相談
榊透は、人の話を聞くのが好きだった。
相手が何に悩み、何を苦しいと思っているのか。少し話せば分かる。だからなのか、会社ではよく相談を持ちかけられる。
「……榊さん、ちょっといいですか?」
昼休みの終わり頃、後輩の真奈が控えめに声をかけてきた。
榊はパソコンから目を上げ、柔らかく笑う。
「どうしました?」
真奈は周囲を気にするように視線を泳がせてから、小さく息を吐いた。
「彼氏のことなんですけど……」
見せられたスマホには、通知が並んでいた。
『今どこ?』
『なんで返信くれないの?』
『誰といる?』
「毎日こんな感じで……」
真奈は困ったように笑う。
「男の人と話すだけで機嫌悪くなるし、飲み会も嫌がるし……。最近は帰ったら電話しろって言われてて」
「……それは疲れますね」
榊が静かに言うと、真奈の肩から少し力が抜けた。
「でも、悪い人じゃないんです。普段はすごく優しいし……私のこと大事にしてくれてるの分かるから」
周りの人は皆、「別れなよ」と言ったらしい。
でも榊は言わなかった。
代わりに、真奈の言葉をゆっくり拾う。
「真奈さんは、その人のこと好きなんですね」
真奈は少し驚いた顔をしたあと、安心したように笑った。
「……はい」
「だったら、簡単には割り切れないですよね」
その言葉に、彼女は目を伏せた。
「榊さんって、ちゃんと聞いてくれるんですね」
それから真奈は、よく榊のところへ来るようになった。
彼氏に怒鳴られた話。
位置情報アプリを入れられた話。
泣きながら謝られた話。
榊はいつも静かに聞いた。
否定もしない。
無理に励ましもしない。
ただ、「つらかったですね」と言ってくれる。
だから真奈は安心してしまう。
「私、重いってよく言われるんです」
残業帰り、コンビニの前で真奈がぽつりと言った。
「彼も重いけど、私も依存してるんだと思います」
榊は缶コーヒーを持ったまま、小さく首を傾げた。
「依存って、そんなに悪いことですか?」
「え?」
「その人がいないと苦しいくらい好きなんでしょう?」
真奈は黙った。
榊は穏やかな声のまま続ける。
「それだけ誰かを好きになれる人って、僕はすごいと思います」
真奈の目が少し潤む。
「……榊さん、優しいですね」
榊は困ったように笑った。
「真奈さんが頑張ってるからですよ」
数日後。
真奈は会社を休んだ。
連絡もつかないらしく、部署がざわついている。
「大丈夫かな……」
「彼氏と何かあったのかな」
皆が落ち着かない様子で話す中、榊はいつも通りパソコンに向かっていた。
昼休み。
スマホが震える。
真奈からのメッセージだった。
『彼とちゃんと話せました!』
『今は一緒にいます』
『これからは彼を信じようと思います』
『榊さんに相談してよかったです』
『ありがとうございました』
その後も、真奈から時々メッセージは届いた。
『最近ずっと一緒にいるんです』
『彼、前より優しくなった気がします!』
『毎日一緒にご飯食べてます』
『ちゃんと私のこと見てくれてるんだなって思えて、すごく幸せです』
榊は送られてきた文面を静かに眺め、小さく微笑んだ。
『それなら良かったです』
短く返す。
それから一週間後。
昼休みの休憩室で、同僚がテレビを見ながら声を上げた。
「えっ……」
画面には、ニュース速報。
『〇〇市マンションにて女性監禁事件――』
聞き覚えのある地名だった。
榊は黙ったままコーヒーを飲む。
スマホには、昨夜届いた真奈からのメッセージが残っていた。
『こんなに大切にされたの初めてです』
榊は画面を閉じ、穏やかに目を細めた。
「仲良くできたみたいで、良かった」




