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生き残りの巫女と魔物喰いの王子  作者: ヴィルヘルミナ


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第二十二話 異世界人と魔物の肉。

「アズサ、食べたのはどのくらい前だ?」

 蒼白のルカが震える声で問いかける。初めて見る表情に、私は驚いた。

「……二刻くらい」

 この世界の一刻は約四十分程。時計はないから町で鳴らされる時報の鐘の音を思い出すと、二刻は確実に経っているように思う。


「異常はないか?」

 ルカがあちこちを震える手で触っても私には異常はない。髪の色も変わらず、他の物を口にしても味を感じるし、イヴァーノに診察してもらっても何もなかった。


「……そうですね。考えられるのは、異世界人には魔物の肉への耐性があるということでしょうか」

 冷め切った料理を食べながら、三人で軽いお酒を飲む。イヴァーノはミートパイには手を出さず、とても美味しそうに見えるのですがと言って苦笑する。ルカの顔色はまだ悪い。


「ルカと建築中の滞在施設を見てきました」

「おい……」

 イヴァーノの言葉をルカが遮ろうとしたけれど、言葉は続いた。

「建設が始まって十五日程しか経過していないのですが、石積みの外観がほぼ出来上がっていました。多数の人間が作業していましたが、驚異的な速度です」

「それって(がわ)だけってことじゃない? 中身がないなら、土台とか無視できるわよね」

 側という意味が自動翻訳では通じなかった。どう説明したらいいのかわからなくて、ミートパイの中身だけを食べて見せた所でようやく言葉が見つかった。


「あ、そうか、外側だけってことよ。ほら、中身が一切なければ、パイ皮だけだと軽いでしょ? 石やレンガで作られる建物って物凄く重量あると思うから、きっと地面を整えるのも時間がかかると思うの。もしくは、中は木で作られているとか。どっちにしろ、突貫工事で長期に使う予定はないってことかしら?」

 建築の知識は全くなくても、普通に考えればある程度の想像はできる。


「……そうですね。内部も調べる必要がありそうですね」

「何? 二人とも、国のスパイとか何かなの?」

 私は、はっきりと聞くことにした。いろいろ悩むのは性に合わない。

「いいえ。国の将来を考える、一般国民ですよ」

 イヴァーノがくすりと笑う。


「そもそも、静かな環境を選んでこの町に来たのに、騒がしくなっては困ります。もしも外国人間諜が関係するなら、国に通報した方が撤去も早いでしょう。計画を主導している王子も騙されているかもしれませんし」

 どうやらイヴァーノは、騒がしい元凶を取り除こうとしているだけらしい。銀縁眼鏡がきらりと光ると、いろいろ企んでいそうな腹黒美形に見えてきた。


「荷馬車で白い包みや木箱が運ばれてくるのですが、中身は何だと思いますか?」

 イヴァーノは私が作ったから揚げを口にした。美味しいですねと言って、また手を伸ばす。


「うーん。私が見た映画では、そういう包みは武器とか食料だったわ」

 映画という意味は通じなかった。物語を人が演じる舞台を動画で記録した物だと説明しても、全く伝わらなくて語彙力不足を痛感する。そもそも写真が通じない。スマホもただの鉄の板になっているし、私の鞄の中にある学生証の写真だけは見せたくなかった。


「と、とにかく。包みの中身を確認した方がいいんじゃない?」

 映画と動画と写真の説明は諦めた。この世界にない物を説明するのは、本当に難しいと思う。

「そうですね。何か方法を考えてみましょう」

 イヴァーノが微笑んで、話題を変えた。


      ■


 だらだらと話しながら飲み続けて、結局夕方。夕食はなしということで、皆で食器を洗った後は、それぞれの部屋へと向かう。

 私たちが泊っているのは入院用の部屋で二台のベッドが置いてある。部屋に入るとルカが抱きしめてきた。


「何?」

「……無事で良かった……」

 ルカの搾り出すような声に動揺する。

「あ……心配かけてごめんなさい」

 こんなに心配されているとは思わなかった。いつも私が無茶をした後は、文句を言って怒り出す所なのに、ルカは腕の力を強めるだけ。


「……俺と一緒に魔物の肉を喰った友達は……全員死んだ」

 ルカの声が震える。私はその内容に衝撃を受けた。

「狂った奴もいる。食べるのを拒否して餓死した奴もいる。毒を飲んだ奴もいる。塔から飛び降りた奴もいる。魔物のいる森に行って食われた奴もいる。……気が付けば、俺は一人だけ生き残っていた」

 私もルカを抱きしめて背中を撫でると、ルカの体がびくりと震えた。


「……死ぬのは怖かった。狂うこともできなかった。俺は自分のことで頭がいっぱいで、誰も助けることができなかった」

「それは仕方ないと思う。誰だって死ぬのは怖いし、同じ境遇なのに他人のことを気遣って助けるなんて、神様でもなければ無理よ」

 ルカの声は痛々しい。心の底から後悔していることが伝わってくるのに、私は背中を撫でることしかできない。


「俺は……責任のある立場で……」

「何の責任? 自分の成人祝いで巻き込んだから? 同じ被害者なんだから、責任感じることないじゃない。悪いのは魔物の肉を混ぜた犯人よ」

 被害者であるルカに、生き残ったと負い目を負わせた犯人が憎いと思う。


 私たちは長い間、無言で抱き合っていた。ルカの腕の力が、ゆっくりと優しいものに変わる。

「……今まで、俺の本当の気持ちは、誰にも言えなかった」

 両肩に手を置かれて微笑むルカと目が合った。少し恥ずかし気な表情に鼓動が跳ねる。近すぎる距離と、今までにない優しい空気に心が焦る。


「アズサ、俺は……」

 ルカが口を開いた時、『呼べ』と白雪の声が聞こえた。私は、初めて感じる優しい空気に居たたまれなくて、逃げるように呼んだ。

「おいで」

 空中に白雪が現れてルカが目を瞬かせる。私が白雪を手に取ったので、肩に置かれていたルカの手は外された。

「どうしたの? 白雪」

『魔物の肉のことだが……』

 白雪が言葉を発した途端に、ルカが目を見開いた。


「……俺、ついに耳がおかしくなったかもしれねぇ。刀が話してるように聞こえるんだが」

「あ、白雪の声、聞こえる?」

『そうか。聞こえるようだな』

 私と白雪の言葉に、ルカがさらに驚く。


『話を続けよう。私の前の持ち主は、魔物を狩って聖別せずに食べていたが、何の変化も無かった。異世界人には獣の肉と変わらないようだ』

「あ。それじゃあ、私、ルカと同じ物を食べられるのね」

『そうだな』

 白雪は楽し気な声で答える。そのまま声を上げて笑い出しそうな雰囲気。


「……ちょっと待ってくれ、俺、気持ちがついていけねぇんだが」

 突然の展開でルカは驚いているらしい。

「ちなみに、お前、男か?」

『いや。私に性別は無い』

 ルカが唐突に意味のわからない質問をして、白雪がとうとう笑い出した。

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