表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
18/39

17


 数日後のバーデクトの街を、うろこ形状の雲に併せてアバターたちのざわめきが揺蕩っていた。

今までの間、金で借りた宿に閉じこもり、必要最低限以上の外出は避けていた者達も含め――この街に残り続けていた者たちの中から、およそ千人。

友人、あるいはギルド単位で固まってあっという間に街を埋め尽くした高Lv戦闘員の集団を、街の住人らしき〈人類種マニオン〉たちが不安げな瞳で見つめている。


「な、なぁ騎士様……なんだか、アバター様がたが随分街に出ておられるようだけどさ、ありゃあ本当に、大丈夫なんだろうね?」

「はい、アバター様がたはどうやら本格的に"化身殺し"を捕まえることに決めたようです。

 万が一戦闘に巻き込まれてはいけませんので、用事を早めに済ませ、今日はなるべく早く帰ることをオススメするであります!」

「そ、そうかい? なら良いんだけどねぇ。物騒なのは嫌だねぇ……」


 制服に身を包んだ〈白犬騎士団〉の衛視に対し、1人の老婦人が恐る恐る、といった様子で話しかけた。

とりあえずの納得はしたのだろうか、複雑な表情で帰路に戻っていく老婦人を見送り、衛視の少女――アビエイル=クウェイリィは、改めて"アバター"たちの微妙な立場を言葉の端々から感じ取る。


「……大丈夫かな、クァーティーさんたち……」


 やはり街の住人は、武器を持った戦闘力のある集団が大勢街を出歩いていることを、あまり快い目では見れないらしい。

最近はそれも大分理解が浸透したのか、多くのアバターたちが街居る間は武器を外すなどの工夫をするようになったのだが、今日に限ってはそういう訳にも行くまい。

なにせ、此処しばらく街を騒がしていた"化身殺し(アバターキラー)"を本格的に狩り出すのだ。街の中とはいえ、戦闘になる確率は0では無い。


「な、本当かな。化身殺しを捕まえられたパーティに、〈"輝刃剣"クラウ・ソラス〉が与えられるって」

「どうだろうなぁ……でもあれ、本物だったのは確かだよ。どうせ暇なんだし、参加してみるだけしてみようぜ」

(用意してあるのは本当ですよー……出来レースですけど)


 たまたまアビエイルの近くを通りすがっていったアバターたちが、胡散臭そうに呟くのを聞き、アビィは思わず口に出さぬように独りごちた。

"M&V"のレアの中には、数々の神話から手当たり次第に持ってきたと思わしき武器や装身具などが用意されている。

その多くはギルド級以上のボスレアであったり、あるいは定期的に行われるイベントで上位入賞した者にのみ与えられる品だったりするのだが、基本的な特徴としては単純に性能が高い以上にオンリーワンな特性を持っていることが多い。

性能とモチーフを併せて〈神話レア〉と呼ばれるそれらの装備群は、今でも多くのプレイヤーたちに「一級廃人の証」として羨望、あるいは嫉妬の対象として見られているそうだ。


(それにしてもクァーティーさんって、なんであんな物を持ってたんだろ……)


 誰がそんなものを「ただの客寄せパンダ」として用意できたかと言えば、当然、クァーティーしか居るまい。

アビエイルにしたって、光を反射しているわけでもないのに光り輝いている、神々しいまでの名剣を見るのは初めてだ。

歴史ある〈白犬騎士団〉の団長クラスとなれば、ある程度名の通った剣を携えているのかも知れないが……誰も、それをただの人寄せに使おうとは思うまい。少なくとも、アビエイルからは縁遠い代物だ。


 もっとも、流石のクァーティーも本気で〈神話レア〉級の装備を懸賞金にする為だけに用意したのではない。

本物を一目見るために、あるいはあわよくばチャンスがあるという口車に乗せられて集まったアバターたちは、皆〈ユニオン○番〉と振り分けられたパーティを組み、集団での行動を強いられる。

ペトロニウスたちの本命は、彼ら臨時パーティが街を覆い尽くす際にあえて一つ空白地帯を作り、そこに"釣り餌"を用意して化身殺しをおびき寄せることであった。

ユニオン側もその為の手段については色々と考えては居たのだが、クァーティーがバックに立ったことで結局は「物で釣る」作戦が一番手っ取り早いという話になったのだろう。

それにしても、人が一ヶ月生きられる金額をポンと出すアバターたちが、それほど眼の色を変えるあの剣はどれほどの価値の物なのだろうか。

それこそ、一般市民に過ぎぬアビエイルには及びもつかない話なのだが。


「もしかしてあの人たちって、アバター様の中でもとても凄い人たちなんじゃ……」

「手間をかけるな、アビエイル炊班兵」

「ひゃっ!? あっ、は、はい!」


 かっぽ、かっぽと石畳を爪あてが叩く音を響かせ、アビエイルの制服を数段立派にした鎧姿の男が、人で混雑する通りの端に大型の狗竜を止めると、鞍上からアビエイルにむかい声を掛けた。

物思いにふけっていたアビィの背中が、バネ玩具のように跳ねて背筋を正す。


「鋭意警備中であります! 騎士グレイマン殿!」

「……まぁ良い、見なかったことにしておこう。改めて見るアバター様がたの異様に腰が引けているよりはずっとマシだ」

「ほっ……あ、いやいや。腰が引けている者も居るのでありますか?」


 うむ、と小さく唸り声を上げて、騎士グレイマンはそれきり幾ばくかの沈黙をした。

僅かな間であるが、それは迷いだったのだろう。信心深く礼儀にも厳しい男であるからして、少しでもアバターを非難するような言葉に戸惑いを覚えたのかもしれない。

だが結局は言うことに決めたようで、彼は頭上からアバターたちに視線を向けると、やや呆れたような口調でこう言った。


「……普段の立ち振る舞いは素人だし、彼ら自身、素人であると隠そうともしない。

 だが一度剣を抜けばその太刀筋は正確無比。あるいは大魔法すら軽々と扱い、何より目も眩むような装備ばかり身に着けている。

 彼らはそれが"大いなるもの"の恩寵であるかのように語っていたが……事実、やろうと思えば我が国くらい簡単に落とせるのだろうな」

「グレイマン殿……?」

「私はそれが、情けなくて堪らない。"海の果て"よりもなお遠いところから来た、ただ戦える力を持たされただけの非戦闘員だと?

 聖姫様はなぜそのような者たちに頼る前に、我ら誇りある白犬騎士団を頼りにしてくれなかったのか!

 我ら騎士団の、魔族に対する奮闘は、それほどまでに情けなき物だったのか――」


 胸に当てた拳を握りしめ、大柄な体格の騎士が唸る。

日々丁寧に磨かれているのだろう、細かい傷跡が残りつつも輝きが色褪せていない手甲が、鋼同士で擦れあい軋む音をたてた。


「――いや、そのような話では無いのだな。おそらくは、聖姫様にも、我々にも、そしてアバター様がたさえも予想の埒外の出来事だったのだろう。分かってはいる、分かってはいるが……」


 悔しげに歪む男の表情に、アビエイルはどう声をかければ良いのか分からない。

少しして、グレイマンの表情が自戒するように柔らかくなった。鞍上からではあるが、決して不快では無い声がかかる。


「……いや、すまない。余計な話をした、忘れてくれ」

「りょ、了解しました……けど。ええと、それでは警備に戻ります……?」

「あ、あぁ、それだ。私としたことが本題を忘れていたな」


 年齢的には、まだまだ若輩と呼ばれる騎士である。

一度照れ臭そうに咳払いをすると、胸に手を当て肘を付きだした姿勢で声を張り上げた。


「クァーティー炊班兵! 以後、此処の警備は他の者が引き継ぐ。君は海の区東に行き、"ユニオン"のアバター様がたに、この書物を届けよ」

「はっ! 了解であります! ……ええと、これ、中身は……?」

「……港の地図の写しだ。さすがのミルドニアン司教も、これを持ち出す許可を取るのには大変な手間が掛かっている。

 彼らと一番に親交が有るため君に預けるが、もし仮に紛失した場合、問題は君の首だけではすまないと思え」

「は、ははははいっ!」


 グレイマンの激励に再び背筋を伸ばして敬礼を返し、アビエイルはおっかなびっくり雑踏の中に姿を消していく。

残された騎士もまた、狗竜の鞍に乗ったまま目を細めて道を行き交う人々を眺め続けていた。


「……世界は変わるだろう。魔族軍の侵攻がそうであったように、彼らの手によって否応なく変えられていく。

 しかし願わくば、その歴史の1項にくらい"人類種われわれ"の足跡が残っていて欲しいと考えるのは……俺の、エゴでしか無いなのだろうか……?」


 騎士がその場を去る前に呟いたその一言こそ、人々が"化身アバター"に感じる不安感の、根源と言えるのかも知れなかった。



 □■□



 ぶぅん、と風切音を鳴らしてみる。2~3kgの鋼の塊と言うのは、重心が切っ先にあるとこうも重いものなのかと感心した。

それを、ブレなく保持できる自身の身体も大概だ。〈アルフォース〉の肉体は、慣れぬ剣装備であってもあっという間に使いこなしてくれる。

もっとも、重量だけで言えば普段装備している超大型弩弓〈ドレッドノート〉も大概なのだろうが、そこはスキルの差だろうか。久しぶりに装備した盾にも微妙に違和感を感じながら、アルはやや幅広な剣を鞘に収めた。


「〈カッツバルゲル〉デス。ちょっと命中マイナスが係る分基礎攻撃力が高めで、ややSTRの低いアル君にはぴったりのはずデス。

 ハートは〈ワークアント〉2個付けので、とりあえずHPを重視しておきました。耐えられなきゃ話にならんデスしねー」

「……うん」

「盾は〈ダークバックラー〉の〈ミストアサシン〉付け。ま、いわゆる対人用の三減盾(ダメージを三割減少させる盾)デスね。

 そっちはたまーに〈聖者〉持ってくのに使うんデスから、ちゃんと返して下さいよう?」

「……ああ」


 どうにも上の空、といった風のアルフォースを半目で見上げ、あまりの装備を片付けたクァーティーは呆れたように首を振る。


「んもう、ほんとに大丈夫デスかぁ?」

「……あいつだってやるんだ、Lvが10も高いオレが、出来ないわけ無いさ」

「まぁーたそういうこと言って……もー、15歳なんデスから……」

「なんだよ、15歳って」


 眉根を寄せ、冗談めかして肩を竦めるクァーティーを今度はアルが睨みつけ。

もう一つ口を開く前に、クァーティーのピンと伸ばした指先で口元を突き刺された。反り返った特徴的な前髪がピコピコと揺れる。


「"PvP"、初めてなんデスよね?」

「……そうだけど」

「『これをされたら痛そうだな』とか、『ここまでしなくても勝てるだろ』とか、あんま余計なこと考えちゃ駄目デスから。

 相手が嫌がるようなことを積極的にやっていく! これ、対人戦の基本デス」

「嫌な標語だ……」


 中のプレイヤーがあまり人と競うことを好まない人種なのも含め、確かにアルフォースは対人戦の経験はあまり無い。

人型MOBを相手に考えても、あまり無いと言って構わないだろう。人型は概ね属性攻撃の通りがイマイチで、動きもそこそこ早いものが多いからだ。

後衛キャラクターは、矢弾や魔法の種類を変化させることで弱点を付くのが基本である。故に、あまり人型のMOBは狩りの対象として好まれない。


「はぁ、もういいだろ……自分で言い出したことなんだ、ちゃんとやってみせるよ」


 余計なお世話はこりごりだ、という顔でアルは目前まで突き出されたクァーティーの腕を払うと、深く溜息を吐いた。

普段、バリスタを武器とする彼がどうして今、剣と盾の準備をしているのか。それには勿論、とある理由がある。






 ――時は、クァーティーたちが、協会ユニオンを訪れていたときのことであった。


「……オレも、囮役をやる」


 バン! と音を立てて天板が叩かれたかと思うと、アルは一際低い声でそう告げた。


 なにぶん、魔法と違い弓や銃は街中で使用するには流れ弾の危険が大きい。

"M&V"ではシステム上、プレイヤー同士のフレンドリーファイアでダメージを受けることは無かったはずだが、この世界相手ではそうも行かぬ。

狙った対象だけをホーミングするようなスキルはそうそう覚えられるような物ではないし、それを使ったところで誤射のリスクが0になるわけでもないのだ。

ましてや、"|巨大な弩から放つ大砲の一撃ミストルティン"がメインウェポンであるアルフォースなど、流石に運用できる筈がない……

そういった諸々を、クァーティーがなるべく遠回しに伝えようとしていた最中であった。


「余計な気使ってさ、むしろ腹が立つよ」

「いやしかしデスね、流石に〈ドレッドノート〉を街中で振り回すのは」

「だから、剣と盾使えば良いんだろ? 別に装備できないわけじゃねーんだ。〈マイティーガード〉だって持ってる。

 そりゃ、最低限のスキルしかないから他の重騎士よりは柔らかいかもしんないけど」


 そこでアルフォースは、ぐわりとカミイズキを指差し。


「アイツに出来るなら、オレにだって出来る」


 敵愾心をたっぷりと含んだ口調で、そう言った。


「いやはや、なんだかライバル視されてますねぇ」

「んもー、すみませんデスねー、ウチの子が……」

「誰がお前の子だ」


 快活に笑うカミイズキを前に、クァーティーが冗談めかして目を細めると、気に障ったらしくアルがさらに声を荒らげる。

怒りのままに何かが飛び出しそうであった口を固く結び、一呼吸して落ち着くと、今度は妙に言い出しづらそうに顔を伏せた。


「……大体、オレのせいだろ? オレが一緒について行ってれば、キュー子も真っ二つになんてされなくて済んで……」

「あぁ、だからなんとなく居心地悪そうにしてたんだ」


 なるほどねー、とリッツが頷く。

どうも雰囲気が刺々しいと思ったら、先日のクァーティー惨殺事件に関して彼なりに思うところが有ったらしい。

だのに全くそのことを責めるどころか触れられもせず、挙句の果てには別の男を使おうという話になるものだから、逆にこじらせて不機嫌になっていったと言うことか。


「やれやれ、そんなの気にしたって仕方ないデスのに」

「お前な……」

「今後、必要とあらば命を使う場面も出てくるでしょう。あるいはただ単に見捨てることもあり得るかもしれません。

 その時、それを『お願い』するのは……まぁ、私の仕事なのデスよう」


 現状、実質的に三人のまとめ役となっているのはクァーティーだ。だとすれば、確かに彼らの"(HP)"の使いドコロを指示するのも、彼女の仕事になるであろう。

この世界は確かに、ゲームでは無いが……かつてM&Vにあった"システム"に依る部分は、アバターたちにとって未だに大きい。

それは、戦闘のバランスについてもそうである。M&Vでは「蘇生」がそこそこ容易である代償として、格上の狩場では少し運が悪かっただけでも簡単にパーティが半壊するようになっていた。


「……まるで、命を消耗品みたいに言うんですね」


 言葉の節々から滲み出る、危険の匂いを感じ取ったのだろう。アビエイルがわずかに身を竦ませる。


「あぁ、勿論一緒に行ってくれる場合はアビィちゃんの命が一番デスけど? なんせ我々と違って、替えがききませんから」

「か、替えって……」

「『死に戻り』ができるというのは、そういうことデス。

 純粋な"この世界の人々(マニオン)"デスと、回復魔法の効きも悪いのデスよね?」

「まぁ、そうだね。鎮痛、解毒、化膿どめ……そのくらいには使えるが、例えば切り傷を塞ぐような効果は無いようだ。

 我々が回復用として使ってるポーションも、本来は栄養剤くらいの用途なのだろうね」


 それもまた、もっともな話であった。

もちろん、この世界にも魔法というのはもともとある技術だ。白犬騎士団の中にも、下級の回復魔法を備えている者は数多く居るだろう。

……が、数さえ重ねればそれで瀕死の重傷から立ち直れる、というのもまたおかしな話であった。

少し高めの日用品程度の値段で売られている回復薬をたらふく飲んだからと言って、骨折した足や焼けただれた肌が元通りになるだろうか――"アバター"であれば、それも可能なのである。

リアリティが無いと言えばその通りな、ゲーム的なデフォルメがきいた箇所。……"現実リアル"と化したこの世界においてもなお、適用され続けている……――






「な、一つ聞きたいんだけどさ」


 飛び出たシカの耳に俯きがちな視界を遮られ、アルフォースは追憶から浮かび上がった。


「正体不明って言っても、何度も人前に姿を表してるんだから、姿格好くらいは判明してるだろ?

 なのになんで、それっぽい奴が捕まらないんだろーね」


 何を気に入ったのか、どうにも先日からアルたちの周辺をうろちょろ動きまわっている街の子供――"耳売り"のハリスである。

当然といえば当然の質問に、しかしアルフォースは顔をしかめた。上手く説明する自身が無かったのである。


「……わりと今更な話だな、それ」

「そりゃ、アバター様からすりゃ当たり前の話かも知れないけどよう。そろそろ俺たちにも、教えてくれたって良いだろ?」

「いや、別に良いけど……うーん」


 なにせそう難しい話でも無いのだが、ある意味では凄く面倒臭い話になってしまうのだ。

純白の和装に、真っ白な鴉面。それらは間違いなくこの世界に存在するもの、「ではない」。

電子マンガ雑誌Cometで毎週金曜に更新している、大人気少年マンガ「ゲンペスト」の主人公、ヨシツネの戦闘衣装に他なるまい。

アバター視点で三ヶ月ほど前に行われたコラボイベントの報酬であり、鍛えればLv50相当の装備として使えないこともない装備だ。

そしてそれ以上に、とある特徴がある、のだが。


「……アレはつまり、我々の世界において『架空の英雄』だった人の姿を真似たものなのデスよう。

 あの装備が有れば、どんなアバターであろうとも、姿も声も彼そのものに変化させられることができるのデス」


 言葉の詰まったアルフォースを見かねてか、クァーティーが助け舟を出した。


「架空の英雄ー?」

「ええ、そうデス。具体的にはデスね……――こんな感じだよ。どうかな?」

「うわっ、気味悪ッ」


 ごそごそとバックパックを漁っていたクァーティーが振り返ると、その顔の上部を覆うように白い鴉面が被さっていた。

髪型や声色は勿論のこと、凝ったことに口調まで変えて、男とも女ともつかない中性的なハスキーボイスである。ずんぐりとした子供の体格から繰り出される声の違和感に、ハリスは耳を抑えて後ずさった。


「気味が悪いとは失礼だな。一応これでも、プロの声優と同じ声なのに……

 あー、あー、『僕の名はヨシツネ。宇治川は、狙われている』」

「台詞の捏造をするなよ」

「『ゲェーッハハハ、捕らえたヘイケどもは皆殺しダ! デストロイ!』」

「キャラクターの乱造もするなよ……」


 本物とは似ても似つかぬ台詞を好き放題吐きながら、後ずさるハリスを追いかけるクァーティーをアルは呆れた目で見つめた。

ひとしきり追いかけ回して飽きたのか、クァーティーは足を止め、頭装備を解除する。顔を覆っていたヨシツネ仮面が光の粒として消え、バックパックに吸い込まれていった。


「と、まぁ頭だけ装備なら声だけデスが、フル装備だと骨格まで変わるんデスよこれ。

 そういうわけデスので、いくらそちらさんで探しても下手人すら見つかるハズが無いのデス」

「そっかー、残念だなー。もし見つけられたら、高く売れそうな情報だったのにさ」

「ええ、そちらのボスにも宜しく言っておいて下さいな。まかり間違って関係ないアバターが私刑を受けるようなことがあったら、問題が一気に面倒くさくなるので」

「……ボス?」


 ペトロニウスのことかと一瞬思ったが、どうもクァーティーの口ぶりからすると違うようだ。

鹿の耳を生やした少年の口が、ニヘラと笑う。はて何のことやら、アルにはどうにもピンと来なかったが。


「思い出すデスよ。ここ"信興国"が、聖職者と何の国か」

「……あぁ、スカウトギルドか。こいつ、こんなんでもギルド員だったのか」

「こんなんってなんだよぉ。ま、一応ヒミツのお仕事って奴なんだけどさ。良く分かったなー、ちんちくりん」

「身寄りのない少年少女たちの取りまとめなんて、いかにもそれっぽいデスしね。後、仮にも年上デス。敬意を払いなさい」


 つまりは最初から、知ってか知らずか"アバター協会"もこの国の表と裏から接触を受けていたと言うことか。

ペトロニウスとて、勘働きの悪い男ではない。そうと知っていたからこそ、この生意気な子供を受け入れていたのかも知れないが。


「はぁ……そっちは準備できた?」


 アルが眉間に皺を寄せていると、大きな布をかけて作った仕切りの向こうから、黒髪のアバターが顔を覗かせた。

協会のホールでも何度か見た顔だ。確か、ミズシマと言っただろうか。ユニオン館内での動きまわり方を見るに、サブマスター的位置に当たるのだろう。

何やら溜息をついて、気が重そうな様子である。クラウ・ソラス効果で随分と大掛かりな作戦になったため、プレッシャーを感じているのかも知れないが。


「大丈夫デス? なんか、うかない顔デスねー。あ、アル君の準備ならできてるデスよー」

「そう、なら良かった……うん、まぁ、しょうがないって分かってるんだけど、ちょっとね。

 えーっと、それじゃあクァーティーさんもこっちのパーティに入っちゃって」

「はいはいなのデスー、っと」


 今や少し懐かしい電子的な音を立て、クァーティーの目の前にウィンドウがポップする。

空間に指を這わせるように青白いインフォメーションボードを操作して、クァーティーは今まで組んでいたパーティから脱退すると、もたつきもなくミズシマたちのパーティに加入していった。


「なーなー、アレは何やってんだ?」

「端末操作だ。つってもお前には見えないだろうけどさ」


 見えない者からすれば、突如クァーティーが奇妙なパントマイムを始めたようにしか見えないだろう。

"システム"を介して表示されるあらゆるウィンドウを、この世界の人類種は見ることができない。当然と言えば当然なのかも知れなかったが……


「へー、面白そうだなー、俺も見たいなー」

「……別に、そんな大した物でもねぇよ」


 好奇心旺盛な少年を惹きつけるのには、充分だったらしい。

何とか見れないものかとちょこまか視点を動かすハリス少年を、アルフォースは鬱陶しそうに抑えた。


「えーっと、これでプロクシーってのは可能になるのかしら?」

「そうデスねー。ギルド同士で繋がるのならもう一人欲しいとこデスが、ギルド=パーティ間なら私一人で充分デス。」

 ま、急にやれって言われても難しいことデスしね。集中と言うか瞑想と言うか、まぁ、ちょっとしたコツが必要なので」


 自己催眠的な要素もありますから、とクァーティーは語る。

元から無茶な行為であるからして、どうやら相性の悪い人間にはトコトンできないこともあるらしい。


「なんだか、超能力めいたお話ね……」

「実際のところ、そうなのかもデスねぇ。念動力サイコキネシスは無理でも、案外伝心テレパスならこの世に存在していてもおかしく無いのかも知れません。

 もう100年もすれば、そういった才能が科学的に発掘されて、広く利用される時代が来るのかも知れないデスね。なんせ、機械を通じて人の脳みそ同士が繋がる時代が来るなんて、私が10代の頃は思いもしませんでしたから」


 クァーティーが10代の頃は、まだ電網はサーバーを通じて繋がる"インター"の時代であった。

それがいつの間にやら、ラグランジュ点には仮想の"レイヤー"を支える為の機械が浮かび上がり、地球のあちこちで揚がった凧が、例え富士の樹海に居ようと変わらぬ通信速度を提供してくれるようになっていた。

電線は無くなり、電力もまた無線で供給される時代である。専門外のクァーティーには最早理屈も良くわからぬが、今や通信回線は送電線の役割も果たしてくれるらしい。

端で会話を聞いていたアルフォースが、感慨深そうに声を出した。


「超能力、か」

「お? ちょっと憧れます?」

「いや、別に。でもヒカガクテキだー、とかは言えないんだろうな、この状況じゃ」


 改めて途方も無い事態なのだな、とアルは現状を噛み締めながら頷いた。

なにせ、それを言うなら今のアバターたちが置かれている状況こそが非科学的そのものなのだ。

MMOのキャラクターとしてゲームの世界に転生する。これほど科学が太刀打ちできそうにない出来事も、そう無いだろう。


「……本当に、そうなのかしら」


 しかしミズシマは、金の片眼鏡に包まれた目を細めて呟いた。

何かに気付きかけているようで、しかし心の底では気付きたくないと思っている、そんな表情。


「ミズシマさん?」

「……いえ、ごめんなさい。それより、カミイズキ君見なかった? さっきから探してるんだけど、ここじゃ無いのかしら」

「カミイズキ君デスか? それなら……」


 露骨に話題を逸らしたようであったが、今追求するようなことでも無いだろう。

彼の名が出た時、ちょうどアルフォースの表情が兜の奥に消えた。くぐもった声が、傾きはじめた太陽に照らされた路地に響く。



「――リッツを呼び出して、港に行ってるよ。少し、話が有るんだとさ」


次回投稿は5/31です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ