奴隷
14の時、パンを盗んだ。思えばそれが始まりだった。
そのパンに味は無く、ただ口に入れて飲み込んだ。少し固い。しかしこれでまだ生きていける。
俺の住む街はとんでもない貧困層の集まりだった。いつもそこら中で、何か腐ったような臭いがしていた。ケンカも日常茶飯事。道端に、死体の一つや二つ転がっているなんてのは、この街じゃそう珍しくないことだった。
この街には、時々なんとかって支援団体の人がくる。そいつらは皆、さも俺たちが可哀想でならないみたいな顔で、いろんな物資を落としていく。街の皆は今でこそ有り難そうにしているが、あいつらが帰ったら物資を巡って争いが始まる。
「あいつら、支援団体とか言いながら毎回争いの火種落っことしていきやがる。やつら、それも知ってるはずなのによ。ドヤ顔で善人気取ってるクソみてぇな連中だぜ。なぁジェイク?」
そう話かけてくれる仲間は、今じゃもうだいたい死んじまってる。物資の奪い合いに巻き込まれて殺された。
何度も仲間の死を経験し、それすらも当たり前の日常となった18の年。またやつらがやってきた。善人面して。慈愛の心がどうとか説教してまわるクセに、あいつらが持ってるのは慈愛の心なんかじゃない。安っぽい同情だ。裕福な国で取り残された、ゴミ溜めみてぇな腐った街の、ゴミみてぇな連中を見て、ただ可哀想。可哀想な人達。そんなことしか思っていやがらねぇ。
盗みも殺し合いも良くある日常。そんなとこに好き好んでやってくるバカども。銃持った兵隊に守られながら、ここの暮らしと見比べて優越感に浸ってやがる。まったく嫌になるぜ。
そんな中に、自分と同じくらいの女が混じっていた。そいつは、街の子ども達を集めて、パンを配っている。まずい、あのままやつらが帰ったら、あの子ども達はどんな目にあうか分からない。死体は見慣れたが、好き好んで作ろうとは思わない。できれば見ることのない暮らしがしたい。
「おいおまえ、早くガキ共にパン食わせろ。そんなパン一切れで人を殺すような連中の集まりなんだぜ?この街はよぉ。」
女がこちらを振り向く。アジア系の顔付きをしている。もしかしたら言葉が通じないかもしれない。
「あーゴメンナサイね。私そういうの知らないだもの。あ、あんまり私この国の言葉上手違うけどわかる?言ってること。」
それなりに上手い。こいつ、わざわざ勉強してきたのか?なんでだ?通訳だって居るし、どうせこいつもこの一回でお終いなんだろ?もう来ないんじゃないのか?平和の国のお友達に自慢するために来てるんじゃないのか?疑問はあったが、頷いておいた。
「ヤッタネ!勉強した良かった。またここ来る。また会おう。君名前何?」
「ジェイク」
「ジェイク!教えてくれてアリガト!このパン私の、でもあげる。」
そう言って、一切れパンをくれた。
「おまえ、またここ来るって?ずいぶん物好きな奴だな。まあ良いけどよ。パンありがとな。さぁ、おまえらも言っときな。」
「ありがとう。」
「サンキュー。」
「あんがと。」
こいつらも、腹ん中で考えてんのは皆同じ。“もっとよこせよ“だが、ここで媚び売っとくのも良いって事は分かってる。カメラ持った奴が俺たちを撮った。絵面は良いんじゃねぇか?端から見りゃあ微笑ましい光景なんだろうよ。
この女、不用心過ぎる。ポケットから財布がはみ出してやがる。それを狙って、子ども達の何人かは機会をうかがってる。
「おい、財布気ぃつけろよ?盗られんぞ。」
小声で警告したら、俺の方を向いて、唇に人差し指を当てて、ニヤニヤ笑いながらシィーッと変な音を立てている。何してるんだこいつ。
「いい、お金困ってるだったらあげる。」
「ダメだ。そういうのは争いの種になる。絶対盗られるな。盗品を巡って子ども達が殺し合いするところなんかみたいか?」
「そんなことなるの?だったらやめる。」
こいつなら話が分かるかもしれない。少なくとも慈愛の心持った連中よりは。無知なだけ。無邪気なだけ。しかし信用はしない。この街で生き残るために学んだことだ。
「この街じゃあそんなこと日常茶飯事だ。たぶん飯食ってるより殺し合いしてる方が多いぜ。盗んで盗まれて殺して殺されて、毎日毎日そんなことの繰り返しだ。若い奴しかいねぇだろ?力の弱い年寄り共はみんなみんな殺されちまった。」
「そんなひどいこと毎日?」
「そう。そういやおまえ名前なんだよ?聞いてないぞ。」
「あ、ゴメン忘れてる。名前、私のはサツキ。よろしく。」
サツキ…で良いのか。
「サツキか?よろしくな。」
「よろしくよろしく!子ども達名前教えてください。」
ああそうか、名前があるのが普通の国で生まれたんだな。
「悪いがそいつらにゃあ名前が無い。親がいないし、名乗る必要も無いからな。」
「名乗るどうして必要ない?」
「ここじゃあな、強く無きゃ名前なんて意味がねぇんだよ。ナメられねぇように、強さを誇示するために名乗るんだ。弱い奴は自分の名前すらわからねぇ。俺は幸運な方なんだよ。」
「幸運?」
「ああ、そうだ幸運なんだ。でもな、それを通りすがりの他国の女に話すわけにゃいかねぇんだよ。知られたくないんだ。」
「わかった。ゴメン」
なんでこいついちいち謝るんだろうか。
「皆聞いて。」
突然、サツキは子ども達に向かって言った。
「何を言うつもりだ?説教なら聞き飽きた。」
「人はね、罪を犯した瞬間から、罪の奴隷になるのよ。ところで皆ジゴクって知ってる?ジ・ゴ・ク」
「知らなーい。なにそれ。」
「食べ物?」
「おいしいの?」
「ははっ、食べ物違うよ。ジゴクってね、凄く怖くて、凄く苦しくて、凄く辛いところなの。」
「なんだ、ここのことか!」
「ここってジゴクって言うんだねー!」
「知らなかったー!」
子ども達は口々にそう言った。この話は何度か聞いた事がある。
「なぁおまえ。もっと面白い事言ってくれよ。その話に続きがあんのか?」
「え?これボランティアの皆さん教えてくれる話。皆喜ぶって聞いた。」
慈善団体とか言いながら、人の不幸を名指しで笑うのか。
「それ、おまえ騙されてるぜ?その話俺も何回か聞いたぞ?その続きこうだろ?『そんな辛く苦しいところでも、必ず助けてくれる人がいる。助けて貰ったら、恩返しなんて気にせず、あなた自身が困っている人を助けなさい。そうすれば皆の心は安らかになれますよ。』だろ?まったくアホな事言いやがるぜ。この街で笑顔で助けてくれる奴なんざな、奴隷商人くれぇなもんなんだよ。つまりそれじゃあ、奴隷になって飼い主に忠誠誓えつってるようなことと一緒だぜ?分かってて言ってんのかね?慈善団体の皆さんはよぉ。」
サツキは困ったような顔をしている。なんだこいつ?泣き出したぞ?
「ゴメンナサイ。なにも分かってなかった。私、皆のために何かしたい。」
「何かってなんだよ。どうせなにもできやしないクセに、簡単に世のため人のためなんて言いやがる。俺たちだって腐ってる。人の事は言えんがな、人の不幸を食い物にするような奴は殺したいほどむかつくぜ。」
「ゴメンナサ…「謝んじゃねぇ!むかつくんだよ!つまんねぇことでいちいち頭下げんな!次やったら首落とすぞボケ!」
「うん、じゃあ私の身体あげる。これ私にできること。」
「は?なんだそれ?身売りってか?奴隷か?娼婦か?ってやつか?」
「人間の内臓、売ると高いよ。私の身体何千万もするよ。」
俺はとりあえずサツキを殴って気絶させた。危険の意識がまるで無い奴だ。内臓が高く売れるなんて知れ渡ったら、それこそ本当の地獄だ。腹ん中かき回された死体なんて見たくもねぇ。やはり信用しなくて正解だった。こいつはなんだ?人のために自分の命差し出すってか?惜しくは無いのか?生きていたく無いのか?
今まで会ったことの無いタイプの人間に、ただひたすら困惑した。そんな生き方にほんの少しだけ、憧れを抱いた。
中途半端に終わったから別視点もあげます。
あまり長くならないようにした。