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セカンダーズ、現実(リアル)が2つ?  作者: はまち矢
セカンダーズ、休みを過ごす?
15/39

14

 その日は、炊班兵アビエイル=クウェイリィにとって、1週間ぶりの休日であった。


 ノルチェナット(くるみ)広場のベンチに座り、日差しから陽気を貰い受けながらスープの入った木のカップを傾ける。

広場では各種スープの他に網焼きや蒸した芋、トマトジュースなどの屋台が客引きもせずに安穏と並び、街行く人が皆思い思いに昼食を取っている。

普段はここでこうしてのんびりしながら遅い朝食代わりのスープを買い、食べ物売りが読み聞かせの屋台に変わるのを待つのがアビィの休日の楽しみ方だ。

しかし今日は、どうにも悠然と読み聞かせ屋を待つことはできそうになかった。頭の中でぐるりぐるりと思考が渦を巻いて、隙を見せればすぐに引きずり込まれてしまう。


『――そう、ですから命令だから付いていく、というだけでは駄目なんです。

 "あの方々"を敬うでも無く、軽蔑するでもなく、一人一人の"人間"として見れる「あなた」が好ましい。決して階級など問題じゃないんですよ』


 昨日話した司教様の、諭すような言葉が耳に残っている。

一度は断ったはずの話だが、どうにも自身の心にしこりと言うか、未練のようなものがこびりついていた。


『恐らくは、長く険しい旅路になるでしょう。

 彼らは出来る限り尊重すると言っていますが、それでも命の危険が増すことに代わりはない。

 地力で劣る"我々"が先導者足りえる為には、熱意がある者でなければなりません。アビエイルさんは、夢があるのだとか?』


 頭の良い人だった。階級からすると雲の上のようなお方だが、それでも一方的にではなく優しく丁寧な口調で語りかけてくれた。

身分に関係なく、自身が頼みこむ立場だと言外に示しているのだろう。こっちとしては、緊張してそれどころでは無かったが。


(……夢か。やっぱり、あるよね)


 それは世界を旅し、やがては"海の果て"を見つけてみたいという夢だ。

子供の頃に詩人たちが歌い聞かせてくれたように。自分が生まれたこの世界の、もっと多くの表情を見てみたい。

ただの町娘としてでなく、他の国々にも遠征の機会がある〈白犬騎士団〉の戸を叩いたのだって、そういう理由があるからだ。

単なる移動のための旅ではなく、真なる冒険を"アバター"が共にしたがっているというのは、アビエイルにとって千載一遇の機会に違いない。

顔を俯けて悩んでいると、すとん、と同じベンチの端に誰かが腰を掛けた。


「こんにちは、騎士様。休憩中かい?」

「あ……こんにちは、お爺さん。あはは、私は騎士階級ではありませんってば」

「そうだったねぇ。でもまぁ、私らにとっては街を守ってくださる立派な騎士様じゃよ」


 それは、この広場で過ごす際に時折会って話をする老人であった。名前も年齢も知らないが、炒ったオニオンのスープが好みであることは知っている。

いくら休日と言っても、それはあくまで「決められたルートにそって警邏しなくても良い」と言うだけのこと。

目立たないようにでは有るが支給の生活服には簡素な胸印も焼き込まれ、常に〈白犬騎士団〉としての誇りを忘れないように義務付けられている。

アビエイルもまた、どんな下っ端であっても、街の住民から見れば「白犬騎士団の騎士様」なのだと先輩方から口を酸っぱくして教えを受けているのだ。


「なんだか随分、悩みがあるみたいですのう」

「そ、そうですか? ううん、街の皆さんに心配かけるようでは、まだまだ立派とは言えませんね……」

「なに……いくら騎士様といえど、こんな状況じゃあ仕方ない」


 アビエイルが何かを言い出す前に、1人でうんうんと頷きながら老人は言う。


「『アバター様がたは神の御使いだ』と言われてはいるが、彼らの多くは聖句一つ唱えられない……不安がる者も多い」

「それは……」

「おまけに、正体不明の"化身殺し"と来たものだ。騎士様も心ないことを言われることもあって、大変じゃろうのう?

 いやいや、ワシはバーデクトの〈白犬騎士団〉が必ず解決してくれると信じていますでな」

「あっ、はい……がんばり、ます」

「うむ、それでは、散歩の途中なので、失礼……」


 どうやら今日は本当に通りがかっただけらしい。

杖をついて歩きながら去って行く後ろ姿に、どうして声をかけられただろうか。

アバターと呼ばれる彼らが、別の世界から来た単なる普通の人々だなどと、自分でも理解しきっていないところが多いのだ。

ましてや、〈白犬騎士団〉が彼らの扱いに困り、問題が彼らの中で収まる間は積極的に解決しようとしていないなどと……やはり、言えるわけが無い。


「……やっぱ、放り出せないなぁ……」


 そう、今の自分はアビエイル=クウェイリィである以前に〈白犬騎士団〉の一員なのである。

時折、広場に訪れる詩人やダンサーたちに謡われる、広く不思議に満ちた世界。その憧憬と同じくらい、この街を守りたいと言う思いもあった。

アビエイルはここの生まれでこそ無いが、バーデクトの街並みは好きなのだ。ノルチェナット広場の、暖かな日差しが。


 せめて、あの"化身殺し(アバターキラー)"の正体くらいは暴いてやり、街を守ったという納得と共に自身の心にケリをつけたい。

だがそれが何時のことになるかなど、アビエイルには判断が付かぬ。せめて騎士団が本気で捜査できればまた違うのだろうが、今のところ被害者も容疑者もアバターだと言うのが騎士たちの判断を曇らせていた。


(私、どうしたら良いんだろ……)


 悩んだところで、答えが自分から歩いて来てくれるはずもなく。代わりにやって来たのは、全身を〈聖者〉が着るような銀糸のローブで包んだ黒髪黒目ブルネットのアバターであった。


「ハロー、アビィちゃんじゃない。丁度良かった」

「……! エリーさん!」


 水気のあるトマトや葉野菜が入った麻袋を抱え、アビエイルの隣に腰掛けるのは皆からミズシマ=エリという名で呼ばれているアバターで、"こちら"の人間からは概ねエリーの発音で親しまれていた。

アバターの名前はほとんどがアダ名のような物だと聞くが、その中でも彼女はかなり本名に近い名を名乗っているらしい。

どうやらそれはアバター的にあまり褒められた物では無いようで、時折"アバター"仲間にからかわれては分厚い本の背表紙を相手の頭上へ叩き落とす姿を見る。

まぁ、お互いに親愛の情があるからこそできるじゃれ合いのような物だと思うのだが。


「お買い物ですか?」

「ええ、昼食をね。男共に任せてると、芋、酒、芋、偶にアンチョビとベーコンとかそんなのだもの。

 アビィちゃんはこの後"ホール"に?」

「あ、はい。少しお持ちします?」

「ホント? いやー、悪いわねー。初期鞄のままだとバックパックにしまえる種類少なくって……

 それにほら、ナイフとかお薬とか入ってる鞄に生のもの入れるのも、なんか嫌じゃない?」


 エリーは一旦ベンチに野菜の入った麻袋を置き、その何割かを新しい袋に入れなおしてアビエイルに差し出した。

"ホール"にはいつも大勢のアバターがたむろしていて、気を紛らわすには持って来いの場所だ。そうでなくとも、あの"化身殺し"に対する対策本部でもある。

アビィは少し冷めかけたスープを飲み干し、カップと飲みがらを露天の主に返そうと立ち上がった。


「ところでアビィちゃん、それ、何飲んでたの?」

「これですか? マーマイトと小貝のポタージュだそうですよ。珍しいですよね、私、初めて買いました」


 その、器の中身がちらりと見えたのか。ふと気がついたようにエリーが興味を持った。

マーマイトとはエールが醸造される際に沈殿する堆積物のようなもので、外国からの巡礼者や芸人などが「よくこんなものを食べようと思ったな」と評するほどすっぱ塩辛くて独特の臭いを放つ調味料だ。

バーデクトの年寄りはパンに塗って食すのだが、正直その食べ方はアビィにとっても歓迎できるものではないと思う。

が、腐りにくい(というかそもそも腐っている)という特性から保存食としてもそこそこ優秀で、〈白犬騎士団〉の糧食にも度々持っていっていたので慣れざるを得ない側面もあった。


「物珍しさに惹かれたんですけど、結構飲みやすくて美味しいですよ。貝が殻付きのままなのもちょっと食べにくいですけど、風味は良いですし」

「ふぅん? 発酵調味料に……シジミかしら、これ……、……! アビィちゃん、これ、ちょっとよく見せて!」

「え? い、いいですけど」


 アビエイルのカップを覗きこんでいたエリーの表情が、途中から何かに気付いたように険しくなる。

半ばひったくるようにアビエイルの手からカップを譲り受けると、どことなく震えながら匂いを嗅いだ。


「……やっぱり。香りはほとんどお味噌汁だわ……この皮、大豆も入ってるのかしら。風味を足してるのねきっと」

「お、おみそ?」

「私たちの世界の……ううん、〈アズマの地〉にある郷土料理よ。こんな風に再現できるなんて」

「それって、東海を超えた先にあるって言う」

「そうね。もっとも、このレシピを考えたのは"アバター"の誰かでしょうけど」


 あるいは知らぬところで既にオリジナルが出回っていて、その模倣か。

とは言え、シジミのような小さな貝を汁物に加えるのはバーデクトではあまり見られぬ工夫なので、アイデアはアバターが出したのだろうと推測できる。


「……もう、一ヶ月半か。そうよね、そりゃもうある程度適応して、ものを開発しだす奴が居たっておかしくないわよね」

「エリさん?」

「ん、ごめん。ちょっと考えてただけよ。やっぱり、急がなくちゃいけないんだな……って。

 私たちがこの世界に関われば関わるほど、問題は増えていく一方なんだから」

「……"法"の話ですか?」

「そう。私たちがやってはいけないこと、やって欲しくないこと、やりたくないこと。

 『話し合いとは常に、自己紹介からなのだよ』って教授は言ってたけど……」


 それきり、エリーは目を閉じて何事かを深く思案しているようだった。

アビエイルはどことなく疎外感を感じながらも、カップを返した両手で荷物を抱え歩き出す。

店主がかき混ぜる大鍋の中では、マーマイトの塩辛さに磯の風味がよく溶け込み、ほのかに甘い豆のほくりとしたとろみがそれをうまく包み込んでいた。


「やっほー、お姉さんたちー!」

「きゃっ……!?」


 そのまま、数本ほど道を通り過ぎた箇所だった。

やや重い沈黙が支配した場を切り裂いて、少年の甲高い声が路地の裏から呼びかける。

ぴこぴこと揺れるバンビのような耳の下に、そばかすだらけの笑顔が輝く。


「へへっ、天下の〈白犬騎士団〉様がそんな可愛い悲鳴だして良いんですかねぇ」

「……もぅ、ハリス!」

「あら、"耳売り"君。何かいい情報入荷した?」


 その正体は、〈"耳売り"ハリス〉の名で貧民街の少年少女グループを纏めている少年である。

騎士団の従士として、見回りや貧民救済の炊き出しなどの活動を行っていたアビエイルとは以前から親交があり、孤児繋がりの縁でお互い少しずつ眼にかけてもいた。

耳売りの名はグループを使って見聞きした情報を切り売りして生計を立てているがためで、噂の域を出ないことも多いがこの街の情報源としては案外馬鹿にできない。


「ええ、バッチリっすよ! 彷徨い歩くアバターの料理人にー、リザヌール港の兵器巨獣が討伐されたって話にー。

 でもやっぱり、お姉さんがたに売るならアレかな? 『"化身殺し"の新たな犠牲者』」

「ッ! また、出たの」


 痛ましいそのニュースに、アビエイルが暗い顔で俯いた。

一応、衛視として見回りをする際も気を配っては居るのだが、効果が出た試しはない。それに現状、仮に見つけたとしても騎士団で拘束できるわけでもないのだ。


(でも、街の人だって怖がってるのに……)


 本当は、自分たち〈白犬騎士団〉がどうにかしなければならない案件の筈なのだ。

だがその為の捜査は推奨されず、身分の高い騎士たちも積極的にアバター間の問題に関わろうとはしない。

口だけはアバターへの敬意を表していても、どこか内心では怯えと蔑視の混じった複雑な感情を抱えている。

これではいけない。そう考えるからこそアビエイルは、休日を返上してまでアバターが主導する調査に協力しているのだが。


「止められなかったか……それで? 今回はどいつが被害にあったの。目撃された場所は?」


 沈黙するアビィの代わりに、エリが後を引き継ぐ。

俄に眉が引き締められ、暗褐色の眼に只者ならぬ剣呑な光が宿った。


「おっとと、この先は有料だよ。早速ここで話しちゃってもいいのかな?

 いや、俺は何処で話しても良いんだけどさ、2回話すなら2回分の料金だよ」

「……ホントちゃっかりしてるわよね、あなた。はいはい、お昼ご馳走してあげるからウチまでいらっしゃいな」

「やーりぃ! お姉さんの手料理だー!」


 抜け目ないを通り越し、少々小賢しい少年だが、愛嬌ゆえかどうにも憎めないところがあった。

もちろんある程度は計算ずくでこなしているのだろうが、だとしてもアバターたちからは概ね好意的に受け入れられている。

……同時にそれは、アバター相手に酒の力に頼らず、物怖じもせず話せる者がどれだけ貴重かという事でもある。


「うーん、手料理かどうかは微妙だけど……アビィちゃんもご飯いる? お昼まだなら、一緒に作っちゃうわよ」

「あ、はいっ! ……でも、良いんでしょうか。少しの距離、荷物を運んだだけのに……」

「別に良いわよ、どうせ皆、飢えないくらいにはお金持ってるんだから。

 流石にずっとそのままでは居られないでしょうけど、今は一人二人分の昼食代も出せないほどケチケチしたところじゃ無いわ」


 中に野菜と果物がつまった買い物袋を抱え直し、エリーは何軒か戸を通り過ぎたところで立ち止まった。

彼女が立ち止まった建物は、どうやらかつては小さな町中のコンサートホールで有るらしかった。貴い人間が私人として購入し、死後家人によって国に売り払われた建物の一つだろう。

聞くところによると、百年ほど前にそういった"はやり"が有ったらしい。やや採光窓の少ない形式のファサードの奥から、古めかしい建物に似合わぬ騒ぎが溢れかえっていた。

思わずエリーが頭を抱えると、片眼鏡モノクルに付いた金の鎖が揺れ、しゃらんと音を立てる。


「さ、急ぎましょうか。腹を減らした若者どもが喚き出す前にご飯作らないと」


 象徴として5枚花弁の花枝が彫り込まれた〈アバターズ協会ユニオン〉の看板は、煤汚れた壁と比較してやけに綺羅綺羅しく見えた。



 □■□



「――例えば、でありますよ」


 カーテンを閉めきり、厚い布から透けた僅かな光しか入らぬ薄暗い室内。

よく磨かれたパールウッドの円卓の前に腰掛けて、一人の小柄な少女がぼそぼそと言葉をつむいでいた。


「彼の地において、ロリコンと言うのは犯罪でありました――12歳以下はもっての外、成人未満も手を出せば犯罪、個人証明の厳格な世の中でありますから、単純所持の禁止されている惨事ポルノなども"本物"を望めば容赦なくおまわりさんが駆けつけてくる、ああ悲しいかな管理社会」


 無論、小さな子供はあらゆる悪の手から守られるべき、というのは声を荒げる少女にとっても理想である。

彼らの若さが"売り"になってしまう市場を形成することだけでも「悪」だと断ずる理由は分かるし、事実、その規制が非実在のあらゆる表現をも押し込めるものでなければ、諸手を上げて賛成していただろう。


 ドン、と固く握りしめられた両手が天板を叩き、低く音を轟かせる。

少女と同じ卓には、幾人かの男たちがたむろしていた。一人を除いて同じような意匠の装備を身につけ、竜の牙の首飾りを首に下げている――首飾りについては、少女も同じであったが。


「だからこそ、これから"法"に関わろうという皆さんにお聞きしたい!

 ちょっとした事故によってうっかり小さな女の子になっちゃった男性が、同年代の子どもたちと一緒に裸のお風呂でキャッキャウフフというのは事案になるのか否か!

 いや別に期待してる訳じゃないと言うか個人的には情状酌量の余地があると思うんだけど、でも男の人と一緒に入るわけにも行かないからしょうがないかなーって思ったり!」

「黙れロリコン」

「欲望まみれじゃねーか死ね」

「お前純人オールドマンでその身長ってことはそれ何らかのツール使ってたろ? 真っ黒だよバカ野郎」

「ニンニン」


 腕を振り上げ猛っていた一見少女の"アバター"が、ほうぼうから水を浴びせかけられ悲鳴を上げて仰け反りかえる。

他の箇所にも視線を移せば、慌ただしく片付けられたタイル張りの床に直接幾つかのテーブルが置かれ、総計20人弱の人数がそれぞれの卓を囲うように座っていた。


「ぺっぺっ……はっ! これは濡れ透け!

 そんなこと言って、拙者の身体が目当てなんでありますな!? PDFみたいに! PDFみたいに!」

「お断りだよバカ野郎」

「仮にお前でスタンダップしそうになったら腹掻っ捌いてでも止めるわ」

「というかお前何でネカマやってんだよ」

「ニンニン」

「ネカマじゃ無いですゥー! 女キャラでロールプレイしてただけで、中の人の性別はちゃんと公言してたですゥー!

 逆に聞くけど、エロ装備があるゲームで男キャラやってて何が楽しいんでありますか!?」

「でもお前さ、着るの自分だろ?」

「いやキャラはキャラであって俺じゃ無いから」

「突然素に戻るのやめろよお前!」


 未だ天上の存在に憧れを持つ、素朴な神官たちが聞けば、卒倒では済まないだろう会話を平然と行い下品に笑う。

だが、この誰も彼もが平均Lv80をゆうに超える"アバター"の集まりであり、様々な縁で集められた"ユニオン"のメンバー達だ。

国から買い取った古屋敷のホールにたむろして、暇を潰しているだけのものから一生懸命に何かを書き起こしているものまで、個々の動きは様々である。


 2、3卓ほど離れたダイニングのカウンターに座っていた女が、こづかれた少女が椅子ごとひっくり返る音に驚き振り向いた。

グラマラスな身体の線を隠そうともしない服装に、艶やかな紺色の髪を緩くまとめた美女なのだが、美男美女で括ればこの一帯八割がたがその範疇に入るので特に目立つ様子もない。

振り返った時に少しズレた魔女帽子の鍔の角度を直し、改めて彼女は視線を戻す。


「賑やかねー、向こう」

「……なんつーか、バカな話してるんだな」


 ホール全体が騒がしいため会話がよく聞き取れなかった者と、そのジョブスキルにより明瞭に耳にできた者の反応の差である。

色とりどりと言えば聞こえは良いが、言ってしまえばそれぞれが勝手に持ち込んだ椅子やテーブルに、これまた様々な種族・装備の冒険者が腰かけて思い思いに過ごすさまは、まるで出来の悪いコラージュのようだ。

はっはっは、と呼吸を短く切るダンディズムめいた笑い声が、騒々しいホールの中で鷹揚に響く。


「すまないね。どうにもこう、数が固まると騒がしくなりがちでねえ……

 いやいや、元の人員が僕のところのゼミ生だからか、集まるのもそのくらいの歳の子が多いんだよね」

「ま、家庭用VR機と言っても親が買い与えるには安いオモチャじゃないデスし。

 "M&V"のプレイ人口も、バイトを初めて小金持ちになった高校生や大学生が中心なのデスよう」


 あー、わかるわかると首肯するリッツを流し見たアルフォースが、不意の爆笑に背後を撃たれてビクリと肩を震わせた。

笑い声の方向へ振り返り半眼で睨みつけた後、居心地悪そうにため息を吐く。


「……オレ、大学生ってもっとこう……」

「いやぁ、言っちゃあ何だがあんなもんだよ? 無論、個人で括れば優秀な子も多いのだがね。

 だが、それで良いのだ。あれこそが正しきモラトリアムの姿だよ。僕だってね、若いころはこう……アニメの女の子にね」

「お静かに、マスター。あなたの変態行為の履歴について、お客様がたのメモリを割く意義が感じられません」

「変態行為と断じるのはやめてくれないかね! どんな表現にだって一定の意味はあるのだよ……うん。

 まあ、かつての僕が紳士的だったかどうかはさて置くとしてだ」


 エヘンエヘン、と咳をして、相手はおもむろに席を立つと、"モーション"に従った綺麗な一礼を決める。


「ようこそ、"ユニオン"へ! 何の用にしろ、まずは歓迎しよう。ベヒモスを討ったという勇敢なお三方!」


 三人の前で胸を張るこの男こそ、昨日〈大聖堂〉の前で衛視に首根っこを掴まれ大騒ぎしていた〈ペトロニウス〉であった。



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