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短編

子爵令嬢がかわいがっているテディベアの不思議なお話

作者: 木蓮
掲載日:2026/08/08

 今日は月に1度の創作部の集まりの日。集まった皆が自慢の品を披露して褒めあう。

 一番手の部長が透きとおるピンク色が美しいバラのブローチをテーブルに出すと、あちこちからため息がもれる。


 「まあ、素敵。このバラの花びらはピンクダイヤモンドかしら?」

 「ええ、そうよ。新しい技術のおかげでより薄く削れるようになったの」

 「このやわらかな曲がり方、本物の花びらみたいね。雨粒のような真珠がまたそう見えるわ」

 「ふふ、ありがとう。職人たちが聞いたら喜ぶわ。……あら、スピナー様はかわいらしいクマのぬいぐるみをお持ちなのね。もっと近くで見せてくださる?」


 皆でブローチを見ていると、部長が遠くから見ていた新入部員の令嬢に優しく声をかける。

 呼ばれたスピナー子爵令嬢は友だちに背を押されて恥ずかしそうに出てきて、テーブルに手にすっぽりとおさまるぐらいの小さなテディベアを置いた。ふわふわした白い巻き毛とくりっとしたラピスラズリの目にころんとした身体、目と同じ色の大きなリボンがかわいい。


 「まあ、かわいい。この目に見つめられると幸せな気持ちになるわ」

 「ふわふわの巻き毛も触りたくなるわね。いつも一緒に連れているのかしら?」

 「は、はい。婚約者様が贈ってくれた子なのでいつも一緒にいたくて。バッグに付けています」

「まああ、仲が良いのね。私も婚約者様とお揃いの物を作ってみようかしら」

「ふふっ、かわいいぬいぐるみと一緒にお出かけするのも良いですわね」


 スピナー様のかわいらしいエピソードに話が弾む。

 最近、生徒たちの間でバッグにお気に入りのアクセサリをつけるのが流行っている。小さな宝石や刺繍細工、スピナー様のようにかわいがっているぬいぐるみを連れ歩く方もいる。かくいう私も幼い頃から一緒にいるかわいい猫がいる。あの子に似たぬいぐるみを作って連れ歩こうかしら。

 ぬいぐるみの話で盛り上がっていると、ふいにドアが乱暴に開け放たれ甲高い声が響いた。


「やっと見つけたわっ! 私を呼んでくれないなんてひどいじゃないっ」

「いつも言っているけれど、あなたは部員じゃないから呼んでいないわ」

「やあねえ、いつもこうして来てあげているんだから、今さらそんなことどうでも良いでしょ。まったくケチなんだから」


 声の主に気づくと皆ぴたりと口を閉ざして無言で拒絶を表す。部長が追い出そうとするも、招かれざる客ことファニー侯爵令嬢はきゃんきゃん騒ぎながら部屋に入って来た。

 ファニー様は部長のいとこだ。幼い頃から何かと同じ齢の部長につきまとっていて、こうして部活の集まりを開くとどこからか嗅ぎつけて押しかけて来る。


「あら、かわいいクマちゃん! ふふっ、私こういう子が欲しかったのよね」

「触らないでっ! その子は彼女の婚約者様からの贈り物よ、あなたに貸すことはできないわ。……大事な子を見せてくれてありがとう」


 ファニー様はテディベアを見つけるとすばやく近づいて手を伸ばしたが、警戒していた部長がさっと手に取ってスピナー様に渡した。スピナー様は怒りの形相でにらみつけるファニー様におびえていたが、部長にうながされてバッグにしまいこむ。


「何よ、ちょっと見ようとしただけなのに人を泥棒みたいに扱うなんて失礼な人ねっ」

「持ち主に何も言わずにいきなり触ろうとする方が失礼よ。今日は皆で楽しくお喋りしているの。邪魔をするなら出て行って」


 部長が有無を言わせない口調で命じると、ファニー様は恐ろしい顔で部長をにらみつけどすどすと足音を立てながら出て行った。気まずい空気が漂うと疲れた顔をした部長が謝る。


「いとこが迷惑をかけてごめんなさい。スピナー様も怖い思いをさせてごめんなさいね」

「い、いいえ、大丈夫です。あの、ファニー様の話を聞いたことがありますので……」

「いいえ、そんなことはないわ。むしろ、知っているのに参加してくれてありがとう」


 ファニー様は幼い頃から部長の大切にしている物を欲しがって、むりやり奪い取っていくことで有名だ。最近は自慢の品々を見せあっているとやって来て「貸してちょうだい」と部員の物を強引に奪いとっていつまでも返さない。おかげで、楽しい集まりがずる賢い泥棒対策の会議の場になりつつある。

 その日も微妙な空気のまま終わり、私も気の毒な部長が心配でどっと疲れてしまった。


 *****


「スピナー様、どうしたの?」

「どこかであの子を落してしまったみたいで、通ったところを探しているんです」


 放課後、廊下を歩いていると泣きそうな顔をしたスピナー様と会った。どうやらあのかわいがっている白いテディベアがいなくなってしまったらしい。心配して声をかけてきた人たちと一緒に探しまわるもなかなか見つからない。


「もしかしたら、入れ違いで落とし物として届いているかもしれないわ。聞いてくるわね」

「はい、ありがとうございます……」


 管理事務所に聞きに行くも残念ながら届いていないという。

 スピナー様の話では今日は一日教室で授業を受け、移動したのは食堂ぐらい。そんな人通りの多いところで落とし物があれば誰かがすぐに気づきそうなものなのに。あの目立つ真っ白なテディベアが見つからないなんてあるのだろうか。

 何となくもやもやしたものを感じながら引き返すとうきうきとした足取りで前を歩くファニー様が見えた。

 彼女のバッグにはびっしりとぬいぐるみが付いている。その中に、見覚えのあるテディべアが見えて私は思わず彼女を追いかけた。


「あの、ファニー様。そのバッグにつけている白いテディベアを見せてくれませんか?」

「はあ? 何よ、あなた」

「突然すみません。その子があまりにもかわいいので、つい気になってしまって」


 不審者を見るような目をされてとっさにご機嫌とりをすると、幸い私に気づいていないファニー様はにんまり笑った。


「まあ、いいわ。少しだけ見せてあげる。でも、汚い手で触らないでよ」

「はい、ありがとうございます」


 テディベアはリボンをとられて服を着ていたが、白い巻き毛にくりっとしたラピスラズリの目、ころんとした身体はスピナー様の子とそっくりだ。

 そう言えば彼女は「足の裏に自分のイニシャルの刺繍が施してある」と言っていた。この間のファニー様のテディベアを見るじっとりとした目を思い出して嫌な予感がした私は勇気を出して言った。


「まあ、本当にかわいらしい子ですね。特にこのふわふわの足が素敵。もっと近くで見ても良いですか?」

「嫌よ。良く見たらあんた、あいつのところの部員じゃない。まさかこの子をとろうとしているんじゃないでしょうね」

「そんなことはありません。ただ、確認したいことが……」


 私をにらみつけたファニー様はテディベアの身体が歪むほど乱暴にひっつかむとバッグに押し込む。


「この子は私のテディベアよっ。あいつに何を言われたか知らないけど、いつも私をそうやって泥棒扱いするなんて失礼だわっ。お父様に言いつけてやるから!!」

「そうではありません。友だちがその子にそっくりなテディベアを失くして探しているんです。足の裏に刺繍が施してあるはずなので、念のために見せていただけませんか」 

「しつこいわねっ!! これ以上私の子に手を出そうとしたらあんたもお父様に罰してもらうわよ!!」


 逆上したファニー様はぎゃんぎゃん喚き散らす。彼女はいつも分が悪くなると大声で騒ぎ、身分を使って相手を脅して黙らせる。わかっていたのに彼女のいつもの手に負けて悔しく思うも、私はしおらしく謝って一旦引き下がった。

 その後、部長に伝えて何とか取り返してもらおうとするも、かんかんに怒ったファニー様はありとあらゆる手を使って抵抗し、やっと足を見た時には布ごと破られていた。


「ごめんなさい。余計なことをしないで最初から部長に伝えておけば、無事に帰って来たのに……」

「いいえ、私のためにあんな恐ろしい人に立ち向かってくれて本当にありがとうございます。あとは、あの子が帰って来てくれれば……」


 声をつまらせて涙をこぼすスピナー様に私も申し訳なさで泣きたくなる。

 刺繍はなくても、部長や贈った婚約者様もあの子はスピナー様のかわいがっているテディベアで間違いないと言っている。

 でも、部長や贈ったスピナー様の婚約者様がどんなに頼んでも、ファニー様は「私のお気に入りとしてたっぷりかわいがってあげているのだから私と一緒にいるのが一番幸せなのよ!!」と、屁理屈をこねてちっとも話が通じない。

 スピナー様とその婚約者様は子爵家、長年被害にあっている部長もファニー様をひたすら甘やかす彼女の両親を説得するのは難しいだろう。非常に悔しいがファニー様が返そうとしない限り、もみ消されるだろう。 

 やるせなさでいっぱいになった私は神様に祈った。

 ――どうか、スピナー様の大切な子が彼女の元に無事に戻りますように、と。


 *****


「やだ、ファニー様がこっちに来たわ。見つからないうちに離れましょう」


 友人と廊下で話をしているとファニー様がやって来るのが見えた。今日もバッグにたくさんのぬいぐるみをつけた彼女は遠くから見てもはっきりわかるぐらいに不機嫌な顔をしている。

 最近のファニー様はいつもイライラしていてささいなことで周りに当たり散らしている。彼女の前を歩いていただけで邪魔だと怒鳴り散らされた人もいたらしい。

 スピナー様の件があってからファニー様は部活には来なくなったが、私を含めた部員たちはすれ違うたびに恨みをこめた目でにらみつけられ、中には何やらわけのわからない文句を言われながら追いかけられた人もいる。そのため、彼女を見かけたら避けるようにしている。


「やだ、こっち来るわ」

「図書館に行きましょう。教師がいればからんでこないでしょう」


 友人と一緒に歩き出すと運悪くファニー様もこちらに歩いて来る。何やらぶつぶつ言っている姿が不気味で早足で階段を降りる。降りきるといきなり後ろからファニー様の金切り声が響いた。


「こんなにかわいがってやっているのにっ、この恩知らずっ!! あんたは私が気に入って選んでやったモノなのよっ、私に感謝してかわいがられていればいいの!!」


 振り返ると階段の上で目をぎりぎりと吊り上げた恐ろしい顔のファニー様が手に持った何かに怒鳴り散らしていた。あの薄汚れているけれどふわふわした白い巻き毛は……。


「うるさいっ!! あんたはただ私を愛していればいいのっ!! うるさいっ、喋るなっ、黙れええええっ!!!」


 人間とは思えない悪意に満ちた絶叫に思わず悲鳴を上げると、ふいにファニー様の身体が大きくこちらに傾いた。

 そう、階段の下に向けて。

 一瞬の静けさの後、悲鳴を上げながらファニー様が階段を転がり落ちてきた。うつぶせで倒れた彼女は手足から血が出ている。まるで絨毯を転がすように彼女が落ちる間呆然と見ていた周りの人間が慌てて駆け寄って来る。

 しかし、私は放り捨てられた人形のようにぐったりと動かないファニー様よりも、階段にぽつぽつと落ちている彼女のバッグにつけられていたらしきぬいぐるみたち、何よりも彼女が立っていた位置にちょこんと座ったテディベアに目が留まった。


「スピナー様のテディベア……?」


 私と目が合うとテディベアが笑った気がした。私の言葉に弾かれたように何人かの生徒が散らばったぬいぐるみに駆け寄る。


「私のラビちゃん!! やっぱりあなただったのねっ」

「相棒! ああ、こんなに汚れちまってごめんな」

「……さわら、ないでよっ!! それは私の、モノよっ。返さないんだから……っ」


 生徒たちに向かって血まみれのファニー様が小さくうめき声を上げる。

 もしかして、この子たちはスピナー様のテディベアと同じでさらわれてしまったの? 

 涙を流して自分の大切な子たちを抱きしめる生徒たちと、保健室に運ばれながらも血走った目を向けてうめき声を上げつづけるファニー様に私はぞっとした。

 そして、彼女がいなくなると私は残ったテディベアに駆け寄った。


「スピナー様の子だよね? 彼女が待っているわ、一緒に帰りましょう」

『うん、お姉ちゃんのところに帰りたい』


 もちろんくすんだ白いテディベアは何も言わなかったけれど、私にはそう聞こえた気がした。


 *****


 あの後、スピナー様は大粒の涙を流しながらテディベアを抱きしめて、何度も私と友人にお礼を言った。

 やっと帰って来た彼を手入れして、婚約者様と3人で家でゆっくり過ごすと言っている。私も彼が元気になったら私のかわいい猫ちゃんそっくりなぬいぐるみを連れて遊びに行くつもりだ。 

 そして、ファニー様は幸いなことに怪我は手足のすり傷で済んだらしい。

 けれども、あの後かわいがっているぬいぐるみを脅し取られたと訴える生徒がたくさん現れたことから、学園を停学になった。

 部長曰く、ファニー様はかわいがっていた自分のぬいぐるみにもひどく怯えるようになり「私がこんなにかわいがっているのに、何で皆『帰りたい』なんて言うの! ひどいわっ」と泣きじゃくっているという。

 部長は他人の物を盗んだ罪悪感で無意識に自分を責めてノイローゼになっているのではないかと言っていたけれど。私は本当に無理やりさらわれたかわいそうな子たちがファニー様にそう言っていて、人間が何を言っても聞かなかった彼女が怖い思いをして懲りればいいと思う。


 それからはまた前のように部活の集まりも楽しく過ごせるようになった。

 少しだけ変わったのは皆が大切なぬいぐるみを連れてくるようになったこと。彼らも私たちと一緒に座って同じ時間を楽しむ。そうしていれば、いつか仲良くなった彼らの声が聞こえるかもしれないから。

 私は私のかわいい猫ちゃんを見つめながら彼女の声が聞こえる時を夢見ている。

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