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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
17/39

16

やっと折り返し。シティアド長いなぁ……



「よくやるよな、キュー子のやつ」


 ヴァージニアから差し出された柑橘水を飲み干して、退屈そうにアルフォースはボヤいた。

とは言えこの少年、常態はだいたい退屈そうに斜に構えているので、つまりいつもの調子ということなのだが。


「懐かしいわねー、アタシもあんな感じで勧誘されたんだっけ」

「……そうだっけか? オレの時はもうちょっと、必死な感じだったけど」


 『0715』の後にクァーティーと行動するようになったのは、アルフォースの方が3日ほど早い。

衝撃的な出会いの後、辻ポーションの押し売りを丸一日受け続けたアルが根負けし、結果としてクァーティーと同行することを了承したのだ。

今にして思えば、あれは彼女が初めて死に戻りを体験し、「この世界は1人ではやっていけない」と理解したタイミングだったのだろう。今よりもずっと、やり方が強引で焦っていたように思える。


「でもリッツの時はもっとこう」

「いやー、懐かしいわね」

「餌付け……」

「懐かしいわね!」


 リッツが頑なに押し通そうとするので、アルは降参の意を示すように手を上げた。

まぁ、誰にだって塗りつぶしたい記憶くらい有るだろう。それはともかくと、カミイズキが言葉を繋げる。


「彼女はどのような人なのですか? 見た目以上に老練な人物のように思われますが」

「というか、そもそも女なのかね。分からないだろ、こんな世界じゃ」

「んー、多分それは間違い無いと思うわよ。なんというか、距離の取り方が女なのよね」

「取り方、ですか?」


 ある種、定形通りの質疑応答を行っているクァーティーを尻目にカミイズキが尋ねると、ひとつ指を立てたリッツがずい、と向かい合うように身体を乗り出した。


「っ!」

「ほら、圧迫感あるでしょ。こういうのが気になる距離って、結構男女によって違うらしいのよ。

 確か男の方が前方に広くて、女の方が横に広いんだっけ……んー、まぁうろ覚えだけど」

「うろ覚えかよ」

「こういうの、キュー子の方が詳しいんじゃないかなぁ。ほら、見てみて」


 思わず仰け反ったカミイズキの前から身体を引き、リッツはクァーティーの方を指さす。

ペコペコと頭を下げるアビエイルを宥めつつ、クァーティーは未だ会話を続けている。位置は少女の正面で、お互いに手を伸ばしてギリギリ触れ合うか触れ合わないか、と言ったところ。


「あれが何だよ?」

「アルさー、普段あんまりキュー子が正面に居るイメージ無いでしょ? 大体、斜め前くらいに立ってることが多いんじゃない?」

「……そう言われると、確かに……」

「分かってるのよ、自分の感覚で男性の正面にたつと、軽い不快感を与えてしまうって。

 だからこう、面と向かい合って話す時以外はちょっと斜めに立つの。そうするとシルエットも心持ち細く見えるし」

「へぇ……なるほど、そう考え方も有るんですね」


 ま、アタシが言ってることは雑誌の受け売りなんだけど、と軽く笑ってリッツは頬杖をついた。

その隣、カミイズキは爽やかな微笑みを浮かべて、しきりに感心したように相槌をうっている。

アルフォースはなんとなく、この男のことが気に入らなかった。まぁ自分が初対面で人を好きになることなんてそうそう無い(と、彼は思っている)が、それでも特に、彼へは微かな嫉妬を覚える。

別に顔が良いからというわけでは無いが……。


「そういうアンタは、今まで何してたんだよ。なんか妙に、充実してる雰囲気漂わせてさ」

「僕ですか? ……まぁ、学生だった頃よりは今のほうが充実した生活をしているのかもしれませんね。

 最近はめっきり、練習もロクにできませんでしたから」

「へー、高校生? 部活か何かやってたのかしら。まぁ、雰囲気が運動部っぽいわよねー」


 さらにどうにも、ここに来てからリッツの機嫌も直ったように見えるのが余計に気に食わなかった。

それはあくまでアルフォースの主観であり、リッツ自身は単に赤の他人の前でまで不機嫌さを当たり散らすような行動を自粛しているだけなのだが。

後は場に蔓延する自然体っぽい空気が、自身の学生生活を思い出して懐かしいというのもある。

負担に思っていたつもりは無かったのだが、"アバター"という皮を脱ぎ捨てたことで少し気が楽になったらしい。



「あ、あの、私……やっぱり、街の人が困っているのをそのままにはしておけなくて……ごめんなさい!」



 そしてどうやら、あちらの方の話もついに決着が付いたようだ。

深々と頭を下げるアビエイルの前で、何故かクァーティーは満足そうに腕を組んで何事か思いふけっている。


「ふむ……結局、"化身殺し"の問題が解決して、街の住民が安心を得られるまではこの街を離れるわけには行かない、と」

「はい……あの、お誘いしてもらえたのは光栄なんですけども……」

「逆に言えば、犯人さえ捕まえられれば否やは無いのデスね?」

「は、はい……はい?」


 ふふん、と口角を上げて笑みを深めるクァーティーを見て、アビィは一瞬何を言われたのか分からずに小首を傾げた。

その様子を見たペトロニウスが、指で口髭をなぞりながら感心したような声を上げる。


「む、早速なにか思いついたのかね?」

「それはもう、参謀担当デスから。と言っても、元からあったものに最後のピースを嵌めるだけデスが」


 そう言うが早いか、クァーティーは自身の巨大なバックパックから荷物を取り出し、そっと卓の上におく。

碧色をした一つの大きな蔓から、水晶のような結晶が房となって実っている。蓬莱の玉の枝、あるいは花のかわりに飴玉がなる鈴蘭とでも言えば分かりやすいだろうか。

まさにお伽話の産物であるそれを、一番信じられぬ物を見る目で見ていたのは、この世界の住人であるはずのアビィであった。


「〈コール・クリスタル〉……」

「お、ご存知デスか?」

「そ、それは、だって、とても貴重で重要なマジックアイテムじゃないですか!

 騎士団でも本当に上の方の人が、緊急事態を伝えられるように1つづつ持ってるってくらいしか知りませんけど……」

「あぁ、"こちら"ではそうなのデスね。確かに、使いようによっちゃ便利なのは間違い無いデス。

 私らにとってはむしろ、〈ギルド〉の繋がりを示すアイテムとしての印象が強いデスが」


 この蔓に実った1つ1つの結晶体は、それぞれ「蔓から切り離されても同種の魔力で繋がっている」という性質を持つ、らしい。

その上で他の蔓に実った結晶体とは、なにやら波長のような物が違い、リンクしないようにできているのだ。

つまりは、"M&V"において「同じ蔓の結晶を1個づつ持っていれば、何処に居てもお互いの声を伝えられる」という設定が付与された事になる。


「まぁ、アタシらにとっちゃありふれた物よね」

「えぇっ!?」


 乳白色に透き通った結晶を指でつつきながら呟くリッツに、アビィが困惑の視線を送った。

ファンタジー世界の住人にとっては世界が変わるほど便利なものでも、アバターたちにとっては基本的に元の世界にあった技術の焼き直しだ。

その上、すでにアバターには"端末"による通信手段がある。付け加えるなら、一つの蔓に実った結晶体は全て同じ声を伝えると言うことは、逆に言えば一つの蔓に実った数にしか声が伝わらない制限がある、ということでもあった。


 はっきりと言ってしまえば、ゲームであった頃の"M&V"で〈コール・クリスタルの蔓〉を1つ取得すること自体は非常に容易である。

今、クァーティーが用意したような実が8個のクリスタルの蔓であれば、Lv20になった際にちょっとした連続クエストをこなすだけで誰でも入手することができた。

ただし、2つめ3つめとなるとそれなりに手間がかかるし、最大の32個なりの蔓となると、入手にはかなりの運か多少のカネ――この場合、ゲーム内の通貨でなく日本円――を用意する必要があった。


 クァーティーが取りだしたそれも、かつてキャラクターがLv20になった際についでに取得しておいたものである。

そしてこの〈コール・クリスタルの蔓〉は、ギルド作成以外の用途で使用されることはまず無い。

今このアイテムを取り出したからには、クァーティーはコール・クリスタルを"使用"するつもりなのだろうが、だとすればそれは、何のために行われるのか?

あっけらかんとした様子のクァーティーを、他の面々が怪訝な表情で見つめていた。


「うーむ、つまり……"化身殺し"に気取られぬよう、ダミーギルドを作る、ということかね?」

「大雑把に言ってしまえばそうデスが、何か問題が有りましたか?」

「うむ、こう言っては何だがね、その手段は一度試そうとはしたのだよクァーティー氏。

 だがやはり連絡を受け取る側も一度"ユニオン"から離れなくてはならない以上、どうしても連携に難が生まれてねぇ。

 言葉は悪いのだが、実験の結果『無理がある』と結論付けざるを得なかった! うん!」


 彼を良く知るものから見れば、いつも小気味良く舌が回る彼にしては珍しく、少しばかり言葉を告げ難そうな様子であった。

だが、クァーティーは大して気を悪くする事もなく、ふむすと一息ついて首を傾げる。


「……"パーティ"は組んだデスか?」

「うん?」

「『連絡を回す係』専門のパーティは組んだ上で、そう結論を出したんデス?」

「……いや、すまない。何だろう、それは」


 なるほど、その方法までは流石に知らないか。見れば、ソロやせいぜいパーティでの活動が中心だったからであろう、リッツやアルフォースも顔に疑問符を浮かべていた。


「ふむ、実は有るのデスよ。Gvプレイヤーにしか殆ど知られていない、とっておきの方法が――」



 □■□



 さて、"M&V"において、ギルドのメンバー上限数の最小は8人である。にも関わらず"M&V"には、推奨人数がそれより上なボスも少なからず存在する。

推奨人数の数が少ない方から順にソロボス、パーティボス、ギルドボス。……そして、どう考えても推奨人数が同Lv帯100人を超えているであろう、"レイドボス"というのもごく少数だが、居ないわけでもない。

イベントの終わり際や季節の節目に鳴り物入りで登場してくるそれらのボスは、運営側としては「連携とか気にしないでワイワイ遊んでね」という意図のものなのだろうが……そこはゲーマー、どこまでも上を求める奴らは居るものだ。

そうでなくとも、高位のGvGになると普通に"ギルド単位で"状態異常を付与しあったり――例えば、一時的に敵対ギルドを全員移動不能にしたりとか――するので、それを避けるためにわざわざ一時的にギルドを抜け、小さなギルドを組むこともあった。


「そういったものの為、『ギルド同士で綿密な連携を取ること』を目的に試行錯誤された手段……それが連絡伝達専門のパーティ、通称『串PT』デス」

「串……あぁ、プロクシのことか」

「えぇ、こうして行っている我々の〈会話〉が、けして空気を震わせて行われているわけではないのは、知っているデスよね?」

「……え、そうだったの?」

「リッツ、お前なぁ」


 「すごく意外なことを聞いた」とでも言わんばかりに目を見開いたリッツを、呆れた顔でアルが見る。


「よく考えてみろよ。オレたちはこの世界に来るまで、電子的な仮想空間に居たんだぞ。空気も酸素も、有るわけ無いだろ」

「でもほら、呼吸だってちゃんとしてるし、声もちゃんと聞こえてるし」

「あー、それは……えっと……」

「『声を聞いた』と言うことにして、脳が処理しているのだよ。実は人間は、わりとアバウトに出来ているものなのだ。

 まず"記憶"という主観の結果が先にあり、その辻褄に合わせて脳が事実を改変する……僕のような研究者には、基礎となる論だね」


 アルが記憶から説明を引きずり出す前に、その言葉を継いだのは、何故かペトロニウスであった。

彼は途端に饒舌さを取り戻すと、その小さな身体で一生懸命に身振り手振りを行いながら情熱的に言葉を発する。


「つまり、我々は別に現実に言葉を発していたわけでは無いのさ。

 ただ、お互いの意識が混ざり合った中で、AからBに言葉を伝えたいとイメージを送る……するとまずBにその言葉が伝わり、『言葉が分かると言うことは音として聞こえたに違いない』とBの脳が判断して『AがBに向けて喋りかけた』と処理する。

 だから本来なら音が聞こえる筈のない水の中でも会話ができたし、ほんのミリセコンドの、本来不可能であるはずの時間の中で『決して早口ではない会話』を行うこともできる。

 これを利用し、かつては違う言語を用いる話者や舌の麻痺などでまともに喋れなくなった患者と意思疎通を行う実験が日々行われていて、今では動物の脳言語を解析しゴリラとの会話を試みる実験も――」


「わーっ、待った待った! そんな一気に言われたら頭がパンクしちゃう!」

「つまり『口を使ったフリをしてるけど本当はテレパシーで会話してたんだよ!』ということデスよー」

「はーん……え、凄くない?」

「そうデスね、凄い技術デスね」


 堰を切ったように溢れ出すペトロの言葉を、耳を抑えたリッツが必死に押しとどめていた。

クァーティーがリッツに向ける、その眼差しはひどく優しい。


「で……えーっと、なんの話だっけ……」

「まぁ、『0715』以前はの我々は、語弊がありますがテレパシーのようなもので会話していた、ということデス。

 ……試しては居ませんが、多分この世界でも、アバターは空気の振動によって会話しているわけではないのデスよう」

「……アビィちゃん、分かった?」

「え!? いや、ちょっと……」

「無茶ぶりは止めてやれよ」


 "テレパス"という単語すら無いこの世界の住人に、分かれと言う方が酷であろう。

何故か「やっぱり分かんないわよね」と得意気に頷くリッツを半ば呆れた目で見ながら、クァーティーはこめかみを捏ねた。


「えーっと、そうデスね……軽く図で説明しますと……」


 言うが早いか、クァーティーは自身のバックパックから紙と鉛筆を取り出すと、そこに6つの三角形を描きあげる。


「この三角形がギルドごとの情報レイヤだとするデス。それぞれの角の頂点がメンバーで、会話を共有することができる。

 で、これが更にいっぱいあって……今は、三角形同士はレイヤが繋がっていない状態デス。

 お互いに近ければ情報は行き来しますが、遠くなると繋がりません。なので、こうします」


 次にクァーティーは八角形からそれぞれの頂点を1つづつ選ぶと、それらだけを囲うようにぐるりと円を描く。

すると三角形同士が繋がり、円を中心とした六角形のような模様が出来上がった。


「これで、"一つの図形"になりました。この円が、いわゆる『串PT』です」

「……はぁ、確かに繋がったように見えるけど……これで?」

「後はもう、それぞれのレイヤから流れてきた情報を"代理プロクシー"としてそのまま他に伝えるんデスよ。

 するとあら不思議、まるで幾つものギルドが同じパーティ内に居るかのように連携が取れる、というわけで――」

「――『ピア・トゥ・ピア』かッ!」


 よく分かってない様子の他の3人(そもそもアバターでないアビィは数の外である)を尻目に、ペトロは飛び上がらんばかりに――いや、実際に何cmか浮き上がって――手を叩き、そのままクァーティーの肩をがっしと掴んだ。

クァーティーが話終わるのも待たぬ、圧倒的なスピードである。一瞬、クァーティー自身何が起きたのか分からず目をぱちくりしていると、その身体が物凄い勢いで前後に揺さぶられだす。


「できる! これはできるぞ! つまり1人をギルド全体がアクセスできる端末の代わりとすることでまるでギルド同士がパーティを組んだかのように対等に振る舞うことが可能になるわけだな! おお何故気付かなかった! やはり人間たまには初心を抱けということなのだろうか"レイヤーネット"とはそもそもそういう設計でデザインされていたものだと言うのにすっかり失念していたよ僕としたことが! しかし君は正しかったぞ旭君こんな縛りプレイ遊びの範疇でなければ産み出されるワケが無いか。いやぁ当時は半信半疑だったがまさにその通りだった! 機械の役割に無理やり人が置き換わるという発想の愚かさそして実現させる執念はもう狂気の産物としか言いようがあるまい君ィ!?」

「デスすすすす」

「ちょっ、止めなさい!? キュー子が壊れるでしょうが!」


 突如興奮しだしたペトロからクァーティーを引き剥がし、リッツは彼女の顔の前で手をひらひらと振った。

強い思念を叩きつけられたのと、物理的に振り回された両方のショックが響いているのだろう。クァーティーは頭を揺らしながら、舌足らずな口調で煙を吐いた。


「……なるほど、つまり思念で会話しているから、それを受けすぎると今のようになる、ということなんですね」

「……そういうことだな……」

「え、えっと……大丈夫ですか?」


 ペトロニウスの爆発的な思念を受け、"記憶"と現実感の差異が開き過ぎたのだろう。

三半規管に異常をきたしたかの如く軽いめまいを起こしたアバターたちを、アビィが心配そうに介抱する。


「ほぇぇ……ロックンロッカーになるデスよう」

「はぁ、やめなさいよホント。この子、今朝首がくっついたばかりなんだから」

「おおっとそれは確かに軽率だったね、謝罪しよう。すまないねえ、新しい知的興奮に触れるとつい熱くなってしまう」

「Yes。この際マスターには遮断器ブレーカーを取り付けることをお勧めします。誰がいつでも停止できるように」


 機械的にフィルタリングされた音声が、相変わらずの憎まれ口を叩きながらアバターたちの輪に切れ込みを入れた。

かの毒舌メイドロボこと、"人形司書"ヴァージニアだ。切り揃えられた銀の人工髪が、深く角度の付いたお辞儀に合わせて揺れる。


「あいにく、僕は自分自身に回路を取り付けた記憶は無いのだが……それはいったい何を遮断するのかね?」

「息の根でよろしいのでは?」

「物騒だな君はァ! 生命は復旧できないんだよ!? もっと大切に扱っていこう!」

「……そうですね」


 フ、と含みを持たせた忍び笑いまで再現された、非常に高度な人工知能であった。

やいのやいのと騒ぎ立てる主を尻目に、メイドは洗練された動きで綺麗に磨かれた皿やカップなどを配膳してゆく。

こうしてみれば、確かにそろそろ昼食の時間となっていた。先程から姿が見えなかったのは、その準備をしていたのだろう。


「今はミズシマ君の手伝いかね?」

「Yes。話の最中ではございますが、ご昼食のお時間です皆様がた。メニューは鶏肉のムニエル、またの名を『油ぶっかけ釜焼き錬金』です」

「やめてちょうだい、そういう合ってるけど間違ってるネーミング」


 名前で食欲を減衰させようとしてくるメイド人形を、背後から見下ろす黒髪黒目ブルネットの女アバターが半目になって注意した。

抱えた大皿には、香草をまぶされながらこんがりと焼きあがった鶏肉が小山のように積まれている。


 "M&V"でのアイテム生産の種類には大きくわけて2つがあり、1つがクエストをこなした後、特定の器具の前で行えるようになる〈作成〉、もう1つが特定の職で特定のスキルを会得することで可能になる〈製造〉だ。

代表的なところでは、〈調理〉〈錬金〉などが前者、〈鍛造〉〈革細工〉などが後者である。

どちらも後期オープンワールドの醍醐味であった「素材は何でも可、無限の可能性を試せる!」といった要素は完全にうっちゃり、特定のレシピを特定の釜に放り込んで数秒待てば出来上がる、最近ではむしろ珍しいほどに簡素なシステムだった。

……そのため、"システム"のレシピに明らかに足りないものがあるのはお茶目な点だろう。

鶏肉のムニエルのレシピはチキン、ハーブ、小麦粉、バター。味付けの塩コショウがどこから来たのかなど、考えてはならない。


「システム通りに作ってるんだから、作業工程がおかしいのは私のせいじゃ無いわよ、もう」


 別に生産で作ったからといって、何でも湿気った煎餅味になるということはないのだ。失敗作にさえならなければ、誰が作ろうと出来は均一、味はそこそこである。

強制的に一人前になるとはいえ、煮込み料理すら数秒で出来上がるので、むしろある程度までの纏まった量の生産には適しているとすら言えるだろう。

それでも副菜のサラダはきっちり手作業で作り上げた様子が見えるあたり、女性としてのプライドが勝ったのだろうか。


「あぁ、この建物には錬金釜あるんだ。良いわねー、冒険中は〈調理〉使えなかったからなぁ」

「やっぱ不便だったよな、アレ。かったくて酸っぱいパンで過ごさなきゃいけないしさ」


 食事事情に思いを馳せるとなると、アルとリッツの二人には事前の準備と知識不足ゆえの苦い思い出がすぐに思い当たる。

ツンと香り高いハーブをバターが優しく包んだ匂いは、あの時に比べればまさに天国の如しだ。思わず、唾もごくりと飲み込む。


「いやー、でもウマイよこれ。やっぱアバター様は良いもの食ってんなー」

「ちょ、ちょっとハリス!? 何しているのよ、行儀悪い!」


 待ちかねた食事の登場に沸いているのは、他の卓でも同様だ。

どこからくすねて来たのやら、狐色に焼き色のついた鶏肉を手づかみで食べ初めているハリス少年に、思わずアビエイルも拳骨を振り上げた。


「わぁ! な、何すんだよ」

「もう……恥ずかしいったら無いわ。アバター様がたは、決して手づかみなんてしないのに……」

「礼儀作法だけでなく、衛生の概念がしっかりしてたデスからねぇ……。

 そこの子も、ちゃんと食器を使って食べなさいな。病気になっても知らんデスよ」

「はーい分かったー」

「分かってないでしょう、もう! 私、今日という今日は怒ったからね!」


 適当に返事をかえすハリス少年に、ついにアビィが激昂し、その鹿の耳をつねりあげる。

だがこれでも、言っていることが理解できる程度には物分かりが良い方と言えるのだ。

食器も買えないほど困窮していれば、当然食事は手づかみで取るしかなくなる。開拓に失敗し四散してきた者の中には、そういった者達も当然居るはずだ。


 くぅぅ。


 くどくどとハリスを叱りつけていたアビエイルも、先に身体の方が辛抱たまらなくなったのだろう。

漂うバターの香りにやられ、小さくうめき声を上げて主張する腹を、顔を赤くして押さえつける。


「んだよう、アビィも腹減ってるんじゃん」

「……ハ、ハリスッ!」

「まぁまぁ。まだまだ話はせねばならぬことは多いデスが、とりあえずは食事にするデスよー。

 化身アバター人類種マニオンも、お腹が空くのは一緒のようデス」


 怒りと恥ずかしさが混ぜこぜになり、混乱するアビエイルに、見かねたクァーティーが苦笑いを浮かべながら言葉を発する。

途端、どこからとなく笑い声が漏れだして、食卓の空気を和やかに変えた。


 ――その二つの間に、果たしてどれほどの深い溝があるかも理解しきらぬまま。


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