー"に関して言えば首から頭部――に攻撃を当てた際、同時にクリティカル率を高める『竜殺しの極意』。

そして何より、急所部位に命中した攻撃がクリティカルであった時"一定確率で即死させる"パッシブスキル、『キリングバイト』であろう。

〈ウォーリア〉や〈ハンター〉といった物理系火力職は、概ねこういった急所部位に対応するスキルがあり、かつてアルフォースが必ずベヒモスの眉間を狙っていたのも、そこがベヒモスの急所部位であるからに他ならない。


 しかしアルフォースの記憶では、彼らクリ竜が暴れた時間はごく短い期間であった筈だ。

かつて〈重騎士〉に傾きすぎた前衛の比重を調整すべく、各職業に運営の手が入れられていた時期。〈竜牙兵〉の殲滅力をテコ入れするために、『竜殺しの極意』のクリティカル率と『キリングバイト』の即死率が同時に上方修正されたのである。

勿論、そんなことをしてバランスが無事に済むはずがなく、あっという間に『キリングバイト』の方の即死率は元に戻されたのだが、それでも高い『極意』のクリティカル率と、ボス属性持ち相手に即死判定を出した場合のダメージ調整は残された。

即死で対象最大HPの2倍ダメージを叩き出す気持ちよさと相まって、クリ竜はロマン職としては比較的メジャーな存在として認知されていた、のだが。


「……それでも、どんなにスキルLvやステータスを上げても、『キリングバイト』の即死率はいいとこ10%の筈だ。

 一撃必殺なんてできるわけが無いのに、何をしやがった……?」

「おかしなことを言うなぁ」


 兜の奥に脂汗を隠しながら、アルフォースは鋭く睨みつけ。露出した顔の下半分で、ブレードの口角が釣り上がる。


「本来、首を切られりゃ人は死ぬべきなんだぜ」

「そんな、こと……ッ!」

「いいや、大事なことだね。だっておかしいだろ? 首とか、頭とか、急所に一撃食らっても、HPさえ残ってれば痛いだけで死にはしないなんてさ。

 それどころか、そもそも死んだ所で"死に戻れる"? なぁ、そんな頭おかしい単語があるかよ」


 だって、死と言うのは「戻れる」ようなものじゃ無いだろう? と。奴は言外に、そう言っていた。

"死に戻れる"ような軽い事象を、死亡と言い切ってしまっていいのだろうか。それ自体は、アルフォースも心の何処かで常に抱き続けていた疑問だ。

……だが、傷つけば痛い。何故?


「でもまぁ、良いさ。それはそれで素晴らしい話なんだ。

 多少無茶をした所で痛いだけで済んで、後遺症も何もない。万々歳だよね」

「これが、素晴らしい話だってのかッ!?」

「なら、現実の方が良かったかい? 君のその怪我、本当ならもう左腕を動かせるか分かんないぜ。

 今どき立派な人工義手もあるけど、5年毎にお買い替えするのは辛いだろうよ」

「……――ッ!」


 じんじんと痛みが滲み始めていた神経に、再び稲妻が走る。

引き抜かれる鋼の冷たさが骨の髄にキンと染みて、アルフォースは言い返すこともできず奥歯を噛み締めた。

鼻先で刃が風を切り、糸引く光の粒子を振るい落とす。アルの瞳からは涙が溢れていたが、それを拭うこともせず、未だ片手に持ち続けていた剣を構えた。

剥き出しの敵意をぶつけるアルフォースに対し、ブレードは莞爾として笑う。


「本当に惜しいな、悪くない、悪くないんだ君は。むしろ凄いとさえ思う」

「何が、だよッ!」

「もう少し時間があれば。あるいは、最初に君こそが気づいていたなら……そう思わないでもない。

 まぁ、時間ならこれからいくらでも有る。やるからにはけじめは付けさせてもらうけれど、別に何を失うわけでも無いんだし」


 こと此処に至って、ようやくアルフォースは目の前の男から湧き上がるぞわぞわとした嫌悪感の正体を掴んだ気がした。

笑いながら本気でこれから殺す相手を励ます姿は、傷つけることを、そして傷つけられることをまるで厭っていないかのようで。

むしろ当たり前のように、「傷ついた分、人は前に進む」と信じているようですらあった。


「リベンジしてくれる機会が有れば、楽しみに待ってるよ」


 来る。アルフォースは下唇を噛み締め、剣先を下げるよう脇に構えられた煌めく刃を見る。

あの、ぬるりとした斬撃だ。さして早くもないが、不思議と避けることのできない剣の振り。

強い一撃のイメージというには、もっと身体全体を躍動させるのが当たり前だろうに。ブレードは身体をピタリと動かさないまま腕だけを振るう。


(どこだ、どこで消える)


 恐らくは何か、カラクリが有るのだ。

奴のチートの種を、解き明かさなければならない。そして、クァーティーに伝えなければ。

ただ一瞬のタイミングに合わせるために、アルフォースは獲物の僅かな動きすら見逃さぬ狩人の観察眼で刃先を捉え続ける。


(どこだ)


 ほんの僅かな一瞬を。……一瞬が。

来るまでもなく、拍子抜けするほどあっさりとアルフォースの身体は自然と斬撃を回避していた。

当たり前のように振り切られて、当たり前のように身体が避ける。"システム"の補助が働いたのだ。


「何?」


 緩く切り上げられた刃の軌跡を躱すため、〈アルフォース〉は後ろに重心をずらして。

そして、全くの無警戒であったその軸足を、ブレードは足で大外に刈るようにして払い除けた。


「しまっ……」


 それそのものにダメージは無い。攻撃動作として、システムに認知すらされていない。だが、現実としてアルフォースの体勢はガクリと崩れた。

警戒しているつもりで、その実、相手の刃しか見えていなかった視界を夕闇の空が覆い尽くす。

ブレードが振り切った小手を返して大上段に構え直した。腕は大きく開き、もはや、情けなく地面に尻餅をつくまでアルフォースにできることはないだろう。

そして、もうこの場面で起き上がれることは二度と。


 驚くほど、簡素な「詰み」であった。スキルでもステータスでも無く、ただのモーションによって持ち込まれた。

故に、アルフォースは"殺され"ねばならぬ――


 彼が本当に、1人であったなら。






「魔法攻撃、斉射ァッ!!」






 火と、氷と、雷の矢が交じり合うように尾を描いた。

ブレードが、振り上げた刃を下ろす暇もなく飛び退くと、ちょうど彼を挟んで射線上にいたアルフォースにぶち当たる。

とはいえ、フレンドリー・ファイアを気にする必要もない魔法の矢弾だ。対象以外に命中した場合、いたずらにエフェクトを撒き散らすだけで済むようになっている。


「ごめんアル、遅れたわ」

「……おま、――ッ!」


 その先頭に立っていたリッツが軽く謝罪の言葉を口にし、アルは無理に身体を起こそうとして裂けた手をつき悶絶した。

痛みに悶えるその身体に、赤色の薬液が振りかけられる。割られた筈の骨の髄まで染み渡り、粒子が溢れでていた傷がまたたく間に癒えてゆく。


「まぁーったく、また無茶な怪我して」

「……うっせ」

「でも、ま。良く頑張りましたデスよ、アル。お陰でどうにか間に合ったデス」


 ごわごわした革手袋越しに頭を撫でるクァーティーから、アルフォースは所在なさ気に視線をずらした。

その横ではリッツが『瞬唱スナップキャスト』を駆使し、魔導師隊と共に連続して魔導の刃を飛ばす。


「何よもう、ちょこまかと!」

「流石に魔法はッ……避けるしかなくてね!」


 彼は路地に転がしてあった空の樽へ、そして箱の上へとよじ登り、障害物を盾に飛来する魔法攻撃を躱していた。

その動きは鮮やかなものであり、視界が開けていればまた違うのだろうが、狭い路地で逃げ回る相手に相対したことのないユニオンの魔導師たちでは翻弄される一方だ。

下級呪文じゃ埒が明かぬとふんだのだろう。唯一、AGIの補正が効くリッツがブレードの前へと躍り出る。


「しゃらくさいッ! 直接叩き込んでやるわ!」

「駄目だリッツ! 接近戦は……」


 打ち込まれた拳の隙間を縫い、"化身殺し"の手が伸びた。

豊かな胸を覆うチューブトップの衣服を引きつかむと、巻き込むようにみぞおちへと肘を突き入れる。

女性としてはやや大柄なリッツの身体が前のめりによろめき、倒れるべき位置には、既に低い姿勢でブレードが潜り込んでいた。


 人体が宙に浮く。


 片手のみを使い、相手の体重と勢いを利用して投げたのだ、とアルフォースにはすぐに理解することはできなかった。

"M&V"に、そんなスキルは無い。いいや、"投げ"なんて言うシステムそのものがまず存在しない。

だが現に今、リッツは飛んでいた。まるで頭陀袋か何かのように放り投げられて、勢い良く地面に叩きつけられようとしている。


「リッツ!?」

「……いや、躱されたよ」


 叫び声を上げるアルフォースを諌めるように、ブレードが苦笑した。

彼の手の中から、白い粒子が風に乗って消えようとしている。握りしめていたのは、確かにリッツの胴装備だったはずだが。


「とっさに装備を外したんだ。叩きつけることもできなかった。あれじゃ、本当にただ放り投げただけさ」


 よくよく見れば、確かにリッツは狙って飛ばされたのではない。2人分の体重ごと地面に叩きつけられる前に、自分から拘束を振り払い飛んだのだ。

投げ飛ばされたリッツの身体は、貝殻や海藻などを詰めて積まれた木箱に直撃し、中身を酷く散乱させた。

四散する内容物の隙間を縫い、リッツの視線がブレードと一瞬の間に交叉する。闘争心にあふれた、ギラついた瞳が。


「良いなぁ……ああ、やはり貴女だ。貴女でないと、満足できそうに無いんだ。

 だけど、今は先に――さて、取り敢えず道は開いたかなぁ!」


 だが。こうして前に出たリッツを反対方向に投げ飛ばしたことで、最早魔法隊と"化身殺し"の間を遮るものも無くなっていた。

にわかに魔導師たちに混乱が走る。一度引くか、応戦するか。付け入るには、充分すぎる隙。


「とぉう! 任せるであります!」


 そこに飛び出て来たのが、倉庫内にも居た新星ゼミの生徒たちである。

学生という、時間に余裕のある身分を活かしやりこんでいたのだろう。確かに、彼らの装備は抜かりなく最上位のもので構成されているようだった。

〈竜牙兵〉4人という前衛ばかりの変則パーティであるにも関わらず、彼らの連携は意外にも噛み合っており。


「ザーボンさん! ドドリアさん! フリーザさん! ジェットストリームアタックを仕掛けますよ!」

「お前誰役だよロリコン!」

「古いミーム分かんねぇって、俺前に言ったよなぁ」

「『猛火の血』! 『アヴェンジ』! 『ソウルハウル』! キチガイじみた攻撃バフに減ったHPを『マイティガード』でカバー!

 背水型〈竜牙兵〉こそタイマンにて最強と言う証拠を見せてやるるぁー――!」



 ――だからこそ。



「……あぁ、流石に。この人数差では、足を止める暇も無いなぁ」

「なッ!?」


 その隙間をするりとくぐり、走り抜けるブレードの異様さは余計に際立つ。


「……まただ、また避けさせられて……」


 呆然と、アルフォースが呟く。"化身殺し"が脇をすり抜けていった瞬間、彼ら4人が取っていたのは攻撃ではなく、"回避"のモーションであった。

"相手の攻撃よりも早く行動し、相手に対応させている隙にまた行動する"。

やはり、やっていること自体は単純だ。問題は、それを可能にする速度を得るために一体何が行われているのか。

抜刀からシームレスに攻撃まで繋ぐ動作。重心を維持しながら、極限まで無駄を省いた攻撃モーション。そんなものは、"M&V"のゲームシステムにありはしない。

第三者の視点で見ればよくわかった。まるで1人だけ、別のゲームから現れたかのような動き(モーション)の差異。

チートじみた? いいや逆だ。ブレードの動きには、嫌になるほどの"現実感リアリティ"が詰まっていた。


「だが、駄賃は貰っていくッ!」


 そして彼の進行方向上に、不幸にも杖を構えたまま対応できずにまごつく魔導師が1人。

"半木精人ハーフノーマン"デフォルトの、髪型7番。ふわっとしたショートボブが評価の高い頭頂と首の根が、悲鳴も上げられずにおよそ半回転して逆さまになった。

光の粒子を撒き散らし、胴と泣き別れになった頭部の髪を"化身殺し"は荒々しく掴む。まるでランタンで照らすかのように背後に振りかけてやると、その影を『シャドーエイム』で並走していた〈影業〉の青年が目を眩ませる。


「ニン……!」

「『微塵隠れ』でゴアめいて爆散、なんてのは流石の僕も御免でね」


 手を離すまでもなく、アバターの頭部はやがて力なく倒れた胴体と共に全て粒子に還元され消えてゆく。

その場での蘇生が不可能なのは、PvPやGvGといった対人戦全体での仕様だ。このモードで死んだものに蘇生待ちは許されず、速やかに「死に戻り」として消えなければならない。

空いた片手を再び刀の支えに戻すと、彼は強かに柄で影業の男を打ち据える。

鼻っ柱に受けた男がたたらを踏むと同時に、胴体を袈裟に切り下ろす。おまけとばかりに4人の〈竜牙兵〉が追いかけてくる方へ蹴り転がしてやると、ちょうど〈影業〉の身体が傷口から赤熱光を放ち始めた。


「……無念ッ」


 ドォン、と腹の底を揺るがすような爆音が響く。

『微塵隠れ』は〈影業〉のみ取得できる高倍率のデメリットアタックで、"M&V"の中でも随一の知名度を誇るネタスキルで――とどのつまり、自爆であった。

爆発のタイミングはスキル使用からちょうど30秒後。範囲こそそこまで広く無いものの、格下のMOBであれば一撃で殲滅しうるほどの爆炎となる。

もうもうと立ち込める黒煙に、慌てて退避した竜牙兵たちが咳き込みながら顔を顰め。


「ゲホッ……あの忍者、ついにやりやがった」

「ていうかアイツ、まともに喋れたんだな」

「普段ニンニンだけで不思議と言いたいことが伝わってくるんだよなぁ」

「……って! のんびり話してる場合デスか!? 思いっきり取り逃がしてるじゃないデスか!」


 煙がすっかり晴れるころには、当然ながら"化身殺し"の白い姿は影法師すら消えていた。

狭い路地から道を変え、大聖堂前の噴水広場にまで繋がる大きな通りを駆けて行く。

突破を許せば、一般のアバターたちも巡回するエリアだ。〈"輝刃剣"クラウ・ソラス〉を賭けているクァーティーが、良くない風向きに悲鳴を上げる。


「ええい、あっちの通りは広いから補足は簡単な筈であります! 撃て撃て撃……あ、ダメだ速ぇッ!」


 そしてまた、わずか数秒の内に突き放された距離を視認し、ユニオンのメンバーからも声が上がった。

いかに後衛として分類される〈魔導師〉たちでも、その魔法が無限に飛ぶわけでは無い。元がゲームである以上、射程距離に限界はある。

運が悪かった仲間の、凄惨な死に様を目の当たりにした魔導師たちが、硬直から解け呪文の詠唱を完了するまでに相手が射程距離を抜けるか否か……

はっきりと言えば、分の悪い賭けであった。"M&V"としても、向かってくる相手の足止めはともかく、この距離で逃走する相手を封じる手段はあまり無い。

無い以上は仕方が無いと、そう簡単に溜息をついて諦められるようなことでは無いけれど。


「何なんデスか、あの速度……AGIが特別高いような感じはしませんでしたが」


 白染めの袖をたなびかせ、街路を走り抜ける彼の速度もまた、"システム"に属するものから見れば異常に速い。

けして飛び抜けた程では無いのだ、基本を100とした時の110から120、せいぜいその程度では有るのだが。

だが、それだけではない。障害物を盾にすると言う柔軟さ、たった1人で集団相手を切り抜けた際の身の動作。そして何よりも、それらの要素が有機的に絡み合って運用される「上手さ」。


 "ずる(チート)"をして、悪事を働いているのは、向こうの筈なのに。

この世界はとっくに"現実リアル"で、"幻想ファンタジー"では無いと認めたはずなのに。



 ――あの男に比べたら、自分たちの方がよほど胡乱な存在なのでは無いか?――



 それは最早、誰一人として言語化しないだけで、この場に居る全員に共通した思いであった。

「自分たちが変質している」と言うのは、アバターたちが腹の底に押し殺していた、氷のように凍てついた不安感であった。

それをまるで暴くように、晒すように、ブレードは殺して回っている。

治癒したはずの左手の傷が、ズキリと傷んだ気がした。アルには、それが酷く嫌な予感のように思えた。


「……どうするであります? やはり一度ミズエール殿のところに戻って、再転移を……」

「しかし、彼らは彼らで仕込みが有るとかで、先程から連絡が取れず」

「一応、ちゃんと〈注視〉によるターゲッティングを行いましたので、近辺に居続ければ探索可能だと思うけど」

「となると、急がば回れデスか……? あ、ちょっと! アル君どこ行くデス!?」


 くらりと、倒れこむように駆け出したアルを、今後の対応について話し合っていたクァーティーが見咎める。

キンキンと輝くコール・クリスタルには目もくれず、アルは誘われるように遠くなった白い影を追い始めていた。


「……だけど、止めないと」

「そんなのは分かってるデスよ! だからこうやって集団で先回りするためにはどうしたら良いかの話を……」

「違う、そうじゃないんだよ! ……分かんないけど、それじゃマズいんだ!」

「だったら1人で追いかけていけばどうにかなるんデスか!? さっきあれほどコテンパンにやられてたじゃ無いデスか!」


 それは。……確かに、その通りなのだけれど。

張りきって、食って掛かって、ぐうの音も出ない勢いで蹴散らされたけれど。

ズキリ、とまた左腕を幻痛が走った。冷静になり、クァーティーたちの所に戻るべきだろうか。迷いが足を引き、ブレードの影が離れていく。



 ――そんなアルの横を、猛烈な速さで駆け抜けて行く姿があった。



「お、お前っ」

「……はっ、ハハッ! ハハハハ!」


 逢魔ヶ刻の街に、女の高笑いが響く。欠けた伊達メガネをかけ、緩く纏めていた長髪は、結び紐がほどけ定形テンプレート通りの純人8番として波を打つ。

まるで、停止していたエンジンが動き始める時のように、低音から高音へ――黄昏を裂き、笑う。


「アハハハハハハ――ぶっ飛ばぁすッ!!」


 〈リッツ・サラディ〉。世にも珍しい、最高レベル帯の〈殴り賢者〉であった。


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