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生き残りの巫女と魔物喰いの王子  作者: ヴィルヘルミナ


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第五話 初夏の水浴びと浄化の力。

 私は森の中の野宿というものを甘く見ていた。

 ルカは軽装でテントや寝袋という物を持っていない。眠る時には木の下に旅装マントを敷いて、魔物避けの護符を置き、虫と獣避けのお香を四方で焚くだけ。


「せめて寝袋くらい……」

「寝袋なんて、誰かが来た時に動けないだろ」

 ルカの声が近い。今は敷いたマントに二人で転がっている。


「ちょっと、この腕は何?」

 背中から腰に腕を回されて抱き寄せられる。いわゆるスプーンを重ねたような体勢に抗議を行う。


「この方があったかいだろ。朝は寒いぞ」

 ルカが笑って囁く。腕を解きたいとは思っても、別にどうでもいいかと考える自分がいる。何と言うか、感情が動かない。ここにいる自分が自分ではないような気がしている。


「変なことしないでよ」

「へいへい」

 ルカに襲われるかもとは考えついても、何故かそんなことはしないだろうと思う。襲うなら、あの部屋にいた時に襲っていただろう。私が転んでから、時々抱き着いてきて胸を揉んでも、性的なものではなく冗談めいている。単なる子供扱いというのが正解なのかもしれない。


 背中がとても温かくて体の力が抜けてきた。そういえば、昨日の夜は寝ていないと気が付いて、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。


     ■


 翌朝、私たちは町へ向かって森の中を歩いていた。

「荷物重いでしょ? 私も持つわ」

「気にするな。まだ町までは遠いからな」

 ルカは私の荷物のほとんどを持っている。町へ向かうのは、魔物の出没情報を集める為と説明を受けた。


 道中でルカは私の為に小動物や鳥を獲って捌いてくれる。その骨や血を使って魔物を誘い出しても、あまり大型の魔物は来ない。それでも、現れた小型の魔物を獲り、焼いて食べている。


「生のままで食べないの?」

「あれは緊急時。腹が減ってどうしようもなかったからな」

 ルカは生で魔物の肉を食べている所を他人に見られてしまったことが恥ずかしいらしい。耳が赤くなっている。可哀想だと強く思う。魔物の肉しか食べられなくなったら、私なら絶対に耐えられない。


 ふと背中を流れた汗が気になって、立ち止まる。

「どうした?」

「……水浴びとかできない?」

 別にと返そうと思ったけれど、私は正直に口にした。たった一日シャワーを浴びていないだけで、汗が気持ち悪い。砂埃でざらざらしているし、髪もべたついているような気がする。日本と違って空気がからりと乾燥していても、歩き通しでは汗をかく。


「あー。確か泉があったな」

 ルカはこの周辺の地図が頭に入っていて、森の中の澄んだ湧き水の泉に案内された。

「この水はどこに行くの?」


「川になって、海へ行く。川沿いに移動するか」

 乾いた岩の上に荷物を纏めて置いて、ルカがポケットから護符を出す。ルカは便利な魔法効果を持つ護符をいくつも持っている。魔物の毛皮や爪、牙を魔術師に売って対価として受け取っていると言っていた。


「その護符は何の効果があるの?」

「罠。誰かが荷物に近づいたら発動する。アズサもここに爪で何か書いてくれ」

 複雑な模様が描かれた護符の中央に、ひっかき傷のようなものがある。その横に爪で字を書くと一瞬緑色に光って元に戻った。これで護符に私が認証されて、罠が発動しないらしい。


「よっし!」

 ルカがぽいぽいと服を脱いで泉に飛び込んだ。一応下穿きだけは身に着けている。

「ちょっと!」

 ばしゃりと頭から冷たい水が掛かって、ずぶ濡れ。乾かすのが大変なのに。そう思った途端に、服と髪が乾いた。

「え? え? か、乾いた?」

「あー。それ、たぶん、浄化の術だろ」

 一部始終を見ていたルカが水の中から笑う。

「浄化?」

「穢れを無くすってヤツだ。水も乾くなら便利な力だな」

「私に力なんて無いわよ」

 そう答えて、魔物の血が消えたことを思い出した。もしかしたら、御神刀の力なのかも。


「でも、できるんだろ? 自分自身に浄化を掛けてみろよ」

 ルカに言われて、自分の体が綺麗になればいいとイメージした途端に、あれだけべたべたしていた腕や髪がすっきりとした。これは便利。薄汚れたシャツも綺麗な白色に戻った。


「水浴びしないのか?」

 ルカの誘いではなくて、綺麗な水の誘惑に負けて浸かることにした。どこまで脱ぐか悩んでいると、ルカが自分のシャツを投げてきた。生成色の綿のシャツ。


「ちょうど洗いたいと思ってた所だ。便利だな」

「何それ。私は洗濯屋でも何でもないわよ」


 茂みの中で服を脱いでルカのシャツを羽織ると、かなり大きい。袖をまくって、泉に浸かる。

「冷たー!」

 初夏とはいえ、湧き水は冷たくて気持ちいい。横を見ると、ルカが石けんで頭を洗っていた。


「ちょ! ここで洗う?」

「次はいつ洗えるかわからないだろ? 洗える時に洗う」

 ルカの言葉に、ああそうかと納得する。野宿とは、そういうことだ。


「ね、町までどのくらい?」

「あー、一番近い町は避けるから六日だな」

 一番近い町は、銀神教の信者がまだ残っているらしい。私が巫女であると知られるとマズイとルカが言う。


「顔も髪もベールで隠してたし、私は信者と近づくこともできなかったから、大丈夫じゃない?」

 巫女として儀式に出る時は、信者から一番遠い場所が定位置だった。教祖は、自分よりも巫女に信者の興味が移ることを極端に恐れているふしがあった。

「そうか。なら寄ってもいいか。酒を補充したいしな」

 ルカは笑って、泉に頭まで沈んで泡を洗い流した。


「ところでな。お前、その格好なんとかならんか?」

 茂みで着替えた所で、ルカがぼそりと呟いた。

「なんとかって何?」

 白いシャツにジーンズに編上げブーツで、普通のカジュアルスタイルのどこに不都合があるのだろうか。


「お前の世界ではどうかしらんが、この国では女がズボンを穿くことはない」

「そうなの? でも、これしか持ってないわよ」

「じゃあ、町で服を買うか」

 そう言われて、お金を持っていないことに気が付いた。そのことを告げると、洗濯屋として活躍してもらおうかとルカがにやりと笑い、ルカが持っていた服を浄化させられた。


「いやー、お前、本当に便利だなー」

 濡れていたルカも浄化の術で乾かして、ついでに持っていた櫛で髪を梳くと、すっきりとしたさらさらヘアの美形になった。これまでは洗いっぱなしだったとルカが笑う。髪を整えたルカは、黙っていれば物語の王子様。ときめきは一切感じないけど、ちょっとびっくりした。


 金の心配はしなくていいと言って、ルカは鞄の中から革袋を出して見せた。中身は結構な量の金貨がぎっしり。

「これ……」

「おーっと、俺は教団の金には手をつけてないぞ。魔物の毛皮や爪は結構いい値段になるんだ」

 具体的な値段を聞いても、いまいちぴんとこなかった。この三年、教団施設から外に出たことがないし、欲しい物はエーミルが用意してくれていたから、物価がさっぱりわからない。


 ルカが熾した火を囲んで、昼間に獲った肉を焼く。泉の水は綺麗すぎて魚はいなかった。

 固くなったパンをかじりながら、水替わりの発泡酒を飲む。焼いた肉には塩胡椒。最初は物珍しいと食べていたけれど、同じメニューが続くと厳しい。弱音は吐きたくないから、半ば意地で肉を口に詰め込んで、胃を満たす。


 ルカは変わらず笑いながら焼いた魔物の肉を食べている。そこで気が付いた。パンと肉だけのメニューでこれだけ厳しいのだから、魔物の肉しか食べることのできないルカは、一体、どれだけの苦悩を抱えているのだろうか。


「魔物って、いろいろいるの?」

「ああ。この辺は狼みたいなのと、カラスみたいなのが多いが、鹿や熊に似てる奴もいるし、馬みたいなのもいる。透明でぶよぶよした賢いのもいる。沼にもいるな」

「その……味が違ったりするの? どれが一番美味しい?」

 私の質問を聞いて、ルカが口に含んでいたお酒を噴いた。


「おい、そんな質問、初めて受けたぞ……」

 ひとしきり咳き込んだ後、ルカが笑う。どうやら、はっきりと味が違うらしい。一番美味しいのは、黒色輪熊、次に美味しいのは、狼に似た魔物とウサギに似た魔物。あとは似たり寄ったりだと教えてくれた。


 元の世界では、食べた骨は土に埋めないと獣を呼ぶと聞いた覚えがあるのに、ルカは骨をそのままにして、寝る支度を始めた。

「骨、片付けないの?」

「普通の獲物なら片付けるが、魔物の骨は片付けない方がいい。仲間を食べる危険な奴がいると思って、近づかないからな」

「あ、そうなんだ」

 ルカは野宿生活に慣れているのだろう。動作に無駄がない。


「ちょ。今日も一緒に寝るの?」

「マントは一つ。仕方ないだろ?」

 マントに寝転がって、手招きするルカにむかついても、敷物にできる程の布は持っていない。私は溜息を吐きながら、ルカの隣に寝転がるしかなかった。


     ■


 朝食後、森の中の川に沿った街道を歩く。多少荒れてはいるものの立派な石畳の道。ルカによると、この街道は町や村を繋いでいて、最終的には王都へとたどり着く。主に馬車の為の道らしい。

「何だ?」

 ルカが立ち止まり、理由を問おうとした私を指で制して周囲を伺う。私もそれに倣って周囲の音へと注意を向ける。


 初夏の爽やかな空気を切り裂くように、馬のいななきと男の悲鳴が響き渡った。

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