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――かつて、世界が混沌に包まれていた頃。
混沌の一部から輝く人が生まれ、この世界とは何であるかを考えだした。
まず、輝く人は流れるものとそうでないものがあると考え、海と大地を切り分けた。
次に、動くものとそうでないものがあると考え、生命と生命でないものを切り分けた。
だが流れるものがやがて止まるならば、動くものもやがては止まるとして、生命に死を与えた。
自ら混沌を切り分けて作った世界が、よく変化を起こすことに満足すると、輝く人はこの世界をもっと眺めていたいと考えた。
そして一際高い山を作ると、そこを足がかりに"大いなるもの"として空に登り、世界を巡りながら照らす太陽となった。
……時は流れて、しばらく。
大地には"ヒト"と呼ばれる者達が文明を作り、強固な技術力を元に繁栄を謳歌していた。
"ヒト"はそれ以外の生命を蔑み、また、同じ"ヒト"の中でも一部の者たちを地上に残し、自らを"天上人"と呼ばせて同じように蔑んでいた。
ついには空に浮かぶ島を作り上げ、"大いなるもの"よりも高みを目指して動き出す。
その中でももっとも頭が良く、もっとも優れており、もっとも人望のあった王様が、画期的な方法を考えついた。
世界を一旦混沌へと戻し、自分たちの都合の良いように切り分けることで、与えられた死を取り除こうとしたのである。
……しかしその企みは生命のもたらす変化こそを望む"大いなるもの"の怒りを買った。
光を遮る空に浮かぶ島は、ついに"しるし"を持つ天の使いによって滅ぼされ、島の破片は散り散りに落ち、もっとも大きな中心は海へと沈んだ。
だが島から飛び出すように空の彼方に消えた黒い塊だけは、太陽から逃げおおせ、歪な混沌を生む魔神と化した。
今は昔の話である……――
(Ldtp://miragevisionsonline.apsd/world/index.hdp
ミラージュ&ヴィジョンズ・オンライン公式サイト 「ワールド紹介」より)
□■□
黄昏に染まった街を、男が一人歩く。
酒場のドアから出てきたところであるが、足取りが不確かな様子は無い。
だが酒の匂いがしないかと言うとそうでも無く、ツンと強いアルコール臭が仕立てのいい服に染み込んでいた。
「ったく、飯くらい静かに食わせろってんだ……」
日も沈みかけたばかりだというのに、もう酒場の戸越しに滲む空気は騒がしく、また中に入ればしょっちゅう酔っ払いが絡み酒を引っ掛けてくる。
宗教の聖都と言うからにはもっと厳かなものかと思ったが、下町ではそう違いもないらしい。
まるで店を上げての飲み会のようなノリは、現実世界では閉じ篭もりがちだった男にとって苦痛なだけであった。
そう、この男、かつては"ミラージュ&ヴィジョンズ・オンライン"をプレイしていた人物の"化身"であり、既にLv96を超えた〈重騎士〉である。
"M&V"では気心の知れた狩りギルドに所属し、夏季休暇を利用して一気にカンストさせる心積もりで計画を立ててもいた。
だがその計画も『0715』に起きた次元転換事故によってご破産になり、今はもう、彼のギルド所属欄には虚しく空白があるのみだが。
ギルドの元メンバーたちは、もう〈交都クロスベム〉にたどり着いた頃だろうか。
彼がギルドを半ば追い出される形で脱退したのは、別に彼が臆病だったからでも、特別この世界での戦闘が下手だった訳でもない。
専門ではないとはいえ、GvGで傭兵じみたこともやっていた。敵意もつ相手の頭に仮想の鉄槌を振り下ろしたこともある。
実際、この世界での一度目の狩りも綻びかかったとはいえ何とかこなせたのだ。二度目は、もっと上手くやれた。
では、三度目は?
「くそ、くそ……俺は間違ったことは言ってない」
パーティのために痛みを堪え盾として身体をはる自分は、他のメンバーより多くの報酬を貰っても良い。男が主張したのは、言ってしまえばそれだけのことだ。
「敵に殴られる」というストレスを克服する自分が、ヘラヘラともっと強い敵に行けると嘯く魔導師や支援役どもと同じ評価なのは間違っている。
そう言い出した男にメンバーはこぞって白い目を向け、男が暗に見下していたもう一人の前衛だけが口を噤んだ。
一度対立構造ができてしまえば、決裂は時間の問題でしかなかった。
不満を抑えて盾役に徹した所で、返ってくるのは「当然の役目を果たしているのに何を偉そうにしているんだ」という言葉だけ。
別に、男にも非が存在しないわけではない。ボス狩りに必須と言われる装備を備えてからというもの、ギルド内での男の態度は確かに尊大だった。
だが影でささやかれる言葉は、彼の不当に評価されているという気持ちをさら高ぶらせるだけで。
ギルマスとの不仲もある。
彼のギルドのマスターもまた盾が居なければ立ちいかない〈詩人〉であり、常々自分のギルド内で横柄な態度を取り続ける男を苦々しく感じながらも強く言えずにいた。
しかし盾役の能力も、世界が変わったことを転機に、ボス狩りを含めた高効率高難度の狩りを諦めるならば"ほどほど"で充分になる。
その事実を呑み込めなかったのは、彼のギルドの中でただ一人だけであった。
「ふざけやがって……俺が要らないわけ無いだろ、ふざけやがって」
結局の所、そんな解散話はこの一月半で一つや二つではないのだ。
狩りを積極的に行おうという"アバター"たちはだんだんと交都に拠点を変え、未だバーデクトに残るアバターの数は全体の6割ほどにまで減っていた。
"戦闘"に耐えられなかったもの。パーティ再結成の流れに乗れなかったもの。単純に、バーデクト近郊で狩りを続けているもの。
理由こそ様々であるが、彼もまたそんな6割の内の1人に過ぎず、街の人々の視線から次第に期待の色が消え失せても、不愉快気に睨み返すだけである。
むしゃくしゃとした心のまま、足元に転がっていた石を蹴飛ばす。
重騎士の象徴たる鎧も、盾も、町中では装備していない。たまに少し街の外に出て、スケルトン共でも倒してやれば一人分の生活費は楽に稼げるし、金には困りそうもない。
かといって誰かに頭を下げてパーティを組むことは、男の肥大化したプライドが許さず。
何より、勝手に召喚しておいて「魔族を倒せ」と身勝手に要求してくる奴らの言いなりになるのだけは気に食わなかった。
この世界においては、自分は現実よりはるかに英雄的なはずだと言うのに。気持ちが燻る中、やるべきことだけが見当たらない。
カラカラと音を立てて、蹴り飛ばしたはずの石が足元に戻る。
「あん?」
つぶてが転がり帰ってきた方向へ、男は思わず顔を上げた。
黄昏の闇に溶け込むように、沈んでいく夕日に背を向けて男の方へかかる長い影法師が一つ。
逆光に赤く照らされたシルエットの持ち主は、純白の和装に身を包み、顔の上半分を覆う鼻の高く尖った鴉面によりその目つきを隠している。
「……なんだぁ?」
明らかに世界観を間違えた恰好に驚いたのか、男は言おうとした文句も忘れ、一瞬言葉を詰まらせる。
だが、あくまで相手は自分の通行を妨げるつもりらしいと判断すると、すぐに厳しい目つきを取り戻し影法師の主を睨みつけた。
「ちっ、何の用だよ、コスプレ野郎。お前もアバターか? その姿……流石にこの世界のもんじゃ」
無いだろう、と続けるよりも早く。男の目の前に、青白いインフォメーションボードが浮き上がる。
――[PvPが申し込まれました。受理しますか?(相手:Lv79〈竜牙兵〉)]――
「PvP要請ぃ?」
エンドコンテンツとして賑わうGvGと違い、"M&V"ではPvP行為そのものに付属するメリットは無い。
受け入れるも受け入れないも自由であり、受け入れればお互いがお互いを"敵"として認識できるようになる、その程度のシステムである。
デスペナルティが無いのを利用しての死に戻り手段だとか、何かの余興だとか。あるいは一番役に立つ利用法として、軽減・上昇率などの検証に利用するなど。
男にとってもPvPとはそんな印象でしか無く、ゆえに今ここで要請を出される意味が理解できずにいた。
「……どういうつもりだ?」
困惑する男の姿を見る内に興味が失せたのか、影法師の主は白く長い髪を翻してくるりと踵を返す。
だが反転する間際、ちらりと嘲笑の――あるいは侮蔑の笑みが浮かんでいたのが、確かに見えた。
「何のつもりだって聞いてんだ! おい!」
男が怒鳴り返すも、和装の青年の足は止まる気配も見せず。
その姿はさながら「臆病者に用は無い」とでも言うようで、男の苛立ちをさらに沸点へと近づけていく。
「……――ッ! 無視してんじゃねぇよッ!」
とにかく、PvP要請はされているのだ。
叩き付けるように空中に浮かんだ「承認」キーを押すと、男は全身に光の粒子を纏い、今まで装備していなかった鎧や盾を身につけた。
アバターたちが未だ利用できる"システム"の一つ、マクロ(予め設定した動作群をワンアクションで一気に行えるシステム)である。
「おォラッ!」
そして男は害意のままに、去り行く相手の背中に向けて『バッシュ』を繰りだす。
確かに〈重騎士〉は攻撃向けの職では無いが、そのタフネスは圧倒的だ。ましてこちらはLv96、相手はLv79である。
相手がパーティ級以上のボスでも無い限り、"M&V"においてLv差17は絶対的な溝として立ちふさがるもの。
負ける、などとは考えられない。何のつもりで挑んできたかは知らないが、ストレス解消の相手として向こうが謝罪するまで殴り倒す。
せいぜい、その位の気持ちであった。
「――あぁ、やはり違う」
ひゅ、と空気を切る音が、男の耳元で響いた。
男が全力で放つ――否、放つつもりだった『バッシュ』が"攻撃となる直前"で、不意に男の体勢がガクンと崩れる。
足を打たれたのか? それも違う。これは避けだ。小突くように突き出された剣の鞘を、自動回避"させられた"のだ――
そう男が理解しきる前に、振り向きざまに抜き放たれた白刃が、丁度差し出すように頭を垂れた男の首を逆袈裟に刈り取った。
「ほら、"くびをはねられた"」
声をあげようとしても、肺が無い。転げ落ちる視界を支える、身体すらも無い。
唯一残った耳と目だけが、悪戯っぽく囁く仮面の声を捉える。スゥ、と首を"切り抜け"た刃の冷たさを、今更ながらに感じ。
円筒花火の如く白光の奔流が吹き上がるのと同時に、全身の神経が稲妻に触れたような痛みが襲う。
「……さて、残された時間はあまり無い」
一瞬の攻防を口を開け見ていた通りすがりが、顔に次第に理解の色を浮かべ、高い悲鳴を上げた。
残された白尽くめは、それに意識を向けることも無く抜き放った刀を鞘にしまうと、〈指輪〉を付け替え何事かをつぶやき。
「居るかなぁ……居るといいなぁ。うん、やはり"人"でこそだよなぁ……」
首のない男の身体が、光輝く粒子となって消えるのと同時。野次馬に囲まれて居たはずのもう一人が、夕日に溶けるように忽然と姿を消した。
□■□
「話が違うデスッ!」
怒声と共に手の平を叩きつけられた卓上が、ベチンと音を立てた。
大理石に囲まれた見事な部屋に、深い真紅のソファーが向い合って並ぶ。その中間に位置するのは、これまた見事な彫刻があしらわれたダークウッドのテーブルである。
普段から平神官たちの手によって磨きぬかれて居るのだろう、きらびやかな応接間にクァーティーは通されていた。
その対面では、笑顔を貼り付けた優男がやや困ったように眉根を寄せ、猛るクァーティーをまぁまぁと手で制している。
「この条件を満たしたら"シド=バーデクト"の名で活動を支援してくれる、と約束したじゃないデスか!」
「お、落ち着いてくださいよ。上からの命令なんですから、私に言われましても」
「口約束とはいえ、その"上"と渡りを付けたはずなんデスけどぉ……?」
小人族であるクァーティは、たとえつま先立ちをしたところで純人の成人男性であれば腰に頭頂が届くかどうか、という程度の背丈である。
だが眉根を寄せてずいと睨み上げ、勇ましく反り返った前髪の一房を突きつけるその姿は、文官然とした体格の男神官を威圧するには充分であったようだ。
白い歯が艶かしい色男では有るのだが、苦笑を浮かべて背をそらす姿を見ればキザな印象も薄れるだろう。
クァーティーから見れば、残念ながらナヨっとした印象の方が強く感じるのだが。
「そんなにしかめっ面をしていると、可愛らしいお顔に痕が残ってしまいますよ?」
「だったらせめて、納得の一つでもさせて欲しいものデス。言うほど下っ端と言うわけでもないデスよね、ミルドニアン=モーレット司教?」
「いやはや、天の"化身"様にかしこまって呼んでもらうほど大した男じゃありませんって。もっと気軽に、ドニーと呼び捨てでも構いませんとも」
「よく言うデス……」
"大いなるもの"を信仰するユピ教の信者にとって、日本人がゲーム内のキャラクターに精神を宿した"アバター"たちはみな天の御使いだという話になっていた。
実際、ユピ教の勢力が強いバーデクト国内であれば、どこへ行こうと下にも置かないもてなしを(その内心はともかくとして)受けることができるだろう。
とはいえ、こうして三十にも満たぬ若年で聖都の中心たる大聖堂勤めの司教ともなれば、アバターたちの実情を知っていない訳もない。
そもそも交渉相手に恭しくされて喜ぶほど、クァーティーは無邪気でもないのである。
「"聖姫"を失ったあげく儀式を失敗しました、なーんて口が裂けても言えない理屈は分かりますけどね。
少なくともこっちはあなた方の言う"アバター様"として相応しい行動を示してきたつもりデスが?」
「いやぁ、そちらの仰りたいことも分かるんですけどね。ところでこれ、何だか分かります?」
ミルドニアンがそっと掲げた物は、クァーティーには短冊状に切られた紙に印の入った何かの証明書のように見えた。
焦点を合わせたことによりアイテムを"注視"したと判断したシステムが、クァーティーの認識にアイテム情報を出力する。
「〈ライダーズギルド特別恩賞券〉……あー、たしか狗竜の無料貸出し券デスっけ?」
「えぇ、この通りギルド長のサインと日付が記入されて、捺印までされています。
いやぁ、こうなるとねぇ、"太陽の覗かれしもと"で正規の契約がなされたと認めるしかないんですよ」
「面倒な言い回しデスねぇ。何か問題が?」
職業病だろう。彼らの話し方は、気の短いアバターたちにとってどうにもまだるっこしく感じられるものだ。
多少は迂遠なやりとりに慣れているクァーティーにとってすら、このような言葉回しは必要のない所でまで付き合たいものでは無い。
軽く跳ねて足の届かぬソファに座り直し、やや苛立ちを込めながら膝頭をトントンと叩く。
本来、話を引き伸ばす理由も無いのだろう、対面する司教はにっこりと笑いながら鷹揚に肩をすくめた。
「しかしこれは、実に恐ろしいことなのです。なにせこの通り……寸分違わないものが、何十枚とある」
「……なんデスって?」
「見て下さいよ、これ。サインの止め跳ねから、印の角度までまるきり同じだ。伝承に聞く魔人〈ドッペルゲンガー〉が書いたとしてもこうはならないですよ。
その上、日付だけがそれぞれ微妙に異なる未来を示してる! 印鑑の下にある以上、まさかここだけ削って書きなおされたわけでも無い……
おぉ、大いなるひと! これはいったい、どのような魔法なのです!?」
大げさにジェスチャーするミルドニアン司教から目を離し、クァーティーは目の前の紙切れの束を苦い顔で見つめ続ける。
〈ライダーズギルド特別恩賞券〉。どれも、これも、それも。恐らく、ポータルを失ったアバターたちがここぞとばかりに使用していったのだろう。
街間ワープのあった"M&V"では元から余りがちのアイテムであったが、どれも見た目が同じなのはゲーム内でテクスチャが同一であった名残だろうか。
いや、それよりも。
「いやぁ、この街のギルド館長がいったいどういう事なんだと血相を変えて飛んできましてねぇ。こちらとしても寝耳に水なことで、まぁ大変……」
「待って下さい。未来の日付、デスか? 今年は皇霊歴何年なんデス?」
「ん? 今年は……そう、皇霊歴719年ですよ。来年の皇霊祭は豪盛にやりますからね。神に仕える身ではありますが、今から楽しみです」
「719年? ゲーム開始は確か……えっと、アポロ計画のもじりで……」
皇霊歴720年、一の月。刻々と更新されていくものの、それがβオープンの開始時にこの世界に刻まれた年月だったはずだ。
朧気なのは、Wikiか何かで読んだ小ネタのうろ覚えだからであろうか。運営会社がアポロの名を冠するが故にアポロ計画、確かその程度の繋がりだったと記憶しているが。
「……1年早い……?」
「どうかしましたか?」
「あーいや、なんでも無いのデスよ」
意外な盲点ではあったが、これ以上は考えても詮無いことか。
クァーティーはふと奈落を覗き込みそうになった意識を切り替えて、手元に視線を引き戻す。
「皇霊歴728年……745年……731年……。なるほど、一番若いのでも8年以上先の日付デスね」
「ま、そんな訳でしてね。これ以上このようなわけの分からぬ事態が起こる前に、"アバター達による協会"を作ろうという話になりまして。
そっちの話がまとまるまでは、あまり特定のアバター様に肩入れするわけにも行かないんですよ」
「協会を? いや、それより、誰がトップをやるんです、それ?」
いくらこの世界の人々にとって一大宗教だと言ったところで、日本人の宿ったアバター達には関係の無い話である。
仮にシド=バーデクト枢機卿がアバターの内一人が長であると指名したとしても、ほとんどのアバターは納得もしなければ従いもしないだろう。
自分がトップをやれと言われたら首を振るにしても、いざ別の誰かに命令されるとなると反骨心が沸くのが人間というもの。
信興国側から働きかけたところで、グダグダになって失敗するのが目に見えているのだが。
「いえ、それが自分から『やりたい』と言い出した方が居ましてね。
ほとんどのアバターたちが納得する形で"法"を掲げてみせるから、それが出来たら自分をギルドの長として認めろ、と」
「そりゃまたなんとも無理難題を……私が言っちゃなんデスが、アバターになった連中ってほんと我ばっかり強くてまとまりが無い層デスよ?」
多少はバラつきがあるとしても、体感VRの技術世代からして『0715』に巻き込まれたのは十代から三十代の日本人だった者がほとんどだ。
つまり、ほぼモラトリアムから脱しきれて居ないような若年層が中心で、その上MMOの仕様上全体的に"自身の社会を形成する"欲が強い傾向がある言えるだろう。
クァーティー自身の"M&V"と接してきた感覚からしても、大体同じような推測が成り立つ。
「目には目を~、とは言うデスが。権威なくして納得のいく形で罪と罰を吊り合わせるなんて、神様にだって――あ、いや。
これは司教サマの前で言うことじゃ無いデスが……」
「いえいえ、大いなるひとは寛容であられますよ。このような私的な場であれば、アバター様にお気を使っていただかなくとも大丈夫ですとも」
「ま、公の場では気をつけろ、と……一応、名目上は天から遣わされた"人もどき"デスしね、我々も」
さらりとクァーティーが自嘲してみせると、流石に聞き過ごせる発言では無かったか。
ミルドニアン司教が浮かべていた笑顔がスッと掻き消え、険しい目線を対面の少女に送った。
「"もどき"だなどと、まさか。誰ですか? そのような言葉を吐きかけた不信心者は?」
「あぁ、いやいや。特定の誰かに言われた訳じゃないデスので安心して下さいな」
そう、それは決して具体的な言葉として出てきた単語では無い。
門から大聖堂に到るまでの道に並んだ家々の、白い石壁に紛れて向けられた視線――失望と不安の入り混じった嫌悪感から、クァーティーが勝手に読み取っただけである。
5000人、いや、軽く情報収集した限りでは今なおバーデクトに残るのは3000人か。
更にそこから半分にしたとしても、「そこらの衛兵よりずっとLvが高い上に武器を持った、常識の通じない不審人物」の数としては多すぎる位だと言えよう。
その辺りの火消しに関しては神殿の上層部からも働きかけているとはいえ、やはり街の住人たちの目も誤魔化しきれなくなって居るようだ。
「"協会"か……そうデスねぇ。自浄作用も無しでは、現状ですら良く保った方デスし」
「実際、こちらとしても何時までも誰に声掛けすればいいのか分からない状態では困るんですよ。
これから旅立とうと言うあなた方にとっては、大変な話かも知れませんが」
日本人の道徳意識はそれなりに高いとはいえ、罪を罰する機構が良心しか無いようでは集団とすら言えない存在だ。
いずれの破綻が分かっていたとしても、どうにか出来る案などクァーティーには存在しないので、ほっぽって狩りに出かけることにしたのだが。
「ま、誰かがやってくれるんだったらしめたもんデスかー……」
その"誰かさん"とやらには腹案が有るようなので、生暖かく見守らせてもらうとする。
失敗したとしても、それはそれで冒険にも行かず酒場でクダをまく連中にも危機感が生まれるだろう。
本気でこの"世界"に見放されれば、生きていけないのはアバターたちの方なのだ。それが分からぬほど、馬鹿ではあるまい。
なので、そろそろこっちはこっちの話をしなければならない。
「ところで、現状いちアバターを贔屓できないってお話は分かりましたけどぉ」
すっかり冷め切ったティーカップに口を付け、クァーティーは舌と唇を湿らせた。
「それはそれで、"クエスト"の報酬が出せないってのは違うんじゃ無いデスか?
約束通りとは行かなくても、それなりの"誠意"は有っても構わないの、でーはー?」
「しかしですね、こちらも宿の手配や食料の緊急輸入で、なかなか余裕が無いのですよ。
とてもじゃないですが、アバター様がたにご満足いただけるような金品は……」
「いやデスねぇ、あるじゃないデスか、出せるものが」
結局のところ。ここまでのやりとりは交渉前の現状確認でしかなく、カードゲームで言えば今ようやく手札を揃え終わり、先攻後攻のコインを投げる時間なのだ。
クァーティはまっすぐにミルドニアン司教を見据え、まけじと花の咲くような笑顔を浮かべる。額から伸びた一房の触角が、戦場の空気にゆらゆらと揺れた。
「人員、くーださいっ」
先制攻撃である。
隔日更新、次回は5/17です




